重要度が高まる「ブランドパーパス」具体的な設定方法や反映のための運用体制とは?
社会におけるブランドの存在意義をさす「ブランドパーパス」。ビジネスのDX化が進み、コロナ禍以降の新たな社会のあり方に関心が高まる中で、その言語化に取り組もうと考えるマーケターは多いはずだ。
「デジタルマーケターズサミット 2022 Summer」にcake often(カケブトン) クリエイティブディレクターのタグチ マリコ氏が登壇。定性的な「パーパス」を現場でどのように設定すればよいか、中でもカギを握る運用体制について事例を交えて紹介した。
パーパスは「組織論」が9割
近年、デジタルトランスフォーメーション(DX)の取り組みが進展する中で、企業における「パーパス」という言葉に注目が集まっている。ブランドパーパスとは、ブランドの存在意義のこと。「ブランドの価値」ではなく「ブランドがこの世に存在する理由」「意義」を言語化したものだ。
タグチ氏は「自分たちのブランドの役割はこれだ!」という目的を見つけることは「マーケティングをはじめとする企業活動の上で重要」だと説く。しかし、パーパスの大切さにもかかわらず、具体的にサービスやプロダクトへどのようにパーパスを反映していくかが語られることはまだ多くないのが現状だ。
ブランドパーパスが「難しい」原因として、タグチ氏は次のようなポイントを挙げる。
たとえば、パーパスを設定するには「ブランドが持つエモーショナル(感情)の部分と、ファンクション(機能)の部分の両面理解が必要だから」という点。また、定性的なパーパスを「企業として管理するために定量的な指標(KGI/KPI)へ変換する必要がある」という点。そのうえで、具体的なアクションへ落とし込む必要がある点。
「組織全体で運用する」ことも難しいとされるポイントだ。タグチ氏は「パーパスを運用する関係者に高いレベルの抽象・具体化思考・メタ認知能力が求められる」と述べ、それは組織が大きくなり、関係者が多くなればなるほど難しくなると話した。
「特に、運用フェーズでは、パーパスの問題は組織論が9割近くを占める」とタグチ氏は続ける。たとえば、「そんなことをしたら売上が下がるのではないか」といった組織内の軋轢が生まれる可能性もある。そのため、パーパスを運用していくには、ユーザーよりも社内の根回しが大事な要素である場合もあるのだという。
消費者の共感を呼ぶ「ブランドパーパス」とは?
続いて、タグチ氏は、消費者の共感を呼ぶ「ブランドパーパス」がどのように生み出されているか、世界最大級の広告賞である「カンヌライオンズ 国際クリエイティビティ・フェスティバル」受賞作の実例をもとに、パーパスの本質を紹介した。
たとえば、マスターカードの「True Name(本当の名前)」という取り組み。
日本のみならず、海外にも、いわゆる「男性的・女性的」な名前は存在する。LGBTQ+、特にトランスジェンダーやノンバイナリーの当事者にとっては、名前から受ける印象と自身の性自認が一致しないケースがあり、クレジットカードを使用する際に差別に直面することがあるという。しかしこれまでは、カードの名義を変更したくても、性自認を根拠とした名義の変更が認められることはなかった。
そこで、マスターカードは、自分のジェンダーと合致した「本当の名前」でカードを作れるようにした。これが“True Name”というアイデアだ。タグチ氏は、「クレジットカードという商品、サービスを通じて、ブランドの持つ“プライスレス=お金では買えない価値”を体現している点が評価された」と説明する。
2つめは、ユニリーバの「Courage is Beautiful(勇気は美しい)」という作品だ。
コロナ禍以降、世界中の医療従事者が感染防護用ゴーグルや医療用マスクを長時間着用することで、その痕やあざが顔に残ってしまうことがニュースで話題になった。
ユニリーバの「DOVE」は、REAL BEAUTY(リアルビューティ)というメッセージを展開している。その人が持っている本来の美しさを大切にするというコンセプトだ。そうした観点から、ユニリーバは、医療従事者の「本当の美しさ」を屋外広告を通じて訴求し、「本来の美しさを大切にしよう」という美しさの再定義を行ったのだ。
世界的なパンデミックの中、ブランドが考える本当の美しさとは何かを見事に訴求したクリエイティブが評価された例だと言える。
タグチ氏によると、「ブランドパーパスには誤解がある」という。
ブランドパーパスに基づいたコミュニケーションというと、「社会に一石を投じるようなメッセージを発する」ことや「社会課題の解決のために何かいいことを行う=ソーシャルグッド」のようなイメージを抱かれることがある。
しかし、SDGs的に「いい感じのメッセージ」を発信することや社会課題の解決に向けて「なにかいいこと」をすること=ブランドパーパスではない、とタグチ氏は指摘する。あくまでもソーシャルグッドはブランドパーパスに則った行動(プロセス)のひとつであり、重要なのは、その商品やサービスを通して世の中で果たすべき役割をはっきりと定義することなのだ。
大切なのは、耳触りがよいメッセージを出してSDGsらしい雰囲気を出すことではなく、パーパスに基づいた一貫したアクションだという。すなわち、「共感を呼ぶブランドパーパス」とは、「ブランドの再定義にとどまらず、行動まで踏み込んだもの」なのだ。
SNSなどを通じ、誰でも発信できるようになった今だからこそ、企業が先陣を切ってシステムや常識に変化を与える行動をとらなければならない。
前出のマスターカードの事例では、自身がトランスジェンダーでもあるクリエイティブスタッフがクレジットカードを使うときの体験をチームに共有したところからアイデアが生まれたそうだ。
タグチ氏は、ユーザーの共感を呼ぶパーパスを設定するポイントは、「ユーザの心(インサイト)を代弁していること」にあるとした。
「Whyからはじめる」ブランドパーパスの見つけ方
では、「ブランドパーパス」はどのように作ればよいのだろうか? タグチ氏によると「Whyからはじめる」のがよいという。「この行動は誰に影響を与えているか」「誰が喜ぶのか」と逆算して掘り下げながら言語化を進めていくやり方である。
「その意味では、作り方というより見つけ方に近いかもしれない」とタグチ氏は述べる。そして、社会(時代背景)、消費者、ブランドという関係の中で、「3方良し」となるような3つの要素が重複するパーパスを見つけることができれば「最強だ」という。
たとえば、ブランドと消費者の接点という意味では「これはブランドが解決すべき(解決可能な)問題かどうか」を問いかける。消費者と社会の接点では「これは消費者が求めている(消費者にとってうれしい)未来か」といった問いがある。社会とブランドの接点では「この問題は変えられる(変えるべき)問題かどうか」という問いが考えられる。
こうした問いに対して言語化を進めていくと、「どんどん磨かれ、共感を呼ぶ、強いパーパスが生まれる」のだという。
問いの粒度はバラバラでよい。自分たちの目の前にある常識や慣習、差別などの問題。あるいはフードロスなどの問題や、構造社会や同調圧力に対する生きづらさなど、さまざまな問いを言語化し、現在ブランドが取っている行動について「これを行うのは正しいのか?」「今やっていることは誰に影響を与えられるのか?」「誰にどんなものをもたらすのか?」と考えを巡らせていくのがよいのだという。
さらには、「ステークホルダーを含めた洗い出し」も有効だという。
普段、自分が何らかのサービス開発に携わっていると仮定してみよう。まずは自分自身に向けて「何でこの開発をしているんだっけ? なにをしているときが幸せだっけ?」といった問いが浮かぶことがあるだろう。
また、ブランドについては「サービス自体はよいと思うが、取引先が欲しがる機能ばかり優先で実装されている」と感じることがあるかもしれない。あるいは、会社について「このサービス1本でないと収益があげられないんだっけ?」「この会議は何を解決したい会議なんだっけ」と感じることがあるかもしれない。
取引先については「何を解決するとお互い幸せになれるのか」、ユーザーに対しては「こんなユーザに使って欲しい」「使ってもらうとこんないいことがあると思う」といった問いや思いを抱くことがあるだろう。
こうした問いや思いを洗い出して研ぎ澄ましていくことで、ブランドに関わる人にとっての「こうあるべき」が見えてくることがあるという。タグチ氏は、「パーパスは本来、ユーザー起点で考えるとよい」としながらも、「ブランドに関わるステークホルダーを起点に考えていくのも一つの方法だ」とヒントを示した。
最も避けるべきは「やっている風」のパーパスである。
実例として、たとえば、「不幸なSES(System Engineering Service)を減らしたい」というメッセージを掲げたシステム開発会社が、実はその仕組を実現するために他のSESやフリーのエンジニアを安く買い叩いていたというケースはよくあるという。
また、「脱炭素社会」を掲げていながら石炭火力発電所との取引を継続していたり、「100%リサイクル可」を謳うブランドが商品の梱包材を廃棄していたりした実例もある。今の時代、ブランドの行動はすべて明るみになってしまうので、「やってる風」はすぐにバレてしまう。だからこそ「行動が伴わないメッセージは最も避けなければならない」とタグチ氏は指摘した。
組織への浸透にはユーザー起点で社内が納得できる“落としどころ”を探る
冒頭でも「運用フェーズでは、パーパスの問題は組織論が9割近くを占める」と述べたが、パーパスの運用で課題に挙がるのは、たとえば次のようなポイントだ。
- チームの行動や施策がバラバラ
- 経営陣が「売上」優先でパーパスに則っていない
- エスカレーションのコストが高すぎる(経営陣の「これって儲かるの?」に対する説明などに手間がかかる)
こうした課題の解決策として、タグチ氏は「ユーザー起点で社内が納得できる落としどころをコミュニケーションで探っていく」ことを提唱する。ユーザー起点での問いが発生しやすい状況は、パーパス定義の契機となりやすい。たとえば、プロダクト開発現場の例でいえば、次のような課題に直面することがある。
- サービスサイトが訴求できていない(リブランディングが必要)
- 開発チームがまとまらない
- エンジニアの採用がうまくいかない
- 施策がすぐに変わり一貫性がない
- デザインや仕様が頻繁に変わる
こうした現場にある「そもそも」の問題提起を契機として、「ブランドに関わるクリティカルな問いをパーパス定義(CI再定義)として議題に上げてみてはどうか」というアイデアだ。
タグチ氏は、レベル1として「デザイン」についての「そもそもの問い」の例を挙げる。
- この仕様は誰が喜ぶのか?
- その喜ぶ人は、優先度が高いのか?
- この進め方でチームは幸せなのか?
- これをローンチするとどうなるのか?
- マイルストーンごとにどういう反応を期待しているのか?
こうした問いを仕様の議題にうまく滑り込ませていくと、パーパスの定義につながる議論につながりやすいという。
さらに、レベル2として、「戦略面」についての「問い」は次のようなものがある。
- この施策について、みんなが背景や意図を理解しているか?
- 人員はこの配置がベストなのか? 本当にやりたいことか?
- なぜこの戦略が落としどころになったのか?
- ローンチ後はどんな進め方にするのか? それは本当にベストな進め方なのか?
タグチ氏は「このレベル2あたりまでディスカッションできるよう、議題に持ち寄るとよい」として、非常に泥臭い進め方だが、パーパス定義には有効な方法になりうるとした。
社会・消費者・ブランドの真ん中が最強のパーパス
最後に質疑応答の時間が設けられた。「組織内でブランドパーパスを浸透させるためのポイントは?」という問いに対しては、「それは組織体制による。今回ディスカッションとエスカレーションに重点を置いてお話したのは、パーパスの浸透にはコミュニケーションが前提になることを伝えたかったから」と答えた。
人によって様々な立場があるし、その人が関心のあるポイントも違う。それぞれの立場や関心のポイントから逆算して行動するのがよいだろう。数字を気にする人であれば「今、こういうコストが発生している」という問題提起のやり方で、そのために組織がどうあるべきかをタスクレベルにまで落とし込んで議論をするということだ。
「パーパスを作り上げる上で最も苦労することはどんなことか」という質問に対しては、「そのパーパスを設定することで売上にどう響くのかなど、どのような行動がどのような好影響を与えるのかを細分化して説明し、それを関係者が頭で理解するまでに非常に時間がかかる。これがいちばん大変」と答えた。
「ブランドパーパス見直しのタイミング」については、「パーパスを見直そうと思ってやるよりも、文脈の中で軌道修正していくことの方が多い。たとえば、今作ろうとしているプロダクトやサービスに課題を抱えていたり、ブランド立ち上げ時にそもそも何をやりたかったのかと問い直したり、そういったタイミングが契機となりやすい」と答えた。パーパス見直しのタイミングは至るところにあるということだ。
最後にタグチ氏は、講演内容を総括し、社会・消費者・ブランドが重複する「真ん中」にあるのが最強のパーパスだと話した。
商品やサービスを通じて世の中をどうしていきたいのか、どう役に立つのかが定義されれば、社会に大きく影響するものでなくても、それはブランドパーパスになる。定義ができたら、次は行動が伴っていると説得力が増す。ソーシャルグッドはブランドパーパスではなく、パーパスに則った行動のひとつであり──、ブランドパーパスの「見つけ方」は個人ブランディングの考え方にもつながる――タグチ氏はこのように述べ、セッションを締めくくった。
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