インタビュー

『地球の歩き方』売り上げ9割減からのV字回復! コロナ禍で気づいた自社の“強み”

コロナ禍によって売り上げが9割減になった『地球の歩き方』。それでも旅人達に寄り添い、国内ガイドなど新たなシリーズで起死回生を果たした理由をインタビュー。

1979年に創刊し、40年を超える歴史をもつ『地球の歩き方』は、旅行ガイドブックの老舗として誰もが一目を置く存在だ。しかし、コロナ禍で旅行ができなくなってしまった影響で売り上げは9割減に落ち込んだ。そんな逆境の中でも、日本にフォーカスした新シリーズを展開して注目され、売り上げもV字回復した。

ガイドブックのピンチを救った新シリーズなどはどうやって生まれたのか、宮田崇氏と福井由香里氏に話を聞いた。

株式会社地球の歩き方 コンテンツ事業部長 宮田崇氏/コンテンツ事業部出版編集室 室長 福井由香里氏

コロナ禍で売り上げ9割減になって気づいた自分たちの強み

――コロナ禍で多くの人が海外へ行けなくなり、『地球の歩き方』には大きな影響があったと思います。

宮田崇氏(以下、宮田): 2020年4月5月に緊急事態宣言がでたときに、書店も閉まってしまいました。書店が閉まると、そもそも本が売れなくなります。加えて海外旅行にも行けないということもあり、売り上げは9割減まで落ち込みました。その結果、2021年1月にダイヤモンド・ビッグ社から学研グループの傘下になりました。

福井由香里氏(以下、福井): 学研グループへの譲渡発表から最終出社日まで40日間しかなく、短期間にいろいろやらねばならないことが多く…書庫の断捨離も大変でした(笑)。

宮田: 夜逃げはしたことないですが、まるで夜逃げのような状態でした(笑)。

株式会社地球の歩き方 コンテンツ事業部長 宮田崇氏

――ちなみに、コロナ禍前の売り上げはどのような状況でしたか?

宮田: コロナ禍前は4年連続右肩上がりの状態ではあったんです。旅人のニーズが細分化されてきたので、それにあわせてラインナップを増やしてきたことが要因のひとつにあると思います。その後、コロナ禍でガクッと落ち込みましたね。自分の引退も考えたほどです。

しかし、海外旅行は本格的に再開していない状況ではありますが、危機は脱したかなと思います。試行錯誤したことで、逆に幅が広がりましたし、今ではコロナ禍に感謝しています。

――売り上げ9割減は大きな打撃ですね。そんな危機的状況からコロナ禍以前より売り上げを増やすほど立て直しましたが、どんな施策を練っていたのでしょうか?

宮田: 緊急事態宣言により海外取材が難しくなったので、まずは当面をしのげる企画を考え始めました。コロナ前まで年間約140冊のガイドブックを出していました。その代替策となる企画、たとえば健康本やレシピ本を考えたのですが……我々は、ガイドブックばかり作ってきたので、無理な話だと気づいたんです。そこで、「餅は餅屋」で原点に返って、我々が持っている『地球の歩き方』のシリーズの中で何ができるかを考え始めました。

御朱印シリーズの作り方をマニュアル化し、『地球の歩き方』が持っている書店の棚の枠から出ないような企画を作ろうと思い、せっせと種を蒔いていました。これまでのウイルスは夏を越さない。作っている間に、コロナ禍も収まるだろうと2020年当時は考えていたのです。

宮田: ところが、7月を超えてもコロナウイルス収束の兆しが見えない。ちょうど7月に開催する予定だった東京オリンピックにあわせて『世界244の国と地域』という本を出したのですが、オリンピックは延期になり、当てが外れました。

でも、読者の方々には「『地球の歩き方』が海外旅行に行けないから、次の旅先選びの本を作ってくれた」と受けとってもらえ、各書店さんも、これまでハワイやバリ、フランスなどの『地球の歩き方』を置いていた場所に、『世界244の国と地域』をどーんっと平積みしてくれた結果、オリンピック需要ではない形で売れて行きました。

そこで、自分たちの強みは40年で培ったガイドブック作りにあると確信し、『旅の図鑑』シリーズが生まれました。

『世界244の国と地域』

――『旅の図鑑』シリーズだけではなく、コロナ禍になって新たに『地球の歩き方 東京』など国内のガイドも出されていますね。

宮田: 実は『世界244の国と地域』とあわせて、東京オリンピックを見込んで『地球の歩き方 東京』を出していました。我々は地方への営業力が弱いのですが、きっと東京オリンピックの影響で地方の書店でも東京フェアをやるのではないか、そこに置いてもらえるのではないかと見込んだからです。当時の経営陣に対しては、売れ行きはよくないかもしれないけど新聞広告1面に出したと思って諦めて欲しいとプレゼンし、上長は難色を示したものの、当時の社長のGOが出て出版に至りました。

東京オリンピックは延期になりましたが、メディアがおもしろがって取り上げてくれました。その結果、10万部を超える発行となりました。実は、事業譲渡のときも、当時の社長が「コロナ禍の最悪な状況下でも『地球の歩き方 東京』が売れたので、学研グループが受け入れる決め手となりました」というほどだったのです。企画が当たって本が売れたら次の企画、また売れたら次の企画と、本当にそのときは、綱渡りのような日々でした。

福井: 『地球の歩き方』の東京編が売れたことをきっかけに、女性向けに作っている『aruco』シリーズでも国内のガイドブックを出版しました。東京編はもちろん、旅行に行きたいけど行けないので都内で海外気分を味わえるようにと『東京で楽しむ台湾』などのシリーズも刊行しています。『aruco』の方も評判がよく、『東京で楽しむ』シリーズは現在16冊、『地球の歩き方』の図鑑シリーズは年内で計30本ほどになります。

『aruco』の東京編と、『東京で楽しむ〇〇』シリーズ

「『地球の歩き方』が本気で生き残ろうとしている」と話題に

――『旅の図鑑シリーズ』には『世界の指導者図鑑』や『世界の魅力的な奇岩と巨石139選』など、なかなか個性的なタイトルが並んでいますね。

宮田: グルメや絶景は今までの知見から売れることがわかっていましたが、簡単にネットで購入できてしまうと、読者は書店へ足を運びません。そのため、手に取ってじっくり見たくなるようなタイトルも出しました。

そうやって何冊か図鑑を出したタイミングで、「あの『地球の歩き方』が本気で生き残ろうとしている」というツイートがバズりまして、書店さんが棚を復活してくれたり、大々的に展開していただけるようになったりと軌道に乗り始めました。

さまざまな『旅の図鑑』シリーズ

――今までの『地球の歩き方』もそうですが、図鑑や国内ガイドブックも情報量がすごいですよね。こういった調査能力は、どういったところから生まれているのでしょうか。

福井: やはりこれまでガイドブックをコツコツと作ってきたスタッフが多いので、40年以上の蓄積が大きかったのかなと思います。図鑑や「ムー」などとのコラボもテーマや場所を変えただけで作り方は『地球の歩き方』と一緒なのです。

コンテンツ事業部出版編集室 室長 福井由香里氏

宮田: 今でこそ下調べが楽になりましたが、以前はかなり人海戦術でした。若いスタッフが先に現地へ入り、ホテルやレストランに1件ずつ電話して営業時間などを確認してから、取材を行うスタッフが現地に取材に入ることも。インターネットで下調べをしても、やはり現地に行ってみないと情報が正しいかがわからないことも多いので、現在もスタッフたちが自分の足で得た情報を掲載しています。

ガイドブックは時代にあわせて更新しながら、ウェブも活用する未来へ

――スマホやタブレットを持って旅に行くことが当たり前になり、Googleマップやウェブ上で旅行に関するさまざまな情報を得られます。ガイドブックはそういった時代のツールとどう差別化できるでしょうか?

宮田: いまやスマホの性能が良いので、スマホに話しかければ何でも答えてもらえます。若い子はInstagramを情報源にすることもあります。でもこれらの情報は便利な反面、検索結果の集合体でしかありません。広告や余計な情報も出てきますし、リターゲティングによって求めていない情報が何度も出ることも。一方で書籍なら、一覧性も抜群ですし、必要な情報へすぐたどり着くことができます。

ウェブの一覧性の悪さはそのうち解消されると言われてきましたが、20年経った今も解消できていないので、書籍で出す価値はあると考えます。

――デジタルに負けない、ガイドブック『地球の歩き方』ならではのコンセプトをおしえてください。

宮田: もともと『地球の歩き方』は弊社が海外旅行へ連れて行った内定者たちがクチコミを集めた非売品の冊子を作ったところから始まりました。この非売品の冊子の評判が良かったので1979年にアメリカ編とヨーロッパ編の販売に至ります。

創刊当時は海外旅行は非常に高価でした。そのため、『地球の歩き方』は1度でも渡航したら、1か月以上滞在することを考えた内容をコンセプトにしています。当時から変わらない点は、「“かゆいところまで手が届く”個人のためのガイドブック」という点です。

たとえ英語が話せなくても、『地球の歩き方』があれば飛び立って、戻ることができる。お節介な一面も持つ、旅人に寄り添うガイドブックがコンセプトです。

福井: 「旅人のためのガイドブックを」と思って作っていたら、2022年時点で120タイトルになりました。

宮田: 旅人に寄り添うガイドブックがコンセプトなので、実は1、2年で改訂し、なるべく新しい情報や時代に即した情報を入れるように心がけています。

――かなり最新情報の発信にこだわりをもっていらっしゃると思います。その中でも「ここが違ったよ」などの情報が読者から届くことはありますか?

宮田: 『地球の歩き方』は創刊以来読者との交流が密なガイドブックなんです。昔は本の最後に綴じ込みで、編集部へ送る投稿用紙がついていました。折って糊を貼ることで封筒型になるものです。みなさん、実際に行ってみてガイドブックと違う部分があると帰りの飛行機で、「間違ってる」「美味しくなかった」「新しい店ができていた」など、書いて送ってくださっていました。今はネットになりましたが…。

当時、送られてきた手紙に対して、私個人でひとりひとりに御礼の手紙を書いており、そこからコミュニケーションが生まれることもあったのです。

福井: 読者の方々からいただいた意見や感想は全て目を通していますし、保管しています。旅の帰り道に思い出を振り返りながら感想を書いてくれる方も多く、「旅人たちの意見」としてしっかり受け止め、内容にも反映するようにしています。

――ウェブサイトも実は持っているんですよね?

宮田: そうなんです。実は1995年にはウェブサイトを作っていたのですが、途中から運営会社がウェブだけ別組織になったことが原因で紙媒体との連動がうまくとれていませんでしたが、今は事業部も統一し、2022年11月に『地球の歩き方』のサイトをリニューアルさせました。ウェブでも紙と変わらず旅人に寄り添う情報を発信していきたいと思ってるので、天気やお金のレートなど、ガイドブックではフォローできない変わりやすい情報を出せるようにしたいです。

――これからの目標ややりたい企画などがあれば、お聞かせください。

宮田: 『地球の歩き方』レトルトカレーシリーズとか作りたいですよね。旅行会社さんと一緒に組んで、旅行商品を作ったらおもしろそうです。あとは、国内ガイドブックをもっと地元の人が買って楽しんでくれるようにしたいです。書籍とウェブの連携もまだまだなので、もっとリアルとデジタルを連携させたいなど…いろいろあります。ですが、今回のコロナ禍を経て、我々の泥臭い部分が評価されていると感じることができました。その部分はこれからも守っていきたいと思います。

地道な作業によって作られてきたガイドブックの手法を横展開することで、新たな広がりを得た『地球の歩き方』シリーズ。自分たちのブランドを改めて客観視することで、逆境をチャンスに変えた事例だと感じた。今後もさまざまなコラボで楽しませてくれることを期待している。

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