マーケティング成熟度を高める「3つのP」と、顧客重視を貫き組織変革を進めた米国企業の事例
「デジタルマーケティングをちゃんと行っていくということは、マーケティング全体をデジタル化していくことであり、そしてそれは、マーケティング全体を再創造すること」という今のマーケティングが進むべき道を以前にお伝えした。本記事では、さらにその解釈を進め、マーケティング担当者のアンケート調査をもとに「マーケティングの成熟度」を高める方法論をお届けする。
また、記事の後半では事例も紹介する、デジタルをリアルに持ってきている「フェデックス」と「MGMリゾートインターナショナルホテル」の事例だ。
いずれも、米国で開催されたイベント「Adobe Summit 2014」でのトピックを中心にお届けする。
マーケティング全体をデジタル化していくということ
「デジタル」は今やコンピュータネットワークに限った話ではない。リアルでのデジタル活用が進化している。
消費者がモバイルデバイスやウェアラブルを持ち歩き、店舗で情報収集するのも、デジタルだ。また、ある特定の場所に行くと、そのユーザーに合わせたメッセ―ジが届くといったような仕組みもあり、リアルマーケティングの世界でもデジタルが核となって動きはじめている。
こうした状況が、「マーケティング全体をデジタル化していくということ」の背景であり、その入り口の例だ。ある調査によると、店舗とウェブの両方を利用するユーザーはすでに25%あり、ウェブを単体で利用するのは17%という状況なのだという。
「クリック&モルタル」や「O2O」といった用語もあるが、いずれも同じような考え方を示している。「デジタルがリアルのマーケティングを変えていく」ということは、以前は夢物語のように語られ、試行錯誤されてきた。
しかし、いまや、技術も市場も環境は整いつつある。アイデアひとつで実現できる時代になっているのだ。あとはマーケターがどのように動くか次第だ――とはいうものの、そこには「組織の変革」という課題がある。
いまは、マーケティング担当者がデジタル活用を“強要”される時代
Adobe Summit 2014で2日目の基調講演に登壇した米アドビ システムズ社のジョン・メラー氏は、いまのマーケティング担当者を取り巻く状態を「デジタルの苦悩」と表現した。
多くのマーケティング担当者は、高度なデジタル活用を実施していくことを「強要」されている。
というのも、ユーザーは、高度なデジタル体験を一度でもすると、同様のことをどこでも得られるものだと期待するため、企業はデジタル活用に意識的に取り組まなければ、厳しい競争に立ち向かえなくなるからだ。
デジタルで高度な体験をする機会が増えている顧客に対して、どのように対応するのが望ましいのか。顧客重視を貫いていく企業は、それを考えていく必要がある。
「顧客が変わってきている」ということは、デジタルの進化が急速になってからは、ずっと言われてきたことだ。しかし、あらゆるチャネルがデジタルと関係する(特にリアルとの融合が進む)ことに関しては、昨今は1つの大きな節目を迎えていると捉えるべきだろう。
マーケティングの成熟度を高める3つの要素
「PRODUCT」「PROCESS」「PEOPLE」
では、企業が「マーケティングの成熟度」を高めていくためには、何をすればいいのだろうか。成功している先進企業は、何を意識して取り組んでいるのだろうか。
この問いに対して、「Adobe Digital Marketing Maturity Assessment」という興味深い調査結果が紹介された。マーケティングの成熟度を測る44の質問に500社ほどのマーケターが回答したものだ。
その調査の結果、卓越した実績を持つ企業は、次の3つの要素において、平均以上のレベルを満たしていると結論付けたという。
- PRODUCT(製品)
- PROCESS(組織の一連の動き)
- PEOPLE(人材)
それぞれの要素について、メラー氏の語った発表をもとに解説していく。
1. PRODUCT(製品)
「あなたの企業が進化するために何が最も重要だと考えているか」という設問に対する回答は、多かった順に次のとおりだ。
- パーソナライゼーション(33%)
- ビッグデータ(22%)
- ソーシャル(21%)
- リアルタイム(14%)
- モバイル(11%)
顧客が要求するあらゆるシグナルを受け取り、膨大なデータとして集約し、適切に解析し、リアルタイムに最適な情報提供を行うこと。それを複数デバイスに対応し、ソーシャルを含めた多種多様なチャネルでのコミュニケーションが円滑にできること――これらの要件を満たす「製品」を導入して仕組みを作り、運用を進めている企業は、卓越した実績を持ち始めているのだという。
加えてそうした製品には、組織の壁を越えてスムーズに運用できるようにするための機能も求められるだろう。
前回記事でも触れたが、Adobe Marketing Cloudに追加された「コアサービス」の目玉機能の1つに「プロファイル管理」があるが、これはパーソナライゼーションを実現する核となる「製品」だ。
あらゆるタッチポイントや基幹データベースで取得した顧客に関するデータを統合し、各ユーザーの情報を「1つのプロファイル」として管理する。そうして作ったユーザーごとの顧客データをもとに、Adobe Analyticsで高度な解析を実現し、Adobe Experience Managerで最適なデバイス運用や顧客に合わせたエクスペリエンスの提供を行い、Adobe Targetで顧客ごとに最適なテスト配信などを行うのだ。
新たに発表された「Adobe Campaign」も見逃せない「製品」だ。クロスチャネルのキャンペーン管理製品として、仏ネオレーンの買収後に統合されたものだ。
Adobe Campaignには次のような機能が備わっていると発表されている。
- グラフィカルなキャンペーン管理
- 統合顧客プロファイル
- ターゲットセグメンテーション
- クロスチャネルキャンペーン管理
- リアルタイムインタラクション管理
- 運用レポート
たとえば、1人のユーザーが、電車の中で交通広告を見て、スマートフォンでサイトAへ訪れる。会社に到着して、PCを開いて、サイトAの関連サイトに訪れて、さらに知識を深める。その後、自宅に戻り、タブレットをソファで見ながら、検索エンジン経由でサイトAに訪問し購買をする。情報メールを経て、さらに追加注文を行ったとする。
Adobe Campaignを活用することで、特定の接触ポイントで、ユーザーに次の行動を促すためのメッセージ訴求を投げかけるといったシナリオを作り、実行できる(前提として幾つかの環境整備をしておく必要はあるが)。
2. PROCESS(組織の一連の動き)
デジタルがリアル世界に入り込むということは、たとえば、店舗のオペレーションそのものを変革させることにもつながる。そのためには、複数にわたる部門の業務を連携させる必要があるだろう。つまり、組織のプロセスを変革することが求められるのだ。経営層の意思決定も重要になってくる。
多くのマーケターはどのように考えているのだろうか。先ほどと同様の調査であるが、「自分の果たす役割が変わっていくと思うか」という質問に対しては、64%のマーケターが12か月以内に変わると答えたという。さらに、3年以内に変わると答えたのは81%に上る。
プロセスの変革については、取材者向けの対談セッションでも活発に議論されていたので、特徴的な発言を紹介しておこう。
意思決定は中長期を視野に入れて組織変革をする。
「顧客体験のストーリー設計」が最も重要なコンセプトだ。それを実施するときには、一貫した戦略のもとに、個々の強みを生かして社外パートナーに委託することも必要だ。
組織変革をけん引するのは、意識の高い人だ。プロセスを変えるためには、人が重要なのだ。
3. PEOPLE(人材)
3つ目は「人」である。デジタルマーケティングの成熟度を高めるためには、知識および実行スキルを持つ人が重要だ。
特に、“自己改革”ができることが重要な要素なのだと、メラー氏は語る。新たな課題に対する解決策を、思考し続け、自己成長を望んでいることが大事だということだ。企業担当者自身がスキルアップをするのもいいし、スキルを持つ人材を新たに探すのもいいが、いずれにせよ、物事を変えていく「人」が必要なのだ。
成熟度を高めるための方法論
とはいうものの、メラー氏は、次のように語る。
マーケティングの成熟度を高めるための明確な方法論やマニュアルは、まだ存在しない。残念ながら。
どの企業も、それぞれの置かれた状況に対して試行錯誤しながら方法論を探っているのだ。
そのため、基調講演では、さらに豪華なゲストスピーカーが登場し、メラー氏との対談を通して、特に「PROCESS」と「PEOPLE」の取り組み方について考えを深める試みが行われた。
振り返ると、昨年のAdobe Summitでも同様に組織や人に焦点を当てていた。そこがいかに重要なポイントであるかを、顧客から要望を投げかけられるアドビ自身が強く感じているのだ。
アドビは製品を提供する企業ではあるが、製品だけでマーケティングの成熟度を高めることはできないことを理解している。製品に加えて、人や組織も変わらなければいけないのだ。
事例1フェデックスの顧客重視を貫いた組織変革プロジェクト
運送会社大手のフェデックスのマイク・リュード氏(カスタマーエクスペリエンスマーケティング部)は、基調講演のなかで登壇し、興味深い事例を語った。ワールドワイドの複雑な組織形態を持つ企業によるプロセスの改革である。
具体的には、さまざまなタッチポイントで得られる多種多様かつ膨大な情報を、組織の中心において一元管理するようにしたのだという。そして、顧客属性データを基にモデリングし、パーソナライズした最適な情報を提供し、顧客との関係醸成を図る。そうしたプロジェクトを社内で推進しているというものだ。
運送会社へ仕事を依頼しようとする顧客のシチュエーションは、さまざまだ。仕事をしているとき、自宅にいるとき、外出先……。顧客は、あらゆるタッチポイントでフェデックスにコンタクトをとろうとする。
そのためフェデックスでは、特に顧客と直接コミュニケーションをとりやすい立場の人、つまり運転手が、デジタルを介して顧客とやりとりできる仕組みを構築したのだという。
この仕組みについてリュード氏は「簡単なことだと思われるかもしれないが、実現するのは、かなり大変なことだ」と語る。組織全体を変革する必要があったため、CRMを専任としていたマーケティング担当者がプロジェクトを立ち上げ、進めていったのだという。
ちなみに、このプロジェクトに関しては、基調講演とは別のセッションで、プロジェクト推進したアンジェラ・スティーブン氏が解説していた。組織変革のためには、月面旅行をプランニングするようなイメージで、管制機関や現場担当者が持つ装備など準備を念入りに進めたと語っていた。
そうして作られた「運転手デジタルコミュニケーション」の仕組みが、現在は、グローバルに展開されている。
「改革の実現開始にあたって“マジックモーメント(物事がうまく進み出す瞬間)”があったか」と問われたリュード氏が、「特に、魔法はない。すべて顧客に対する適切な対応をしただけだ」と述べたのが印象的だった。
事例2顧客満足をキーコンセプトに組織の旗振りをする「チーフエクスペリエンスオフィサー(CXO)」(MGMリゾートインターナショナルホテル)
ラスベガスのホテルでは、フロントデスクがなく、スマートフォンで鍵を開けることができるところも増えている。米国でIOT(Internet of Things/モノのインターネット)と呼ばれるスマート機器の導入事例の1つである。
しかし、これを実現するためには、ホテル全体の設備を変えなければいけないし、ホテルマンにも従来と異なるオペレーションが必要となる。
では、企業内で、だれがこれを実現させるために動くべきなのか。
MGMリゾートインターナショナルのジョン・ボレン氏(チーフデジタルオフィサー)は、そのプロジェクトの推進にあたっての組織体制の変革について語った。
MGMには、「顧客理解」の専任責任者として、「CXO」(チーフエクスペリエンスオフィサー)が存在している。「顧客満足」を高めることを狙いとして、戦略立案から指揮統括も行う立場で、社長直轄の役職だ。
そして、このCXOが、ホテルに訪れる顧客の満足度を高めるためのマーケティング活動を一手に集約して、一貫した戦略遂行を行う旗振り役であり、デジタルオフィサー、ゲストオフィサー、ロイヤリティオフィサー、ブランド&マーケティング担当者とともに、プロジェクトを進めたのだという。
CXOは、概念的にはCMOと同義のようにも思えるが、ホテル経営の根幹に直接的にかかわり、実際に、各部署の担当者と連携してプロジェクトを推進するという役割が、CMOとの違いだ。
このプロジェクトでは、組織体系にもメスを入れたのだという。縦割りだった組織を再構築し、部署の垣根が低い新たな組織に作り替えたのだ。
一貫した戦略に基づいて行動する有機的な組織形態が作られ、デジタルネイティブな顧客に良い体験を提供する仕組みをホテル全体で作れたのも、こうしたCXOの動きがあったからこそだろう。
地道な取り組みが、ルールを変えることがある
Adobe Summit 2014の基調講演を通して感じたコンセプトは、「“デジタルマーケティング”から“マーケティング全体をデジタルに”」というものだった。それがあるべき姿であり、それを実現するために必要なのが「PRODUCT」「PROCESS」「PEOPLE」への取り組みによって「マーケティングの成熟度」を高めていくことなのだ。
最後に、ジョン・メラー氏が語った次のエピソードを紹介したい。アメリカンフットボールで初めて、「フォワードパス」の歴史が始まったストーリーだ。
昔のアメリカンフットボールは、選手が走りこんでボールを奪い合い、タッチダウンを狙う単純なゲームだった。
しかし1876年、プリンストン大学とエール大学の試合中に、タックルされた選手が偶然にもボールを前に投げて、チームメイトがそれを受け取ってタッチダウンしたという出来事があった。
そんなプレーはそれまでになく、ルールブックにもそうした行動に関する記載がなかったため、審判はどう判断していいか決めかねたので、結局はコインを投げた裏表の結果で判断を決めることにした――結果として、「ボールを前に投げる」という行為は承認された。
これは、ルールブックの「再創造」の瞬間である。それまでにはなかった行動が、その後ずっとゲーム展開を大きく左右するプレーの1つとして認められるようになったのだ。
再創造とは、初め大それたことを考えるというものだとは限らない。目的に向かって一所懸命に取り組むなかで、ふとしたアイデアが生まれるのかもしれない。
フェデックスの組織変革も、特に魔法があるわけではなく、顧客重視を貫いただけだと語っていたし、プロジェクトの発端は1人の担当者である。
まずは、企業と顧客の関係を見直したうえで、本質に忠実にやってみることだ。そこから、やるべきことに気づいたら、意識的に声を出して、誰か協力者を見つけ、手を動かして、旗を振っていくことが大事なのだろう。
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