PR 2.0の現場から
ネットPR時代を生きる広報&マーケティングパーソンへ
多くの企業ウェブサイトのオーナーが広報部であるというのは、ご存知のとおりです。
従来の広報の仕事に新しくサイトの運営が増えたと同時に、インターネット時代のPR活動としてマスメディアが対象の広報活動からインターネットを通じたあらゆるステークホルダーとのコミュニケーションへの変化にも対応しなければなりません。
広報のプロフェッショナルがウェブサイトのオーナーのプロフェッショナルになるためには、大きな意識改革が必要です。
この連載では、試行錯誤の中、成功のルールを発見しつつある企業の広報担当者から、成功のルールを導き出すまでのプロセスやノウハウをレポートしてきます。
神原 弥奈子(株式会社ニューズ・ツー・ユー 代表取締役社長)
新連載の記念すべき第1回は、国内最大級の健康関連のECサイトであるケンコーコムを運営する株式会社ケンコーコム広報担当の高須賀氏と、6月15日に退職される前任の中氏のお二人にお話を伺いました。
ECサイトの店長から広報担当者へ
ケンコーコムの特徴としては、リアルの店舗を持たないECサイトであること、そして広報活動の特徴としては、広報予算がゼロだという点が挙げられるでしょう。そのような状況で、広報担当者としてケンコーコムの認知と売り上げアップに貢献する活動として検索エンジン対策に早くから注目し、さまざまな施策を実施してきたのが中氏。個別商品の検索エンジン対策は、各ECサイトがしのぎを削るテーマでもあります。
実は、中氏は、もともとはECサイトケンコーコムの楽天支店の店長。この店長時代の経験が、広報担当としてどのように役に立ったのでしょうか。
「ECサイトの店長と一口に言っても、その仕事は多岐に渡ります。商品の知識はもちろん、プログラムや顧客対応、さらにキャンペーンなどの企画などなど。この店長の期間に、自社内の各部門とのリレーションができたのは大きなメリットでした。そしてもちろん、競合他社の動向や、いかに売るかといったノウハウを蓄積できたのもこの時期でした」(中氏)
サイトへの集客からスタートした広報。インターネットの特性を知り、ユーザーの気持ちを第一に考えることが、ケンコーコムならではの広報スタイルの基本になったようです。
お客様に直接情報を届けるツールとしてニュースリリースに着目
顧客対応、それから社外からの問い合わせ対応をしているうちに、いつの間にかマスメディア対応の窓口になったという中氏。
「特に貴重な体験になったのが、自社のアフィリエイトサービスの立ち上げプロジェクト。1人でも多くのアフィリエイターを獲得するために、どうやってお客様に直接情報を届けるかを考えて、自社サイトにプレスリリースコーナーを開設しました。従来の発想では“プレスリリース”はマスメディアに向けて情報提供するもの。ところがケンコーコムでは、自社の活動をお客様に直接知っていただくためのツールとして“ニュースリリース”の活用を始めました」
インターネット上では、あらゆる人が検索エンジンを通じて情報を探しますが、それはマスメディアの人たちも同じ。プレスリリースの活用による積極的な情報発信が検索エンジン対策にもつながってSEO効果が出てくると同時に、マスメディアへのケンコーコムの認知が向上。結果としてマスメディアからの問い合わせや取材依頼といった広報の仕事のボリュームが増えるという好循環が生まれたそうです。
広報の効果測定は長期的な視野から
もちろん、メディアに取り上げられることは、情報のインパクトと情報流通のスピードという点からも旧来の広報と同様に重要であることは変わりません。とはいえ、ケンコーコム社内では、特にメディア掲載に関するレポートはなく、数値的な評価の基準はもっていないということです。
ケンコーコムではマーケティング部のプロジェクトと広報が連動していることも、広報活動だけの評価という視点が少ない理由の1つだと思われます。これは、企業の縦割りの組織ではなく、あらゆる部門が協調して共同でプロジェクトに望むという企業文化に根付くものだと思われます。
ではケンコーコムでは、どんな指標を用いているのでしょうか。
「リリースに対して何本のメディア取材があったというよりも、前年対比や前月比でのリリースの本数などを指標としています。マスメディアやオンラインメディアで取り上げられる頻度は、リリースの蓄積と比例しているのではないかと感じているからです。
アフィリエイトサービスの場合、アフィリエイト登録者数の増加が最大の課題ですから、広報活動の評価は、(広報として)媒体に取り上げられた頻度だけでなく、プロジェクト全体の成功の1つの要因として成されます。この考え方は、後藤(社長)を含め、会社全体がネットの特性を理解しているネット企業ならではだと思います。単発のリリースや広告ですぐに結論をだすのではなく、個別の情報が相互に関係性をもって、アフィリエイトサービスの成功という結果を生み出したわけです」(中氏)
ランキング情報という新しいニュースの誕生
ケンコーコムの発信するリリースの1つに「売れ筋ランキング情報」がある。現在、ケンコーコム全体のランキング情報だけでなくカテゴリ別のランキング情報も提供していて、各カテゴリの商品担当者がコメント付けている。そのコメントを引用したいという問い合わせがマスメディアから寄せられることも多い。バイヤーの専門知識がマスメディアにとっても有用なコンテンツとして認識されつつあることがわかります。
「社内の担当者も、マスメディアに名前が出て活字になるのは、うれしいと思う反面、バイヤーとしての資質が問われることになります。これからも、バイヤーの方が持っている知識をどんどん提供していきたいと思っています」(中氏)
“情報を発信する人のところには、より情報が集まる”と言われます。特にネット上ではその傾向が強いようです。ケンコーコムのように、社内に存在する専門的な知識を外部に向けて積極的に提供することで、インターネットはもちろん、マスメディアを含めた情報流通が活性化していったのでしょう。
広報ブログの活用、
そして新任担当者へのブログの引き継ぎという課題
ブログやSNSといったCGM的な世界での活動は、多くの企業にとって興味はあるが、なかなか一歩が踏み出せないというのが、現在の状況でしょう。しかし、ケンコーコムでは、いち早く2005年10月に広報ブログ「KC cafe」を立ち上げています。コンスタントに記事をアップし続けた継続は力なり、今や頻繁にコメントも付く人気ブログとなっています。
「オフィシャルブログを始めるときも、社内での承認はスムーズでした。社長が先にブログを書いていたこともありましたね。社長ブログは、社長本人の備忘録的に始めたもので、あまり更新頻度も高くありませんでした。そこでスタートさせた広報ブログの位置づけは、リリースを出すほどの内容でもなく、かといって個別対応でもなくといった、半オフィシャル的に伝えたいことを伝える場としてです」(中氏)
必ず書くと決めているのは、掲載された情報や発表のリリースに関する周辺情報。これを「自分の言葉で紹介する」(中氏)ことができるのが広報ブログの最大の強みだという。
また、ブログで扱うテーマは、仕事の内容はもちろん健康の話題や社内の雰囲気を伝えられるような切り口が中心だが、全体の1~2割はプライベートな情報を盛り込むように工夫しているということ。
「ブログは従来の広報活動の目的とは違うものではないかと思います。なにか結果を出そうという目的が先にあったら、たとえば読者に読ませようとしてしまったりして、危険なのではないでしょうか。特に目標数値は設定していなませんが、自分のモチベーション維持のためにアクセス数は毎日見ていますよ(笑)」(中氏)
中氏がスタートさせて育ててきた広報ブログのKC Cafeですが、中氏の退職後も後任の高須賀氏が執筆を引き継ぎ、会社の資産として、そしてケンコーコムの広報の歴史として、残していくそうです。これまでブログ経験がなかった高須賀氏ですが、引き継ぎにあたっては、中氏と2人で執筆する時期を作り、徐々に引き継いでいったとのこと。
「実は個人ブログも始めたのですが、ケンコーコムの広報として書くものは、やはり意識がまったく違います。これまで通りの自由な雰囲気を引き継ぎつつ、公式ブログとしての自覚をもって書いています。今後は、歴代広報担当者の部屋を作るなど、歴史を残しながら、注目度を高めていきたいですね」(高須賀氏)
ネット上での時間感覚
「リリースやブログの更新などの数値的な結果が見えるのは掲載した翌日ではない。ひょっとしたら1年後かもしれない」と中氏が言うように、マスメディア中心の広報活動やマーケティング活動をしてきた人たちには、ネット上での時間感覚はなかなか理解できないかもしれません。
企業ウェブサイトの構築・運営が当たり前になりつつある一方で、実際にインターネット上での情報発信や情報流通を経験している人はまだまだ少ないのが現状です。また、ウェブサイトの構築においても、紙メディアしか経験のないデザイナーに頼むのと、検索エンジン対策という視点を持っているデザイナーとコラボレーションするのでは、その結果の違いは明白です。
インターネットというメディアの特性を体感していることが、広報担当者あるいは企業ウェブサイト担当者のもっとも大切な資質の1つだといえるでしょう。
中氏の退職(寿退職とのこと、おめでとうございます!)でケンコーコムの広報を引き継ぐ新任の高須賀氏は、今後の抱負を次のように語ってくれました。
「上昇気流をそのまま引き継ぎながら、ケンコーコムの認知が上がってきているので、新しくケンコーコムと出会う方はもちろん、今一度、社内にも目を向けて社員全体がケンコーコムの向かっている方向をシェアしたいですね」(高須賀氏)
当初、広報専任ではなかった人が広報を担当したために、インターネットの特性に合った広報スタイルを見いだして実践できたのがケンコーコムのケースだといえるでしょう。特にECサイトへの集客・収益への貢献という全社的な視点、関わり方は、ECサイト運営企業に限ったことではありません。あらゆる企業が自社メディアとして企業ウェブサイトを活用する過程である現在、参考になる点は多いでしょう。
マスメディアを中心とした広報から、インターネットも活用する広報へ。企業広報のPR 2.0対応においては、あえていえば広報経験が浅い人ほど柔軟な発想ができのかもしれません。
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