【レポート】デジタルマーケターズサミット2022 Winter

東急ハンズ・SHIBUYA109・KATEの担当者3人鼎談「店舗でのデジタル活用どう進める?」

東急ハンズ、SHIBUYA109エンタテイメント、花王のKATEブランド担当者が小売店、テナント、化粧品メーカーの視点から店舗におけるDXの取り組み事例や悩みを語った。

「デジタルトランスフォーメーション(DX)」という単語はよく聞くようになったものの、実際何をやったらいいの? と思っている担当者も多いのではないだろうか。悩める担当者にヒントを届けるべく、「デジタルマーケターズサミット 2022 Winter」では、東急ハンズSHIBUYA109エンタテイメント、花王のKATEブランド担当者が結集。小売店、テナント、化粧品メーカーの視点から店舗におけるDXの取り組みや悩みを語った。

(左から)株式会社東急ハンズ ららぽーと豊洲店 店長 本田浩一氏、株式会社SHIBUYA109エンタテイメント 企画戦略部マネジャー 内藤文貴氏、花王株式会社 KATEブランド担当 松本典子氏

SHIBUYA109では顧客情報を取得するのが難しい。ターゲットが若者であるがゆえの悩み

講演は本田氏が設定したテーマについて話を聞いていくという形ですすめられた。まずは、DXを進める目的、取り組み内容を各社が紹介していった。はじめは内藤氏が所属するSHIBUYA109エンタテイメントの取り組みについてだ。

SHIBUYA109エンタテイメントは、若者向けの商業施設として有名な「SHIBUYA109」の運営を軸に、コンテンツ発信やマーケティングを行う企業だ。内藤氏は2006年に東急グループの企業に入社後、「SHIBUYA109」公式通販サイトの立ち上げなどEC事業全体の管理推進を担当。その後、SHIBUYA109エンタテイメントへ出向し、リアル店舗を軸としたデジタル施策の立案実施をしてきた。2020年から現職で、会社全体のDX推進などに取り組んでいる。

同社の直接の顧客は、商業施設に入居するテナントや、共同マーケティングを展開する企業だが、その先にいる消費者の心も掴まなければならない。それでいて、優先されるのはまずテナントと消費者のコミュニケーションだ。これらを阻害せずに、SHIBUYA109でも消費者の動態を把握する必要がある。

3つのSNSアカウントを活用し、ジャンルに合わせたニーズをSNSで提供することによりお客様との接点をつくる

SHIBUYA109がメインターゲットとする顧客は20歳前後、あるいはZ世代と呼ばれる層である点に留意したい。一般的な商業施設では店舗独自のクレジットカードを発行して顧客情報を取得することが多いが、若い顧客ではクレジットカードを取得できないケースもあり、そういった戦略が取りづらい。では、DXとしてどのようなことに取り組んでいるのだろうか。

(DXの初期段階ということもあり)コストが限られる中でのデジタル施策として今重視しているのが、SNSによるニーズ別の情報発信です。主に3つのアカウントを運用しており、目的別に使い分けています(内藤氏)

目的別にSNSアカウントを運用

たとえば、「SHIBUYA 109(@109_shibuya)」のInstagramアカウントでは、Z世代全般に向けたトレンド情報を発信している。このアカウントではショッピングセンターに関する投稿はほとんどなく、流行のスイーツやメイク情報を発信しながらユーザーとコミュニケーションをとっている。「やみかわ渋谷(@yamikawa_109)」のInstagramアカウントでは「地雷系」「量産型」など呼ばれるジャンルに特化して発信をしている。フォロワー数は5万人ほどだがエンゲージメント率が高く、1投稿でエンゲージメント率が11%に達することもあるという。

Twitterは23万人のフォロワーを有する「SHIBUYA109(@SHIBUYA109NET)」。このアカウントでは、ショッピングセンターの情報や、エンタメやオタ活の情報発信を行いながら、ユーザーとのコミュニケーションの場として活用している。

顧客情報を活用したプッシュ型の配信はできないのですが、色んなジャンルに合わせたニーズをSNSで提供することによって、お客様との接点づくりをしています(内藤氏)

顧客管理はLINEで低コストに。オンライン・オフラインのデータの活用により、独自のマーケティング力を高めていく

続いて、内藤氏が紹介したのは「SHIBUYA109 lab.」だ。Z世代向けのマーケティングを行う機関で、SHIBUYA109の来館者はZ世代がメインだが、来館者をより深く知ることで企業のコンサルティングを行ったり、その情報を館内で活用したりしているという。具体的には施設来館者へのアンケート、グループインタビューなどを企業と連携して行っている。

顧客のデータベースを持っていないため、コミュニティに参加しているZ世代のユーザー管理ができていないことが課題であったが、LINEを活用してコミュニティの管理を行っているという。顧客情報の管理にあたっては、高価な専門ツールの導入を想起しがちだが、LINEによって低コストでの運用ができていると、内藤氏。

SNSでは(投稿反応率などの)定量データ、SHIBUYA109 lab.ではグループインタビューなどによって定性データを得られる。今後の課題はオフラインの接点、店舗に訪れたお客様の体験価値をどう上げていくか。AIカメラを使った顧客の見える化などにも取り組みたい。各種データの活用により、独自のマーケティング力を高めていきたいと考えています(内藤氏)

SNSで定量データ、マーケティング機関では定性データを取得。2022年度の強化ポイントはオフラインデータの取得

花王「KATE」ではLINEを起点としたコミュニケーションに転換し、独自コンテンツをLINEで提供

次に、KATEの取り組みを紹介していこう。花王株式会社の松本氏は、営業と営業企画職を経て2020年から化粧品ブランド「KATE」の国内マーケティングを担当。ブランド戦略の立案にはじまり、オンライン・オフラインでの施策展開まで、ブランド育成に関わるほぼ全ての業務を手がける。

メイク製品市場はお客様の選択肢が増え、競争が激化。LTVの最大化を目指し、DXへ取り組むことに

KATEはお客様に店舗やECで直接販売するわけではなく、流通と一緒に取り組みを行っているという。消費者向けのプロモーションなども行うが、顧客への販売を行うのは流通事業者である。花王と流通企業が協力し、デジタルとリアルを融合させ、DXを実現させるかが大きな課題だ。

KATEはブランドステートメントに「NO MORE RULES」を掲げ、常識にとらわれない“攻め”のメイクを提唱している。1997年の誕生以来、そのメッセージは一貫しているが、メイク製品市場を取り巻く状況はここ20年で大きく変わった。価格の二極化、D2Cブランドの躍進、顧客の生活様式のデジタル化などはその一例である。お客様の選択肢が増え、競争が激化し、商品中心のマスビジネスモデルが通じなくなったという課題を抱えていたという。

メイク製品においても市場環境は変化しつつある

そこで2019年頃から、もっと自由にメイクを楽しんでもらうことで、メイクによって変化する勇気と新たな自分との出会いを応援するという観点に立ち、ブランドとお客様との出会いからロイヤル化まで、連続した接点を創出して、LTV(顧客生涯価値)の最大化を目指して、DXに力を入れていこうとなりました(松本氏)

LINEでメイク診断ツールを提供。パルス消費に対応する機能も

KATEも顧客コミュニケーションにSNSを活用しているが、Instagram、Twitter、YouTubeなど利用サービスを増やしていく過程で接点がバラバラになってしまっていた。そこでLINEを起点とし、コミュニケーションから購買までを1本化する方向へと転換。

KATE MAKEUP LAB.」の機能をLINE公式アカウント内での提供を開始した。スマホで自分の顔を読み取るだけで目・鼻・口などのパーツ比率をAIで解析して、KATE独自ロジックと掛け合わすことで顔タイプを分類し、なりたい顔に変われるメイク方法、テクニック、商品などを提案してくれる。メイク診断ツールとして広く一般公開しても良いほどだ。しかし、これをあえてLINE限定で提供している。

「KATE MAKEUP LAB.」では顔印象分析に基づくパーソナルメイク提案する

また、「パルス消費」(スマホ操作中に瞬間的にものを買いたくなり、商品を見つけ、購入まで完了させる消費行動)を促進すべく、「KATE 360° FACE」機能を新たに導入した。「KATE 360° FACE」はメイクをリアルに伝えるため、モデルの顔を360度回転させることでさまざまな角度からメイクが見られるようになっている。画面をタッチすると、商品が保存できたり、ECサイトに遷移して商品が購入できたりする。

「KATE 360° FACE」

東急ハンズ流DXは顧客にも、取引先にも、従業員にも「優しい」

次は、東急ハンズのDXの取り組みだ。本田氏は1995年に株式会社東急ハンズへ入社後、システム開発や営業推進の部門でキャリアを積んだ。2009年には同社の公式Twitterアカウント運用を開始し、舞台裏を綴った書籍も上梓している。その後もデジタル戦略などに関わり、2021年には東京・豊洲店の店長に就任。営業の最前線の目線でDXの在り方を模索しているという。

東急ハンズは、企業から商品を仕入れ、それを消費者に販売する小売業だ。取引先、消費者、そして店舗スタッフという、微妙に立場の異なる利害関係者がそれぞれ居る中で、いずれにもDXの恩恵を届けることが重要ではないか……というのが本田氏の考え方。これをまとめたのが以下の図だ。

東急ハンズのDX構想全体図

3年ほど前にDX戦略の部署が立ち上がり、まずコンセプトメイクに取り組んだ。コンセプトの実現はまだ道半ばだと本田氏は述べるも、「みんなに優しい」という点にこだわったという。

DXを通してみんなに優しい会社になろうと定めました。お客様に優しいのは当たり前だが、その上で従業員にも、パートナーである取引先の皆さんにも何らかのメリットを感じてもらえるものでなければ、DXは進まないだろう(本田氏)

DXの取り組みを4象限に分けて紹介

では、具体的にどのような取り組みがすすんでいるのか。本田氏は次の4象限の図を紹介した。お客様向けのフロントエンド(売上拡大)の点と、従業員が関わるバックオフィス(業務効率化)という観点と、短期的に実現できるもの、中長期的に腰を据えて取り組むもので分けていると本田氏は説明した。太字になっているものが実現できているものだ。

東急ハンズのDXの具体的な取り組み

事例として、本田氏はお客様がスマートフォンやパソコンから商品名を検索すると店内のどこにあるかをマップ上で表示してくれるWebサービス「ドコアルノ」を紹介した。「ドコアルノ」は早期実装ができた機能の1つだ。またAIチャットボットを導入し、電話によるお問い合わせ対応時間の削減に繋がったという。

「ドコアルノ」は欲しい商品がお店のどのエリアにあるのか顧客自身が検索できるシステム

承り注文管理のシステムもデジタル化した。これまで東急ハンズでは、商品取り寄せなど顧客からの個別注文があった場合、複写式の紙伝票で管理をしていたが、ペーパーレス化の観点からもこれをデジタル化した。対して、顧客データベースの強化や、店頭体験のさらなるデジタル化は中長期的な課題としてまだ手つかずの部分が多いという。

DX推進はまだまだ悩みが多い段階。「できるところから」「スモールスタート」で推進していくのが大事

短期的にやりたいことは実現できているが、中長期的なDXには取り組めていないと本田氏は語る。そこで続いては「担当者の悩み、進まない理由とは?」というテーマで質問を投げかけた。

内藤氏は「大きな構想を描くと、人もお金も必要になる。会社に費用対効果を示せないと、話が通らず、前に進まないというのはよくあることだと思う。なので、『できることから進める』を実践した」と振り返る。

将来的に拡張可能な顧客データベースを整備するとなると、数千万円単位で予算がかかりかねない。そこで、まずはみんなが使っているLINEで取り組みをはじめてみた。その過程でマーケティング製品に詳しくなっていくと、実はやりたいことが月数万円でできるということもある。そこで効果を示せればまた次のステップが見えてくる。どこからやろうか、その領域を決めることも重要だと思っています。色々な事をやろうとすると、途端にお金がかかってしまう。一番課題だと思うところから考えていき、時間がかかっても諦めずに進めていくのが大事だと思います(内藤氏)

松本氏も、費用と、費用対効果の証明には同じように悩んでいると明かす。

『KATE MAKEUP LAB.』などをご覧になると、潤沢に予算をかけていると思われるかも知れないが、実施までに2年かかっている。はじめは大きな施策はできなかった。イベントを実施してお客様の反応を見たり、Twitterの投稿などSNSは運用を完全に外部委託せずに自社のメンバーで地道にやっているものもある。そういった小さな積み重ねの成果であることは、ぜひお伝えしたい。コロナ禍で予算が減ってしまうこともあったので、お金をかけずに、いかにお客様とつながれるかを考えてやってきた。過去の資産や、自分たちができることをすべて振り出してやってきたので、まずスモールスタートでやっていくのはDXを推進していく上で重要かなと思います(松本氏)

松本氏は施策を進める上での悩みとして、Howの選定が難しいという点を上げた。社内で検討を重ね、何らかのマーケティング施策を実行すると決断しても、顧客がそれを本当に求めているかの確証はない。「お客様はそこまで店頭においてデジタルでつながりたいと思っていない可能性もある。お客様のニーズとずれていないかなという点は悩ましく、本当にお客様が求めているものは何かを常に意識しながら施策をすすめている」と、松本氏。

本田氏は内藤氏・松本氏の話を聞きながら、「業種・業態は異なるが、『DXを進めなければならない』というのはみなさん感じているところ。ただ、推進にあたってはまだまだ悩みが多い段階。お二人の話のように、人もお金も限られる中、スモールスタートでDXの小さなメリットを少しずつ発見していくことが大事だろう」と総括した。

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