マーケターなら知っておきたい!顧客の隠れた心理「インサイト」の見つけ方とPDCAへの組み込み方
デジタルマーケティングの強みと言えば、顧客行動の分析、施策の実行、評価、そして改善というPDCAサイクルを素早く回せること。Webやサービスがどう使われているかをすぐに把握し、改善していくことができる。
しかしPDCAを回し続けていけば顧客の真の姿が分かる……のだろうか?「仮説の枯渇」を抑止し、仮説の精度と幅を広げるには、顧客の隠れた心理「インサイト」を把握することが重要であると提唱するのが、株式会社デコム 代表取締役社長の大松孝弘氏だ。Repro株式会社 取締役CMOの中澤伸也氏とともに、「デジタルマーケターズサミット 2021 Winter」でインサイトの見つけ方とPDCAへの組み込み方を解説した。
「インサイト」と「ニーズ」は似て非なるもの
当セミナーは大松氏・中澤氏による講演を事前収録して配信。聴講者はその映像を見ながら、Zoomのリアルタイムチャットで両氏に質問ができ、その場で答えてくれるという形式で行われた。本稿では、そのQ&Aの内容も一部踏まえた上で、構成している。
デコム社は大松氏が2004年に設立した企業で、いわゆる「リサーチ」を専門とする。ただし消費者行動や市場をただ単純に研究・分析するだけでなく、「インサイト」という観点でアプローチするのが特徴だ。
ここでいう「インサイト」は、「(消費者の)ニーズ」とは似て非なるもの。その理解のヒントとして大松氏が挙げたのが、スティーブ・ジョブズの言葉だ。
『フォーカスグループインタビューによって製品をデザインするのはとても難しい。多くの場合、人は形にして見せてもらうまで、自分は何が欲しいか分からないものだ』
消費者には心の奥底に「○○で困っている」「○○できなくて不便だ」という欲求がある。しかし、それを満たすためにどんな製品・サービスが欲しいかを言語化したり、明示的に表現したりするのは難しい。ただし、iPhoneのように具体的な商品やサービスを現実に見れば『こういう商品が昔から欲しかった!』と思ったり感じたりする。
こうした消費者の動向をプロアクティブ(先回り)に発見し、企業戦略に基づいて計画的に分析するために求められるのが「インサイト」である。大松氏は「無自覚な欲求」と日本語訳するケースもあるそうだが、「潜在ニーズ」とは表現しない。本人も知覚している欲求が「ニーズ」であり、そこに“潜在”と付けると意味的におかしくなるからという。
なぜ「サラダマック」は売れなかったのか?
インサイトの見つけ方の例として、大松氏はマクドナルドの「サラダマック」の例を挙げる。同社では新しい商品を生み出すべく様々なマーケティング調査を実施。店に来てくれない理由・訪れてくれるための条件を分析しようとした。
消費者からは「ヘルシーな商品がないから」「サラダのようなものがあったら行くかも」といった声が出てきた。よって、チキンがたっぷりのったサラダディッシュなど一連の商品を開発し、「サラダマック」として世に送り出した。だが、ほどなく終売している。
このエピソードからは、消費者に直接不満や要望を聞いても、それが“本質的”なモノかは明らかにならないことが分かる。『ユーザー』ではなく、『人間』を見ることが大事(大松氏)
キーになるのは、ターゲットの“興味関心”だ。そもそもマクドナルドに訪れない消費者は、その時点でマクドナルドに興味関心がないので、そうした人に「訪れたくなる理由」を聞くのは、企業側の傲慢だと大松氏は指摘する。
だが、マクドナルドの枠を超えて“食生活への関心”にまでマーケティングの範囲を広げれば、興味関心が一切ないという人は少なくなる。食生活の中の“価値ある体験”を明らかにして、そこでマクドナルドが何をできるか紐解くというのが、インサイトの発想だ。
今般の社会の傾向として、ヘルシーさが求められているのは間違いないだろう。しかし、ある個人の食生活に目を向けたところ、「普段は健康のために食事で色々我慢をしているが、たまにはストレス解消を兼ねて(マクドナルドでなくてもいいから)肉をむさぼりたい」という欲求があることがわかった。
ここから、最近マクドナルドを訪れていない人にターゲット心理を推察した場合、サラダのようなヘルシーなメニューを提供するよりもむしろ肉のボリューム感などを訴求したほうが良いのでは?という仮説が導き出される。こうして、メガマック、クォーターパウンダーのようなメニューが生まれ、ヒットしたという。
インサイトを見つけるには、数多の仮説と統計情報との突き合わせが必要
マーケティングと言えば、顧客アンケートや実際の購買履歴を数千人~数万人規模で集め、それを集計・分析するといった「定量分析」がまず思い浮かぶ。この手法の重要性は言うまでもない。大企業における投資方針などを策定するにあたっては、定量分析は絶対的に必要である。
だが、前述の「たまには肉をむさぼりたい」といった意見は、定量分析だけでは発見が難しい。数万人に共通する項目ではなく、その中のたったひとり──大松氏は「n=1(えぬいち)」と呼称していた───が感じた事実を、仮説として扱うことで、マーケティング分析の質は変わっていく。
とはいえ、n=1の分析から仮説を1つ、2つ導き出した程度では、戦略にはならない。莫大な量のn=1情報に触れ、最低でも10~20個の仮説を設定することが必要だと大松氏は説く。また、いくらn=1とはいえ、市場全体の共感が大きいと予想されるものでなければ、時間をかけて分析する意義が薄れてしまう。
その上で、仮説の実効性を統計情報と何度も、繰り返し突き合わせて検証することで、はじめてインサイトが浮かび上がってくるという。
ニーズとは、自明的に顕在化したもの。例えば一昔前だったら『夏熱くて仕事にならない』というニーズがあったが、それはわざわざ調査しなくてもわかるし、空調機器メーカーによってもう解消してしまった。誰にも共通するニーズがあった時代は、それを解消するためのオペレーション能力が重要だった。こうしたわかりやすいニーズがなくなっていく中で、人々の心の奥底に隠れているインサイトをいかに見つけるか……という話に変わってきている(大松氏)
また、インサイト分析は顧客が一般消費者かどうかは関係なく、B2B業界にも当てはまる。大松氏の例では、医療業界において医師のインサイト分析を行った例もある。
「仮説の枯渇」に陥らないためのインサイト
中澤氏は前職の自動車買取会社に在籍していた際、「お気に入りのモノとの別れ」という顧客心理より大局な視点を設定していたという。車ではなくギターを手放すときにはどう感じるのか? 店頭ではなくフリマアプリでモノを売るときの心境は?……といった発想のもとで、仮説を導き出す取り組みを行った。
その結果、車の買取に対する顧客のインサイトを「面倒で気が重い作業」と位置付けた。買取価格の査定やその後の手続きは面倒でやりたくないと顧客は感じている。そこから生み出したのが、車の写真を撮影して送るだけでAIが査定してくれるサービスだった。
これは広義におけるマーケティングの例だが、より狭義のマーケティング───4CにおけるCommunication───の分野でも、インサイトの考え方が有用だと中澤氏は指摘する。まず前提として、デジタルマーケティングの現場では、Webサイトのログ分析、アンケート、行動観察調査などの結果から仮説を立て、これをABテストにかける。その結果をもとにまた新しい仮説を立てる。PDCAのアプローチだ。
これはまさに顧客を理解するための取り組みだが、私はPDCAをやる上では『質よりも量』と考えてきた。普段の会話でもそうだが、相手を理解したかったら、考え抜いた質問を1つするより、気軽に何度も会話した方がいい。PDCAもまさにそうで、速く沢山回数をまわしたほうがいい(中澤氏)
ただし、この手法にも壁はある。あまりにも多く仮説を立てすぎることによるネタ切れ、つまり「仮説の枯渇」に行き着いてしまうのだ。
視野を広げてこそ、インサイトが見つかる
ビッグマックの訴求で考えてみよう。中澤氏が例示したのは4つ。「牛肉100%の良質なパティ」「ジューシーで美味しい」「満足の食べ応え」「お腹がすいたらビッグマック!」である。しかし、そのいずれも、商品としての機能、あるいは商品を消費した事による効用を訴求するレベルに留まってしまい、中澤氏はこれを「仮説の幅が閉じてしまっている」と評した。あくまでビッグマックを主軸においての思索だからである。
これを「食生活のなかにおけるビッグマック(の訴求)」に置き換えてみるとどうか。すると「頑張った自分にご褒美!」「今日くらい良いんじゃない?」「ストレスをぶっ飛ばす!」といったところにまで、仮説の幅が広がっていく。
仮説は、自分の常識や想像の範囲内で導き出すことが多いが、それだけだと枯渇する。かといって、思いつきやあてずっぽうで仮説を作っても、スジが悪い。スジのよい、インパクトのある仮説を生み出すためにインサイトが役立つのではないか(中澤氏)
インサイトは天使と悪魔の声の間にあるもの
とはいえ中澤氏は、インサイトを用いた顧客分析の方法論に初めて触れた際には、戸惑いもあったという。マーケターが広告を出すには「旅行によく行く人」「美容に興味がある人」といったセグメント別にターゲティングする。しかしサラダマックの例を踏まえると、顧客は「ダイエットしたいがたまにはガッツリ食べたい」といった複雑な心理を抱えている。そうした顧客とのコミュニケーションを、従来のデジタルマーケティング手法のままで行えるのだろうか。
この問いに対して大松氏は、そもそもインサイトとは「興味」「関心」ではなく、「欲望」「欲求」に属するものだと説明した。加えて、ひとりの人間の中において、欲望にまつわる葛藤が常にあり、状況によっても変わることを意識すべきと助言する。「健康的でいたい」がエンジェルなら、「たまには肉テロしたい」はデビル。その間でゆれる部分にこそ、インサイトがあるという。
キリスト教には7つの大罪、仏教には108の煩悩があると言われるが、なぜかマーケティングの世界ではそれらの存在を見ていない。だが一流のマーケター、クリエイターは絶対にこっち(デビルに相当する部分)を意識している(大松氏)
一方で、インサイト(と思しきもの)があっても具体的な行動アイデアに結びつかなければ、それは無価値だと大松氏は断じる。特定のインサイトに固執しすぎず、時には別のインサイト探しを優先すべきという。
人間理解なくしてインサイトの発見なし
収録済み動画の配信が終わったところで、大松氏はまとめとして「人間理解なくしてインサイトの発見なし、インサイトの発見なくしてマーケティングの成功なし」と寄せた。しっかりとした人間理解こそが、デジタルマーケティングの成功や、デジタルトランスフォーメーションの実現に繋がるという意味だ。
ここでいう人間理解とは、マーケティング上の顧客属性やペルソナといった話にはとどまらないようだ。「ダイエットしたいが食事も楽しみたい」と日々感じながら、周囲の状況によってその強弱を変える。だからこそ、年代・性別・職業といった属性別ではなく、「状況ターゲティング」が重要になるのではないかと中澤氏は補足している。
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