なぜ、教科書通りにやっても「ブランド」が作れないのか? 実務家が33年かけてわかったブランド論
突然だが「ブランド」とはなんなのだろうか? 商品・サービスの歴史か、あるいはロゴそのものか。とにもかくにも「ブランド」の重要性はビジネスの世界で常に叫ばれてきた。だが一方で、自信をもってブランドづくりに成功していると答えられる企業は少ないのではないだろうか。
「Web担当者Forumミーティング 2022 春」では、この疑問に応えるようにダイキン工業株式会社の片山義丈氏が登壇。同社で宣伝・広報部門に長らく務める片山氏の、本当に使えるブランドづくりの方法論が解説された。
スーパーブランドをお手本にしても「ブランド」はつくれない
一般論として、マーケティングにおいては「ブランド」が非常に重要だと言われる。現に世界的企業として名前のあがるアップルやスターバックスは、確固たるブランドを確立し、その優位性を市場競争の中で活かしている。
だが、そうした「スーパースターブランドをお手本とした世の中のブランディング手法を使っても、ブランドはつくれない」と、冒頭で片山氏は断言する。そう話すのは自身の経験からだ。
片山氏は1988年にダイキン工業へ入社して以降、実に35年にわたってマーケティングコミュニケーション、ブランディングなどを担当している。業界5位ダイキンのルームエアコンを一躍トップに押し上げた新ブランド「うるるとさらら」の導入。ゆるキャラ「ぴちょんくん」ブームにも携わってきた。実務家としての視点から生み出したブランド作りの方法を『実務家ブランド論』としてまとめて出版するなど、実務の視点からブランディングに取り組んできた人物でもある。
そんな片山氏だが、ブランド作りに悩んだ過去を明かす。
35年の職歴のうち、28年目くらいまではブランドが正しく作れていなかった。本を読んだりセミナーに通ったり、大分勉強したがなかなか上手くいかなかった(片山氏)
そうして実務家として、悩み苦しみながら33年もかかって、ブランドづくりの目的と正しい方法論を生み出すに至ったようだ。
では、そもそも私たちがつくろうとしているブランドの正体とは何なのか。「ブランドの目的・定義」を考えるところから講演はスタートした。
「ブランド“広告”をつくる」が目的になっていないか
ブランドとは、教科書的な定義では「生活者との『約束』」「『差別化』である」とされる。しかし、実務家としての片山氏は、この定義を額面通り受け取るべきではないという。むしろ、この定義を無思慮に受けいれてしまうと、ブランドづくりは上手くいかないとまで警告。片山氏のブランドづくりが28年近くも上手くいかなかった原因はこの点にあるとした。
「モノからコトへと時代が変化する中で、機能的価値よりも情緒的価値が評価されるからブランド戦略が重要」という言説は良く聞かれ、その結果として企業ロゴマークの刷新やブランドスローガン制定などが行われる。社内会議で「この商品にはブランド力が足りない」といった議論が交わされれば、それまで実施していた販促・機能アピールのための広告を、イメージ広告に差し替えられる。
しかし、企業ロゴマーク刷新やイメージ広告で、果たして何が達成されるのか? と問われると、返答に詰まる人は多いだろう。「ブランドをつくる」のが本来の目的のはずなのに、「ブランド広告をつくる」ことが目的化してしまうケースは往々にしてあると片山氏は述べる。
ブランドをつくる目的は『商品・サービスが売れる』『企業の事業活動に貢献する』───これに尽きる。ダイキンであればエアコンを買ってくれる人が増える、株が買われる、協業したいという話が増える、新卒の就職希望者が増えるなど、最終的に企業が『儲かる』ことにつながるかが重要。ここを忘れてはならない(片山氏)
ブランドの「定義」はあいまいすぎる
とはいえ、ブランドの定義は受け取る人や組織によってズレがあり、結果として大きな齟齬を生み出している。
用語としてのブランドの起源は、家畜の所有者が自分の家畜と他人の家畜を間違わないよう、識別するために焼き印を施したこと、といわれている。また、学術的アプローチでもブランドの定義は試みられているが、それでは小難しすぎるという理由で、前述の「生活者との約束」「差別化」という表現に簡潔化され、とかくブランドの定義が“あいまい”になっている。
ブランドの定義は、わかるようで正直よくわからない。これに当てはめるとダイキンでは『エアコンと生活者が約束するのか?』というような無理筋な論に行き着き、関係者の印象が散漫になってしまう(片山氏)
ただし、これがアップルのようなブランドになれば話は変わる。顧客は、スティーブ・ジョブズがどうiPhoneを作ったかすでに知っているし、もしiPhoneの技術革新で本当に便利な体験をしていれば、アップルとの間に『約束』のようなものがあると実感するかもしれない。スーパースター的製品・ブランドと、その他の企業のブランドづくりを同列に考えてはいけない(片山氏)
結果、中小企業がブランドづくりに取り組もうとしても、「うちが作るのは贅沢品でも嗜好品でもないからブランドは関係ない」「テレビCMを出すお金がない、うちのような会社はブランドをつくれない」などの結論に陥ってしまう。
また、単に言葉の響きが“格好いいから”という理由で使っている場合もあるので、ブランドという言葉が出てきたら、それがどんな意味で使われていて、どう定義されているかを判断することも重要だという。このように、ブランドの定義があいまいになる原因はいくつもある。
梅干しから考えるブランドの正体とは
こうした前提を踏まえ、片山氏はブランドの定義を「生活者の頭の中にできた、企業・商品に対するイメージ」だとした。たとえば顧客が企業ロゴなどの「(ブランドを)思い出すきっかけになるもの」に触れた際、「頭の中で自然に浮かんだイメージ」こそが、ブランドの正体だという。このイメージは、頭の中にモヤモヤとできるものであることから、片山氏は「ブランド=妄想」と表現する。
ここで片山氏は以下の画像を示した。一見して、梅干しに見える。
この写真を見たら、多くの日本人は「梅干し」と認識し「酸っぱい」をイメージするだろうし、塩分の多さをもって「不健康な食品」と連想するかも知れない。また、これが外国人の場合は梅干しをそもそも知らないため、なんのイメージも湧かない可能性がある。
梅干し自身がブランドづくりを能動的にした訳ではないのに、日本人は梅干しをみて「酸っぱい」とイメージする。つまり「ブランドは自然にできる」。広告宣伝だけがブランドをつくる手段ではない。
また「梅干しが不健康な食品」とは過去のイメージで、現在は塩分が少ない製品が大半。むしろ酢酸による健康効果が指摘される。にも関わらず「不健康」を連想する人が少数いることは「ブランドが勝手にできる(できてしまう)」ことの証拠だ。広告宣伝において、発信者の意図とは異なる受けとられ方がされるケースもあるが、それもまたブランドの性質上、仕方のないことだ。
企業が広告などを通してメッセージを発信しても、必ずしも正確な妄想(ブランド)、自分たちにとって都合の良い妄想(ブランド)が構築されるわけではない(片山氏)
さらに、梅干しを知らない外国人が梅干しを見てもイメージが湧かないように、企業ロゴを見ても知らない人によっては「妄想がない=ブランドではない」と捉えられてしまう。
だからこそブランドづくりでは、生活者の頭の中にモヤモヤ(妄想)をつくること、もっと言うと商品・サービスが売れて、企業の事業活動に貢献するためにどんなモヤモヤをつくるかが重要になる。
「知っている」はもう立派なブランド
自社の製品、サービス、ロゴなどに生活者が触れたとき、どんなイメージを頭の中に思い浮かべるようにしたいのか。そのための方策こそがブランドづくりである。では、具体的にどうするのか。
前提として、ブランドには5つの階層があると片山氏は説明する。ブランド価値が低い方から順に「知らない」「知っている」「嫌いではない」「何となく好き」「約束」があり、生活者ごとに程度は違うものの、「知っている」より後者はすでに何らかのブランドが存在する状態だとした。
この5階級について、コンサルティング会社や専門家は上位の部分だけをブランドと定義するケースが多く、それもブランド定義の誤解の一因だと片山氏。「知っている」のレベルは、知らないよりまし程度の“赤ちゃんブランド”かもしれないが、間違いなくブランドの第一歩なのだ。
コンビニで水を買うとき、知っているブランドの水と、まったく聞いたことのないメーカーの水、値段も同じだったらどちらを買うか? 大概は知っている方を買うはずだ。つまり、『知っている』レベルの水であっても『知らない』レベルの水と比べたらブランドの価値が発揮されている(片山氏)
さらにブランドが確立されて、階級上位の「何となく好き」レベルにまでいくと、より大きな効果を発揮する。前述の水の例を当てはめると、「知っている」レベルの水が100円で、「何となく好き」レベルの水が120円と少し割高であっても、「何となく好き」な水の方を買う確立は高まる。つまり事業収益の向上に貢献しているといえる。
もちろん、5階級のうち「約束」レベルのブランドを確立できるのが理想だが、そこまで到達できている企業・商品は極めて稀だ。ほとんどの企業・製品は「知らない」レベルに留まっており、これは「ブランドではない」とほぼ同義である。だからこそ多くの企業は「知らない」を「知っている」に変える努力から始めることとなる。一足飛びで「何となく好き」を目指す必要はない。
ブランド構築に必要な3要素
ブランドづくりの目的、ブランドの定義が理解できたら、いよいよブランドづくりに入っていくが、まず自分たちがどんなブランドをつくりたいかを定める必要がある。
これを輪郭づけるのが、「Brand Identity(存在価値)」「Brand Purpose(存在意義)」「Brand Personality(人格・個性)」の3要素となる。
存在価値:Brand Identity
あなたの「企業・商品らしさ」が凝縮されていて、あなたの企業や商品が「なぜか、こだわっている」こと。存在意義:Brand Purpose
生活者から「あなたの企業・商品が世の中からなくなっても、他の企業・商品があるので、私はまったく困らないのだが、どんな損があるの?」「あなたたちが存在することで私に対してどんな良いことができると、(自分勝手に)思っているの?」と仮に質問されたときの答え。人格・個性:Brand Personality
生活者から「あなたの企業・商品を人間に例えたらどんな人ですか?」と問われたときの答え。つまりは、企業・商品が持つ「人格・個性」のこと。
ダイキン工業においては、経営理念と中期経営計画の中に上記3要素の答えがある。そのため、下記で例示したBrand Identity・Brand Purpose・ Brand Personalityは、ダイキン社内で使われているものではないが、講演の説明用にあえて3要素に置き換えると以下のようになるともいえる。
- 存在価値(Brand Identity):空気の可能性があると信じる企業
- 存在意義(Brand Purpose):空気であらゆる課題を解決する
- 人格・個性(Brand Personality):果敢なリーダー
それをコミュニケーションに展開するためにつくったのが、「空気で答えを出す会社」のスローガンだ。
そのようなコミュニケーション、ブランドをつくるための情報発信を行うことで、「空気で何かいいことをしてくれる企業」と生活者に感じてもらえば、「嫌いではない」「何となく好き」へ行き着くと考えられる。
生活者の頭の中のイメージに残るために、広告を出すのも1つの手だが、それだけでブランドは確立しない。商品の性能、店舗における接客、口コミ、報道などさまざまな経路が、少しずつ絡み合って影響し合うのが実態だからだ。加えて、その経路ごとの影響比率は業態などによってそれぞれ変わる。たとえば、コンビニであれば、全国各所に展開する店舗からの影響力が、広告と比べて強いといった具合だ。
ブランド発信の肝はトリプルメディアの活用
片山氏は、ブランドを作る上で広告が果たす役割は大きいとしながらも、現時点では以下3つの「トリプルメディア」の観点から自社情報を発信していくのが重要だろうとアドバイスする。
オウンドメディア(Owned Media)自社が所有するメディア。公式Webサイト、紙の製品カタログなどが代表的。
アーンドメディア(Earned Media)第3者機関・個人が主体となって、情報を発信するメディア。具体的にはWebニュースサイトによる取材記事、新聞、雑誌、SNSなど。
ペイドメディア(Paid Media)広告枠を購入することで掲載できるメディア。テレビCMやWebのバナー広告など。
テレビCMをきっかけに商品を知り、その情報をWebのニュースサイトで調べ、最終的には発売元の公式サイトに辿り着く……というように、生活者はこの3メディアを行き来しながら情報を得ている。
ただ近年は、生活者が受け取る情報が爆発的に増加している。結果として生活者は、自分とは無関係そうな情報を受け取らなくなった。一生懸命に企業がペイドメディアで情報を発信しても、見えないバリアが張られているかのように、はじかれて届かない。そのバリアを取り除かなければブランドもつくれない状況にあると片山氏は説明する。
テレビCMで有名タレントを起用したり、映像表現に凝ったりするのは、生活者の心理的ハードルを少しでも下げようする企業の努力のあらわれだ。だが生活者は自分にとって関心のあること、「自分ゴト」化したトピックに対してはバリアがなく、時に能動的に探す。そのタイミングに備えて、アーンドメディア上の情報やオウンドメディアは準備しておくべきだ。
たとえばダイキン工業では、新型コロナ感染症流行のタイミングで、換気に関する情報をオウンドメディアで積極的に発信した。ただ、それだけではサイトへの流入は増えないため、アーンドメディアが掲載してくれるようにプレスリリースを発信したり、さらにはペイドメディアによる広告も組み合わせたり、統合型コミュニケーションの展開で上手くブランドを伝えていった。
用語に惑わされず、「会社としてのこだわり」からブランドを考えよ
とはいえ、多くの企業にとっては「Brand Identity(存在価値)」「Brand Purpose(存在意義)」などを制定すること自体、大きなハードルだろう。ただ、片山氏はこう語る。
決めておくべきことは、自社として何にこだわっているか。『その商品・サービスがなくなっても困らないんだけど?』と質問されたときにどう答えるか。これを明確にしてほしい。
ブランドアイデンティティやパーパスと聞くと難しく感じるかもしれないが、用語として定義していないだけ。用語として定義しても神棚にあげていたら全く意味がありません。世の中に存在する企業や商品には、それらに類するものが絶対に社内にある。そうでなければ、存在できないのだから。まずは『らしさ』を再確認してほしい(片山氏)
用語に惑わされず、「会社としてのこだわり」を明確にし、「Brand Identity(存在価値)」「Brand Purpose(存在意義)」「Brand Personality(人格・個性)」の3要素の意味することを明確にし、自社が打ち出したいメッセージを決めた上で、情報をトリプルメディアで発信する。この流れが重要であると片山氏は改めて強調し、講演を締めくくった。
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