NPSは驚異の+53! 森永製菓のファンサイト「エンゼルPLUS」に学ぶコミュニティ運営の在り方
企業が顧客とコミュニケーションして行く上で、1つの有力な手段となっているのが「コミュニティサイト」だ。1回限りでない、企業と顧客の“継続的な関係”がますます重視される昨今、コミュニティサイト運営に乗り出そうという企業は少なくないはずだ。
「Web担当者Forum ミーティング 2019 春」では、その先駆者たる森永製菓「エンゼルPLUS」の松野氏が登壇。運営体制やコストなどに関しては、イーライフの石井氏が解説した。聞き手はWeb担当者Forumの四谷志穂。
エンゼルPLUSの概要
エンゼルPLUSは2013年11月に開設された。名前の由来は、森永製菓のブランドキャラクターであるエンゼルであると同時に、そこに付加価値をPLUSするサイトでありたいと願いが込められており、“お菓子好き”な消費者が気軽に楽しめる場所として、運営されている。会員数は24万人、月平均PVは66万、同UUは8万。
エンゼルPLUSは、ユーザー自身の投稿が核だ。“お題”こそ、運営スタッフによって設定されることが多いが、ユーザーはそれに対する回答を投稿して楽しむ。他にも写真投稿コーナーの「エンゼルギャラリー」、好きなお菓子の味などに関する「投票」などがある。
森永製菓株式会社でエンゼルPLUSを担当する松野員人氏(広告部)によれば、エンゼルPLUS開設の背景には「かつての時代と比べてマス広告が効きにくくなった」点があるという。インターネットの普及により、消費者と広告の関係は大きく変わったが、そんな中でも顧客ロイヤリティを高めていくため、顧客と常に繋がっていくための土台が、エンゼルPLUSと言う訳だ。
実際のサイト構築にあたっては、株式会社イーライフが独自に開発・提供しているプラットフォーム「eLife Community Suite」が当初から使われている。同社のエグゼクティブ アドバイザーである石井龍夫氏は、このサービスを「コミュニティを運営するための注文住宅的プラットフォーム」と表現。企業の要望に応じて、機能モジュールを組み合わせることにより、オリジナルのコミュニティサイトが短期間で、なおかつ低コストで作れる。
また、コミュニティサイトは作って終わりではなく、日々の運用がむしろ重要だ。イーライフではプラットフォーム提供に加え、数百人規模の在宅スタッフがコミュニティ運営管理の担当として常時稼働している。たとえば、投稿を促すモデレータの役割を担ったり、コミュニティ参加者との対話を企業の代理として行ったり、トラブル対応を行ったりなどだ。
予算は? 所管部署は? コミュニティサイトを作ると収益は上がるの?
気になる運用コストだが、松野氏は「億まではいかない。リアルイベントなども適宜開催しているが、その費用や、サイト自体の構築・運用も含めて数千万円」だと説明した。
なお、その予算は、松野氏が所属する広告部から出ている。森永製菓の場合、個別の菓子ブランドから宣伝予算を拠出する例もあるというが、エンゼルPLUSはそのときどきのブランド状況に関わらず、安定的にサイト運営ができるようにとの配慮から、広告部予算としている。
四谷氏はこれを聞き「企業がコミュニティを運営する上では、実はここが重要なポイントだと思う」と述べた。石井氏もこれに同意する。
大事なのは、お客様との“長期的な関係”づくり。事業・ブランドが予算を持って運営しても良いのだが、事業運営の視点だと、どうしても、短期的に売上につながらない費用というものは削られがち。
仮に「しばらく新製品が出ないのでコミュニティを閉じた」とする。これは、せっかく好きになってもらったお客様に「お金がないのでもう貴方とはお付き合いできません。帰ってください」と言っているのと同義なのです(石井氏)
コミュニティの真価は、「利用者がそこに居続けてもらう」ことにある。そのためには、快適な空間作りが当然必要だし、運営側となる企業も継続して努力して良好な関係を維持していかねばならない。石井氏の指摘はそこにある。
ただ、企業主体のコミュニティサイトは、基本的に収益を産むものでないとされる。継続にあたっては、周囲との軋轢もあるのではないかと四谷氏は懸念する。
エンゼルPLUSでは1年に1度消費者アンケートを実施し、エンゼルPLUS会員とそれ以外の客の回答を比較することで、営業への寄与度を測定している。「実際数値を見ていると、エンゼルPLUS会員は一般客に比べて森永製菓の製品購買額が数倍高い。その差分額×アクティブユーザー数で○○○円の売上アップに寄与しているという、数値的な運営効果は必ず出すようにしている(松野氏)
また、顧客動向を把握するためにはNPS(Net Promoter Score)も用いているが、エンゼルPLUS会員の値は驚異の+53。名だたる国内トップ企業でも-10から-30程度なのが一般的なことを考えると、極めて頭抜けた数値である。
森永製菓側の担当者は1人だけ
これだけの実績を誇るエンゼルPLUSだが、実は森永製菓側の運営担当者は松野氏ただ1人。もちろん、会員の日々の投稿に対して、返信を付けるなどの対応はイーライフの在宅スタッフによっても行われている。
ここで気になるのが、対応の統一だ。顧客対応を言わば“外部へ丸投げ”した場合、森永製菓が本来目指している世界観と、実際の対応者の考えにわずかでもズレがあると、トラブルに発展する可能性は高いものと予想される。
その事態を避けるべく、松野氏とイーライフの担当者の間では綿密な打ち合わせが、常に行われているという。それを踏まえ、「一般的な対応はイーライフ単独で」「新製品の動向については松野氏に確認」など、マニュアルも作成している。
このマニュアルは、イーライフの主導によって作られており、社外はもちろん、取引先である松野氏にも「秘密」だという。イーライフが1999年に設立されて以来、数多くの企業のコミュニティ運営をサポートする中で、培ってきた知見が凝縮されているのだとか。
イーライフの知見は、多くの大手企業のコミュニティ運営実績から培われてきたものだが、どの企業でも、自社の相談センターにどんな質問が寄せられているかは把握しているはず。それらの応対記録をマニュアル化し、コミュニティサイトでの対話用に活かすのも良いだろう(石井氏)
過去にはこんなトラブルも……
ここから四谷氏は、日々のサイト運営で気になるポイントについて、松野氏に次々質問を投げかけていった。まず、更新頻度だが「最低でも週に1本は、新しいスレッドを立てる」(松野氏)。たとえば、「エンゼルPLUS掲示版」において、「お土産選びの法則はコレだ!」などのタイトルでスレッドを作り、そこへユーザーが自由に書き込んでもらう。
また松野氏扮する「エンゼルPLUS管理人 KAZ」が、直接ブログ記事を書くケースもある。ニックネームこそ使っているが、プロフィールアイコンは自身の顔のイラスト。言わば“顔出し”のため、当初はかなり抵抗があったそうだ。松野氏が知らぬまま、前任者がイラストを用意してくれたため、なし崩し的なスタートではあったようだが……。
とはいえ石井氏は、イラストであってもサイト運営者の顔を見せることは、コミュニティ運営に良い側面もあると指摘する。
エンゼルPLUSというコミュニティには参加者が相互に共有している「場」としてのイメージがある。そして、その中にいる松野さんにもまた、「KAZ」というパーソナリティがある。コミュニティに参加するお客様は、どこともわからない場所で顔の見えない誰かと話をしたいのではない。自分にとって心地よい場所と友達を求めている。
たとえば、コミュニティでリアルイベントなどを実施すると「スタッフの○○さんに会いに来ました」と仰るケースが意外に多い。お客様との永続的な関係を築くには顔やキャラクターが見えるということも重要(石井氏)
ユーザーの投稿内容については、当然と言うべきかトラブルはゼロではない。「エンゼルギャラリー」は、森永製菓から発売されている製品の写真のみ投稿OKというコーナーなのだが、時折間違えて、別メーカーの製品写真を投稿してしまうケースがある。それ自体は大きな問題では無いので、事務局が投稿者にお願いして下げて頂くのだが、その投稿者に対して別ユーザーが誹謗中傷するというケースが稀にではあるがあった。
この場合、誹謗中傷の投稿は原則削除するが、削除した旨を投稿者に対して事務局から連絡し、きちんと納得して頂く努力は怠らないという。
リアルイベント開催の理由
リアルイベントの多さは、エンゼルPLUSの隠れた特徴の1つ。「おやつサミット」では、1会場を土日借り切り、午前・午後で計4回、国内7都市で合計28回開催した。1回の参加者は30名程度、中身は時期によっても異なるが、例えばお菓子の「ハイチュウ」でキャラクターアートを作るという、参加型のイベントだ。
オンラインだけでもある程度コミュニケーションはできるのだが、お客様の熱量を感じたり、ご意見を聞いたりできるのが、リアルイベントの良いところ。効率を考えれば1回100人呼んだりするのもいいが、それだとオンラインとあまり変わらなくなってしまう。30人前後にとどめ、距離を近くするよう心がけている(松野氏)
このイベントも松野氏1人でほぼ全ての企画を立案。当日の司会もこなしている。
いたずらに会員増だけを目指すのは危険
エンゼルPLUSの取り組みは、一見すると、企業が消費者のメールアドレス獲得、消費性向を理解する上での典型的「囲い込み」例とも受け取れる。しかし、花王でブランドマネージャーを務め、デジタルマーケティングに長らく携わってきた石井氏は、そもそも「囲い込み」という言葉が嫌いだという。
企業は囲い込んでいるつもりかもしれないが、消費者は囲い込まれているとは思っていない。たとえば花王の化粧品の会員に登録している人が、花王製品だけを買う訳ではない。他社の商品も買うし、他メーカーの会員にも登録しているだろう。
要するに、お客様にとってメリットがあれば会員登録をする。にもかかわらず、会員組織に入ってくれた顧客はロイヤリティが高いとか、自社の商品を買い続けてくれるなどと思い込んでいるのはおかしい。囲い込みでは無く、お客様にファンになって頂ける関係をつくることが重要(石井氏)
顧客は自由な存在。企業はその顧客の個人情報をある程度得たからといって、その顧客の消費行動をすべて握れるものでもない、お客様との関係性づくりこそが重要。石井氏はそう警告する。
とはいえ、会社上層部にとって、せっかくコストをかけて作ったコミュニティが好評を得ていて、しかも売上に直結するとのアンケート結果が出ている以上は、会員数の上積みを狙いたくなってくるだろう。
これに対して松野氏は「実際、『会員を増やせ』とは頻繁に言われてきた。だが、単純な会員増狙いには弊害もある」と答えた。事実、現在のエンゼルPLUSではKPIに会員数を盛り込んでいない。
会員増を狙う上で、最初に思いつくのがプレゼントキャンペーンだ。
ただ、これをやると、お菓子好きな方以外に、「単にプレゼントが欲しい」だけの人も増えてしまう。好き勝手掲示版に書き込み、誹謗中傷が増え、悪いことに、既存ユーザーがそれに耐えかねて退会する事態まで起きてしまった。以来、「来たい人だけ来て」という方針に変えた(松野氏)
コミュニティやCRMサイトを運営する以上、会員数は1つの目標になる。ただ、それだけではなく、「アクティブ率」を重視した方がよい。発言をしたり、コメントをつけたり、何らかの行動をしてくれる会員がどれくらいいるか。企業とお客様のコミュニケーションがどれだけ濃密になっているかが大切。クサい台詞だが、それが「コミュニティ愛」や「ブランド愛」につながる。
「そのブランドが好き」「その場が好き」という人が増えていくことで、周りに良い影響を与えていく。コミュニティに多くの会員がいてもらうことが重要なのではなく、“森永製菓の製品が好きな人”がコミュニティにどれくらい能動的に参加しているかを把握し、どうやったらそのような会員を増やすことが出来るかを日々考え、実行することこそが大事(石井氏)
新商品開発にもいずれチャレンジしたい
松野氏は、エンゼルPLUSの取り組みを広告部独自の施策で終わらせないよう、日々奔走している。半年に1度の川柳コンテストには5000句近くの応募があるが、これを松野氏が約20句にまで選考し、この人気投票を本社・工場・支店などで実施。部門賞の決定などを行っている。石井氏は「エンゼルPLUSを広告部だけのものにせず、“全社ごと”にする取り組みとして実に良い」と評価していた。
近年は、営業やマーケティング部門との連携が増えた。エンゼルPLUSに投稿された内容を販促資料に盛り込んだり、エンゼルPLUSでリサーチをする例も多いという。
また、製品仕様をエンゼルPLUS会員の声を元に変更したケースもある。一部店舗での限定販売品「東京ピーナッツマニア」は、もともと瓶入りのパッケージだったが、前述の「おやつサミット」参加者から意見を集めた。「大きいので量が多すぎる」「結果、高い」などの声が多かったため、包装数を減らした紙パッケージ版が販売されることとなった。
松野氏はエンゼルPLUSの今後について、会員の声をつぶさに聞きながら運営していくのが第一としながら、「完全にゼロからの新製品開発」をエンゼルPLUS発で挑戦してみたいと語った。
新製品となると、研究所も動いてもらわないといけないし、マーケティング部との連携も必要。ハードルは高いが、実現すればきっとお客様にご満足いただけるのでは(松野氏)
時代は変わった?! 客「このSNS投稿を企業は読んでいるはずだ」
一方、石井氏は花王在職自体の経験を踏まえ、企業運営のコミュニティサイトが売上アップに直接寄与する効果は大きいと改めて説明した。
エンゼルPLUSの例を見ても、会員が店頭で“直感的”に森永製菓の製品を選ぶというレベルにまで持っていけている。なぜそれができるかと言えば、サイト内で丁寧な対応ができているから。森永愛が育っているということだろう(石井氏)
加えて、SNSの普及を背景に、顧客が商品の感想を発信する例も増えているが、そこには「この投稿を商品開発元は読んでいるはずだ」「この投稿に対して反応してほしい」との思惑が、意識的か無意識かに関わらず、顧客自身にはあると石井氏は分析する。
個人の勝手な投稿を、企業が事細かくフォローアップする義理は確かにないかもしれない。しかし、客側からすると「この前Twitterに文句を投稿したのに、改善してくれなかった」と感じてしまうのもまた、この時代ならではの現実なのだろう。
競合製品との差別化がますます難しくなっていくなかで、お客様に自社の製品を選んでいただくためにも、「その会社が好きだから」「良いことをしている企業だから」と思っていただけるような関係性をつくりあげていくことが、これまで以上に重要になっていくだろう(石井氏)
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