ゲストスピーカー

>高橋真也氏

野村證券株式会社
マーケティング部 次長 マーケティング課長 兼 宣伝課長

>江島周平

株式会社アイ・エム・ジェイ
アカウント第3統括本部 アカウントマネジメント第1部 マネージャー


第1部「今、なぜコンテンツマーケティングなのか?」野村證券 マーケティング部次長 高橋真也氏 | BACKYARD デジタルマーケティングNEWSはこちら

『EL BORDE』 https://www.nomura.co.jp/el_borde/

面白さ優先でストーリーが浅かった苦い経験

竹内 これまでさまざまなコンテンツを手がけている高橋さんですが、以前やっていた『鷹の爪団』のプロジェクトについて、その背景や目的などを教えてください。

高橋 若者向けのNISA(ニーサ)が2014年にできました。『鷹の爪団』は2013年頃にやり始めたコンテンツです。我々のお客様の平均年齢が60代後半で、若者との接点があまりない。経験がなかったんですね。そんな中この『鷹の爪団』のキャラクターの会社の社長さんとうちのある役員とが知り合いで、その雑談の中からスタートしたというのが背景です。

竹内 役員さんがきっかけとはいえ、最終的にこのキャラクターを使ってみようと決め手になったポイントって何かありますか?

高橋 正直なところを言いますと、その頃私もマーケティング部で別のことをやっていたので、この分野に知見がなかった。とっても面白かったんですがビジネス的には厳しかったですね。「自己満足感」はありましたが(笑)。

竹内 そうでしたか。キャラクターが決まった後、そのキャラクターに何をさせるかはどういうプロセスで決まっていったんですか?

高橋 実はストーリーもあまり考えずに面白いからやってみよう!で始まった企画なので、単発の企画に対して面白いか面白くないかで会議でも判断して。ノリでマーケティングやってもうまくいくはずがないんですよね。若者に向けて何かをやらなければいけないという強迫観念があり、小手先の打ち手に終始してしまったと思っています。

竹内 どういうポイントでうまくいかなかったと考えているんですか?

高橋 効果検証の方法をきちんと整理していなかったことです。ターゲットも起こしたい態度変容もあいまいで、非常に浅いカスタマージャーニーしか考えていなかった。コンテンツは見てくれたけれど、どういう態度変容あったの? どういう人が集まったの? 全然わからない。口座開設につながったの?と聞かれても「500万回以上見られているんですが…開設につながったのは2人くらいです」みたいな。

竹内 どのくらいのタイミングで社内から指摘されるようになったんですか?

高橋 半年くらい経って、ですかね。「おまえ机でいつも漫画見てるよな」みたいな(笑)。風当たりが強くなってきて。このあとどう展開していこうかなと。同時に2つ目の施策を進めていて、そちらはKPIも設けてやっていたので。それも結果的に達成できなかったので、第2弾でやめにしました。でも今も『鷹の爪団』のキャラクターは使っています。金融経済教育として小学校でのCSR活動の方で生きています。

竹内 江島さんもマーケティングを長くやってきた中で、うまくいかなかった例ってありますか?

江島 コンテンツタイアップで、すごく旬なネタでやりたいと言われてやってもうまくいかないことが多いです。例えば『孤独のグルメ』が流行っているから使ってみたけれど、うまくいかない。ブランドとコンテンツの関与度があまりないと、どうしたってきれいに溶け込んでいかないんです。

コンテンツの質を上げる『EL BORDE』らしさ

竹内 2017年の5月に公開されたコンテンツ『EL BORDE』についてお聞きしていきたいのですが、まずは江島さんにご説明をお願いしましょう。

江島 『EL BORDE』はスペイン語でエッジ、境界線、先端という意味です。最初は「ザ・エッジ」にしようと思っていたんですが、「エッジ」がすでにパテント(商標)が取られていたので危険回避でやめました。どうしよう、どうしようと混沌とした中で高橋さんが『EL BORDE』や!と(笑)。そういう中で名前が決まったものです。今ビジネス系SNSで一番勢いのある『NewsPicks』でトップフォロワーをもっているメディアになっています。ロイターを抜いて『EL BORDE』が一番です。本当ですよ。『EL BORDE』の記事が上がるとピックが跳ね上がるという注目のメディアとなっております。

竹内 これは80年代生まれのビジネスパーソンに向けたコンテンツですが、このメディア自体、我々がご提案していく中で相当な生みの苦しみを味わいました。『EL BORDE』は刺す相手が明確でしたが、そのあと具体的なコンテンツを選んでいく時に高橋さんはどんなジャッジをしていったのでしょうか?

高橋 口出しをするのをやめよう、というのが私のジャッジでした。これは「コンテンツマーケティングがやりたい」で始まったわけではない。そもそも我々のお客様の年齢層が高い。1日数百件の相続のご相談が入ってくる。日々、お預かりしている資産が次の世代の方々に引き継がれていく。その中で、その若い方々が例えばSBI証券に口座をもっていたら、そちらに資産が流れていく。我々には今預かり資産で100兆円くらいあるわけですが、お客様たちの平均余命から考えるとあと何年後かには半分以上が他に流れてしまう。若い世代と絶対に接点をもたなければいけない。これは経営課題でした。ではどこをやっていくか。そこで、お客様の「孫世代」に絞ったんです。子ども世代は60歳代くらいなのでちょうど退職金の運用などで接点はあるんですが、その次の世代への接点がなかった。今のお客様とつながっていないと意味がないですから、今のお客様のお孫さんたちを想像すると、しっかり教育を受けて上場企業にお勤めの方も多い。だから80年代生まれのビジネスパーソンにターゲットを絞ろう、となったわけです。

竹内 口を出さない。難しいし勇気のいることだと思います。そのために、社内を巻き込んでいくこともありますね。高橋さんに代わって判断を下すチームを作られたわけですが、これはどうやって作ったんですか?

高橋 営業部門の中には営業企画部と商品企画部があり、とても力がある。この2つの部署をどれだけ巻き込めるか、でした。この部署の80年代生まれをピックアップして編集会議を立ち上げていきました。若い人たちも新しい取り組みにエネルギッシュで、彼らのモチベーションアップにもなります。

竹内 人選って慎重にならなければいけないですよね。他部門を巻き込むことって多いですが、“そもそも論”を言い出す人や妙に斜に構える人が出てくるとうまく進まないこともあります。

高橋 そこは、まったくの他部門を入れないようにしました。ホールセール(企業など大口顧客を対象にした部門)の人にまでもっと広げたら、とも言われましたが、仕事のベクトルが違う人間が集まっても意味がないと思っているので、営業部門の中だけにこだわりました。

竹内 江島さんはそういうチームの中で、何か気をつけた部分や苦労はありましたか?

江島 もともと7人くらいいましたね。今は5人。IMJと月に2回くらい編集会議をしています。驚くかもしれませんが、野村證券の社員の方が『EL BORDE』のコンテンツ出しを本気でやっているんです。ただ、最初はうまくいきませんでした。ターゲットにした「80年代ビジネスパーソン」に対しても「この人の職業はなんですか?」みたいな質問が飛んだりして、すごくガチャガチャした。それで皆の目線を合わせるためにペルソナを作り直そう、と。そういう経験なども経て今は、自分が発言することによってメディアが変わるという手応えを感じていらっしゃると思います。

竹内 自分がターゲット層に入っていると、つい好き嫌いで話してしまうこともあると思いますが、そうならずに進むというのはペルソナがしっかりしているってことですか?

江島 そうですね。それぞれの編集部員がそのペルソナを理解して得意分野からネタを持ち寄れるようになっています。

竹内 ペルソナとかって最初に練り上げても、途中で忘れ去られることもよくありますが。

江島 ペルソナを定めるだけでなく「エルボルダーはこう考えるだろう」というチャートのようなものを編集長が作ったんです。それがあったので「EL BORDEらしさ」みたいなものを編集部員は皆わかっているのだと思います。

竹内 公開したあとも編集メンバーと月次で軌道修正しながら進めているということですが、「作ったらおしまい」にならないために何に気をつけていますか?

高橋 いいものを作ると人が寄ってくる、というのは幻想です。それは幻想である!というのを明確にしておくことが大事。「いいもの作れば寄ってくるだろう」と経営陣は言う。絶対に来ません! 流入施策もセットでやらないと意味がないというところは気をつけた。野村(方向性を定める)、IMJ(コンテンツ作る)、電通(流入施策)をやらないとうまくいかないです。あとは次の段階を想像しておく。『EL BORDE』に来た人たちがネクストステップで何をしていくか、をしっかり考えておく。

竹内 コンテンツの質を保っておく、上げていくために注意していることは?

江島 「EL BORDEらしさ」を定義しようということでしょうか。雑誌でも「LEONらしさ」みたいなのってありますよね。こういう記事をやろうぜ、となった時に「これってEL BORDEらしいだろうか?」という基準で判断しています。オリジナルのメディアを作っていくってそういうことだと思います。ローンチ当初はそれがまだ定まりきっていなかったから、本当に苦労しました。いったい第何稿まであったのか…...(苦笑)。積み上げた赤字の数だけ自分たちの「らしさ」になっています。

竹内 そうでしたね。記事をつくるというのが我々の主務ではないので協力会社さんと一緒にやっていかなければいけなかった。なかなかいい記事が上がってこず、我々がリライトするというようなこともありました。こういう時に「ライターの質」という話になりがちですが、そもそもの価値観やトーン&マナーを共有することが大事だなと思いますね。

コンテンツマーケティングの成果と「中間KPI」

竹内 次のステップを考えておく、という話が出ましたが、今どこだっけ? 次どこ目指すんだっけ?になってしまわないように道筋って重要です。その中でコンテンツマーケティングの成果をどう考えていくのか。社内を説得するためにも。「PV」「UU(ユニークユーザ)」の話はよくありますが、これに陥りがちで、やはり道筋やステップを考えていく必要がある。『EL BORDE』であれば、メディアは成長するもので、成果に結び付けづらいものだと思いますが、高橋さんはどういうステップを描いていて、どう社内で話を通していったのかお聞かせいただきたいです。

高橋 我々も最初のKPIはPVとUUでした。社内の説得もあるし、わかりやすい指標です。立ち上げの時は「こんなにすごいんだぜ!」と言わないとまずい。最初が肝心なので。広告にお金をかけたから半年後の目標を1ヶ月でクリアしてしまった。半年くらいはそれでいいかと思っていたけれど、一気にいってしまったので、次に行こうと。単に接点を持っているだけではダメでコンバージョンにまで最終的には落とさないといけない。でもここでコンバージョンを持ってきちゃうとまたダメになってしまう。今の段階では中間KPIが必要だと思った。そこでUUやPVの中で狙っているターゲット層の含有率というのをどれだけ向上できているかを見ていくことにした。それと、広告で人を集めることは大事だけれど再訪してくれるのが大事なので、リピート率もKPIにして見ているというのが現状です。

竹内 我々も最初PVを達成できるかドキドキしましたね。達成して「オー!」となった後すぐに高橋さんから「次の戦略を考えたい」と、野村證券さんと電通さんと我々とで早々に意見交換させていただいたことを覚えています。今お話しいただいた中間KPIについて、IMJだけでは見られなかったなと思う部分があり、うまく三者が噛み合った感がありましたが、江島さん実際どうでしたか?

江島 自分の経験からいうと、こういうケースってうまくいかないことが多いんです。通常は、総合代理店さんが企画の頭をとって、広告も制作も全部自分たちで音頭をとることが多いから。でも今回は三者が噛み合ってうまくいっている珍しいケースだなと思っています。

高橋 だいたい代理店に丸投げするとうまくいかないんです。彼らのいいところを引き出すためには、スポンサーである我々自身が明確な意志を持って仕切っていかないとうまくいかないと思います。

竹内 以前高橋さんから伺った言葉で「KPIを設定するのはコンテンツを作るくらい大変だ」というのがとても印象に残っているのですが、何が大変でしたか?

高橋 数字って雄弁なので、生半可なKPIを設定してそれで良い悪いを判断すると、本質的なジャッジができない可能性があるので、本当にこれは悩みます。自問自答です。正しいのか正しくないのか、成功か不成功か、右か左かをジャッジする指標になるので、生半可なKPIを設定してしまうとまずい。『EL BORDE』などは継続しなければいけない施策ですが、経営層が成果を出したいと考える時間軸と合わない施策なんですね。そういう人たちを説得するセールストークを考えながらKPIを設定する。これは大変難しいものだと思っています。

竹内 コンテンツマーケティングを育てていくのにはKPIが大事で、そのKPIの設定が重要である。非常に示唆に富むお話だと思います。

 

「コンテンツ」を生み出すための舞台裏。成功のポイントや見解を高橋氏自身の失敗談から語っていただけた内容、そしてクライアントとしてのリアルな意見も大変有意義なものでした。