森田雄&林真理子が聴く「Web系キャリア探訪」

これまでにない仕事を作る! UXデザインを事業化させた戦略家のキャリアとは

インフォバーン取締役副社長であり、デザインストラテジストの井登友一氏に、これまでのキャリアを伺った。

「自分が快適で楽しめること、興味が持てることを探して、それをどうすれば仕事にできるかを考えてきました。仕事にさえすればキャリアになります」

こう話すのは、株式会社インフォバーン 取締役副社長・井登友一氏だ。新卒でマーケティング支援会社に入社し、ユーザーリサーチやUXデザインに興味を持った。これらの領域を事業化した後、インフォバーンに転職。京都支社を立ち上げ、さらにはデザイン支援事業部も新設した。変化が激しいWeb業界で、井登氏は何を考え、どう取り組んできたのか。井登氏のキャリアに迫った。

Webが一般に普及してすでに20年以上が経つが、未だにWeb業界のキャリアモデル、組織的な人材育成方式は確立していない。組織の枠を越えてロールモデルを発見し、人材育成の方式を学べたら、という思いから本連載の企画がスタートした。連載では、Web業界で働くさまざまな人にスポットをあて、そのキャリアや組織の人材育成について話を聞いていく。
インタビュアーは、Webデザイン黎明期から業界をよく知るIA/UXデザイナーの森田雄氏と、クリエイティブ職の人材育成に長く携わるトレーニングディレクター/キャリアカウンセラーの林真理子氏。

新卒でマーケティング支援会社へ、UXデザインに出会う

株式会社インフォバーン取締役副社長、デザインストラテジスト
井登友一氏

林: 最初にコンピュータやインターネットに触れたのは、いつですか?

井登: 中学生ごろに、親がマイコンを買ってくれたのが最初で、大学では学内にパソコン通信ができる端末があってよく利用していました。ちょうどWindows95の発売された年にあたる1995年に新卒でマーケティング支援会社に就職してからは、業務でインターネット回線に接続されたパソコンを日常的に使うようになり、Webで何でも情報が見られるという初めての体験に無限の可能性を感じ、ワクワクしましたね。

林: 新卒でマーケティング会社に入社された経緯や動機は何だったのですか?

井登: 元々はジャーナリストになりたくて、同志社大学文学部社会学科の新聞学専攻に進みました。学ぶなかで、シカゴ学派というジャーナリズムと社会学を融合したような視点で社会の構造を読み解くアプローチに興味を持ち、社会調査やフィールドワークのおもしろさを知りました。就職は氷河期で、新聞社の求人も少なかったので、社会学の知識を活かせる仕事という観点でマーケティング支援会社に入社しました。

森田: そこではどんな仕事をしていましたか?

井登: 顧客のマーケティング戦略を企画・提案していく仕事を担当していました。受託の会社なので、毎年コンペに勝たないといけません。「根拠のある提案をしていかなきゃならない」と考え、その根拠をリサーチに求めました。当時、北米には先進的なデザインファームがあり、ユーザーリサーチをして、ペルソナを作ってデザインをするやり方が一般化していると知って感銘を受け、習熟に努めました。短期間ですが北米へ行き、北米の大学のメソッドを用いた最新のリサーチやUXデザインについて学んだこともあります。リサーチを起点として戦略提案することを強みにしていったところ、コンペの勝率も上がり、仕事が広がっていきました。当時の日本は、ビジュアルやコピーなどクリエイティブの強さが注目されていた時期で、リサーチはまだ重視されていませんでしたので、私にとっても挑戦でした。

林: 先進的なアプローチをとって、手ごたえを覚えたんですね。

井登: リサーチを根拠にした提案は顧客から反応がよく、社内でも共感するメンバーが増えていきました。そこで2000年にリサーチとデザインを統合した部門ができました。今で言うUX(ユーザーエクスペリエンス)、UCD(ユーザー中心設計)、HCD(人間中心設計)をやる部署です。その部門は、のちに事業部化し、さらにグループカンパニーとして2011年に分社化しました。

林真理子氏(聞き手)

林: 当時だとクライアントも、リサーチに対してお金を払うという商習慣をもっておらず、そういう認識を市場に作り出していくところから必要な状況だったと思いますが、どのタイミングで事業部化したのですか?

井登: リサーチやUXへの直接的な対価ではなく、最終的な成果物に包含する形でやりくりしていました。まずは実績を作ることを優先し、他の顧客にUXの重要性を案内していました。「欧米では一大産業になっているから、いつか必ず仕事が増える」と信じ、3年ほどの期間を経て事業化できました。少しずつ理解されて、UX領域の仕事が増えていくのがうれしかったです。

憧れの人の会社へ転職! 京都支社立ち上げに携わる

森田: インフォバーンに転職したきっかけは?

井登: これからは、Webの世界に軸足を移さないといけないと感じていました。そうしたなかで、インフォバーンで働いている友人から「京都支社の立ち上げを任せられる人を探している」と言われたんです。僕はその頃、東京に単身赴任していて家族は関西にいたので、京都に戻れるのは好条件でした。新たな事業拠点の立ち上げに一から関われる機会は滅多にないですし、またインフォバーン代表の小林弘人は私にとって憧れの存在だったので、一緒に働けることも魅力的でした。それで2011年5月に転職しました。

森田: 京都支社はいつ頃立ち上げて、何人からのスタートだったのでしょう?

井登: 支社を開設したのは、転職翌月の2011年6月です。当時は、米国発のPESO(ペソ)モデルに依拠したトリプルメディアという考え方が日本でも注目され始め、それに関連してオウンドメディアやコンテンツマーケティングという概念も広まりつつあった時代で、弊社代表の小林が『メディア化する企業はなぜ強いのか?』を出版した年でした。立ち上げ期のメンバーは、僕と誘ってくれた友人、アルバイトの学生の3人で、顧客がゼロの状態からスタートしました。

最初は関西の企業に営業に行ったり、デジタルマーケティングのコミュニティに参加したり。メンバーについてはキャリア採用で増やしましたが、案件があるからというより、採用したメンバーそれぞれの得意領域を活かすために仕事を取ってくるスタンスでしたね。たとえばエンジニアが入社すれば構築系の仕事を、編集者が入社すればオウンドメディア運用の仕事を取ってくるといったように。オウンドメディアブームもあって、京都支社の顧客も30社くらいまで増えていきました。

森田: オウンドメディアの構築や運用は、ご自身のやりたいことにマッチしていたということですか?

井登: はい。インフォバーンはグループ企業も含めると、デザインやコンテンツ制作の受託事業だけでなく、メディア事業も手がけている(関連企業のメディアジーンによる事業)ので、自社でできる範囲が格段に広がりました。またWeb領域の最先端の技術や知見が社内に集まっているんですね。たとえば僕が「クライアントからこんな要望があるのでコンテンツ化したい」という相談をチャットでなげると、「こんな連載はどうか」「有識者を知っているので記事をお願いできる」など、アイデアがすぐに集まります。大規模Web構築の案件があれば「CMSはこれがいい」「連携部分を考慮しないと苦労する」などのアドバイスももらえます。引き合いをもらった3日後にはプレゼンができるようなスピード感があるんです。

デザイン事業部を新設し、UXをビジネスに

森田: 支社の立ち上がりとしては順調に回り始めたということですね。その次の段階として井登さんとして見定めた領域はどのようなものだったのでしょう?

井登: 2010年代前半は、デザイン思考がまだ一般化されていなかったので、UXやサービスデザインの領域を事業化したいと思いました。インフォバーンでは、Webサイトを構築する設計段階でUCD、HCDを考えますが、あくまでサイト構築に付随するものという位置づけでした。しかしWebサイトだけでなく、製品設計やサービス設計でもUXは重要です。2014年頃から顧客のマーケティング部門の人が製品開発部門や新規事業開発部門の人を紹介してくれるようになり、気づくとUCD、HCDの部分だけを依頼されることが増えてきました。そこで2016年にイノベーションデザイン支援事業部として、INFOBAHN DESIGN LAB.(IDL)を発足し、UXデザインをビジネスにしました。

森田雄氏(聞き手)

林: 井登さんは現在もプレイヤーとして案件を手がけていらっしゃるのですか?

井登: デザイン事業部を立ち上げてしばらくは、すべての案件に入っていました。ユーザーリサーチやペルソナ設計など、僕しか専門的な人がいなかったからです。仕事を割り振りながら人材育成を行ってきたので、今は多くをメンバーに任せていますが、新規性の高い仕事など1割程度は、現在も直接手がけています。

変化することを前提にキャリアを描いていく

林: お話を聞いていると、個別具体の案件も手がけながら、それを会社のサービスとして事業化すること、その市場を作り出して産業として発展させていくことと、実に多層的にご自身の活動を捉えているように感じました。

井登: 自分としては、目の前の仕事をこなしているだけの感覚ですが、振り返ると、自分が快適で楽しめること、興味が持てることを探して、それをどうすれば仕事にできるかを考えてきました。仕事にさえすればキャリアになります。またUXの領域を活性化したいという気持ちがあります。デザイン業界の人たちは競合というよりも仲間であり、一緒に盛り上げていきたいです。僕はHCD-Netの副理事長も務めていますが、それもコミュニティでナレッジをシェアしていきたいからです。成果を出す会社が増えると、仕事の総量が増えていくので、結果として自分たちの仕事も増えていきます。

林: 自分の専門性を磨いて仕事を増やしていくのと、そういう専門性をもった人を増やして産業として発展させていくのでは、同じ「仕事を増やす」のでも全然違いますよね。自社以外の人たちを専門家として育てて産業を発展させていくアプローチって、どういうやり方があると思いますか。

井登: 仕事化するというのは「脱魔法化」だとも言えます。たとえば、すごいことができる人が森田さんしかいなくて、他の人にはやり方がわからないときは“魔法”です。その魔法を1つひとつ分解していき、構成しているプロセスをみんなで分担すれば、それが仕事になっていきます。ただコモディティ化して誰でもできるようになると、今度はお金がもらえなくなってしまいます。これからキャリアを積む人は、今のWeb業界にはどんな魔法があるのか、それは脱魔法化できるのか、陳腐化していかないかを考えてみるとよいかもしれないですね。一部の人しかできていない領域を見つけて、自分の専門として仕事化すると、キャリアになります。

林: 30年に及ぶご自身の経験を踏まえて、これからWeb系キャリアを積み上げていく皆さんに中長期目線のキャリアデザインに関するアドバイスってありますか?

井登: 本連載は、ロールモデルを見つけるという趣旨もあると思いますが、Webやデザインの領域は未成熟なこともあって変化が早いので、ロールモデルをなぞるようなキャリアを積むのは難しいと思います。10年前は、募集職種がWebデザイナーとWebディレクターだけで、UXデザイナーはありませんでした。そうなると、一瞬の環境を考えてキャリアを思い描くよりも、変化することを前提にできることをやっていくのがいいのではないでしょうか。

森田: そうなると、ロールモデルは不要というお考えになりますか?

井登: ロールモデルがないと、自分のキャリアを見通すことはできません。とはいえ定年までではなく、5年くらい先のロールモデルがいればいいのではないでしょうか。中期スパンでアップデートしながら、少しずつ先を見通していくといいと思います。

森田: なるほど、納得できました。それでは最後になりますが、井登さんの今後の展望をお聞かせください。

井登: 頭が働くうちは、実務家として現場の仕事をやっていきたいです。海外のデザイナーは歳をとっても続けている人が多いですが、日本の場合はマネジメント業務に移って現場から離れてしまうのが大半ですよね。だから僕は、7割は専門性を高めながらナレッジシェアして仲間を増やしていき、3割は他の人がやらないことを常に探しておきたいですね。

本取材はオンラインにて実施

二人の帰り道

「自分が快適で楽しめること、興味が持てること」を、自分個人の仕事として成り立たせるだけでなく、会社の事業として、さらには産業として発展させていくところまでを自身の役割として果たしていく、その多層的、かつ地に足つけた活動の軌跡に強く惹かれる取材でした。クライアント側に「対価を支払う」認識がない仕事領域において、まずは持ち出しでも付帯サービスとして提供して成果を出し、その実績を根拠に別の顧客で案件化、付帯ではなくそれ単体でも依頼をもらえる段へと、ねばり強く新たな仕事価値を市場に根づかせてこられた。これはデザインビジネスにおける新たな商慣習、文化を作り出す活動のようにも感じられて脱帽でした。こうした活動の中には、新しい仕事、職業、働き方の開拓も含まれているように思います。こうした開拓精神でキャリアを歩む姿に共鳴するという方は、ぜひ刺激や参考にしていただけたらと思います。

森田

井登さんとは2020年に二人で「一番正しいペルソナ教室」という企画でペルソナについて語り合いまして、その時にも感じたのですが、ペルソナやUXデザインに関して本当に造詣が深くて実際の実務家・実践者でもあるんですよね。それが今回キャリアを振り返るというかたちでご経験をうかがっても、本当に最初からそのことについて学び、取り入れ、実践し…という成長のサイクルをご自分の中に取り込んでいらして、めちゃくちゃ感銘を受けました。その積み重ねと繰り返しが、まさしく今の井登さんを形づくっているんだなあと、非常に得心がいった次第です。また、お勤めの会社のスケール感もあいまって、幅広い経験機会が常に井登さんご自身に備わっているというのも、僕がかなり関心領域が重複する同業者な分だけ余計に羨ましくも感じました(笑)。これからもずっと実務を続けたいという向上心と、7割ナレッジシェアで専門性の磨き上げと3割はまだ見ぬことへのチャレンジをという姿勢も含めて、じゅうぶん、井登さんというロールモデルたりえるなと思いましたよ。とても刺激的なお話が聞けて楽しかったです。ありがとうございました。

用語集
CMS / HCD / UCD / UX / オウンドメディア / キャリア / クリエイティブ / トリプルメディア / ペルソナ / ユーザー中心設計 / 人間中心設計
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