何からはじめたらいい?ブラザー販売に学ぶBtoBマーケティング組織の立ち上げと成功までの道のり
ビジネスの世界におけるデジタルの重要性はますます高まっている。法人向け商品販売が主軸のBtoB企業も例外ではない。情報通信機器大手のブラザーは、2019年から「BtoBマーケティング」の取り組みを本格化させた。BtoBマーケティング組織の立ち上げから携わるブラザー販売株式会社の今村綾子氏が「デジタルマーケターズサミット 2021 Winter」で、組織づくりから施策の実践までその取り組みをフェーズごとに紹介した。
3カ年事業戦略で“BtoBマーケティング強化”の方針が示され、新部門が発足
ブラザーは1908年にミシン事業で創業し、2021年で113年の歴史を誇る。その技術力を活かし、後にタイプライターを製造、時代の変化に合わせFAXやプリンター、複合機にまで連なる「事務機器のブラザー」として広く知られるようになった。グループ本社にあたるのがブラザー工業株式会社だ。同社が生産した製品の日本国内販売およびマーケティングを担当するのが、今村氏が在籍するブラザー販売株式会社である。
今回のセミナーで取り扱う領域は、ブラザーの製品のうちレーザープリンターやインクジェットプリンターといった「情報通信機器事業」についてだ。
ブラザー販売のプリンティング機器事業で2019年に発足された3カ年事業戦略において、“BtoBマーケティング強化”の方針が示された。過去の売上実績などを元に「医療」「小売・店舗」「製造」「物流」を重点分野に据え、法人顧客に対するマーケティングを積極的に展開していくことになった。そこで今村氏は2019年4月より、BtoBマーケティングGの責任者に着任し、部門の立ち上げに携わった。
マーケティング経験者がいない、広告宣伝費が少ない。BtoBマーケティング発足時の前提条件
今村氏が直面した課題や実施した施策の説明の前に、BtoBマーケティングの部門発足時の前提を確認しよう。
1. 直販ではなく、代理店販売であること
代理店経由での販売の場合、ブラザー販売とユーザー企業には直接の関係がないため、売り上がったかどうかの実績値が見えにくく、実際に利用しているお客様の声が届きにくいという課題がある。
2. 商材は、プリンティング機器であること
競合企業も多く、製品のスペックだけでは差別化が難しい業界である。
3. 発足されたばかりなので広告宣伝費が少ないこと
発足まもない段階で、限られた費用でいかに効率的に商談を生み出せたかが問われる。
4. マーケティング経験のメンバーがいないこと
営業経験者は多いが、マーケティング経験者は社内にほぼいない状態だった。今村氏自身も商品企画の事業部に在籍していた。
この前提条件のなかで実践したこととフェーズ毎の課題の全体像を今村氏は示した。
まず、マーケティング経験者がおらず、BtoBマーケティングの強化といっても「何から手を付けていいのか分からない」という状態だった。「何が優先なのか?」を明確にするため、まず戦略作りと施策の優先順位づけ、必要最低限のリソースの確保を行ったという。
やることが明確になったら、すぐに実践していった。MAは既に導入済みだったので、オウンドメディアのコンテンツやメール配信の施策にとりかかったが、コンテンツ制作やMA運用の人的リソースが不足していた。そこでアウトソーシングも活用しながら進めていったという。
活動を進めていく中で、リードや案件は増えていくが、小口の案件ばかりが集まり、想定より売上が伸びていないという課題が生まれてきた。そこで、優良顧客をターゲティングするため、ABM(アカウントベースドマーケティング)とインサイドセールスを取り入れた。
安定的な実績が出せるようになると、営業へ引き渡した案件が実際に売れたか?という実績が気になりはじめた。だが、履歴が残る仕組みができておらず、売上につながったか分からない状況だった。そこで、MA⇔SFAの連携を行い、案件引き渡し後の売上実績の進捗管理・可視化を行ったというのが取り組みの全体像だ。続いて、今村氏はフェーズごとの詳しい取り組みを紹介していった。
戦略立案を進めながら、プロジェクト初期の段階から社内の協力者を見つけよう
今村氏らBtoBマーケティング部門が最初にとりかかったのが、戦略立案だ。戦略作りをはじめるにあたり、取り組んだのは社内分析とデータ分析だ。社内分析とは組織体制・パートナー分類・事業戦略の確認だ。なぜ社内分析が必要かというと、事業部に紐づいたマーケティング施策を投じることが必要だからだと今村氏。
多くの会社では、マーケティング部門が他の事業部門と切り離されているため活動とのギャップが生まれがちだ。それではブランド認知度やリード獲得数といった数値しか追えなくなってしまう。事業部の中で営業と連携を取りながら、BtoBマーケティングの存在意義を理解してもらってから、取り組みを進めていった方がよい(今村氏)
BtoBマーケティングでは「他部門と連携できない・理解してもらえない」という課題はよく聞かれる。今村氏も、プロジェクト初期の段階から社内の協力者を見つけておく重要性を指摘する。「経営層、営業部門の責任者、チームのマネージャーなど可能な限り社内で権力がある人が理想」と今村氏。特に、最終的に案件を渡した際に、積極的に動き、営業内で“BtoBマーケティングのよさ”を口コミしてくれる人を味方につけられるとよいという。
今村氏の場合、営業部への理解を深めるため、BtoBマーケティングについて説明する講習会を実施したという。当初はマーケティング用語を理解している人がほとんどいなかったというが、1年強かけて、現在では営業部に「マーケ側にリードを渡したら、案件として戻してくれる」という印象を持たれるまでになったという。
数値目標には売上に紐づく数値だけでなく、メール配信数といった活動計画も盛り込む
戦略作りでもう1つ重要なのは社内に散財しているデータの分析だ。具体的には、保有リードデータや案件情報、アンケート結果などだ。ブラザー販売では、顧客ニーズを改めて理解するために、お客様の困りごとをヒアリングして整理し、過去に実施したアンケートも掘り起こしニーズ調査を行ったという。
リードや案件情報についても、企業情報を付与し、保有している企業属性をマッピングし、どの企業規模・業種区分のお客様が自社に合っているのかを調べ、そこを優先的に攻めるようにしていった。
続いては、「数値目標」についてだ。ブラザー販売では、PV数/リード数、MQL(Marketing Qualified Lead・マーケティング活動で創出された見込み客)/SQL(Sales Qualified Lead・営業活動によって創出された見込み客)件数、案件創出額を目標としているという。ただ、1年目はまだ数字が明確に見えていなかったため、全体の売上に対してどこまでの貢献率を目指すかという目標値から逆算し、決めたという。マーケティング部門の数値目標は「全体売上の10%に貢献する」とし、そこをゴールに必要なリード獲得数・MQL/SQL数を算出した。
さらに「数値目標」には売上に紐づく数値だけでなく、オウンドメディアにおける記事数・メール配信数・インサイドセールス数といった活動計画も定めた。継続的にコンテンツを出し続けていくのは大変なので、後回しにならないよう、制作の年間計画を立て、管理を行っているという。
予算を消化するだけの展示会になってない? 展示会で効率よくリードを獲得するには
社内の現況分析、数値目標策定などを経てできあがったのが、以下の全体活動図である。
BtoBマーケティングの起点となるのが、リードの獲得である。有力な方法は「展示会への出展」「ホワイトペーパーの設置」「セミナーの実施」の3つ。ただし、どれもメリット・デメリットがあるため、組み合わせて使い分けることが継続的な案件創出につながるという。
このうち展示会のリード活用の取り組みについて今村氏が紹介した。商談につながらず、予算を消化するだけの展示会にしないために、展示会の目的を明確にしておく必要があるという。
ブラザー販売でも以前は、製品と印字サンプルを並べ、スペック等を説明していたが、お客様の課題がつかめていなかった。そこで、オウンドメディア記事制作でお客様のニーズを検討してきた知見を活かし、見せ方を変えたところ、展示会場でスムーズに商談を進めることができるようになったという。
たとえば、業界用のラベルプリンターはそれ単体で利用されるだけでなく、何かのシステムや機器、サービスを介して印刷されるケースが多い。お客様が現在使われている他のサービスとの連携ソリューションという形で提案することにより、パートナー企業と協業しながら商談に運ぶような体制に変わりました(今村氏)
そして、なにより重要なのは展示会後の対応だ。商談を放置せず、商談に至らないリードも、MAやSFAで案件管理をし、適切なタイミングで再アプローチをかけたり、メールを送り商談につながるものとそうでないものでリードを区分したりすることも大切だ。
案件創出のためのオンラインウェビナーを毎月開催。内容を充実させ案件創出率をアップ
オンラインのウェビナーも積極的に取り組んでいる。
案件の創出に特化した内容で、たとえば『小売・店舗の業務効率化』『製造業における生産管理ツールとは』といった具合に、より具体的な課題解決のための業種ターゲット毎の内容を毎月実施している。最初のうちは要領を得ていなかったので、案件創出率が1%ほどだったが、内容を充実させていき、今では10%近くまで伸ばすことができた(今村氏)
ウェビナーは会場を手配する必要もなく、資料準備などにリソースはかかるが、実質ゼロ円で実施できる。またパートナー企業などと複数社共催にすると、集客数アップに効果的だとした。
オウンドメディアにデモ機貸し出しの導線を設置し受注率がアップ。競合との差別化にも
コンテンツマーケティングでのリード獲得にも取り組んでいる。ブラザーグループのWebサイトは製品軸での構成となっているため、“どの製品を買うか決まっている顧客”は利用しやすいが、潜在顧客へのアプローチは不得手だ。そこで、課題を解決・見つけてもらい、類似したケーススタディや導入事例からお客様に合った製品選びを気軽に相談できるオウンドメディア「ビジネスNAVI」を開設し、ホワイトペーパーのダウンロードなどに誘導している。気に入った製品があれば、デモ機の無償貸し出しサービスの導線も用意している。
特に効果を上げているのが、デモ機の無料貸出だ。他社にはないサービスなので差別化になっただけでなく、貸出サービス利用者の受注率は他の問い合わせと比べ3倍近いと今村氏は明かす。
代理店による間接販売中心の弊社としては、お客様の声を聞く上でも絶好の機会。コンテンツ制作の参考にもなり、製造元のブラザー工業へレポートし製品開発やサービス向上にも活用している(今村氏)
だが、マーケティング施策が増えると、社内人員だけではリソースが足りなくなる。アウトソーシングに頼ることになるが、社内でしかできないことや、蓄積させたいものは、メンバーで対応し、“量”をこなしたいものをアウトソーシングするなど事前に決めておいた方がいいと、今村氏。
たとえば、オウンドメディアのコンテンツ制作であれば、企画や構成案は社内で作成し、ライティングを外部に依頼する。メールマガジン配信やMA運用は、施策が多いときには定型文やフォーマットが決まっているものの配信を依頼するといった具合だ。また、インサイドセールスにおいては、リードへの“ファーストコール”を外部委託する手もある。
毎月、質の良い案件の引き渡しを行うことで営業との関係が大きく改善
ブラザー販売では、インサイドセールス部隊をマーケティング部門に取り入れている。「BtoBマーケティングを一気通貫の流れで把握したい」との狙いからだ。また、見込み度の低い案件を営業部門に取り次いでしまうと、対応してもらえないケースもあったため、質の高い案件のみ引き渡せるようにインサイドセールス部隊をマーケティング部門に取り入れているという。
この結果、営業に渡す案件の質が高くなった。従来だと、営業自身が案件創出をしなければならなかったが、毎月定期的に、質の良い案件の引き渡しを行うことで営業との関係が一気に良くなった。『マーケティングって何をやっているか良く分からない』といった声も当初は聞かれたが、現在はその月の案件内容を報告し合う営業会議の場で『この案件はBtoBマーケティングからの引き合い』と、発表してもらえるようになった(今村氏)
一方で「案件数は増えたが売上が伸びない」という課題も一時あった。原因は大口案件数が少なく小口案件が多いことだった。少しでも多くの大口案件につながるように、MAツールの運用効率化を徹底し、“コールリスト”の質の向上によって対処した。メールマガジンの開封率や、Web閲覧履歴をもとに見込み度を判定するのがMAだが、そこに企業情報を紐付け、想定される売上規模を考慮。より大口の売上が期待される客を見つけるという具合だ。
また、すぐに案件や売上につながらない場合でもリードへの電話履歴などを残しておけば、次のアプローチタイミングがわかり、2年後の買い替え時期を見越して再度セールスを行うといったこともできる。今村氏らの取り組みでは、こうした再アプローチやMA施策を組み合わせ、案件化率が15%までアップした。
成功させるために何より大事なのは「やりきること」
最後の課題は、営業へ案件を引き渡したあとの履歴や売上の管理についてだ。マーケティングから営業へ案件を引き渡した後の進捗管理・売上管理にはSFA・MA・CRMツールが良く使われているだろう。ただ、部門ごとに使うツールが違っていて、連携をどのように行うかが課題になっている会社も多いのでは。本来であれば、部門間の連携を見越したシステム設計をあらかじめ行っておくのが理想的だ。
今村氏らのケースは、マーケティング部門ではMAでリードを取り込み、営業部門ではSFAで名刺取り込みを行う……といった具合だった。API連携による顧客情報の連携を行うようにし、既存客にインサイドセールスをかけるといった事態がないようにした。
BtoBマーケティングにおいて顧客管理はとても重要だ。取り組み初期は、新規顧客が中心だが、蓄積していき、リピート案件や失注などの情報がたまれば、次の提案に繋げられる。そこまでいけばデジタルトランスフォーメーション(DX)といった施策にも繋がっていくだろう(今村氏)
BtoBマーケティングを成功させる鍵として、何より大事なこととして今村氏は「やりきること」をあげた。取り組み初期になかなか成果が出なくても、少しずつ営業との信頼を築き、連携部門の味方を探す努力を重ね、経営層の理解を得られれば成果は出るはず、と講演を締めくくった。
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