広告だけじゃ成果が出ない時代。どうやって売る?──PR的コミュニケーションで人を動かす3つのポイント【前編】
ソーシャルメディア時代も「広告に頼りきり」でいいのか? そう問題提起する『広告をやめた企業は、どうやって売り上げをあげているのか。』(インプレス)を上梓したPRエージェンシー、ビルコム株式会社の太田滋さんに、いま求められている企業コミュニケーションのポイントを聞きました。
聞き手:安田英久(Web担 編集長) 撮影:渡徳博(ウィット)
「広告だけで成果が出ない」のは「生活者の情報への接触態度が変化したから」
安田 新刊で『広告をやめた企業は、どうやって売り上げをあげているのか。』というタイトルを掲げておられます。一見刺激的な印象を受けますが、実際はどのような内容なのですか?
太田 いまの時代に即したコミュニケーションの提案です。あの本でお伝えしたいのは、「広告なのかPRなのか」というような話ではなく、ざっくりいえば、ソーシャルメディア時代にはそれに適したコミュニケーションがあるはず、だから、そういうやり方をしましょうよ、ということなんです。
安田 枝葉の話ばかりになりがちな方法論の議論をやめて、いちど幹の部分、つまりコミュニケーションの本質に立ち返って考えてみましょう、ということですか。なるほど。ちなみに、タイトルのように、実際に広告をやめている企業は多いのですか?
太田 広告を全部やめた、というより、「商品の発売? じゃあ、とりあえず広告を打っておこう」と、いつのまにか当たり前になってしまっていた物事の進め方に疑問をもって、より時代に即した方法を模索している企業が増えている、という状況だと思います。
電通が発表している「日本の広告費」をみると、広告費自体は微増しているのですが、でも広告だけだと成果が出なくなってきているということでしょうね。実際にそういう相談をもちかけられることも増えています。
安田 「広告だけでは成果が出ない」時代になった、と。その理由は?
太田 生活者の情報への接触態度が変化しているからだと思います。マスメディアを見ない層が出現していること、ソーシャルメディア時代になっていることが背景としてあるのですが、ポイントとなるのは共通認識や価値観、つまりは「コンテキスト」ですね。
1990年代以前のマスメディア全盛のころはテレビや新聞、雑誌といったマスコミによって社会全体を覆うコンテキストが形成されていました。著書ではこれを「メガコンテキスト」と表現していますが、そういう大きな共通認識があったから、マス広告はよく効いたんです。
安田 マスメディア時代は社会の中に画一的な合意があった、ということですね。
太田 はい。しかし、いまのようにインターネットによって個人同士がつながりそれぞれが情報発信するようになったソーシャルメディア時代は、メガコンテキストは形成されにくい。なぜなら生活者の情報の交流は属性や趣味などでつながった小さなグループを中心に行われるからです。私はこれを「マイクロコンテキスト」と呼んで、PR的コミュニケーションが求められる重要な要因のひとつとしてとらえています。
ユーザーの期待に応えられるコミュニケーションが望まれている
安田 でも、ソーシャルメディア時代のコミュニケーションとしては、One to Oneに近いターゲティングを目指すデジタル広告がありますよね。バナー広告はともかく、FacebookやGoogleのリスティング広告やインフィード広告は効果が高いと言われています。実際には、これらの広告施策を行っている企業はたくさんあります。
太田 FacebookやInstagramを見ていても、友人や知人の投稿のあいだにインフィード広告が入ってきますよね。私はマーケティングに関する話題や好きなワインの投稿をすることが多いのですが、そうすると、そういった内容の広告がドサドサ入ってきます。でも、あれを邪魔だと感じたことありませんか?
安田 たしかにインフィード広告を無視している人は多いでしょうね。
太田 ほとんどの人は邪魔だなと感じて、無視していると思うんです。実際にリスティング広告やインフィード広告はバナー広告に比べればクリック率は高いようですが、リスティング広告でも平均1%、インフィード広告も0.2%から0.5%という情報があります。対してバナー広告(ディスプレイ広告)は0.1%台。俯瞰してみれば、両者に大差はないようにも思います。
安田 検索連動型広告はどうですか? 求めている情報に対する答えを提示してくれるという意味では、検索ニーズには合っていますよね。
太田 理屈の上ではそうだと思います。でも、少なくともいまの実情は必ずしもそうともいえない気がします。
たとえば、私自身、残念な体験をしました。スキーに行きたくて、「北海道」「ゲレンデ直結」「ホテル」で検索したんですよ。そうしたら、ある世界的なホテルグループの施設ができるという広告が出てきました。でも、クリックしてみたら、リンク先にあったのはホテルの情報ではなく、そのホテルグループが運営するリゾートマンションのランディングページだったんです。
安田 それは本当に残念ですね。
太田 「ホテル」という単語での検索が多いので、おそらく、それに乗っかるかたちでリゾートマンションの広告を出稿したのでしょうね。たしかに、あそこでもし「北海道」「ゲレンデ直結」「ホテル」で検索したとおりのホテルの広告が出てきていれば、情報としての価値を感じていたかもしれません。でも、なんとか広告を表示させよう、クリックさせようという思惑が行きすぎて、実際のところは、そのとおりにならないことが増えてしまっていると思うんです。
安田 ただ、「仕組み」と「ビジネス倫理」の話は分けて考えたほうがいいと思うんです。
検索連動型広告やインフィード広告などといったデジタル広告の仕組みは、上手く使ってOne to Oneマーケティングを実現していけば、企業にとって高い成果が見込める広告出稿になると思うし、生活者にとっては欲しい情報が手に入る可能性がある。両者にとって良い仕組みになりうると私は思います。
ところが現実は、技術の状況に加えて「これだけの広告予算を使っているのだから、これだけの成果を出さなくては」という企業の理屈が先に立って、残念な状況も発生してしまっている。その結果、広告が生活者にとって好ましくないものになってしまっているということですよね。
太田 先ほどお話しした「マイクロコンテキスト」にも関係するところなのですが、生活者は企業の一方的な“売らんかな”の精神で押しつけられる情報が嫌なのであって、Googleのリスティング広告もFacebookのインフィード広告も、もっとニュートラルに生活者ひとりひとりの興味関心に合っていれば有用な存在になりうるとは私も思います。
今回執筆した本はタイトルが「広告をやめた企業は、どうやって売り上げをあげているのか。」と刺激的なので、「広告を全否定している!」と誤解する人もいるのですが、本当に訴えたいのは、まさにそこのところなんです。
安田 ネイティブ広告の本質はそうですよね。ネイティブ広告は、出稿している媒体にフォーマットや体裁が合っていて広告表記がなされていることはもちろんですが、広告をクリックしてその先に出てきた内容が、読者の期待している「その媒体での体験」に沿っていることが肝要である、と。
太田 でももし、ネイティブ広告をクリックした先で販促的なランディングページが出てきたら……。
安田 事前期待を裏切られた気持ちになって、嫌になってしまいますよね。
「お客さまの期待に応える、役に立つ」ことが企業の信頼や信用につながる
安田 ところで、生活者にとって好ましくない広告は増えていると感じますか?
太田 あくまで肌感覚ですが、減っているんじゃないでしょうか。昔に比べれば。
安田 やはりそう思いますよね。私も業界的には少しずつ広告主側の意識が良い方に向かっていると思っています。
たとえばGoogleは、Webブラウザ「Google Chrome」に一部の広告を非表示にする機能の提供を進めていますが、そこでブロックされるのは、オンライン広告の改善を目的とした業界団体「Coalition for Better Ads」が定める「Better Ads Standards」に準拠していない広告なんです。ざっくりいえば、生活者が不愉快と感じる広告が排除されるようになるわけですが、こういう動きが出てくると、広告主側の倫理観が良い方向に向かう流れも加速されるでしょうね。
太田 私もそう思います。結局のところ「信頼」が企業やブランドの競争軸になってきているのだと思うんです。
企業が自らの商品を売りたいがために、誇張した演出をしたり事実と違うことを言ったり、ということが昔はまかり通っていました。しかしソーシャルメディアで生活者が声をあげることができるいま、それは通用しません。
しかも、興味をもっていない人にまでそれを強引に届けるなんて、いまのコミュニケーションの感覚にはちょっと合わない気がします。「マス広告だから」「デジタル広告だから」という違いの話ではなくて、やっぱり信頼とか信用の問題だと思いますね。
安田 企業に求められているのは「お客さまの期待に応える、役に立つ」ことであり、それが信頼や信用につながるということですか。
太田 はい。どのような組織であっても社会的な役割や意義を意識したフィソロフィー(理念)やミッションがありますが、それを置き去りにして、単に金儲けをしよう、短期的に売り上げをあげようと考えてアプローチしだすと、やっぱり期待を裏切ることになりますよね。
商品企画、開発に始まり、プロモーションやカスタマーサポート、経営の意志決定も含めて、あらゆるプロセスのなかで生活者との約束を組織全体で守れるかどうか。それができている企業は、信頼と共感を得て、結果的にそれが利益につながっていくんじゃないかと感じます。
安田 信頼と共感を大切にしている組織は伸びますよね。けっしてかんたんなことではありませんが。売り上げをあげるとなると、「モノを買ってもらう仕掛けをどうするか」という話になりがちですが、場合によっては、購入して数年後に使わなくなったモノを廃棄するところまで含めて、顧客の体験を考えていかないといけない。
太田 実は先日、ちょっと好ましい経験をしたんです。ずっと使っていたPCが壊れたので、同じブランドの新しいPCを購入したんですよ。そうしたら、なぜかバッテリーがすぐに切れてしまって……。カスタマーサポートに連絡していろいろ試したのですが、どうやってもなおらなくて、結局、修理工場に出すことになったんです。
「梱包して送り返したりするのは手間だな」とも思っていたのですが、いまは宅配会社が回収に来てくれるんですよね。しかも修理状況の進捗も細かくメールで送られてくるんです。こういう安心感とか、満足感とかがあると、そのブランドのことを好きになるし、また同じブランドの商品を買おうと思いますよね。
安田 モノを買うというよりは、「ここまでサポートしてくれるから安心だ」という信頼を買っているといえるかもしれませんね。生活者のことを真摯に考えたコミュニケーションを設計するのは手間がかかるし、一見すると「労多くして益少なし」と思えるのだけど、実はそのほうが長期的にみると効果的で、効率的でもあるということですね。
この対談は、前後編の2回に分けてお届けします。
前編では、広告が効かなくなった理由を生活者の情報接触の態度変容で考察し、さらには、これからの時代に求められる企業の倫理観にまで話が及びました。
ではコミュニケーションを具体的に「売り上げ」に結びつけるにはどうしたらいいでしょう? 後編では、ソーシャルメディア時代の消費行動プロセスとPR的コミュニケーションの本質についてお聞きします。
属性や趣味などでつながった小さなグループを中心に情報交換をするソーシャルメディア時代の生活者には、マスコミに頼った大味な広告は効かない。
One to Oneマーケティングで用いるデジタル広告も、もっとニュートラルに生活者の興味関心に寄り添えば、有用な存在になるはず。
いま企業に求められているのは「お客さまの期待に応える、役に立つ」こと。「信頼」が企業やブランドの競争軸になってきている。
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