マーケティングの再創造――それはデジタルをちゃんとやっていれば必ず行き着く場所だ
「マーケティングの再創造」、それは、いまデジタルマーケティングに携わる人間が行うべきことだ ―― そんなメッセージに触れたら、あなたはどう感じるだろうか。
「それは自分の役割ではない」「目の前のことで手一杯」「もうマーケティングよりもエクスペリエンスが大切だ」さまざまな反応があるだろうが、おそらく「そんな壮大なことを言われても」というのが正直なところではないだろうか。
しかし、そうではない。
この記事では、「Adobe Summit 2014」で打ち出された「マーケティングの再創造」というメッセージと、その背景、そして、なぜそれが「壮大な別次元の話」ではないのかを、順を追って解説していく。
デジタルマーケティングの大規模カンファレンス「Adobe Summit 2014」が、米国ユタ州ソルトレイクシティにて開催された(現地時間3月25日~3月27日)。
アドビ システムズ社が毎年開催しているイベントで、今年は、世界33か国6,500人の参加者と、過去最大規模だった。基調講演に加えて、「Adobe Marketing Cloud」の新製品発表や、活用事例、デモブース、トレーニングなどが実施された。昨年まで2日間から3日間に増えたのは、導入企業事例の増加に加えて、ソリューションの対象領域の拡張が要因のひとつである。
本記事では、「マーケティングの再創造」という壮大なテーマが打ち出された初日の基調講演のレポートをする。
「マーケティングの再創造」を宣言
今年のメインテーマは、「REINVENTION――マーケティングの再創造」だ。
曖昧な概念だとも感じられるかもしれないテーマだが、アドビ システムズは、その2大サービス「Adobe Marketing Cloud」と「Adobe Creative Cloud」を通じて、実は壮大な課題に挑戦している。
それが、「マーケティングの再創造」だ。
注意してほしい。「デジタルマーケティングの再創造」ではなく、「マーケティングの再創造」なのだ。
このテーマについて考える前に、まずマーケティングに関する現状の課題と解決策について整理しておこう。
課題①:進化が加速する生活者のデジタルセルフ
基調講演に登壇したブラッド・レンチャー氏が強調するのは、デジタル中心のマーケティングに企業が力を入れなければいけなくなっている要因として、次のようなものがあるのだということだ。
すばらしいと思うことを一度体験した利用者は、それを忘れることができない。
たとえば、次のような体験を、ある企業が提供したとする。
あるホテルでは、スマートフォンのアプリを使って、チェックインや部屋の解錠を行える。
(ラスベガスを拠点とするホテルチェーンMGM)
腕時計のように身に付けるウェアラブルの健康チェックガジェットを使うと、自分の運動量をデジタルデータとして記録し、そえをソーシャルで共有できる。
(米国で人気の高いFitbit)
店舗で興味をもった商品をスマートフォンで写真に撮り、別の場所に移動してから注文をする。そして、その商品が翌日に自宅に届く。
(オムニチャネルに取り組む店舗)
たとえば、ホテルの事例のような便利な体験をした利用者は、ほかのホテルでも同様のことができて当然だと思うようになる。
つまり、ユーザーが良いと思うことを何か1つの企業が実施したら、ユーザーは同様の体験を期待するようになるため、他の企業もそれに対応する必要があるのだ。
そしてユーザーは、当然のように高いレベルの体験を求めるため、企業は、非常に難易度の高い「期待」に応えなければならない。大きなプレッシャーを受けているのである。
たとえば、ホテルの事例では、フロントやドアのシステムをすべて改修しなければならず、オペレーション担当者もそれにあわせた対応が必要になる。相当に大がかりな変革が問われるのだ。これは簡単な意思決定ではない。
このように、ユーザーが求める体験への期待に応えるためには、企業のマーケティングは、デジタルテクノロジーを中心とした変革をしなければいけない。
そして、それを実現させるためには、組織の在り方そのものを再構築しなければならない。
それが、いまの企業が置かれている状況であり、レンチャー氏の提言する「マーケティングの再創造」が必要な背景なのだ。
課題②:「最後のミリセカンド」で顧客の期待に応える
続いて登壇したCEOのシャンタヌ・ナラヤン氏は、同じ「マーケティングの再創造」というテーマで、次のように強調した。
最も重要なことは、“ビジネスの中心にあるのはすべて「顧客」だ”ということだ。
そして、その「顧客」に対して、最適な情報を提供し、よりよいコミュニケーションを行うには、次の2つの要素が重要なのだとナラヤン氏は語った。
- リアルタイム
- クリエイティビティ(創造力)
なぜ「リアルタイム」が重要な要素なのか
顧客が購買行動へ移る気持ちをしっかりと後押しするためには、企業からのコミュニケーション(情報提供)内容が、それぞれの顧客の行動履歴を把握したものになっていることが重要だ。
顧客が1人しかいないならば、そうしたことを行うのも難しくはない。しかし、いつサイトを訪れるかわからない多数の顧客それぞれに対して適切な情報を提供するには、サーバー側でリアルタイムに判断して処理する必要がある。
その最適化の処理に許されている時間は、バッターがボールを打つ瞬間のようなきわめて短いもの(1000分の1秒)で、この瞬間のことは「最後のミリ秒」と表現される。
これを実現するには、テクノロジーを駆使し、運用体制を整えることが大切なのだが、そのためにはデータ管理と組織におけるサイロ化という課題を解決する必要があると、ナラヤン氏は語る。
「データ管理のサイロ」の課題は、最適化の土台となるデータがバラバラに管理されているという問題だ。
理想的には、「複数の訪問をまたぐ行動」「複数のチャネルそれぞれでの行動」「オンラインの行動とオフラインの行動」などをすべて「顧客」に紐付けられるように、データを統合すべきである。
しかし実態としては、既存のマーケティング施策それぞれのために取得されたデータが別々に保管されていて、すべてをつなぎ合わせる前提にはなっていないことが多い。
こうしたデータを統合させるためのプラットフォームが、以前は主流ではなかったからだ。
「組織のサイロ」の課題は、前述のようなコミュニケーションを行おうとしても、部署間の壁のせいでうまく進められないという問題だ。
理想的には、ビジネス目標を達成するために、「情報システムの責任者(CIO)」と「マーケティングの責任者(CMO)」が協力し、データを統合して運用する必要がある。
しかし実態としては、そうできている組織は滅多にないだろう。それどころか、デジタルマーケティングのトレンドが変わっていくのにあわせて組織の都合で役職やチームが増やされ、サイロ化がさらに進んでしまっているのではないだろうか。
そうした「分断されたそれぞれの担当部署」がそれぞれ自分の部署のためのメッセージを顧客に届けようとすると、そのコミュニケーション内容には一貫性がなくなり、有機的に連携されたものには決してならない。顧客は、企業が自分を「その他多数」の1人として取り扱っていると感じ、企業に対して悪い印象をもってしまうだろう。
ナラヤン氏の強調する「ビジネスの中心を顧客にすること」は、言葉にするとシンプルで「わかりきったこと」かもしれない。しかし理想と現実の間には、分厚い壁がそびえていることを認識する必要がある。
何層にも積み重なっている課題を乗り越えるには、全体を把握できる人間が要件を正しく定義したうえで、テクノロジーを駆使し、組織体制を整備していかなければいけないのだ。
なぜ「クリエイティビティ(創造力)」が重要な要素なのか
「顧客」をビジネスの中心に置いたとする。環境を整備して顧客とのコミュニケーションをリアルタイムに処理できるようにしたとする。そこで大切になるのは、コミュニケーションの中身である「クリエイティブ」、つまり「どんなメッセージを」「どのような表現で」「どう伝えるか」だ。
クリエイティブこそが、「顧客の体験」と「企業のビジネス」を媒介するものであり、コミュニケーションの実体でもあるのだ。
良いクリエイティブを通じた良い体験が積み重なることで、顧客と企業の関係性が強化されていく。
逆に、クリエイティブが良くなければ、顧客はその体験に不満を抱き、顧客と企業の関係性に悪影響を与える。たとえば、組織の都合上、マルチデバイスに対応できないままでいることは、顧客にとって時代遅れであり、不満を募らせる要因になってしまうだろう。
シャンタヌ・ナラヤン氏は、クリエイティブに関する信念を次のように語った。
いままで体験したことがないようなことが、顧客の心を動かす。そしてそれは、購買を促進し、長く良好な関係性を継続させることになる。
「創造力」がなければ、顧客体験を輝かせるような、マーケティング戦略は生み出せないと言ってもいいだろう。
リーダーシップを発揮して先陣を切ってほしい。あなた自身の「REINVENTION(再創造)」を期待している
アイデアを即実行し、組織連携を加速化させるために、「Adobe Marketing Cloud」に加えられたさらなる強化
進化が加速するデジタル環境において、さまざまな体験をしている生活者に対して、最適な体験をリアルタイムに提供するには、企業はどうすればいいのだろうか。
そのために役立つサービスとして、ブラッド・レンチャー氏は、Adobe Marketing Cloudに追加する「コアサービス」を発表した。
Adobe Marketing Cloudを1つの大きなプラットフォーム(基盤)ととらえ、すでに提供されている6つのソリューションに加えて、新たに提供される「コアサービス」を提供するのだ。
この「コアサービス」は、デジタルを中心にするマーケティング活動を大きく合理化させられるものなのだという。
- アドビ・アナリティクス(Adobe Analytics)
- アドビ・ターゲット(Adobe Target)
- アドビ・エクスペリエンス・マネージャー(Adobe Experience Manager)
- アドビ・メディア・マネージャー(Adobe Media Manager)
- アドビ・ソーシャル(Adobe Social)
- アドビ・キャンペーン(Adobe Campaign)
- プロファイル管理
- アセット共有
- マーケティング・ミックス&プランニング
- タグ管理
- コンテクスチュアル・アクティベーション
- ユーザー管理&セキュリティ
- インテグレーション
- コラボレーション
コアサービスの一環として導入された業界初の技術が「マスター・マーケティング・プロファイル(Master Marketing Profile)」だ。
顧客や見込み客のプロファイル情報を1つの画面で管理することにより、従来に比べて、パーソナライズされた顧客体験をより高い精度で提供できるようにするものだ。Adobe Marketing CloudやCRM、ERP、基幹システムの売上や取引データから収集した行動データを、有機的に管理できるように作られているという。
「データ管理のサイロ」で問題となっていた「分断化されたデータ管理」の問題を解決することを狙ったものだ。
クリエイティブ素材を一元管理する機能を備える「アセット共有(Shared Assets)」も、パーソナライズした情報をリアルタイムに提供する現場の業務を支援できるものだ。
Webサイトやマーケティングメッセージに使う画像・写真・動画などのクリエイティブ素材(アセット)は、従来ならば複数の制作会社や担当者がバラバラに管理していた。
しかし、そうしたクリエイティブ素材を一元管理し、クリエイターの作業環境と同期し、検索・共有できるようにすれば、現場の担当者はメールでやりとりする時間と手間を短縮でき、コミュニケーションのクリエイティブに一貫性を持たせられる。
一元管理されたクリエイティブ素材を用いて「Adobe Experience Manager」でランディングページをデザインし、「Adobe Target」でA/Bテスト行うなど、よりスムーズに運用できるようになるのだ。
1つのプラットフォーム上でマーケティング担当者とデザイン担当者が作業できるようにすることで、「組織のサイロ」の課題を解決することを狙ったものだ。
さらに、アドテクノロジーの進化によってどんどん煩雑になってきた「サイトに埋め込むタグ」の管理で頭を悩ましている管理者に対しては、タグ管理の機能を提供する。
これを利用することで、タグを実装する作業の難易度を軽減し、さらに作業の時間をおよそ3分の2に軽減するような効果が期待できるという。
これは、PDCAサイクルをよりスピーディに実現できるようになることを意味する。アイデアを即実行に移し、組織連携もスムーズにさせることが期待されるのだ。
これらのコアサービスは、6つのソリューションを有機的に統合するための基盤の機能として提供される。
マーケティングの再創造は、壮大な絵空事ではない。ちゃんとやっていれば必ず行き着く場所だ
今年のAdobe Summitのメインテーマは「REINVENTION――マーケティングの再創造」だったが、そこで使われた「デジタルセルフ」「最後のミリ秒」といったキーワードは、2012年と2013年のAdobe Summitで打ち出されていたメッセージだ。また、「クリエイティブとテクノロジーの融合」といったメッセージは、アドビが以前から打ち出しているものと大きく変わっているわけではない。
つまり、アドビは今回のAdobe Summitで、これまでになかった新しいメッセージを打ち出したわけではないとも言える。
しかし、だからこそ、壮大なテーマへの挑戦に対して真摯に取り組み進化続ける姿勢に、期待を感じる参加者は多かったのではないだろうか。
ブラッド・レンチャー氏の次のような言葉からも、その大きな流れの存在を確認できる。
Adobe Marketing Cloudは、単なる製品(サービス)というよりも、(アドビの目指す方向性を含めた)「ブランド」として認識していただきたい。
「一人ひとりのユーザーの行動を、1つのプラットフォームで管理する」ことや、「リアルの店舗へ足を踏み入れたユーザーに、持ち歩いているモバイルデバイスを介して、リアルタイムに最適なパーソナライズされた情報配信を実現させる」といった施策は、考え方としてはシンプルなものだ。しかし、それを実現するための仕組みや運用管理は難易度が高く、以前は簡単には実現できなかった。
しかし、デジタルマーケティングやテクノロジーの世界は、これまでにない速さで進化し続けている。そのスピードに翻弄され取り残されてしまうのでなければ、以前はできなかったことを実現できるようになったり、より高い精度で行えるようになったりという恩恵を受けられるはずだ。
デジタルを当たり前のように使いこなす生活者へのアプローチやコミュニケーションを図っていくためには、企業側も変化に対応した環境整備は欠かせない。
Adobe Summitの参加者同士で、発表されたテーマをどうとらえるのかを語りあっていたときに、次のような言葉が出てきた。
デジタルマーケティングを“ちゃんと”行っていくということは、実は、(デジタルに限らず)マーケティング全体をデジタル化していくことにほかならず、ひいては、マーケティング全体を再創造することになるのだろう。
企業や現場担当者は、さらに広い視点で顧客を捉えて、包括的な施策やアイデアを生み出すことに注力をすることが求められる。それ自体は大変なことなのだが、ますます「マーケティング」がおもしろくなっていくとも考えられるのではないだろうか。
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