【レポート】Web担当者Forumミーティング 2021 秋

嵐は最強のマーケターだった!? 国民的アイドルに学ぶブランド戦略

国民的アイドルグループとして、20年以上も人々から愛され続けた「嵐」を実例に、マーケティング戦略のポイントを紹介する。

2020年末に活動を休止したアイドルグループ「嵐」。なぜ彼らは“国民的アイドルグループ”として、20年以上も人々から愛され続けたのだろうか。

「嵐は最強のマーケターだった」と力説するのは、2021年に発行された『「嵐」に学ぶマーケティングの本質』の著者で、コカ・コーラをはじめ、国内外の大手企業でマーケティング責任者として活躍してきたIBAカンパニーの射場瞬(ひとみ)氏だ。登壇した「Web担当者Forumミーティング 2021 秋」では嵐をブランドと捉え、彼らの活動を紐解きながら、マーケティング戦略のポイントをわかりやすく解説した。

株式会社IBAカンパニー 代表取締役 射場瞬氏

マーケティングの専門家であり、嵐のファンでもある射場氏

射場氏は米国で経営学修士号(MBA)を取得後、大手食品メーカー・Kraft社など複数のグローバル企業の米国本社に勤務。その後、日本コカ・コーラ社マーケティング本部副社長を経て、2010年にIBAカンパニーを設立した。

射場氏が嵐のライブに通うようになったのは2007年。彼らの活動やライブの構成、演出などを見るにつけ、「グループが持つ秀逸なマーケティングセンス」に感動するようになったという。

嵐のアウトプットの優れた点を例に、まずはマーケティング戦略を考えるうえで重要となる「ブランディング」について、4つのポイントを挙げた。

ブランドを考えるときに重要な4つのポイント

【ポイント1】「ブランド」が存在するのは人の頭の中

ブランド戦略を考えるとき、まず大切なのは「どこに、どのようにブランドは存在するか」を理解することである。

ブランドが存在するのは「人の頭の中」と考えられている。もしブランドを作る側が、「こういう人に、このようなブランドとして好きになってほしい」と思っても、その人たちの頭の中にブランドのイメージが存在しなければ、戦略を考え直す必要がある。対象とする「誰に」「どのように」認知してもらうかを考えるのが、ブランディングの基本だ。

【ポイント2】「誰の」頭の中にブランドをつくるか

嵐は、国民的アイドルグループだから、国民のみんなに愛されたかったはずだ。しかし、これまで嵐の活動を見てきた射場氏によると、ライブ会場に足を運んでまで嵐に会いたいと願う層、「嵐の有料ファンクラブ会員」の頭の中に、正しく自分たちを理解してもらおうとフォーカスしていたのではないかという。

国民的アイドルと言われた嵐だが、ファンクラブの会員数は推定でも最大300万人ほど。この数字は日本の人口の2%に過ぎない。嵐であってもターゲット層を絞り込んで、その人たちに正しくブランドを理解してもらおうと努力したのだと考えられる。『誰の頭の中に』を明確に、なるべく絞って考えることは、ブランドイメージを正しく伝えるうえで重要な視点である(射場氏)

ブランド戦略の肝は「誰の頭の中にブランドを作るか」

【ポイント3】ファンが共感できる「意味ある差異」を持たせる

ターゲットを絞り込んだら、次はブランドを理解してもらいたいと願うターゲット層(ここでは「ファン」と呼ぶ)が共感できる「意味ある差異」を持たせることが大切だ。これは、“私にとって、このブランドでなければならない”と感じさせる違いである。

日本国民全員にその差異を感じてもらう必要はなく、あくまでターゲットのファンの気持ちが動くことが重要で、他のアイドルとは「やっぱり違う」と感じさせる点を持たせる。

【ポイント4】ブランドのコアは変えず、他は柔軟に

1999年のデビュー当時、メンバー全員が10代だったが、当然20年も経てば彼らもアラフォーになる。メンバーが10代の時のブランドやイメージをまったく変えずに魅力的であり続けることは不可能である。

嵐はブランドのコアな部分は変えず(たとえば「メンバー5人+ファン=嵐」)としながらも、それ以外の部分を柔軟に、ファンの気持ちや求めていることに合わせて変化してきた。

メンバー5人が中心となり、何が嵐らしいのか、何が嵐らしくないのかを“自分ごと”として常に考え続け、メンバーとそれに関わるスタッフたちも共通認識を持って日々の活動を実施していたと思う。5人がそれぞれ別に話をしていても、番組内のさりげない動きやちょっとした気遣いの見せ方も、ファンの頭の中にある嵐のイメージと異なると思うことが非常に少なかった。これは、ファンの前に立つ本人たちと現場がブランドを正しく理解することの重要性を示していると思う(射場氏)

「嵐とファンは対等な関係」が、意味ある差異でブランドのコアでもあった

ジャニーズだけをみても、アイドルグループのメンバー脱退や新規加入が過去にもあった。嵐の場合はどうだろうか? 

『5人+ファン=嵐』であることが嵐ブランドにとって重要、エクイティ(無形的な資産価値)であったのだと思う。嵐ファンにとって、メンバーが1人でも脱退して活動を続けることは、『嵐ブランドではない』(オフエクイティ)と考えられる。2020年末に活動休止したのは、嵐ブランドにとって、大変苦しいけれど必然の決断だったのではないか(射場氏)

「神は細部に宿る」というように、「ブランドはマーケティング実務の細部に宿る」。ライブのMCや雑誌の写真一枚、コメントなど、メンバーの発するすべてのコミュニケーションが嵐ブランドをファンの頭の中で形作っていく。そのひとつひとつの活動を“嵐らしく”やり続けたことが、ブランドを強化したのだろう。

日常のマーケティング活動でいえば、メールマガジンで使う1枚の画像や言葉なども、すべてが自社ブランドを語り作っていく、大切な“細部”である。

現場から上層部まで、ブランドに対する共通認識を持つことが重要

「嵐」マーケティング成功の3要因

「嵐は知名度、好感度、売上など、どの観点からみても、明らかにアイドルという分野のマーケティングの成功事例であったと思う」と述べる射場氏。

マーケティングは、研究者や理論によって多様に定義される。ここでは「マーケティング=市場(現在の買い手と潜在的な買い手)に向けた活動」とし、マーケティングを成功させる主要な要因を3つ、嵐の例を使って説明した。

【成功要因1】真の顧客志向と顧客インサイトの理解

射場氏は「いちファンとしての実感も入れてですが」と言いつつ、「ファンを喜ばせることを第一に考えた活動・行動が中心となっているのが嵐の強みであった」と話す。マーケティング的な観点でいえば、「顧客を理解し、喜んでもらおうと努力し続けること」が真の顧客志向であり、顧客側もこれに対してロイヤリティという愛情的なものを積み上げていく。

加えて重要になるのが、顧客の「インサイト」を理解し、そのインサイトに応えていくことである。インサイトとニーズは異なる。

ニーズとは、顧客が「こうしてほしい」と感じている物やサービスの変化であり、多くが顕在化・言語化されている。これに対してインサイトとは、顧客が無意識に抱いている願い、「こうなればいいな」という思いであり、顕在化・言語化されていないことが多い

嵐はニーズとインサイトの両方を理解して、毎年新しい嵐の世界を創りあげた。たとえばライブでは「わちゃわちゃした仲良しの嵐が好き」「可愛い嵐が好き」「嵐を近くで見たと感じたい」というニーズに応えたコンテンツや見せ場を提供した。

それに加えて、ファンのインサイトも理解し、「予想の斜め上を魅せてくれた」と感じさせる場面やコンテンツも用意。ファンを驚かし感動させ、「応援し続けたい」と思わせた。

顧客インサイトに訴えることで、消費行動を大きく変化させることができる

顧客のインサイトは顕在化していない分、発見は容易ではない。顧客自身が理解していないので、定性調査などでも言語化されて出てくることも少ない。たとえば、ガラケー(フィーチャーフォン)全盛の時代に、定性調査を行っても「スマートフォン的なものが欲しい」と説明できる消費者は、まずいなかっただろう。

嵐は、ライブツアーやスタジオ収録でのファンの反応を見たり、SNSの書き込みを読んだりするソーシャルリスニングなどでインサイトを探し出し、それに向けてコンテンツを提供。反応を見て、さらにファンの喜ぶコンテンツに修正していくといったPDCAを続けていた。

【成功要因2】ファンと多様な価値交換を継続的に実行

「価値の交換」とは、たとえば130円払ってジュースを飲むなど、金銭と製品・サービスを交換すること。これが1回ではなく、継続的に繰り返された方が関係性は強くなると理論的には考えられている。収益の面からだけでなく、各社がサブスクリプションのような契約を考えるのは同じ理由である。1回の買い切りよりも、定期的な継続購買の方が関係性が深まるからだ。

射場氏は嵐ライブで販売されるペンライトを例に、価値の種類を説明した。

基本ベースとして重要なのが、機能を提供する「機能的価値」である。ペンライトなのだから光らせて、会場で応援できる色を提供する。嵐のペンライトの場合、通常の白色+5人のメンバーカラーを、顧客が「好きな色に変えて光らせる」機能が価値となる。

4種類の価値交換

嵐のライブでは毎年、その年のライブテーマに合わせた新しいデザインのペンライトが販売されるため「今年のデザインは可愛い!」「ライブが当たって、ペンライトを買えてうれしい」といったファンの気持ちが生まれる。これが「感覚的・情緒的価値」となる。

また嵐のペンライトには自動制御機能が付いており、座席の位置と連動してペンライトの色を自動で変更させ、会場の風景をデザインする。曲ごとに会場の見え方が異なり、人文字やライトの波、光の渦が走るといったライブの演出にペンライトが使われる。ファンひとりひとりの持つペンライトが演出の一部になるのである。これは嵐のペンライトを持って、嵐のライブに参加することでしか得られない「経験価値」だ。

さらに会場風景と一緒にペンライトをスマホで撮影し、その写真を掲げるのが「ライブ体験の一部」になっている嵐ファンは多い。会場のドーム付近では、開場時間よりも早めに来てペンライトと写真を撮っているファンが多数見られる。ライブ体験に重要なペンライトとの写真は「今、私はこのライブの風景の一部になる」というステートメントになる。こうして発信し、それに対して他のファンと語り、盛り上がれることで「文脈価値」が生まれる。

たかがペンライト。しかし嵐のペンライトには4種類の価値があり、価格以上の価値をファンに提供できるのである。多種類の価値を提供することにより、他では代替が効かない、より顧客との関係性が深い商品やサービスになる
 

【成功要因3】心にメッセージを定着させるストーリーテリング

マーケティング領域では「顧客との関係性を深め、ブランドを強くするにはストーリーが重要である」と、注目されている。言葉よりも、ストーリーの方が伝わりやすい。そのストーリーを上手に顧客に伝えることを「ストーリーテリング」という。

ブランドごとに語るストーリーの中でも、特に根幹となる重要なストーリーを「シグネチャーストーリー」と呼ぶ。これはブランドと顧客の関係性やブランドの価値観、戦略を明確化または強化する物語のことである。

嵐にとってのシグネチャーストーリーの1つは、嵐とファンとの関係性を語る、「メンバー5人+ファン=嵐(ファンは6人目の嵐)」であろう。嵐は、このシグネチャーストーリーを、少なくとも射場氏が真剣に追いかけ始めた2007年から13年間、継続して伝え続けてきたという。

しかし、単に同じ言い方で説明するだけでは時間が経つにつれ、ストーリーは飽きられて、記憶に残らなくなる。繰り返し伝えることだけでなく、新鮮味を加えて伝え続けることが重要になる。こうしたストーリーテリングが嵐は非常に上手だった。

まず、語り部を変える。5人で伝える、2人や3人で伝える、各メンバーが伝えるなど変化を持たせる。次に、時間軸を変える。昨日の話、1年前の話、デビュー当時の話など、同じテーマでも、起こった時期の違うストーリーを伝える。

加えて、嵐は五感に訴える形で、効果的にストーリーを語る。たとえば、歌や映像にストーリーを込めるのである。自分たちが書く歌詞にストーリーを使ったり、ライブ会場で流す映像の中にストーリーを入れたり。こうすることで使い古された感じを持たせることなく、ファンは嵐のストーリーに触れ続け、そのストーリーへの理解を深めるのである。

シグネチャーストーリーは消費者の中に定着しやすい

活動休止発表にみるリスクマネジメント

最後に、ブランドのリスクマネジメントの事例も解説した。

嵐は2019年1月27日に活動休止の方針を発表(最終ライブは2020年12月31日)。嵐ファンについては、解散の次に聞きたくない、最悪のお知らせである。ブランドへの信頼や愛情を失いかねない、ブランドを守る「リスクマネジメント」が一番重要な事態だ。

休止発表の初動1週間のコミュニケーション戦略は、嵐ブランドの「誰の頭の中に」となるファンのことを考え抜いていた。「結果として、ファンだけでなく一般の人の理解も得て、ブランドを棄損することがなかった」と、射場氏は振り返る。

発表から休止までの約2年間は、メンバーとファンが一緒に歩み創り上げた“ストーリー”になったと思う。『嵐Re-born』として、嵐の既存曲を英語と最新のアレンジにして発表したり、SNSによる発信でファンと密につながったりするなど、『2年間を一緒に楽しもうね』と未来に向かっていることを感じさせる施策が多かった。主語も“私たち”(嵐とファン)であったと、実感させてくれた。だから最終ライブで、ファンからのコメントを集めて東京ドームの天井に投影したときは、異口同音の『ありがとう』で埋まったのだろう(射場氏)

こうして、射場氏はセッションを終えた。

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