ソーシャルメディアで大切なのは共有よりも共感だと思う
今日は、企業のソーシャルメディア対応について。FacebookでもTwitterでも、意識すべきキーとなるものは「共感」ではないかと思っています。
ソーシャルメディアに対して企業が行動するとき、そこには「つながりを広げ」たり「情報を発信」したり「情報を共有」してもらったりといった行動がありますが、最も意識すべき、最もキーとなる要素は何かと聞かれたら、いま私は「共感を生む・得ること」だと応えています。
書籍『シェア』が日本で発売されたのは2010年12月。「脱所有」といったキーワードで、ネット上において「シェア(共有)」することの意味の変化を解説しています。ほかにも、FacebookやTwitterで情報を共有することの話題などもあり、「ソーシャルメディア時代に大切なのは共有なのかな」という感があったのですが、実は私はその方向は認めつつも、少しだけ腑に落ちていない部分がありました。
それが何か見えてきたのように思えたのが、電通がソーシャルメディア時代の新しい生活者消費行動モデル「SIPS」を発表したときでした。SIPSでは、これまでのAIDMAやAISASなどで「アテンション」が最初にきていたのと違い「共感する」が最初に来ていて、消費行動モデルの最後に「共有」がありました。
つまり、情報発信や情報の共有は目的ではなく、いずれも「共感」を生むための手段であるという考え方です。
SIPSの説明では、次のように解説されています。
たとえばTwitterのRT(リツイート)も、Facebookの「いいね!」ボタン、mixiの「イイネ!」ボタンも、共感しないと押さない。共感された価値ある情報のみが広まっていく。
情報が洪水のように大量に流れているいま、「アテンション」をとるために大きな声をあげたとしてもノイズとなってしまい、そうではなく、共感を得ることができなければその先のアクションにつながらないというのです。
では、情報を受け取った人にとって、共感とはどんな場合に生まれるのでしょうか。ざっと例を考えてみましょう。
- こういうの、好きだ
- おもしろい(っぽい)
- 何かスゴい、カッコいい(スゴそう、カッコよさそう)
- 自分の体験に重なる(ような気がする)
- 興味深い(と感じる)
- 今自分が気にしていることに近いトピックである(ようだ)
- ずっと知りたいと思っていたことに応えている(と思われる)
- ぼんやりしていた考えが整理された(感じ)
- 自分もそう考えたい・行動したい
- 知人に教えたい
- (発言した)その人を好き・信頼している
- (発言した)その人を応援したい
これが共感をうむ全てではありませんが、眺めてみると、ロジカルなもの(論理面)と、エモーショナルなもの(感情面)の両方があることがわかります。共感とはやはり右脳的な反応を含むのです。だから、共感を生むには右脳的アプローチも重要になるのです。
Web担で長らくマンガ企画を強く推しているのもそういった側面があります。文章による論理的な説明だけでなく、マンガによってそのコンテンツに入りやすく感じもらうとともに、右脳的に「おもしろい」「好き」という反応をしてもらうことで、よりWeb担での解説内容に対して親近感を感じてもらうのが目的なのです。
B2Bのビジネスをされている人、おそらくサイトのコンテンツやソーシャルメディア上での情報発信は左脳的な、論理的な説明で押す内容が多いのではないかと思います。でもそこに、右脳的な共感を生むアプローチを加えてみてはいかがでしょうか?
- 『シェア <共有>からビジネスを生みだす新戦略』
http://www.amazon.co.jp/dp/4140814543 - SIPS(電通)
http://www.dentsu.co.jp/sips/index.html
ソーシャルもやってます!