消費者コミュニケーションの時代変遷/『ダブルファネルマーケティング』特別公開#1-2
第1部 ソーシャル時代の消費者コミュニケーション
第1部 第2章 消費者コミュニケーションの時代変遷
「AIDMA」時代のコミュニケーション
ソーシャルメディアの拡大に伴い、消費者間の「クチコミ」の影響力が高まったことを受け、企業のマーケティング活動やCRM(Customer Relationship Management)戦略も変革を迫られている。その結果、これまで「常識」とされていたセオリーや常套手段は大きく様変わりし、新たな概念や手法が次々と登場している。
このような環境変化を説明する際には、しばしば「AIDMA」や「AISAS」、「SIPS」という消費者行動モデルが用いられる(図1-6)。本書もそれに習い、消費者行動モデルの変化に沿ってマーケティング環境の変遷を説明しよう。
戦後の大量生産・大量流通・大量消費の高度成長期は、新商品を「作れば売れる」市場環境であった。そのため、マス広告を活用し、より多くの消費者の認知や興味を引き出すことに重点が置かれた。このようなマスマーケティング時代の消費者行動モデルは「AIDMA」と呼ばれる。
「AIDMA」モデルでは、まず商品の発売前に視聴率・閲覧率の高い媒体を活用し圧倒的に認知度を高め、インパクトやエンタテインメント性の強い広告訴求で興味・関心を煽り、その後の販促施策によりスーパーマーケットなどの店頭におけるフェイスシェア(店頭の棚割りにおける自社ブランドの占有率)を高め、あらゆる消費者に購入を促すことで定番商品(ナショナルブランド)を生み出すという手法が定石であった。
しかし、1970年代後半以降、日本経済が供給過多の低成長期に突入すると、消費者ニーズの細分化やライフスタイルの多様化により消費者のバラエティシーキングが加速した。結果、商品のライフサイクルが短縮され、従来の手法でナショナルブランドを生みだすことが困難になった。
そのような市場環境の変化を受け、企業にはよりニッチなニーズにきめ細かく対応する商品開発やマーケティングが求められるようになった。あらゆる顧客層を絨毯爆撃するのではなく、顧客を細分化(Segmentation)し、ターゲット顧客層を設定(Targeting)し、ターゲットのプロファイルやニーズに合わせて自社のブランドイメージを訴求(Positioning)する、STP戦略がマーケティングの基本作法とされるようになった。
また、顧客データベースの分析に基づき、顧客層別にカスタマイズしたダイレクトメールやテレマーケティングによって、ターゲットにより効率的にリーチする、ダイレクトマーケティングが注目されるようになった。
1990年代に入ると、ダイレクトマーケティングはますます重視されるようになった。顧客満足度(Customer Satisfaction)を重視したCS経営や、コンタクトセンターなどを基点としたOne to Oneのカスタマーコンタクトチャネルを活用したCRMが、企業経営に不可欠な戦略と見なされるようになった。あわせてデータベースマーケティングやデータマイニングのような顧客属性および購買履歴の分析手法が発達し、CRM戦略の興隆を下支えした。
CRMの戦略目標は、従来のマスマーケティングとは一線を画していた。マスマーケティングは、企業から消費者に対し一律に情報を発信し、より多くの顧客を獲得する(マーケットシェアを高める)ことを目標としていた。一方のCRM戦略は、一人ひとりの顧客(個客)のCSを高め、ニーズに合わせて提供する情報や商品をカスタマイズすることで、より多くより長く利用してもらい、ワレットシェアを高め、顧客生涯価値(LTV:Life Time Value)を最大化することを目標とした。
CRM戦略においては、双方向のコミュニケーションを継続して行い、顧客の声(VOC:Voice of Customer)に耳を傾け、それを次の商品の開発・改善や宣伝・販促の施策立案に活用し、LTVを高めていくことが重要とされた。VOCデータは、購買履歴のような数字形式ではなく、文章(テキスト)形式で残される。そのため、テキストマイニングと呼ばれる文章の分析手法も1990年代後半から2000年代前半にかけて飛躍的に発達した。
「AISAS」時代のコミュニケーション
1990年代半ばまで、ダイレクトマーケティングであれ、CRMであれ、マーケターが想定している基本の消費者行動モデルは、マスマーケティングと同じ「AIDMA」であった。ところが、90年代後半から、インターネットや携帯電話などのデジタルデバイスが普及すると、購入前の情報検索(Search)や、購入後の情報共有(Share)の重要性が増してきた。このようなデジタルマーケティング時代の消費者行動モデルを「AISAS」と呼ぶ。
購入前の検索行動については、Yahoo!やGoogleなどの検索サイトにおける検索連動広告(リスティング広告)や検索結果の上位に自社が表示されるようなSEO(Search Engine Optimization)/SEM(Search Engine Marketing)施策によって、消費者を自社のランディングページ(LP:Webサイトの訪問者が外部から自社のサイトに訪れる際に、最初に開くことになるページ)に誘導するといった手法が新たな定石となった。また、誘導先のページに表示されるコンテンツやメッセージを顧客のタイプに応じてカスタマイズし、コンバージョンレート(Webサイトの訪問者の中で、資料請求、会員登録、商品購入などの収益につながるアクションを起したユーザーの割合)を最適化するようなLPO(Landing Page Optimization)施策も重要視された。
一方、購入後の情報共有行動については、ブログや価格.com上に投稿される、いわゆるCGM(Consumer Generated Media)が台頭した。CGMを介して消費者は、自身が必要としているコト(情報)を、企業からではなくお互いにシェア(発信・共有)しあうことで調達するようになった。例えば、価格.comの場合、商品の価格や機能の比較だけでなく、「クチコミ」や「レビュー」に書き込まれたVOCが商品選択において重要な情報源になっていった。やがて、これらのCGMの多くは掲示板形式の消費者同士のコミュニティとして発展し、質疑応答や意見交換が活発に行われようになった。
「SIPS」時代のコミュニケーション
2000年代半ばまでのCGM上の消費者間のやりとりは、特定の掲示板やレビューサイトの閲覧者に限定されたものであった。ところが、2000年代後半にTwitterやFacebookが急速に普及すると、消費者間の質疑応答や意見交換を、やりとりをしている本人たちとは別の多くの潜在的な消費者が閲覧し、情報を拡散・増幅しあうことで、商品選択や購入決定の参考にするようになった。その結果、購入後の消費者からのVOCの共有が、潜在的な未購入者の意思決定により大きな影響力を持つようになった。
以上のようなソーシャルメディア上での消費者行動モデルを「SIPS」と呼ぶ。「SIPS」モデルでは、消費者は特定の個人の発言・出来事または企業の発信した情報や理念に対し、Facebookであれば「いいね!」や「友達登録」、Twitterであれば「フォロー」や「リツイート」の形で「共感(Sympathy)」を示し、それを契機として個人や企業との間に絆を形成する。その絆を糸口に、消費者は他メディアや店頭でより詳しい情報を「確認(Identify)」し、SNS上での発言や商品の購入といった形でコミュニティに「参加(Participate)」、互いにVOCを「共有・拡散(Share & Spread)」しあうようになる。
「SIPS」モデルによって、ソーシャルメディア時代の消費行動のすべてを説明するのは困難であるが、このモデルはソーシャルメディア時代のコミュニケーションの核心となるキーワードを含んでいる。それは「共感」と「参加」である。ソーシャルメディアとは「共感」をベースとした消費者同士の絆であり、企業がソーシャルメディアを活用するためには、そのような「共感」の絆に「人格」をもった一人のユーザーとして「参加」させてもらわなければならない。その意味でTwitterやFacebookのアカウント一覧などで一般ユーザーと企業名が並んでいる光景は、見た目以上の示唆に富んでいる。
一般的にソーシャルメディア上の消費者が企業の発信した情報に「共感」を覚えるパターンは3種類ある。1つ目は「情報の発信元」である企業や商品・サービスのブランドイメージに対する共感である。2つ目は、商品・サービスや広告・キャンペーンの内容など「情報の中身」に対する共感である。そして3つ目は、起用したタレントやキャラクターに対する共感である。最近は、企業アカウントのアイコンにイメージキャラクターやペルソナを設定しているケースも多い。キャラクターを用いることで、企業が「人格」をもった一人のユーザーとしてソーシャルメディアに「参加」しようとしている姿勢を示すことができる。そうした姿勢に「共感」を覚える消費者も少なくない。
ここで繰り返し強調しておきたいことは、「SIPS」モデルにおけるコミュニケーションの入り口は「共感」であるということだ。「AIDMA」や「AISAS」におけるコミュニケーションの入り口は、インパクトの強い広告で生活者の「アテンション(注意をひいて気付かせること)」を引き出すことにあった。だが、「SIPS」モデルでは、企業はインパクトよりも「共感」を生みやすい情報発信やクリエイティブの工夫を求められる。
逆に、従来のような「アテンション」ありきの情報発信は問題視される。なぜならソーシャルメディア上の消費者は、企業からの一方的な情報発信よりも、友人・知人の第三者的なVOCをより重視し、信用するからである。企業からの一方的な情報発信は邪魔なノイズと見なされ、反感を持たれてしまう場合すらあり得る。
最近はTwitterやFacebookに企業が公式アカウントを設置し、作り手・売り手側の情報提供者がソーシャルメディアに積極的に「参加」するケースも増えてきた。だが、マスメディアの流儀をソーシャルメディアにそのまま持ち込み、「人格」を持たない企業からの一方的な情報発信を繰り返すケースをしばしば見かける。そのようなコミュニケーションのスタイルでソーシャルメディアに「参加」しても、消費者から「共感」を引き出すことは難しいだろう。他人のコミュニティに我が物顔で踏み込み、自分の名前(自社製品名)を声高らかに叫ぶような行為によって「共感」を得られるはずがない。
では、企業はどうやってソーシャルメディア上で「共感」を生み出していけばよいのだろうか。その成功の鍵はソーシャルメディア上で他の消費者に対する影響力が高いインフルエンサーが握っている。前述のとおり、ソーシャルメディア上の消費者は友人・知人のVOCをより信用する。そのため企業は、まずは多くの友人・知人から共感を集めることが得意な影響力のあるインフルエンサーと絆をつくり、ユーザーレコメンドやユーザーレビューの形で企業に代わって発信してもらう必要がある。
図1-7は、一般的な消費者がインフルエンサーとして情報を発信するようになるまでの過程(エンゲージメントプロセス)を図解したものである。はじめに、企業やブランドに共感を示した消費者がパーティシパント(参加者)となる。その後、商品を購入してファン(応援者)となり、継続購入によってロイヤルカスタマー(支援者)となる。最終的に、友人・知人に商品に関する情報を積極的に広めるエバンジェリスト(伝道者)となる。
ゆえに「SIPS」では、参加者を企業やブランドの応援者・支援者・伝道者へと育成していくことが重要になる。これはいわゆるCRM戦略とは似て非なるものである。従来のCRM戦略は、CSを高めることで商品を継続購入してくれる「ロイヤルカスタマー」を育成し、結果的にワレットシェアを最大化することに主眼があり、既存顧客から得られる売り上げに関心を寄せていた。
一方、「SIPS」では、商品の評判や感想を拡散してくれる「インフルエンサー」を育成することを重視する。既存顧客のVOCを潜在顧客へのクチコミとして拡散させることでボイスシェアを最大化することに主眼があり、既存顧客が呼び込む潜在的な新規顧客からの売り上げ拡大に関心を寄せている。
この記事は、書籍『ダブルファネルマーケティング』 の内容の一部を、Web担の読者向けに特別にオンラインで公開しているものです。
マーケティング、CRM、データ分析の観点からソーシャル時代に適応するための処方箋
ソーシャルメディアの拡大により、クチコミの影響力が飛躍的に高まり、消費者コミュニケーションの主役は企業から「個客」へと移行しています。ダブルファネルマーケティングは、このような時代の変化に適応すべく、既存顧客の共感・感動体験のクチコミを新規顧客に共有・拡散することで、認知度・受注率・継続率などを底上げするような好循環を生み出し、顧客資産価値や顧客の感動を最大化していくための統合マーケティング戦略です。
その戦略の成功の鍵を握るのは、企業の「データガバナンス」力。顧客の行動/発言データを収集・分析・活用しPDCAサイクルを回すには、その推進役を担うデータサイエンティストの育成や、知的業務の効率化に向けたKPO(Knowledge Process Outsourcing)の活用が不可欠です。また、データや分析に対する考え方についても発想の転換が求められます。従来のような「統計的に正しい知識」を得るための分析(アナリシス)に終始せず、社内外の膨大かつ多様なビッグデータの統合(シンセシス)をもっと重視すべきでしょう。なぜなら、出現率の低いレアケースの行動/発言のタイムラインを観察し「個客」のインサイトを深めることが、クチコミの源泉となる「感動体験の創出に役立つ知恵」を得ることにつながるからです。
本書は、このような新しい時代のマーケティングやCRM戦略、およびデータ分析の理論と技法を、国内外の事例を交えて体系化したものです。
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