DXに必要なマーケティング視点! マーケターが知っておくべき新たな4Pとは?
ニューノーマル社会への対応が迫られるなか、企業へのDX(デジタルトランスフォーメーション)導入が注目されている。『マーケティング視点のDX』の著者である江端浩人氏は、「成功するDXは顧客の視点とデータの活用によって生み出される。これはまさにマーケターの得意な領域」だという。
「デジタルマーケターズサミット 2021 Winter」に登壇した江端氏は、著書のエッセンスを紹介しながら、DXの概念だけでなく、具体的な取り組み方について、事例をまじえて解説した。
デジタル化に必要なマーケティングの視点
DXを、「デジタルマーケティング、いわゆる運用型広告の利用やMAでのステップメールなどを行うことだと思っているとしたら、それは正しくない」と江端氏は語る。
DXとは、もっと大きな視点で、事業自体のデジタル化によってビジネスを変革することだ。ただし、何もかもデジタル化するのは不可能な場合もあるし、最適ではない場合もある。そこで、どこをデジタル化すべきかを見極めることが大切になるが、その際に必要になるのがマーケティング的な視点だ。
FenderでのDX成功事例
DXに大成功している1946年創業のギターメーカー「Fender(フェンダー)」は、ロックミュージシャンを目指す人をターゲットに商品作りをしてきた。しかし近年販売が落ち込んでいたため、消費者調査を行ったところ、以下のようなことがわかったという。
- 女性がオンライン購入しているケースが増えている
- チューニングが難しいという人が多い
- ギターを買った人の90%が、上達しなかったために1年以内にギターをやめている
- 上達した人はギターを継続している
そこでFenderでは、女性が購入しやすいオンラインショップ、チューニングを助けるアプリ、サブスクリプション型の音楽レッスンサービスを作り、業績を回復した。レッスンは、アプリを使って24時間、いつでも受けられるものになっている。これによって上達が実感できれば、ギターを継続するようになり、買い替え需要も期待できる。さらには、有料のオンラインレッスンによる収入も得られることになる。
これは、顧客のインサイトを見極めるというマーケティングの視点と、世の中ではどのようなサービスが一般化しているかというシステムの視点がうまく融合した事例だ。
マズローの欲求5段階説でマーケティングとDXを読み解く
現代マーケティングの第一人者といわれるフィリップ・コトラーが執筆した『Marketing 4.0』という本がある。そのなかでコトラーは、マーケティングは心理学者アブラハム・マズローが考案した「マズローの欲求5段階説」に当てはめることができると述べている。
Marketing 1.0
マズローの第1段階「生理的欲求」、第2段階「安全欲求」は、それがなければ安心して生活できないという基本的な欲求であり、物理的欲求とも呼ばれる。これをマーケティングに当てはまると、生活必需品であれば、作れば作るだけ売れるという段階で、カタログマーケティング(製品中心のマーケティング)が該当する。これをMarketing 1.0と定義し、4P(製品、価格、流通、販促)の考え方が普及した。
Marketing 2.0
市場に製品があふれてくると、人が製品を選ぶとき「このブランドが好きだから」という価値観が入ってくる。これは、マズローの第3段階「社会的欲求」に当てはまる。好きになると、「同じ性能なら、少し高くてもこちらを買おう」と思うようになる。それを目指すのがブランドマーケティング(顧客志向のマーケティング)で、STP分析(セグメント、ターゲティング、ポジショニング)といった考え方が普及した。これがMarketing 2.0だ。
Marketing 3.0
各社のブランドづくりがうまくなると、企業がどういうスタンスで製品を作っているかが購入理由になってくる。購入することで社会貢献しているという満足感を得られる仕掛けによって、「尊厳欲求」を満たす。これがMarketing 3.0になる。
Marketing 4.0
現在では、デジタル化によって消費者の声や願望が可視化されるにつれ、製品自体や売り方などに消費者の意見が取り入れられるようになってきた。そうなると、消費者自身が「自分事化」して購入する「自分の気持ちの入った消費行動」をとるようになる。これが自己実現マーケティングで、クラウドファンディングが代表的だが、さまざまな企業がファンマーケティングなどの形で実現している。これを、Marketing 4.0と呼ぶ。
DX 1.0 & DX 2.0
一方、DXをマズローの欲求5段階説に当てはめたものが以下の図だ。
生理的欲求や安全欲求のような、「これがなければ始まらない」という部分は、「データのデジタル化」になる。たとえば、顧客アンケートを取っても、その回答が紙のままならデータ活用できないし、分析もアナログでしかできない。まずはさまざまな情報をデジタル化することがDX 1.0である。ポイントは「あくまでも2.0に進むためのステップ」(江端氏)ということで、DXのための前提であり、ゴールではない。
DX 2.0は、デジタル化したデータを活用して、「顧客に利便性を提供する」「社会に還元する」といったことを実践すること。この2.0の姿を思い浮かべながら、1.0を実施することが重要(江端氏)
DXの4Pと、マーケターの関わり方
マーケティングでは、4Pを組み合わせながら最適な手法を考えるのが基本だ。4Pとはすなわち、次の4つだ。
- Product(製品・商品)
- Price(価格)
- Promotion(プロモー ション)
- Place(流通)
江端氏は、DXの重要な構成要素も、4Pで表せるという。この場合の4つのPは次のようになる。
- Problem(問題)
- Prediction(理想の姿を予測する)
- Process(理想の姿に至るプロセス)
- People(人)
以下、4つのPについて解説する。
Problem:目的を明確化する(Who、What)
「売上が減少しているからDXをとりかくやれ」という会社もあるが、売上が減少している、というのは表層的な問題で、DXを進めるには、売上減少の背景や事情に注目する必要があると江端氏は説く。
「お客様が抱えている課題」に目を向けることこそが、DX化の鍵となる。日本の場合、いままで提供されてきたサービスのクオリティが高いために、顧客自身が不満を抱えていない、あるいは、それが当たり前だと思っている場合も多い。
そのため「課題を把握する」ことが難しい場合もある。単に従来のアナログで提供していたサービスを単にデジタル化に置き換えただけでは、解決できない問題もある。
たとえば、ディズニーランドには自動販売機がない。売上向上だけに注目するなら、パーク内に自動販売機を置き、人件費を減らせれば売上向上につながるかもしれない。しかし、あえて自動販売機を置いてない理由は、お客さんと接するときには人のぬくもりを感じてもらう、もしくはディズニーランドという世界観を維持するためだと考えられる。
このように、アナログからデジタルへの置き換えだけでは解決しない問題もある。そのためDXを考える場合は、次のような視点で考えることが重要だ。
- お客様が抱えている課題は何か
- デジタルを活用して、お客様が抱えているどんな課題を解決できるのか
- アナログのままにしておくべきところはあるか
「お客様が抱えている問題を把握すること」は、マーケターが貢献できる部分である。データを活用した市場調査、顧客インサイトの発見などを通じて、短期的な解決だけでなく、技術の進歩などを踏まえて考える想像力も必要だろう。
Prediction:理想の姿を思い描く
理想の姿を描いて問題解決を行う手法として、バックキャスティングという言葉が注目されている。対になる言葉はフォアキャスティングで、これは問題に対して改善を重ねて解決に導く、見慣れた方法だ。バックキャスティングの方は、問題に対して、その問題が解決された理想の状態を考え、そこに至るまでには何が必要かと遡っていく考え方である。これは、テスラの開発手法としても知られている。
ここで江端氏は、1つの例をあげた。テスラの創業者の一人でもあるイーロン・マスクは、宇宙輸送サービス会社であるスペースXのCEOでもある。彼は、ロケットを打ち上げたいからロケット事業をやっているわけではなく、地球環境悪化という問題に対する解決策として行っているのだという。他の星にも人が住んでいるという理想の状態を考え、その理想を実現するための第一歩として輸送手段が必要だからロケットを打ち上げていて、しかも何度も使えて、自分で着陸できるロケットを開発している。これは、「壮大なバックキャスティングだ」と江端氏は語る。
なお、将来の理想の姿を描くときに使えるものに、「デザイン思考」という考え方があるという。「顧客に共感して潜在的な問題(インサイト)を見つけ、それがない状態を想像すること」「理想の状態を描くことによって現実とのギャップを明らかにし、必要なプロセスを明確化すること」がポイントになる。
Process:実現するプロセスを策定する
理想の世界がきちんと描ければ、プロセスの策定に進める。どう実現するかというHowの部分は、「日本企業、特にIT部門は得意な領域」(江端氏)だ。その際、役に立つのが以下のようなフレームワークだという。
ポイントは、今までにない解決方法を見つけること。江端氏は良い事例として、シェアメディカルの「ネクステート」という製品を紹介した。これは聴診器の世界で「200年ぶりのイノベーション」だといわれている。
問題は聴診器を使っているドクターの「耳が痛い」ことで、理想の姿は「使い慣れたヘッドセットで患者さんの音を聴ける」という状態だ。そのための方法として、シェアメディカルは音の採取部分(チェストピース)と聴く部分を分離した。患者の胸にあてたチェストピースで採取した音を、通信によって、ヘッドセットに送る仕組みにしたのだ。
これにより、音声データを蓄積してAIで分析する、クラウドに保存するといったことが可能になった。さらに、コロナ禍で非接触が求められるようになったため、国内のみならず海外でも売上を伸ばしているという。
People:導入の阻害要素とならないように理解を促す
江端氏が最も難しいというのが、人の部分だ。簡単に交換できないし、すぐには変われない。また、ビジネス、マーケティング、デジタル・ITのすべてにおいて専門性をもつ人はなかなかいない。さらに、縦割り組織、新しい物への抵抗などが、DX導入の阻害要素となることがある。
これについて江端氏は、コトラー氏と富士フイルムの古森重隆会長による『NEVER STOP イノベーティブに勝ち抜く経営』という本が参考になると紹介した。「Kotler-Komori way」という変革手法を示しているという。
DXの4Pとマーケター
こうしたDXの4Pと、マーケターの関わり方について、江端氏は以下のようにまとめた。
- Problem: ユーザーの困りごとを可視化して、提言する。
- Prediction: 将来的な人々の生活動向や技術の動向をウォッチする。
- Process: バックキャストした未来からの逆引きでプロセスを考え、Web、アプリ、SaaSなどのプロセスを策定・実装・実行する。
- People: 社内を横断する役割を担い、サービス型のチームとして機能する。なお、説得・教育が最も必要なのは“抵抗勢力”かもしれない。
最後に、Amazonに窮地に追いやられていたWalmartも、現在ではオンラインサービスなどによって生き返っており、時価総額があがっていることを紹介。「FenderもWalmartも、顧客の問題解決から入り、理想的な世界はどうやって実現するかを考え、社内をどう変革するかという4Pに取り組んだことが功を奏している」と締めくくった。
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