どうやれば情報は波及する? 「売り上げ」に結びつくコミュニケーションと「コト消費」の見極め方【後編】
生活者に情報を届け消費に結びつけるにはどうしたらいいのでしょう? 「コト消費」とソーシャルメディア時代の消費行動プロセスという視点から、いま求められる企業コミュニケーションのポイントを『広告をやめた企業は、どうやって売り上げをあげているのか。』(インプレス)を上梓したPRエージェンシー、ビルコム株式会社の太田滋さんに聞きました。
聞き手:安田英久(Web担 編集長) 撮影:渡徳博(ウィット)
この対談は、前後編の2回に分けてお届けしています。→まず前編を読んでおく
「コト消費」には、「つながり消費」「幸せ確認消費」「非日常消費」の3種類がある
安田 この対談の前編で、いまの生活者は「モノ」ではなく、企業から安心や信頼という「コト」を買っているというお話が出ました。そのときに太田さんがおっしゃっていたPCの修理での体験は、まさに「コト消費」ですよね。お
話を聞いていて、つくづくモノだけが求められているわけではなくなってきているのだなと感じました。
太田 モノを手に入れること自体よりも、モノの先にある体験のほうで満足感を得ていますからね。いまはそこのところを重視している人たちが増えてきていると思います。
安田 そういう傾向をふまえてのことだと思うのですが、たとえばAppleのiPhoneの広告なんかも方向性が変わってきていますね。
ああいうデバイスの広告って、昔は「この製品はすごいんだぞ! ドーン!」みたいにモノの機能や性能を前面に出した感じでしたよね。でもAppleはユーザーが撮った美しい写真を見せたりして、「iPhoneを使えば、ほら、あなたの生活がこんなに素敵になりますよ」とコトに重点を置いています。
でも、一言で「コト」といっても、いろんな種類がありますよね?
太田 そうですね。私は消費する際の「コト」には次の3種類あると考えています。
つながり消費 ―― 自分は一人ではないということを確認するための消費
幸せ確認消費 ―― 自分が幸せであることを確認するための消費
非日常消費 ―― 自分に別の可能性があることを確認する消費
たとえばですが、私、つい先日、コーヒーの焙煎機を購入したんですよ。コーヒーの生豆を30分かけて焙煎する機械です。焙煎が進んで青かったコーヒー豆がだんだん黒くなっていく様子を眺めたり、焙煎が終わったコーヒーをドリップして楽しんだり……と、コーヒー1杯を飲むためにすごく手間と時間をかけているわけですが、それがとても楽しいんです。
安田 コーヒーマニアが行き着く究極の場所の1つですね(笑)。
太田 (笑)私が焙煎機に求めているのは、「その機械を所有すること」というよりは、その先にある非日常感や、そういう楽しみをもっていることへの幸福感なんです。これがまさに「非日常消費」ですし、「幸せ確認消費」でもある。
しかも、豆が焙煎されていく様子は本当に興味深いので、スマホで撮ってInstagramにアップして、みんなに知らせたくもなる。自分だけの体験にしておくのではなく、共有して、同じ趣味の人とつながっていたい。これは「つながり消費」ですね。コーヒーを自宅で焙煎するという、同じ趣味嗜好の人達とつながるのが楽しいんです。
安田 同じトライブ(集団)の人と体験を共有できて、それ自体が楽しい、と。ソーシャルメディア時代ならではですね。
消費心理プロセスは、「AIDMA」「AISAS」から「PLSA」に
太田 加えて、ソーシャルメディア時代という意味では、購入までのプロセスも以前とは大きく違ってきていますよね。
焙煎機にしても、私自身、いきなり買おうと決めたわけではなく、Amazonのレビューを読んだり、価格.comで価格を確認したり、Instagramで検索してすでに焙煎機を持っているユーザーの投稿を見たりして、ある程度時間をかけて多角的に検討し、自分が焙煎機を買った後の生活をイメージしてから購入にいたっています。このへんのことは、著書では「PLSAモデル」として説明しているのですが……。
安田 消費行動プロセスとしては、これまで広告業界では「AIDMA」「AISAS」などがありましたが、いまおっしゃった「PLSA」はその次のモデルということですか?
太田 そうです。「PLSA」は、次のような一連の流れの頭文字をとったものです。
- Perception(認知・認識)
- Listing(登録・リスト化)
- Simulation(評価)
- Action(消費・体験)
安田 「AIDMA」「AISAS」は、どちらも生活者の興味を獲得する「Attention(認知・注意)」から始まっていますが、「PLSA」の最初は「A」じゃないんですね。これも、すでにお話に出てきたように、広告で認知を獲得するのがだんだん難しくなってきていていることが理由でしょうか。
太田 はい。むしろソーシャルメディア上で知人や友人の投稿から知ることが増えているわけで、そういう意味では、生活者の消費行動の出発点は「Attention」というよりも「Perception」に近くなっていると思うんです。そして認識したものを即座に買うのではなく、しばらく自分の意識の中に置いて、折に触れて、本当に必要なものかをシミュレーションしていく。
安田 具体的には、どんなシミュレーションがなされるとお考えですか?
太田 先ほどのコーヒーの焙煎機でいえば、たとえば、「家のどこに置くのか」とか「リビングにあるとどんな雰囲気になるんだろう」といったことが気になりますよね。でもInstagramで検索すれば、他の人が実際に部屋に置いている様子を見ることができます。
「焙煎している間はうるさくないのか」「焦げ臭くならないのか」「においはつかないのか」といった使用感も気になりますが、そういうものもAmazonなどのレビューに出てきます。
焙煎したてのコーヒーを飲んでいる人のTwitterを見れば、自分がやってみたらどうなるかも、少しは想像がつく。いまは多くの人たちが、そうやっていくつかの視点で反芻しながら評価して、購入を決めていますよね。
安田 たしかに何かを「買おうかな」と思うと、あれこれ頭の中で考えます。いろいろ検索もするし。
太田 だいたいシミュレーションには、次の4つの視点があると思うんですよ。
商品のスペックや機能、価格といった「機能的評価」
商品やブランドが掲げているビジョンやデザインといった思想やイメージに関わる「情緒的評価」
社会つまりは多くの人たちにどのように受け入れられているかという「社会的評価」
その商品のジャンルに詳しい学者やジャーナリスト、ブロガーなどの専門家による意見を参考にする「専門的評価」
少なくともこれくらいの視点からは検討して、納得できたら購入する。そういう意味では、「シミュレーション」はソーシャルメディア時代の消費行動のカギを握る、とくに重要なファクターだと思います。
企業コミュニケーションのポイントは「第三者」「事実性」「マイクロコンテキスト」
安田 なるほど。しかし、そんな個人的な営みにどうやってアプローチするんですか?
太田 やっぱり情報を波及させること、ですね。それがPR的コミュニケーションの本質といってもいいかもしれません。
One to Oneマーケティングなどアドテクを駆使したキャンペーンはマーケティングとしては有効ですが、情報に接触した受け手がそれを他者や他のメディアへ広げていくかというと、なかなかそうはならないことが多い。受け手自身が情報を消費して、そこで完結しているのではないかと思うのですが。
安田 情報は、消費されたらそこで止まる。だから波及させるようにしようということですか。でも、かんたんなことじゃありませんよね。
太田 アプローチとしては、パーティの演出としてよくあるシャンパンタワーのいちばん上のグラスにシャンパンを注いで、下のグラスに行き渡らせていくようなイメージで情報を波及させます。
私たちはそれをそのまま「シャンパンタワー型コミュニケーション戦略」と呼んでいるのですが、ポイントはひとつめのグラスの選び方ですね。具体的には、扱う商品に対して、とくに熱量の高い人たちがいるセグメントにまずは情報を届けること。
先ほどの焙煎機であれば、「コーヒー好き」と言っても、こだわりのコーヒーを提供する喫茶店でコーヒーを飲むことを日課にしている人もいれば、自分で豆を挽いてネルドリップで珈琲を抽出している人もいます。さまざまなコーヒー好きがいるなかで、自分でコーヒーを焙煎することに熱量をもっている人たちに対して、まずは情報を届けるわけです。
安田 どういう情報の届け方をするんですか?
太田 アプローチのやり方はいろいろあります。熱量のある人たちをお招きしてコーヒーの飲み比べをしてもらうのもいいですし、実際にコーヒー農園に行ってコーヒー豆を収穫する体験をしてもらうような企画でもいい。そうするとコーヒーに対して熱量のある人は、InstagramやTwitterなどのソーシャルメディアでどんどん情報発信してくれますから、そこから別のメディアへと飛び火しやすくなるんです。
安田 なるほど。あくまでも情報を発信するのは生活者だと。
太田 おっしゃるとおりです。大事なのは、次の2つです。
- 「第三者」からの情報発信であること
- 「事実」であること
前者は、コーヒー焙煎機のメーカーが「うちの焙煎機いいですよ」と声高にいうのではなく、コーヒーの専門家やコーヒー好きなブロガーなど「第三者からの発信」であることですね。
もちろん、良いことだけでなく、「豆によって味が違う」「焙煎を間違えると豆が黒焦げになって飲めたものではなくなる」などの事実もきちんと伝えなければなりません。それが後者です。
そしてもう1つ。それが「マイクロコンテキスト」の文脈にのっとっていること。要するに、本当に熱量の高い人たちが、共感して、自分の言葉によって情報発信していることが大切なんです。
安田 「第三者」「事実性」「マイクロコンテキスト」。たしかにソーシャルメディア時代ならではのコミュニケーション作法ですね。そして、そのベースにあるのは信頼ですか。
太田 おっしゃるとおりです。信頼こそが企業のコミュニケーションにとってもっとも大切なものだし、これからはそれが競争軸になっていくんじゃないでしょうか。
「コト消費」には、「つながり消費」「幸せ確認消費」「非日常消費」の3種類がある。
いまの生活者はモノを買う前に、4つの視点で「シミュレーション」をしている。シミュレーションがソーシャルメディア時代の消費行動におけるキモになる。
情報は消費されたらそこで止まる。ある属性(マイクロコンテキスト)の熱量をもっている「第三者」からの「事実性」のある情報こそが、情報波及には必要。
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