セブン×八代目儀兵衛の“おにぎり”が話題になった理由 ブームを継続する仕掛けづくり
創業236年の米問屋である八代目儀兵衛は2023年3月、セブン-イレブンのおにぎりの監修を発表。店頭で販売されるおにぎりの“お米”を監修した。SNSでも大きな話題を呼んだ事例だが、コンビニ最大手との初タイアップなだけに、苦労も多かったという。
「デジタルマーケターズサミット 2023 Summer」では、八代目儀兵衛の河野みなみ氏が登壇。タイアップ効果を最大化するための工夫や、単なる打ち上げ花火では終わらせない仕掛けづくりについて語った。
創業236年の老舗米屋が、大手コンビニのおにぎりを監修
八代目儀兵衛は、1787年に創業した京都の老舗米問屋だ。「世界中にごはんの美味しさを広げる」ことをミッションに掲げ、毎年味の変わるお米を欠かさず食味し、美味しいものだけを仕入れるという品質本位の商売にこだわっている。
しかし近年、お米をめぐる情勢は非常に厳しい。お米の消費量は昭和30年代後半をピークに減少を続けており、米の卸売業者においては営業利益率1%以下が常態化。結果として、街の米屋の9割が廃業に追い込まれた。
ではなぜ、日本の主食であるはずのお米が、窮地に立たされてしまったのか。河野氏は市場停滞の理由を「お米のおいしさの評価基準がないこと」だと説明する。
消費者は本来、自分が美味しいと感じるものを選ぶはずですが、現状そういった情報は販売の中にありません。価格や産地、銘柄などを基準に選んでいる人がほとんどです。その背景には、生産者が消費者のニーズを把握しきれていないこと、そして流通業者が味よりも販売量の拡大に力を入れているという実情があります(河野氏)
八代目儀兵衛では、この課題に正面から向き合っている。お米の目利き力はもちろん、精米やブレンドに関するノウハウ、そして炊飯に至るまで、さまざまな技術向上に取り組んできた。河野氏は「米問屋ではあるが、お米を売って終わりではない。ご飯として口に入るその瞬間まで、どうすれば美味しく食べられるかを考えている」と語る。
また、近年はお米そのものの流通・販売だけでなく、お米にまつわる知見やノウハウを提供するソリューション事業にも注力。特に、家電大手である日立とのIH炊飯器の開発支援は、その代表例だという。
今回のセブン-イレブンとのタイアップも、そんなソリューション事業のひとつだ。2023年3月から、セブン-イレブンが販売するおにぎりのお米の監修を担当した。その反響は大きく、河野氏も「大手との取り組みで会社が有名になったのでは?」と聞かれることが多かったという。
結論から言うと、お米の監修は大成功。八代目儀兵衛の認知度はお米の監修後には倍以上に伸長し、「セブン-イレブンがきっかけで八代目儀兵衛を知った」という人は45%にのぼった。セブン-イレブンの顧客アピール力の高さがうかがえる結果だ。
せっかくのチャンス、単なる打ち上げ花火では意味がない!
とはいえ、大手コンビニのお米の監修をすることは、期待の裏でもちろん不安も大きかったと河野氏は語る。
全国2万1,400店舗のセブン-イレブンに、八代目儀兵衛の名前が入ったおにぎりが並ぶ。我々のような小さな企業にとって、スケールメリットはとても大きい。ただ、実際にやってみるまでは、何が起こるのか社内の誰も予想できませんでした(河野氏)
プロジェクトがスタートしたのは2021年11月。大枠は決まっていたものの、2023年1月下旬になって突然、発売日が3月21日に正式決定した。たった2カ月という短い期間で成果をあげるために、一体何ができるのか。河野氏らは頭を悩ませたという。
しかし、八代目儀兵衛には「どんなに話題になろうが、一発屋では全く意味がない」という鉄の掟があった。せっかくのチャンスを一度きりの打ち上げ花火で終わらせず、文化というレベルにまで定着させること。河野氏は常にそれを考えて、仕事に向き合ってきた。
監修後の世界をうまく想像できない、でも打ち上げ花火では終わらせられない。しかも準備期間は2カ月。プレッシャーは非常に大きかったです(河野氏)
2カ月でできることを「あるべき姿」から逆算
河野氏はまず、「あるべき姿」を考えることからスタートした。監修後に八代目儀兵衛がどうなっていたいかをはっきりと思い描くことができれば、やるべき「課題」がわかる。実際に河野氏らが導き出したのは以下の3つだ。
- おいしさに感動した声で埋め尽くす
- 八代目儀兵衛やお米そのものに興味がある人を増やす
- 双方向のコミュニケーション(八代目儀兵衛と顧客間)
これらの目標をもとに、八代目儀兵衛の現状をマトリクスにしたのが以下の図だ。縦軸がお米への関心、横軸が八代目儀兵衛への好意度を示している。
八代目儀兵衛の主な顧客層は、米料亭やギフト、定期便での利用者だ。「お米への関心が高く、すでに八代目儀兵衛への好意が高い人にしか、サービスが利用されていない」というのが、河野氏の現状認識だった。
一方で、セブン-イレブンでおにぎりを購入してくれる顧客は、お米への関心がそれほどなく、八代目儀兵衛を知らない(好意度が低い)人が中心と考えられる。したがって、「八代目儀兵衛の顧客層と、セブン-イレブンおにぎりの購入層がかけ離れていること」が課題であると河野氏は考えた。
このままでは、八代目儀兵衛への注目が一時的に高まったとしても、すぐに無風になってしまう恐れがある。完全にアウェイな雰囲気の中で、いかにして爪痕を残すか。河野氏は、準備期間2カ月ということも踏まえ、2つの方策を立てた。
1. インパクトの最大化
セブン-イレブンのお米の監修にインパクトがあるのは間違いない。しかし、それを成り行きまかせにすべきではないと河野氏は考えた。そこで意識したのが、セブン-イレブンとの連携だ。
目指したのは同じことを同じ熱量で発信できる状態だった。経営規模が異なるセブン-イレブンと八代目儀兵衛ではあるが、連携上はあくまでイコールの存在として発信し、一種のお祭り感を演出しなければならない。というのも消費者目線では、セブン-イレブンと外部企業のタイアップは珍しいものではないからだ。
私たち自身が特別感を出していかないと、『いつもの企業間コラボだ』と受け取られる可能性が高い。見ている人が『特別なことが始まった』と感じてくださることが、インパクトの最大化に重要だと考えました(河野氏)
そこで徹底したのが、メッセージの共通化だ。具体的には、以下のような施策を行った。
- LP(ランディングページ)を相互にリンクし、説明内容や温度感、ボリュームをそろえる
- SNSでは2社共同でハッシュタグ「#セブンで儀兵衛」を使い合う
- マスコミ向けの記者会見を共同開催
2社がとことん同じことを語るという連携は、施策や確認項目含めて70以上の取り組みになりました。セブン-イレブン側には担当者が30名以上いるのに対し、八代目儀兵衛側は基本私と上長の2人だけで対応。物量的にも大変でしたが、人数が少ない分、発信内容の軸をぶらさずに進めることができました(河野氏)
セブン-イレブンのボリュームを生かしながら、できる限り一体化して活動することで、大企業に“語り手”となってもらう。「結果として、小さな米問屋ながら、大きな姿をお見せすることができた」と河野氏は語る。
2. 余波を続ける
八代目儀兵衛では、主にギフト向けの通販(EC)事業を行っている。一般的には、お米の監修をきっかけに八代目儀兵衛を知った新規顧客をそのまま通販サイトへ誘導するなどして、さらなる売上増加につなげるのが定石だ。
しかし、ギフトのお米は日常品のお米と違って、購買のタイミングが非常に限定的となる。そこで河野氏は、顧客との継続的かつ中長期的な関係性作りを重視した。
大切なのは、私たちがもつ商品・サービスを、必要としている相手に対して最適なタイミングで差し出せるかどうか。八代目儀兵衛に何ができるのか、日頃からお客様に見てもらっておけば、必要なときに選んでもらえるかもしれない(河野氏)
企業目線では、大型タイアップによるインパクトが最大のうちに、とにかく売上を上げることを優先してしまいがちだ。しかし河野氏は中長期的な観点で、いつか八代目儀兵衛のサービスが必要になったとき、思い出してもらえるような体制作りを行ったという。
そのために用意したのが、専用のランディングページだ。八代目儀兵衛のブランドメッセージの発信に主眼を置き、前述の通りセブン-イレブン側のLPと徹底的に連携した内容となっている。
八代目儀兵衛を知らない人に対する『初めまして』の受け皿として、そしてコンビニおにぎり購入層を自社へと導く架け橋として、LPを設計しました(河野氏)
LPへの訪問者数は堅調だ。監修直後の爆発的な増加を経てもなお、恒常的にLPへ新規ユーザーが流入し続けているという。
また、「#セブンで儀兵衛」と題したプレゼントキャンペーンも展開。LINEなどのSNSでつながる基盤を作るために実施した。
河野氏が出題したのは、八代目儀兵衛に関する難易度高めのクロスワードパズルだ。関係者からは「難しすぎるのでは?」とも心配されたが、正解率は88%に達した。また、過去に行ったごく簡単なクイズキャンペーンと比べ、応募数が150%アップするなど、手応えは大きかったという。
広告費なしでフォロワー増加! SNSでも“連帯感”を徹底
コラボ効果を最大化するためには、SNSの活用も欠かせない。公式Twitter(現X)アカウントが開設してあったとしても、活発に運用されていなければ、効果が半減してしまう。そこで河野氏は、発売が決定する半年前からコツコツと更新を続けるなど、布石を打っていた。
セブン-イレブンの公式Twitterアカウントは元々知名度が高く、八代目儀兵衛とのタイアップに関連したツイートはリツイート数が計160万回、動画再生数は計1億6500万回に達した。
対して八代目儀兵衛はどうしても規模で劣る。そこで、ギフトのラインナップから、セブン-イレブンのブランドカラーにちなんだ商品をピックアップし、新規フォロワーにプレゼントするキャンペーンを実施。結果として、フォロワー数は1万1,000人増加した。
SNSでもやはり、セブン-イレブンと一緒に展開しているという連帯感を演出できるように努めました(河野氏)
監修したおにぎり発売後は多くのクチコミが寄せられ、河野氏らは大いに感激したという。また費用面でも、広告に一切頼ることなく、新規フォロワーを大量に獲得できた。セブン-イレブンとの連携で得たものをしっかりと自社につなげられた結果だ。
SNS全盛期とはいえ、マスコミを侮るなかれ
八代目儀兵衛がセブン-イレブンとのタイアップにあたって、もう1つ重要だと考えたのが、経済系メディアとの関係構築である。
中小企業としては比較的メディア露出の多い八代目儀兵衛だが、一方で「最近メディアでよく見かける会社」という評価にとどまっているのも事実だった。河野氏はそれを課題と捉え、さらなる成長のため、枠を打ち破らなければならないと考えていた。
その意味では、セブン-イレブンとの共同記者会見は河野氏らの悲願だった。広報部門とも協議を重ねた結果、会見は無事成功を収め、その後1カ月で30社以上のメディアに掲載されたという。「これだけの規模の会見は、八代目儀兵衛だけでは成し得なかった。セブン-イレブンと一緒にやれたことの意義は本当に大きかった」と、河野氏は改めて謝意を示した。
また、7月には日経MJのトップ1面で八代目儀兵衛が取り上げられた。商品紹介とはまた別の切り口で、ブランドとしての理念を深掘りするような内容だった。
何よりも、私たちの本質や軸をしっかりと訴求するような、“語り手”としての記事ができあがったのが嬉しかったです。この記事を皮切りに、現在も多くの取材やお問い合わせをいただいています(河野氏)
打ち上げ花火にしないために? 顧客に寄り添ったコミュニケーションを
河野氏は今回の取り組みを振り返り、「まずは消費者とのファーストコンタクトが重要」との見解を示す。
どんな相手であっても、『はじめまして、私たちが八代目儀兵衛です』『我々は普段から○○を大事にしています』と言える場所をきちんと準備することが大切です(河野氏)
また、連携先の企業やSNS、マスコミなども含め、八代目儀兵衛について発信してくれる“語り手”を増やすための努力も必要だ。語ってくれた言葉はしっかりと受け取り、それを誰かに「伝えたくなる」ような仕掛けを作ることが重要だという。また、語り手となってくれる相手の力は、「ちゃっかり借りる」。
セブン-イレブンと八代目儀兵衛が別々に動いていたら、私たちにとっては、今回のような大きなインパクトにはならなかったでしょう。お互いが得意なことやできることを交換しながら取り組めたのが大きかったと思います(河野氏)
そして最後に挙げられたのが、「つながる接点をいくつも持つこと」。どんな製品やサービスであっても、その発売やローンチにあたっては、期間や予算などの制限がつきもの。それでも、顧客との接点は複数用意しておくべきだと河野氏は主張する。
実は今回のタイアップ直後に、八代目儀兵衛の売上が爆発的に伸びたかというと、そうではありません。しかし時間が経つにつれて、本来閑散期であるはずの8月にも、お米の定期便やギフトの注文がじわじわと増えてきている。それは、セブン-イレブンとの連携をきっかけに八代目儀兵衛を知ったお客様が、ご自身が必要とするタイミングで弊社を選んでくれた結果ではないでしょうか(河野氏)
企業としては「予算をかけたのだからすぐ成果が出てほしい」と考えてしまいがちだが、商品を必要とするタイミングは人それぞれだ。企業の視点だけではなく、顧客の視点に立って複数の接点を作っておき、中長期的なコミュニケーションを設計することが大切だと語り、河野氏は講演を締めくくった。
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