PR 2.0の現場から
ネットPR時代を生きる広報&マーケティングパーソンへ
多くの企業ウェブサイトのオーナーが広報部であるというのは、ご存知のとおりです。
従来の広報の仕事に新しくサイトの運営が増えたと同時に、インターネット時代のPR活動としてマスメディアが対象の広報活動からインターネットを通じたあらゆるステークホルダーとのコミュニケーションへの変化にも対応しなければなりません。
広報のプロフェッショナルがウェブサイトのオーナーのプロフェッショナルになるためには、大きな意識改革が必要です。
この連載では、試行錯誤の中、成功のルールを発見しつつある企業の広報担当者から、成功のルールを導き出すまでのプロセスやノウハウをレポートしてきます。
神原 弥奈子(株式会社ニューズ・ツー・ユー 代表取締役社長)
広報とマーケティングの境目があいまいになりつつある「今」の現場を訪ねるこの連載、今回伺ったのは、ディズニーの英会話で有名な、ワールド・ファミリー株式会社。ディズニー社の公式ライセンスのもと、乳幼児向けの英語プログラム「ディズニーの英語システム」の販売を主な事業としている、今年30周年を迎えた会社です。
ワールド・ファミリーは、マスメディアを活用したマーケティングで、出産・育児を経験した人なら知らない人はいないはず!といえる認知度を持っています。そんな同社で、7年前にネットを活用したマーケティングのスタートにあたり、責任者として転職したのが村田さん。同社のクロスメディアマーケティング、そして村田さんの7年の軌跡についてお話を聞きました。
幸運だった1年遅れのスタート
実は、村田さんとは、1年ぶりの再会。1年前にお会いしたときは、ちょうどSNS「Macoron!(マコロン)」の開設直前でした。その「マコロン!」の1年のニュースリリースを見てみると、オープン3週間で5000人、3か月で1万人の登録者を獲得するなど、その成長の早さに驚きます。
「本業では約10万のカスタマーデーターベースを持っています。そのデータベースを活用し、顧客満足度を高めるためのSNSの企画だったんです」(村田氏)
企画そのものは2004年。当初は社内的にSNSの認知が低かったため、プロジェクトはいったん中断し、2005年の秋にプロジェクトを再度スタートさせ、2006年5月にサービス提供開始となった。
「幸い“SNS”というものの認知度が高まっていた時期。『SNSとは』から説明を始める必要がなくなったのに加えて、mixiの上場もあり、タイミングは良かった。当初の企画どおり1年早く進んでいたら、うまくいかなかったかもしれない」(村田氏)
マスマーケティングで豊富な経験を持つワールド・ファミリーにとって、インターネットでの顧客とのコミュニケーションを考えたSNSのプロジェクトの最初の壁は社内にあったようですが、結果としてそれがポジティブな役割を果たしたということでしょうか。
異業種コラボレーションで好調なスタート!
インターネットのサービスの場合、サービスの開発はできてもユーザーの確保が難しく「にわとりが先か、たまごが先か」といった議論になりがちですが、SNS「マコロン!」では、先に紹介したとおり、会員獲得も非常に順調でした。
「自力だけでやらなかったのがよかった」(村田氏)
当初は自社のユーザーだけをターゲットにした企画だったのですが、特定商品のユーザーを集めただけだと排他的になってしまうということで、外部の同じようなターゲットを持つ企業と一緒に立ち上げようと、大きく方向転換。SNSオープン当初から順調に会員数が伸びたのは、トイザらス、アシックス、ユニ・チャームなどの参加によって、各社サイトからの誘導の成果だということ。
会員獲得という視点からは、非常に順調という印象ですが、立ち上げ当初に苦労した点はなかったのでしょうか?
「いちから作ったシステムだったので、本番公開してからのバグ修正が大変でした。ユーザーごとにデータベースを参照して動的に表示させるものが大部分を占めるため、バグを確認するために再現するのが難しかったのです。ある人には起こるが、別の人には起こらない。動的なサイトならではの大変さはありました」(村田氏)
「バグつぶしが終わったときには、もう盛り上がっているなという感じだった」という村田さん。企業が個別にSNSを立ち上げることなく、異業種コラボレーションでスタートすることで、各社が保有していたパパ、ママのユーザーを「マコロン!」に集めることができたわけです。
人気ブログ、そしてSNSならではのアンケートに注目
大勢の参加者が自由にブログを開設し、情報交換をしている「マコロン!」。人気コンテンツはやっぱりブログ。しかし、たとえ有名な芸能人のブログであっても、更新頻度や内容によって人気は大きく変わるとのこと。
「早見優さんの日常生活のシーンを織り交ぜながら綴られる「早見優のPrecious Moments」や、ハワイの子育て事情をアップしている「みしぇるのアロハ子育てにっき」などが人気です」(村田氏)
- 早見優さんのブログ「早見優のPrecious Moments」
- みしぇるのアロハ子育てにっき
また「マコロン!」では、ユーザー向けのアンケートも実施しています。
「『あなたは玉子焼きに何をかけますか?』といったような気軽な内容のアンケートや、サービスの向上に関するアンケート、スポンサーから依頼されて実施するアンケートの3種類があります。
キャンペーンの前と後で2回アンケートをとることによって、ユーザーの消費行動やブロンドロイヤリティの変化がわかったりします。セッション管理でデータベースと結びつけることもできますし、マーケティング的にもおもしろいデータになっています」(村田氏)
4月20日には、SNSで実施したアンケート結果を元にしたニュースリリースを発表しています。
- 【アンケート】子どもの防犯対策に月1,000円以上出費する家庭が60%(2007年4月10日)
「検索のキーワードによっては、1年前に出したリリースが検索結果の上位に表示されることも。そういう意味では、News2u.netで古いリリースから順番に情報を見ている人もいるかもしれないし、SEOからサービスに入っている人もいるかもしれません。こういう現象は、リリースを出し続けることによって初めて起こっている効果だと思っています」(村田氏)
オープンなネット上のアンケートに比べて、登録制のSNSの中で実施するからこそ得られる信頼できる情報。SNS内のアンケート結果など、ユニークなニュースリリースが楽しみです。
縦割りの予算からの脱却
マーケティングにおけるインターネットへの予算配分は全体のどれくらいなのでしょうか? また、この数年の変化は?
「7~8年のスパンで見ると、インターネットへの予算はもちろん成長しています。以前は、ネットはネット、既存メディアは既存メディアで縦割りの告知をしていましたが、現在は1つのマーケティング部門になっているので、クロスマーケティングができるようになっています。そのため、予算も柔軟に対応できます。
1顧客の獲得単価は下がっていますが、紙メディアが苦戦しているので、マーケティング全体のパフォーマンスとしては上がっていないのが正直なところですね。効率の改善という点ではインターネット(への取り組みの成果)は大きいです」(村田氏)
とはいえ、ユーザーにとって日常の情報収集は紙。検討段階になったところでインターネットといったように、役割は明確に分かれているとのこと。そのため、インターネット単体という考え方は少なくなっており、インターネットの予算だけが単体として増える時期は終わっているようです。
企業の中におけるマーケティング予算の時間軸での考え方が興味深いです。
効果測定できない、新しい情報流通が生まれている
ワールド・ファミリーでは、もともと媒体ごとの資料請求の数から成約までの細かい効果測定をしています。現在のクロスメディアで展開するキャンペーンでも、メディアごとのパフォーマンスをチェック。そんな効果測定に、いま、新しい流れが出ているそうです。
たとえば「純金ミッキーが当たる」キャンペーンでは、広告やニュースリリースを活用した告知はもちろん、ユニ・チャームやタカラトミーなどの提携先企業の会員にもメール配信を実施しています。
- 良い成功事例となった「純金ミッキーが当たる」キャンペーン
- リリースは「純金ミッキーが当たる!『ディズニーの英語システム』30周年記念オープンキャンペーンを実施中」
「雑誌などでも出稿先ごとに効果が見えますが、実は、何がきっかけなのかわからない応募が結構あるんです。プレゼント情報は、ブログなどネットで自然に回遊するので、何千人という人がどこから来たかわからないという状況になっているんですね。ネットのクチコミ効果を実感しています」(村田氏)
純粋な広告や自社が仕掛けた告知が副次的に作用して多数の応募者がくるという、新しい流れ。インターネットでキャンペーン個別の効果測定が可能になったのですが、このような状況に至っては、個別の効果測定で情報をとらえきれるわけではなく、逆に、ネット以前のように、全体としてのマーケティングとしてとらえることの重要性が高まってくるのかもしれません。
キーワード広告の功罪
告知ツールとして、メールやニュースリリースはもちろん、キーワード広告(検索連動型広告)も実施していますが、そちらの管理や効果測定はどうされているのでしょうか?
「キーワード広告では、従来以上に効果測定を行っています。オーバーチュアでは数千の組み合わせでキーワードに入札をし、獲得単価もこまめに見ていますよ。サンプル請求から購入にまでの効果は、最後まで追って見ないとわかりませんから。
現在、アフィリエイトとSEO、そしてキーワード広告の力が強くて、バナーやタイアップ広告が苦戦しているため、それらをみんなキーワード広告につぎ込んでいるという印象を持っています。
しかし、キーワード広告は、すでに興味を持っている人だけがターゲットになるものだということを忘れてはいけません。
少し長い視点で考えると、商品を好きになってくれる人を育てていくことは非常に大事。そのためには、お客様となり得る層に良い情報を届けている雑誌やオンラインメディアの力を借りることで、弊社の商品を知ってもらったり、いろんな情報に興味を持ってもらったりするというルートは、決して軽んじるわけにはいきません。直接的なコンバージョンは別として、そういった場への出稿が最終的には弊社のビジネスを広げてくれるのですから」(村田氏)
とはいえ、オンラインメディアのクオリティについては、現状では広告出稿に値するものが少ないと、シビアな目で見ている村田さん。と同時に、「スモール・ミディアムなメディアがたくさんあってもいいのではないか」(村田氏)との期待もあるようです。
組織における理解の変化
従来のマスマーケティングでは、たとえば雑誌の入稿は2か月前。ところが、オンラインマーケティングでは、数日後の空き枠の話があったりと、そもそもの時間軸が違います。そこで、村田さんは、マスマーケティングの変化にあわせて、社内の承認の仕組みを5年前に変えました。
マスマーケティングが主流の社内で、これらの環境の変化をどうやって理解してもらったのでしょうか?
「私以外は、既存のマーケティングをしている人ばかりだったので、社内でのコンセンサスをとるのが大変でした。セールス会議のアジェンダにはインターネットの『イ』の字もなかったのに、なんとかアジェンダに割り込ませてもらってインターネットの話を一所懸命したり(笑)。機会を作っては根気強く説明を続けることで、徐々に認知されてきましたね。携帯サイトの開設などおもしろい企画もありましたし」(村田氏)
「各ステークホルダーにきちんと説明することが大事。私がネットメディアから入ってきた人間なので、(仕組みを)変えやすかったのかもしれない」と言う村田さん。営業の現場とのコミュニケーションから、役員、本社にまで、細やかな根回しと説明はもちろん、それに加えて、得られた機会を生かしてしっかりと結果を出したことも、組織を変える大きな原動力になったことでしょう。
「ネットマーケティングに関しては、以前はテスト段階だからということで、コスト管理にしても特例が認められていたんですよ(笑)。でも、いまは通常のパフォーマンス、コスト管理の中でやっていかなければならない。より安定的に発展していくための段階に入っています」(村田氏)
クロスメディアマーケティングの課題
20代30代のお母さんに対しての郵送による独自調査では、テレビの影響は思っていた以上に大きかったという同社。「ネットだけではなくて、影響力の大きい電波との組み合わせをどうやるかというのが課題」という。
「電波(テレビ)とのクロスメディアは、もちろん課題です。URLを表示させるテストはしているのですが、まだテスト段階から抜け切れていません。同様に、ヤフーのブランドパネルのブランディング効果を正確に把握するのは、難しいと感じています。ユーザーに聞いてみると、最後に接した営業の影響が大きい、という結果になってしまいます」(村田氏)
リアルそしてネットでの豊富な経験の中で、ほかにどのような課題を持っているのでしょうか?
「アフィリエイトは、不正請求やポイント目当ての場合も多く、クオリティのコントロールが非常に難しいですね。既存のメディアとして確立されているところのアフィリエイトは積極的に活用しているが、消費者のアフィリエイトは絞り込んでいるのが現状です」(村田氏)
ネットだと数字が明らかになるので、どんどん費用対効果を追求する傾向があります。しかし、費用対効果を追求した結果、直接的な効果が低いからと切り捨てたところが、回りまわって悪影響を及ぼすということもあるようです。村田氏によると、「近視眼的に費用対効果だけを見るのは、マーケティングの仕事ではない」とのこと。結局は、企業内担当者の経験知、そしてそこからの仮説力が重要なんですね。
ワールド・ファミリーで、オンラインマーケティングの立ち上げから現在まで、一貫して担当してきた村田さん。この7年間の時間軸でのユーザーの変化、そして企業の変化が手に取るようにわかる、すばらしい経験をお聞きすることができました。これは7年間ずっと村田さんお1人の方が担当されたことによる成果であると思います。しかし、7年間もオンラインマーケティングに、しかも1つの企業でかかわり続けることは実は、めずらしいのではないでしょうか?
PR2.0への流れに成功している企業から見えたのは、長期的な視点を持って、企業内に経験を貯め、それをシェアできる仕組みを作ることの大切さです。こうやって経験を蓄積している企業と、一方で、担当者がよく変わる企業でとの差はますます大きくなるような気がします。また、PR 2.0への取り組みについては、「いつから始めるべきか?」という質問をよく聞きますが、一刻も早く取り組まないといけないということは、今回のお話からもおわかりいただけたと思います。
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