なぜ「メタバース」に注目が集まる? 「バーチャル渋谷」仕掛け人が解説
「メタバース」が注目を集めている。3D空間の中で自己の分身となる「アバター」を操り、コンテンツやコミュニケーションを楽しむ──近年人気の3Dオンラインゲームはそうしたメタバース的特性をすでに備えており、ゲームに熱中する層にとってメタバースは今や“居場所”になりつつある。そう分析するのは、「Web担当者Forumミーティング 2022 春」に登壇したKDDIの三浦伊知郎氏だ。
三浦氏は2020年5月にオープンしたメタバース「バーチャル渋谷」の仕掛け人の一人。メタバースが今後どのように受容されていくかを、日本の経済的・社会的事情、さらにはコロナ禍も踏まえながら解説・展望した。
渋谷区公認メタバース「バーチャル渋谷」誕生の背景
メタバースとは「アバターで体験するインターネット上の3D仮想空間サービス」のこと。用語としてのメタバースは、2007年頃にブームになった「セカンドライフ」で知られるようになった。
一旦は下火になったものの、その後のオンラインゲームの普及・発展によって3Dのゲーム空間がSNS的に利用される傾向が強まり、その結果として、メタバース的体験が2020年代に定着。加えて、ブロックチェーン技術を軸とする「Web3」によって、制作物や財貨の取引がユーザー間でより自由に行えるようになると見込まれており、メタバースが新しい生活圏・経済圏になり得るとして、改めて注目されている。
KDDIがメタバースに取り組み始めたのは、2019年の「渋谷エンタメテック推進プロジェクト」がきっかけ。一般社団法人渋谷未来デザイン(渋谷区の外郭団体)、渋谷区観光協会、KDDIによって立ち上げられ、その後、来る5G時代を見据えた新しい体験価値の創出を目的とする「渋谷5Gエンターテイメントプロジェクト」へと発展した。プロジェクトの参加企業は2021年度には73社に達している。
プロジェクトは3年目に突入しているが、中でも知名度が高いのが2020年5月オープンの「バーチャル渋谷」だ。渋谷区公認のもと、仮想空間上に渋谷の街並みを構築し、オンライン上で交流を楽しんでもらおうと企画・制作された。同年10月には新型コロナ感染症予防の観点から、ハロウィーンのイベントをバーチャル渋谷上で実施した。
さらにはKDDIとして、メタバースの利用に関するガイドライン策定にも取り組んでいる。三浦氏によれば、メタバースは法律面でのグレーゾーンが少なからずある。たとえばアバターの肖像権や、都市景観をメタバース上で再現する際の利害関係処理なども明確化しなければならない。そこで、専門家や経済産業省などの協力のもとにコンソーシアムを作成し、この4月には、「バーチャルシティ宣言」「バーチャルシティガイドライン ver.1」を提起した。
コロナ禍がメタバースに大きな影響
では、なぜメタバースがこれだけ注目され、再ブームと呼ぶべき状況になってきたのか。三浦氏は以下の4つを理由に挙げる。
- フォートナイト等のゲームがそもそもメタバースであったこと
- Facebook社の社名変更
- コロナによる社会的かつ世界的な時代変化
- テクノロジーの進化
パンデミックのような誰も経験したことのなかったことが起こり、『あり得ない時代』を生きていると感じるようになった。一方、技術的進化でメタバースの環境が整いつつあり、そこでFacebookが社名をMetaに変更するという激震が走った。そうして大きく注目が集まるようになった(三浦氏)
講演で特に時間を割いて解説されたのが、「3. コロナによる社会的かつ世界的な時代変化」についてだ。三浦氏によると「バーチャル渋谷」の企画立ち上げ当初は、渋谷スクランブル交差点に観光客が集中しすぎてしまう、いわゆる「オーバーツーリズム」問題をどうテクノロジーで解決するかを検討していた。しかしコロナ禍を経て、逆にどうすれば集客できるかを考える事になるという、大きな価値観の変化を迎えることになった。
こうした価値観の変化は、多くの人が経験したことだろう。政府・自治体から外出自粛が要請される中、普通とは何か? 幸せとは何か? 本当に大切なこととは何か? そうした根源的疑問と人々は向き合うことになっていった。
一方で日本の現状は、GDP成長率の低下、上がらない賃金、高齢者人口の増加、日本企業の相対的価値低下、低い物価水準など、悲観的データにまみれている。国連の「世界幸福度報告」においても、日本の幸福度は下落傾向にある。自己肯定感、仕事のやりがいなどについての調査でも、日本は厳しい情勢だと三浦氏は指摘する。
こうした日本の現状について、パンデミックを契機に多くの人が気付き始め、こと若年層については、少子高齢化による負担増をまともに背負うことへの不安感・絶望感が高まっている。そうした背景からか、新書『人新世の「資本論」』で知られる斎藤幸平氏、さらには成田悠輔氏など、比較的過激な主張を展開する若手論客が注目を集めている。
若者をとりまく現実は厳しい。三浦氏は「若者たちは何か行動を起こすよりも、自分の内面にしか希望の光を見出せていないのではないか」と、分析する。
3Dオンラインゲームはもう「メタバース」。アバターきっかけで変わりゆく「自己」
三浦氏が冒頭で述べたように、「フォートナイト」などのオンラインゲームはすでにメタバースとしての特性を備えている。親・保護者世代はそれらのゲームを単にゲームとしてしか見ていないが、実際にはゲーム内にコミュニケーション機能が完備され、もはやゲームプレイヤーの「居場所」としての側面を持つようになっている。
さらには、ゲーム空間内では必ず「アバター」という自分用の仮想キャラクターを立てて操作する。現時点では、髪型・服・持ち物などゲーム内に用意されたデータを組み合わせるのが一般的だが、今後は3Dスキャナーでプレイヤー自身の外観をデータ化してゲーム内に登場させることも技術的には可能になる。結果として、ゲーム内で「クローン」を巡る議論が噴出したり、あるいはアバターの使い分けによって幾つもの人格を演じたりと、今までに無い概念が生まれるとみられる。
どんなアバターにしたいか考えるとき、自己の内面との対比が行われることになり、そこでは『自分が正しいか』『理想的に生きているか』などの問いも生まれるだろう(三浦氏)
若者に厳しい社会情勢、アバターによる自己表出の多様化などが進んだ結果、若者たちが“内面にある希望の光”を求めてメタバースに押し寄せ、その中で自身の理想を追求したり、目標の達成を模索したりしていくのではないか――─というのが三浦氏の主張だ。
若者たちの内面にはそれぞれの道徳観・倫理観がある。現実とは関係なく、本当に正しいと思ったことをメタバース内で実践する。結果、これまでにない行動パターン・消費パターンが広がっていくと三浦氏は予測する。
メタバースではこれまでのマーケティングが通用しない
こうして、メタバースをきっかけに、マーケターは従来のマーケティング戦略をアップデートさせる必要に迫られる。その点について三浦氏は「表層的な広告、マーケティングは一切通用しなくなる」と指摘する。
『これイケてるよね』『○○さんが使っている』といったメッセージは、おそらく通用しなくなるだろう。重要なのは、本質を突いたもの。道徳・倫理的なアプローチが重視され、『世のためになる商品か』『社会に貢献できるか』が問われることになるのでは(三浦氏)
一般的に、マーケターは、世の中の時流をいち早く捉えることが職務だ。だからこそ、経営戦略の立案、社内改革、製品開発などにもマーケターは積極的に関わるべきだと三浦氏は指摘する。また、道徳・倫理が重視されるということは、業界の慣習・前例などを抜きにして、ストレートに「良いこと」「正しいこと」がそのまま市場へ受け容れられる可能性が高まる、とも言えるかもしれない。
こうした「倫理観」に基づいた消費行動については、ドイツの哲学者であるマルクス・ガブリエル氏が近年言及しているという。同氏は「倫理資本主義」を提唱。一例として、企業内に「哲学課」を設け、社内の製品・サービス開発などが倫理的に正しいかどうかをチェックすることを提案している。
また、マーケターが目指すべき方向性の1つとして三浦氏が挙げたのが、自社Webサイトのメタバース化だ。コーポレートスローガンや製品情報など、本来は2DのWeb上に掲載された情報を単純にメタバースに取りこむだけでも、話題性はもちろん、商談への発展など副次的な効果が期待できると説明する。
コンテンツ・観光を武器にメタバースで巻き返せ
メタバースがデジタルなプラットフォームである以上、ユーザーの行動はWeb閲覧時のそれよりも高度に可視化される。メタバース上のあらゆる行動がデータ化され、マーケティングに活用されるのはほぼ間違いなく、プライバシーについての更なる議論を呼びそうだ。
一方でメタバースにおいては、技術以上にコンテンツが重視される傾向にある。アニメ、ゲームなどで人気コンテンツが豊富な日本にとっては大きな強み。三浦氏は「企業側が発信するものはもちろん、UGC(ユーザー生成コンテンツ)が多様に展開されることが重要」としており、さまざまな立場からクリエイターが生まれていくことに期待を示した。
三浦氏がもう1つ期待を寄せるのが「観光」だ。コロナ禍の前からインバウンド客は増加傾向にあり、水際対策の緩和によって今後は次第に回復していくとみられる。三浦氏のもとにも、地方自治体から「観光情報サイトをメタバース化したい」との問い合わせが増えているという。SNS時代のプラットフォーム競争という意味で日本は国際的に遅れをとったが、メタバースではコンテンツ・観光で再び巻き返せすことができる。三浦氏はそう力強く主張し、講演を締めくくった。
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