ライオンに入社して1年で「あっ」と驚くデジタル施策を連発、その立役者の意外な経歴とは?
ライオンに入社して1年で、「ストッパ」×「うんこ漢字ドリル」のコラボ、「バファリン」×アニメ「KING OF PRISM(キング オブ プリズム)」のコラボなど、「あっ!」と驚くような企画を連発してきたライオンの阿曾(あそ)忍氏が今回の主役だ。
大学院で微生物の研究をしていた彼が、なぜコミュニケーションプランナーとなったのか? そして、その企画を生む頭の中はどんなことになっているのか。阿曾氏のキャリアと考え方に迫った(以下、発話は敬称略)。
Webが一般に普及してすでに20年以上が経つが、未だにWeb業界のキャリアモデル、組織的な人材育成方式は確立していない。組織の枠を越えてロールモデルを発見し、人材育成の方式を学べたら、という思いから本連載の企画がスタートした。連載では、Web業界で働くさまざまな人にスポットをあて、そのキャリアや組織の人材育成について話を聞いていく。
インタビュアーは、Webデザイン黎明期から業界をよく知るIA/UXデザイナーの森田雄氏と、クリエイティブ職の人材育成に長く携わるトレーニングディレクター/キャリアカウンセラーの林真理子氏。
微生物の研究からマーケティングへ!?
林: まずは、現在のお仕事の内容について教えてください。
阿曾: ライオンには2017年3月にデジタルコミュニケーションのプランナーとして入社しました。入社当初は、「バファリン」「ストッパ」などのOTC医薬品※のデジタルコミュニケーションを担当していました。2018年5月から「Ban(バン)」「キレイキレイ」「hadakara(ハダカラ)」などの商品を担当しています。
※OTC医薬品とは、一般用医薬品のことで、薬局・薬店・ドラッグストアなどで販売されている医薬品を指す
現在、所属する「コミュニケーションデザイン部」は、以前は「宣伝部」だったのですが、2017年10月に名称が変わりました。ライオンは、長年テレビなどマスコミュニケーションに頼ってきましたが、「これからはマスとデジタル、リアルの垣根を超えて、統合型マーケティングコミュニケーション※の顧客体験を設計していく必要がある」ということで組織も大きく変わりました。
※統合型マーケティングコミュニケーションとはIntegrated Marketing CommunicationのことでIMCと略すこともある
組織の中には、マスやリアルが得意な人とデジタルが得意な人がいるので、双方の得意分野を活かしながら、CXプランナーとしてお互いの領域も少しずつできるようにしていくことを目指しています。
林: 阿曾さんが最初にWebに触れたきっかけは?
阿曾: 仕事でWebを意識したのは、新卒で入社したお菓子メーカーでドリンクの通販事業に携わった時です。私は大学院で微生物の研究をしていたのですが、配属されたのはコラーゲンドリンクを開発する新規事業の部署でした。コラーゲンドリンクの処方を作る研究やスケールアップテスト、パッケージデザイン、通販サイトの企画などの、マーケティング的な要素も一通り経験しました。
森田: 大学院での研究とはだいぶ距離のある仕事にも携わったんですね。
阿曾: はい、通販サイトやマーケティングの知識はほとんどなかったものの担当することになりました。「マーケティング」と「研究」は、異なるものに見えますが、ロジカルな部分がとても似ていると思います。研究も仮説をもとに検証する繰り返しです。ですから、マーケティングでPDCAを回すことと同じなんですよね。
その後、1年3か月で部署異動になりました。その頃、マーケティングのおもしろさを感じていたこともあって、信頼していた上司に相談したら、「キャリアチェンジを受け入れるだけが選択肢じゃない、マーケティングをやりたいなら、外に出てみることも考えてみたらどう?」と、背中を押されて、食品メーカーに転職しました。
食品メーカーでは、ビスケットやグラノーラといった主力商品の研究とマーケティングを経験させてもらいました。
ある主力商品を担当させていただいていたときは、ブランドサイトのコンテンツ制作やWebディレクションもしていました。その商品は、小さいお子さんを持つ親世代にも支持されていて、ネット通販とも相性がとても良かったことから、「ECチャネルでの販売強化」というミッションを経験させてもらいました。
プロモーションに特化したコミュニケーションプランナーとしての役割
林: 研究職とマーケティングのどちらに行くか迷いが生じたことはなかったのですか?
阿曾: 研究開発は、プロダクトに関するスペシャリストで、原価計算から、ラボでの製造工程を工場ラインでも再現できるかなどを生産部門と協力して自分たちの力で解決していきます。一方、マーケティングは、自分たちでは何もできないんです。関連するいろんな人に依頼して、プロダクトやサービスを世に送り出す仕事です。すべての部門と関わりがあり、調整力が試される難しくもあり、おもしろい仕事だと感じて、マーケティングに進みたいと考えました。
森田: 今は、ご自身の立場を名乗るときは、マーケターなんでしょうか?
阿曾: コミュニケーションプランナーでしょうか。マーケターというと、商品企画、市場や顧客の調査、生産調整、営業とのつなぎ込みなどいろいろな仕事があります。今、私は4P※でいうところのプロモーションしか携わっていないので、コミュニケーションプランナーという表現がしっくりきます。特にデジタルの要素を取り入れたコミュニケーションを担当してきました。
※4PとはProduct(製品・商品)、Price(価格)、Promotion(プロモーション)、Place(流通)のこと。
前職までの仕事は、菓子や健康食品といった嗜好品に近いものだったので、話題作りをしてユーザーとの距離を図るようなコミュニケーションや毎日続けもらうためのコンテンツ作りなどをしてきました。たとえば、「数あるお菓子の商品の中から選んでもらうには?」と、考えることが多かったですが、ライオンで新しく担当した商品は日用品やOTC医薬品なので、生活者にとっては関与度の低い商材でもあり、食品とはまたコミュニケーションが異なると感じています。
データからわかるユーザーインサイトをプロモーションに生かす
森田: 私が知らないだけかもしれませんが、「バファリン」と「ストッパ」がライオンの商品だというイメージがなくて。たとえば、「バファリン」を好きな人が、「ライオンだ」という理由から「ストッパ」を選ぶとか「リードクッキングペーパー」を選ぶというようなことはあるんでしょうか。「同じライオンブランドですよ」というメッセージ発信や、商品ブランドから、コーポレートブランドへの横展開を進めるということもやっているんですか?
阿曾: 商品と企業が一致しないことは多くの企業で抱えている問題だと思います。コーポレートとして発信するメッセージが、各ブランドのメッセージにもつながるのが理想的だと感じています。
生活者から見ると、掃除をするとき、料理をするとき、体調が悪いときなど、それぞれのシーンでライオンの商品がかかわっているはずです。ですから、たとえば「キレイキレイ」のペルソナだけを考えて、コミュニケーション設計をすることは違和感があるのは事実です。
ブランド横断の取り組みとしては、ライオンでは生活情報サイト「Lidea(リディア)」があり、洗濯や掃除、歯とお口の健康に役立つ情報などを発信しています。ユーザーの動きが横串で見られるデータの取得が可能で、実際に得られたデータから店舗の販売促進の提案につなげています。
森田: 具体的にはどんな提案をしているのですか?
阿曾: たとえば、季節の変わり目になると、衣替えのコンテンツにアクセスが集まります。秋から冬への衣替えの場合、ユーザー行動と気温を照らし合わせると「20℃」が一つの目安となってアクセスが増える傾向があるので、20℃を下回る前に、流通(店舗)に「衣替えの棚作り」を提案することもあります。
また、GWなどの大型連休だと、レジャーやおでかけに話題が集まりがちです。でもLideaでは、カーテンや布団の洗濯などのコンテンツにアクセスが増えます。だから、流通に「大型連休に向けて大物を洗濯する棚作り」を提案することもあります。
このように、ユーザーが求めているものがデータからわかるので、それをユーザーのタッチポイントにタイミングよく情報提供しています。
ブランドマネジャーに施策の提案をするのも重要な仕事
林: 技術の進化についていくためには、どういったことをやっていますか?
阿曾: 私自身はソースコードを書けませんし、専門の人から見れば何もできない、といわれるでしょう。ですが、専門的なことがわからなくても、その人の能力を引き出したり、一緒に議論したりするには、同じレイヤーで語れる必要があると思っています。
ですからトレンドも含めて、テクノロジーやサービスデザイン、UXなどの情報収集をしながら、自分が担当している商品(日用品やOTC医薬品)とデジタルやテクノロジーをどう組み合わせれば、ユーザーの感情を動かすことができるのか、といったことを常に考えています。生活者のことを知りたくて、心理学の本もよく読んでいます。
阿曾流、話題になるコミュニケーションのアイデアの作り方
林: コミュニケーションのプランニングでは、どうアイデアを考えているのでしょうか。
阿曾: ユーザーの態度変容を具現化するアイデアは、パートナーや関連する会社とよく話をしますね。「バファリン」では『KING OF PRISM(キング オブ プリズム)』というアニメとタイアップ(下図)して、薬の成分をキャラクターに擬人化して、「生理痛、頭痛を我慢するのはよくない」や「バファリンにはいろんなラインナップがある」というメッセージを伝えました。
このタイアップは、AR※を取り入れて、ユーザーの感情を動かすコミュニケーションをパートナー企業と一緒に考えて、ブランドマネジャーにプレゼンし企画が通りました。
※AR(Augmented Reality、エーアール)拡張現実のことで、スマートフォン端末をかざすと現実空間にデジタルの演出を加えることができる技術のこと
タイアップのおかげで、若年層への解熱鎮痛薬の理解につながり、インフォマーシャルなど他の施策を行っていないタイミングで、「バファリン」が注目のTwitterワードになりました。また、Googleトレンドでここ6年で一番のピークに達して、その状態が5週間くらい続きました。「バファリン」のシェアも高水準になり、アニメ好きの20代~30代女性が多く参加してくれるコミュニケーション設計が功を奏しました。
森田: すごいですね。他にもデータを活かしたコミュニケーション施策はありますか?
阿曾: 「ストッパ」では、夏にいろいろなクリエイティブバナーを試して、ユーザーの反応を見てみました。たとえば、「花火のギュルギュル」「キャンプのギュルギュル」などですね。そしたら「マラソンのギュルギュル」に対する反応が他に比べて段違いに高いんですね。これは「ストッパ」を理解してもらえるきっかけになると考えました。
マラソンでお腹がギュルギュルになったらピンチですよね。だから、マラソンのポータルサイトの「RUNNET」さんとタイアップして、「レース当日の「トイレ失速」を回避するお腹マネジメント」というLP(ランディングページ)を見たランナーから、「有用な情報を提供してもらった」という高い反応がありました。
ユーザーの潜在的な感情を掘り起こして形にできたことで、狙い通りの反応が得られたと思います。
ちなみに、「ストッパ」は受験シーズンにも需要が高まります。しかし、2020年の実施を最後にセンター試験の廃止が検討されていることから、「ストッパ」にとっては象徴的な需要のタイミングが、今後なくなる可能性があります。
そこで考えたのが「もっと小さいときから『ストッパ』に触れるきっかけを作れないか」ということです。といっても、子どもは薬を自分では買わないので、まず親に「ストッパ」を理解していただくためのコミュニケーション施策が重要になってきます。
そこで今、子どもに大人気の「うんこ漢字ドリル」とタイアップして親などの大人向けの漢字ドリルを作りました。それは例文が全部「ストッパ」になっていて、運動会、発表会など、子どもを抱える親にも響くだろうと思われるシチュエーションを用意し、「うちの子ども大丈夫かしら」という心情の変化を呼び起こすことを狙いました。
森田: 子どもだけでなく、見ている親も緊張してゆるくなる、という話を聞きますから、両方に効果ありそうですね!
一同: 笑
狙いは社会貢献、達成感は共感と好感の醸成
林: 阿曾さんは、手がけてきた商品がさまざまですよね。振られたお題に対して、それぞれの商品をいかに生活者に訴求するかを考えるところに、仕事のおもしろさを感じているのでしょうか。
阿曾: 「課題の解決をユーザーにどう伝えるか」ですよね。たとえば、「頭痛や生理痛なのに服薬せずに痛みを耐えてしまう」という人が多いんです。
でも解熱鎮痛剤は、「痛いと思ったらすぐに飲むことがポイント」なんですね。薬の捉え方の誤解を払拭すれば、女性のQOL(quality of life)向上につながるのではないか。もっといえば、生理痛が女性の社会進出の足かせになっているなら、それを払拭できれば、女性の社会進出に貢献できるのではないか、という思いがあります。どういうコミュニケーションをすれば、納得してもらえるのかのアイデアを、いろいろなブランドに携わるなかで考えています。
林: コミュニケーションデザインを通して社会の役に立っていくことに達成感を覚える、ということでしょうか?
阿曾: 達成感で言えば、施策に対するユーザーの反応があることです。たとえば、Twitterの反応から、施策やブランドへの好意を感じられるとうれしいですね。施策の狙いが受け手にうまくはまったときは達成感を覚えます。
もちろん、ビジネスマンですから、売上に貢献できているかということも意識しています。毎週、売上シェアが更新されるので、コミュニケーション施策のタイミングでシェアが上がれば「よっしゃー!」と思います(笑)。
マスやリアル、デジタルも押さえたコミュニケーションプランナーを目指して
森田: 今後のキャリア展望は?
阿曾: 今はコミュニケーションの出口部分を中心にやっています。でも今後は、ブランド全体のIMC※、マスやリアル、デジタルを含めたコミュニケーションなど、顧客の体験価値設計ができるプランナーを今は目指しています。5月からマスやリアルも含めて担当することになりましたから、それができる環境に身を置けていますし、全体を俯瞰して考えられるように成長したいですね。
※IMCとはIntegrated Marketing Communicationsの略で統合型マーケティングコミュニケーションのこと
林: 今後、後輩や部下をもったとき、どういうふうに教えていきたいですか?
阿曾: 生活者の目線に立ったコミュニケーションプランニングをすることですね。デジタルで言うなら、どういったWebメディアやテクノロジー、クリエイティブなら、ユーザーが納得してメッセージを受け取ってくれるのかを考え、モーメントを捉えた心地よい広告を作ることを伝えたいですね。
もう一つ私が意識しているのは、代理店、制作会社などのパートナーがたくさんいるなかで、みんながちゃんと幸せになっているのかということです。
パートナーと一丸となって、プロジェクトを進められる体制にしたいですね。企画の提案をもらったとき、「こんなのおもしろくない」とはじくようなことはしたくないんです。
だって、冷静に考えるとその提案は自分のオリエンを元に作ってくれたのですから、企画が良くないのは自分のオリエンがダメだったということも考えられます。密にコミュニケーションして、ベストなものが作れるようにパートナーとのチーム体制を築いていけるといいですね。
デジタルのコミュニケーション領域は広がっているので、今日当たり前だったことがすぐに古くなります。成長が止まらないように自分自身の勉強も忘れずに、いろいろなところに自分から情報をとりにいかないといけないと思っています。
森田: マネジメントというよりもプレイヤー型でしょうか?
阿曾: 今はまだプレイヤー領域が多く、同じキャリアのメンターとしての役割などは一部ありますが、業務ではプレイヤーとして必要な企画実行のディレクションや課題に取り組む姿勢みたいなところしか教えられないかもしれませんね。
あと、社内調整もとても大事です。そこをちゃんとやらないと社内での信頼がなくなってしまいますから。そこはしっかり伝えていきたいですね。
――ありがとうございました!
編集後記:二人の帰り道
林: 阿曾さんは2回の転職経験をおもちで、これまで必要なタイミングを見計らって自身のキャリアを俯瞰的にとらえて舵を取ってこられたことは、その経歴からも窺えます。一方で、お話しする内容は一貫して「仕事」レイヤーで語ることに軸足があって、私が少し漠とした「キャリア」レイヤーの質問を投げても、すごく地に足ついた「仕事」レイヤーで球を返してくるような感覚を覚えました。ご自身の仕事との関わり方を、へたに「キャリアデザイン」とくくって大仰に捉えることなく、自分の仕事・役割・仕事のおもしろさ・達成感みたいなものを身体感覚でつかんでいて、日々丁寧に仕事に向き合っている感じが伝わってきて、とても清々しいインタビューでした。理知的な話しぶりと、すごく楽しそうにエピソードを語る表情が絶妙なバランスで響き合っていて、今回も素敵なキャリアに触れることができました。
森田: 阿曾さんからは、ものすごく仕事を楽しんで研究を積み重ねているな、という感想をもちました。また、一つの事柄に対して複数の視座をお持ちで、話を伺っているなかで気づいたのですが、ただちにその事柄について語るのではなく、ぐるりと回りこむように説明して下さるので、内容がコンテクストごと伝わってくるのが印象的でした。仕事における自身の役割を明確に把握したうえで、どう立ち回っていくことで成果に導けるのかというのをかなりロジカルに考えていて、話を伺うにつれてピースがはまっていくような小気味良さもあります。目標に向かってきちんと日々の仕事を積み上げていくことでキャリアを形成しているのがよくわかりました。僕もプレイングマネジャー型の人間なので、姿勢に共感できるものが多くありましたね。
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