ユーザー行動データから導き出す、顧客LTVを最大化するクリエイティブフレームワークとは?
ユーザー行動データを100%活用し、顧客LTVを最大化する。そのために必要なPDCAを高速かつ効果的に回転させるノウハウ、組織作りはどうあるべきか、Webマーケティングの最先端を走る博報堂アイ・スタジオの鈴木直哉氏が、成果を上げるための実戦手法、組織作りのポイントを詳細に解説した。
Webマーケティング界隈はデータで溢れている
現在、インターネット広告やデジタルマーケティングの世界では、急速な技術進歩によって、数年前と比べて企業が取得できる顧客データの総量ははるかに増え、大きな変化が起こっている。
1つ目の変化として、大量にデータを取得・分析できることから、従来のサンプル(一定量)データではなくアクチュアル(全量)データをもとにマーケティングが行えるようになった。また、従来は「20代男性」「団塊ジュニア」といった、集団に対するアプローチをせざるを得なかったが、今は個(オーディエンスごと)のアプローチが可能になりつつある。
そしてもう1つの変化が、デジタルの恩恵によって従来よりも速いスピードでPDCAサイクルを回せる状態になったことだ。
データからユーザー像はここまでわかる
言うまでもなくマーケティングでは、顧客のユーザー像や行動を知ることが重要だ。これまでもWebのアクセスログ解析や購買履歴などで多少の想像は付いたが、あくまでもそれはオンライン上の行動だけであり、取得できるのはオウンドメディア内での行動に限られていた。
そのため、リアルも含めどのような行動を経て購買にたどり着いたのかという「ユーザーストーリー」や、営業からセールスを受けたといったリアルでの「タッチポイント」、どの時点でテンションが高まったのかといった「ユーザーの思考」はWebの情報だけではわからない。
では、どうすればいいのか。インタビューなどのリアルでの調査を組み合わせて行うことで、ユーザーの本当の姿を知ることは、昔から実戦されている重要な手法だ。
だが、現在はそこまでしなくても大丈夫だ。なぜなら、構造化されたデジタルデータ(売上やアクセスログなど)と非構造化データ(SNSやブログへの書き込みなど)を組み合わせることで、オンライン上の情報だけでも「一連のユーザーストーリー」「すべてのタッチポイントの利用状況」「ユーザーの思考」がある程度可視化できるようになってきているからだ。「これをやらない手はない」と鈴木氏は説明する。
データを価値化することで意味が生まれる
ただし、データがあればいいというわけではない。データの1つひとつに大きな価値があるわけではないからだ。取得したデータは評価(解釈)し、改善につなげることではじめて価値を生む。今の時代に大事なことは「データを価値化する」ことだと鈴木氏は指摘する。
実際に取得したデータをどのように活用するのか、鈴木氏は大きく2つのテーマに分け、具体的な事例を用いながら紹介する。
- 計画フェーズ
- 実行フェーズ
- 検証フェーズ
- 改善フェーズ
また、活用フレームを活かすには、組織の事情や調整などいろいろな問題がある。だが、これをやらないことには先に進まない。「実行するための組織作り」だ。
- 組織体制
- ワークフロー
- 合意形成
デジタルマーケティングで「観察」するべきデータとは
「ユーザーの使い方を詳しく観察して参考にする」これは、アップルに戻った当時のスティーブ・ジョブズが何度も口にしていたことだという。これは、Webマーケティングでも同様だ。
現在は、ユーザー(生活者)が自社のオウンドメディアをどのように使っているかを観察し、真剣に考えなくてはならない時代だ。インターネット、デジタルマーケティングの進化によって、ユーザーを知るための土壌は整っているともいえる。
ただし、人はなにが欲しいかを正しく言葉にできないものだ。たとえば、「このサイトの使い勝手はどうですか?」と聞いても、なかなか期待するような回答は出てこないため、こちらから観察することはとても大事だ。
では、デジタルマーケティングで観察するべきものとは何か。鈴木氏は大量のデータとファクトをしっかり観察するところから始めることが重要だと話す。
アクセスログ | インタビューログ |
データベースログ | 行動観察ログ |
GPSログ | 検索順位 |
リアル行動ログ(POSなど) | コールセンターログ |
ネットワークスループット | Net Promoter Score |
ストアなどの評価 | 売上高 |
ソーシャルデータ | 市場/競合動向 |
これらのデータ・ファクトを活用し、「観察」 → 「つくる」 → 「検証」というサイクルをすばやく回していくことがデジタルマーケティングでは重要である。このサイクルはいうまでもなく「PDCA」というフレームだ。このPDCAを回すためには正しいフレームが必要だが、それがないためにPDCAサイクルがまわらないということは、往々にしてあるという。
テーマ1:データ活用に欠かせない4つのフレーム
PDCAサイクルを回すためのポイントは、事前にルールと作業を正しくフレーム化することである。前述でも説明されたデータ活用のフレームが、PDCAの4つのフェーズに分けて解説された。
1. 計画フェーズ(Plan)
Plan(計画)フェーズでは、KGIからKPIを引き出す3つの活動を行う。
- KGIツリー分析
KGI(Key Goal Indicator)を顧客の行動フェーズごとに分類しながらKPI(Key Performance Indicator)を引き出していく。顧客の行動フェーズは「獲得」「初期行動」「継続」の大きく3つに分類できる。3つの中では継続がもっとも重要だ。
- 獲得(アクイジション)
例)サイトに訪問してもらう。 - 初期行動(アクティベーション)
例)サイトをよいと思ってもらう。 - 継続(リテンション)
意味のあるユーザーを増やす。
- 獲得(アクイジション)
- 優先順位付け
次に分解したKPIを選別、ROIが最大化できる(効果の期待値が高くてコストが低いもの)ものから優先して手をつけていく。たとえば、同じ10%(ポイント)アップでも「流入」と「継続」では得られる結果が大きく違う。
― 流入 行動 継続 成果 現状 100人 10% 10% 1 流入UP 110人 10% 10% 1.1 継続UP 100人 10% 20% 2 - 施策の決定
KPIに基いて施策を決めることになるが、これもシンプルに考えるべきだ。データ/ファクトの「悪い箇所」を見つけることで「課題」を発見し、データ/ファクトの「良い箇所」を見つけることで「解決策」を探し、それをもとに施策を決定するのがポイントだ。
たとえば、アクティブ率が低い(悪い箇所・課題)がある一方で、アクティブな人がブックマークを活用している(良い箇所・解決策)傾向があったとする。その場合「アクティブ率が低くなりがちな人にブックマーク活用を促進する」という施策が導き出される。
2. 実行フェーズ(Do)
Do(実行)フェーズは、仮説立てられた施策を具体的なテストに落とす部分、ここでも3つの活動を行う。
- テスト設計
Planで立てられた施策を具体的にテストに落とす作業。テスト設計は仮説の計測が容易なものを選ぶ。ユーザーインタビューのような時間をかけて分析をする手法よりも、3日で結果がわかるA/Bテストの方が向いている。
重要なのはテスト前に以下のように仮説を明文化しておくことだ。
「今回プロトタイプするもの」で、「顧客の行動が好転する」と仮定される。それは「KPI/ファクトの計測」で検証する。
- プロトタイプの作成
検証する仮説によって作成するプロトタイプはある程度決まってくる。そのなかで計測が容易なパターンは、次のようなものだ。
- 「流入(獲得)」を増やすために打てる施策
Push(従来の広告)、Pull(検索エンジンなどの能動的なもの)、Promote(シェアや友達紹介など) - 「初期行動」を好転させるために打てる施策
ファーストビューの精錬(クリエイティブ、UI、表示速度)、負荷の軽減(スムーズな会員登録、チュートリアル、ゲーミフィケーション) - 「継続」を誘引するために打てる施策
利用のきっかけづくり(メルマガ、コアユーザー優待)改善(機能の洗練、サポート強化、退会者の出口調査)
- 「流入(獲得)」を増やすために打てる施策
- テスト実施
プロトタイプの作成が終わったらA/Bテストやユーザーインタビューで、テストとユーザーの行動観察を行う。
3. 検証フェーズ(Check)
Check(検証)フェーズでは、テストの計測結果から次のActionの内容を選択する。計測結果は3パターンしかないので、判断を単純化するため以下のフローチャートを活用する。
4. 改善フェーズ(Action)
Action(改善)フェーズでは、Checkで得た結果を元に以下の3つの作業を行い、次のPlanの準備をする。
- 結果の分析
よくても悪くてもやらなければならない。想定と違ったことや新しくわかったことがあると、関連要素やKGIへの影響も考える必要がある。
- 知見を反映
新しい知見・課題点は、蓄積されるバックログに反映しておく。
- 改善点を追加
バックログの優先順位を見直し次のプランに活かす。
我々にはたくさんのデータがありますが、使いこなすにはある程度シンプルなPDCAにしなければなりません。ポイントは、PDCAを回す前にルールと作業をフレーム化し極力シンプルにすることです(鈴木氏)
テーマ2:PDCAをすばやく実行できる組織とは
テーマ1で解説したPDCAサイクルは、スピード感をもってすばやく実行を繰り返すことが必要だ。そのためにはチーム内に決定権限を持った承認者を巻き込むことがとても重要になる。もしくは承認者に権限を委ねられたチームも、判断スピードが上がり成果を出しやすい。
たとえば、Facebookは日本での展開を目指した際、米国本社は日本のグロースハックチームに権限を委ね、日本でも大きな成長を遂げている。また、DeNAはアプリ開発において、予算の上限はあるものの基本的に承認不要とし、リリースを加速させた。
PDCAを回すために4つのフェーズが重要であることは前述の通りだが、実際の設計においては、実業務のワークフロー全体を見直す必要がある。PDCA運用の際に、デジタル施策のなかだけで議論を進めると、売り場や営業部などのリアルの現場がついていけないという問題が発生するため、ワークフローの見直しは欠かせない。
ワークフローを見直すときは、今現在の姿(as-is)を明確にし、そのあとで本来あるべき姿(To-be)を設計する。
ワークフローの全体像を理解するには、アクティビティ図を作成してモデル化するのが有効だ。登場人物を意識し、タスク・分岐、それにかかる時間などを理解したうえで、データを活かすプランを作るのだ。
ワークフローの全体像を理解したら、次は課題を解決するための整備を行う。ワークフローの課題としては、「属人的な管理のみで全体に共有されない」「担当が明示されていない」「時間軸が明示されていない」「全体の視点がなく重複や無駄が多い」といったものが多いが、これらを解決して整備するのだ。
この作業によって次のようなメリットがでてくるため、PDCAを加速させ、効果を上げ続けていくことができる。
- 作業の凡ミス防止
- 進捗管理が容易に
- 業務の効率化・高速化
- 異なるタッチポイントで起こる作業の関連付け(重要)
- 各活動の収益への貢献を可視化
ワークショップによるワークフローの見える化と課題発見
大きな組織になると、複数の部門がそれぞれにマーケティング活動を行っていることがある。その場合、1人の担当者がすべてワークフローを理解するのは不可能だ。
そのようなときに有効な手段として、鈴木氏はプロジェクトの早期段階で部門横断型のワークショップを実施することをすすめる。ワークショップという場で、一時的に部門横断のマーケティングチームを作ることで、これまで見過ごされてきた無駄を発見したり、参加者全員が俯瞰した目線を獲得したりできる。
ただし、ワークショップの実施にはファシリテーターが非常に重要だ。的確なファシリテートができる人材が社内にいなければ、Web制作会社などから見つけるのもいいだろう。また、場所も意外と重要だ。社内のいつもの会議室だとつい縦割り構造を意識してしまうが、場所を変えるだけでも気分が変わり、参加者の理解が進むことも多いという。
マーケティングオートメーションへの基盤作り
部門横断という意味では生活者がもっとも部門横断だ。少し前まではマーケティングの対象もセッションやグループ単位だったが、今は個人単位での行動データの取得が可能になったことで、より個別のコミュニケーションが求められるようになった。
それに合わせてPDCAの運用も細分化され複雑化している。企業の間では、その複雑な業務を自動化するマーケティングオートメーション活用が進んでいるが、「ワークフローの整備はその始まりに過ぎない。まずは全体のワークフローを理解しながら、データを活用したPDCAを回せる仕組みを作っていくことが重要」と、鈴木氏は最後に述べた。
株式会社博報堂アイ・スタジオ
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