マーケティングは科学的アプローチに近づく、数字は仕事をスムーズに進める共通言語
マーケッターがデータドリブンマーケティングを実践するために必要な要素とは何か。Web広告研究会のWAB宣言「Big Data 2.0」を受け、データサイエンティストであるブレインパッドの吉沢雄介氏、Web広告研究会代表幹事の本間充氏、同代表の友澤大輔氏が、パネルディスカッションでビッグデータを活用するための考え方や取り組み方について、議論を交わした。
マーケティングは科学的アプローチに近づいて行く
パネルディスカッションは、「マーケティングは科学か」というテーマから始められた。
「科学の定義は、データや論理・手法があって再現ができること」と説明する吉沢氏は、「マーケティングにとって科学(サイエンス)は手段であって、マーケティング=科学ではないので、厳密に言えばマーケティングは科学ではない
」と、分析を行うデータサイエンティストという立場ではNOと言わざるを得ないと話す。
一方で友澤氏は、「データや論理・手法があって再現ができるということをマーケティングは目指さなければならない。デジタルマーケティングでは、それが可能になってきているので、科学になっていくべきだと思う。しかし、まだ科学にはなりきれていない
」と述べる。
吉沢氏もマーケティングが科学になるべきという考え方には賛成で、たとえば、生産管理の現場で、標準偏差などの基準によって規格がしっかりと定義できたように、科学を使うことによって、マーケティングでも何らかの定義ができていくと考えている。
マーケティングは科学になっていくべきである
データ・論理・手法をもとに再現性のあるマーケティングを
全数を分析する意味とは
次に「マーケティングで全データを見ることはあるか」と問われた吉沢氏は、「ない」と答える。データ分析以前の問題で、そもそもデータを取れていないケースも多いという。
また、友澤氏は「ビッグデータ以前からデータベースマーケティングということが言われていて、データを溜めたり、分析する手段はあった。しかし、ビッグデータからは溜めるためのコスト(ストレージコスト)が圧倒的に安くなり、リアルタイムでログを取得することも可能になってきている
」と話す。
ヤフーでは、リアルタイム検索でソーシャルメディアの発言などをリアルタイムに取得しているが、このようなリアルタイムのデータ取得や分析が行えるようになったのは、この数年のことだという。
では、全データとサンプルデータでは本質的な違いはあるのだろうか。吉沢氏は「用途によるが違いはある。たとえば、炎上対策などでは、SNSなどですべてのネガティブな意見に気をつけなければならないため、サンプルよりも全データが必要となる
」と説明する。
「発見したいものが繊細なものの場合は全データが効果的となる」とまとめる本間氏は、データ蓄積のコストは下がってきている一方で、リアルタイムに分析するための分析ツールや手法は進化しているのか、と問いかける。これに対して、吉沢氏は次のように答える。
2種類のデータなら散布図や折れ線グラフで示せるが、データの種類が増えて3次元、4次元、10次元となってくると感覚的に発見しづらくなるため、それらに対応できるようなソフトウェアは非常に進歩してきている(吉沢氏)
続いて本間氏は、友澤氏に対しても全データとサンプルデータの違いについて質問する。
個人に対して、適切なコミュニケーションを行おうとするほどデータをドリルダウンするのであれば、サンプル数はできる限り全数に近いほうがクロス集計しやすいし、的確なターゲティングとクリエイティブを行えると思う。統計的な手法を使ってサンプリングできればよいが、サンプリングするための仮説が間違っている可能性もあることを含め、全数で分析したほうがよい(友澤氏)
これを受けて、「今回のディスカッションでは、友澤さんがYesと言ったら、自分はNoと言おうと思っている(笑)
」という吉沢氏は、次のように述べる。
米国は国土が広く、人種も多様であるため、Volume、Velocity、Varietyという3つのVのビッグデータ要件を満たすことができる。そのため、米国では、全数を取ることによって、セグメントを切ってターゲットを絞り込める。日本では、全数で分析しても海外ほど精度は上がらない。これは米国ほど多様性がないためで、分布の差がなく、小さな差を見つけることが難しい。逆に言えば、多様性が低く、差が小さいのであれば、全数のデータを取らなくてもよく、サンプルデータでいいことになる(吉沢氏)
また、2人の意見から、「両方の見方があってしかるべきだが、マーケティング領域で分析しなければならないことをみなが明確にしているのだろうか
」という本間氏の問いかけについては、友澤氏が「全体のデータから、顧客の傾向を理解してから仮説を設計するほうが、今のマーケティングにフィットしている
」と答えた。
ビジネスの課題を考える力とデータ分析に必要な力
次にパネルディスカッションは、「文系と理系の思考パターンの違い」という話題に移っていく。
理系は先に予測を立て、予測と違うことで理解を深めようとする。一方、文系はストーリーラインのまま考える。文系が起承転結の流れで考えるのに対し、理系は先に結を予測してから起承転結を見ていく(本間氏)
まず本間氏は、データドリブンマーケティングでは、理系と文系、どちらの考え方のほうが楽なのかと問いかける。
自らを文系と称する友澤氏は、「全体を単純集計や時系列の俯瞰で見て、関係性がありそうならシナリオを作る。調査設計を作る場合は、アウトプットを予測している。ストーリーラインを作ってからデータをはめ込むことのほうが多いが、仮説を立てていないわけではない
」と話す。
論点は設定するが、答えに対しては仮説を持ち過ぎないという友澤氏は、仮説に縛られすぎるとバイアスがかかるため、データの集計結果を素直に受け止めて施策を立てるようにしているという。
一方、「論点から結果イメージまで作る」という吉沢氏は、「うまくいった分析は、最初に答えが見えているパターンが多い。失敗した場合も、“違った”ということが答えとなるので、何も残らないわけではなく、何かが残っている。それをしっかり説明できると価値を見出すことができる
」と話す。
これを受けて、「たとえ外れたとしても、予測することによって気づきがある
」と、本間氏は次のように述べる。
多くの文系脳の人たちは、数学や数字が嫌いで、数字から何かの結論を作ってはいけないと思っている気がする。たとえば、どの血液型同士が結婚しやすいかというデータを取るときに、“AB型とO型が結婚しやすい”と予測を立てておけば、先にそのパターンの結果を見ていくことができる。予測が外れていれば別のパターンを見ればよいが、予測がなければ16通りのパターンを見なければならない。予測してから分析しないと、見なければならないデータが増えてつらくなる(本間氏)
また、友澤氏と吉沢氏も次のように話す。
ヤフーでは、データ分析を行ううえで、何を相手に説明するか、どのようなメッセージを届けてアクションするかを重視している。手法論は重視しない。データドリブンマーケティングの話をするときには、手法論が多くなってしまうため注意しなければならないと、よく議論している(友澤氏)
手法とビジネスの落とし所は逆向きのベクトル。セグメントに細かく分割する分析に対して、ビジネスでは素材を積み重ねていかなければならず、その両方の素養を持ち合わせている人はなかなかいない。クライアントや広告主には、分割したものを統合していく力をつけてもらうことをお願いしたい(吉沢氏)
分析や数式に長けていることが、コミュニケーションを取ることや結果を残すことにつながるわけではない。広告主としては、何をしたいかという目標を定めて、分析は専門家に任せるといったように、役割分担したほうがよいということだ。
最近はDMP(データ・マネージメント・プラットフォーム)という言葉が流行り、DMPを構築してほしいという依頼を受けることは多いが、何をしたいかがハッキリしていない。何をやりたいのかによって、DMP、メール配信ソフト、レコメンデーション、分析ツールの何が必要なのかが異なる。手段から目的ではなく、目的から手段がでてくるはず(吉沢氏)
データ分析で重要なのは手法論よりも
何をしたいか、どんなメッセージを届けたいかという目的
モデル化することで新たな価値が生まれる
データという手段からでなく、目的を明確にするべきだという一方で、友澤氏は「データは今から分析しようとしても、過去のデータは分析できない。データ蓄積のコストが下がり、比較的リーズナブルで溜めやすくなっているので、早めにデータを溜めたほうがよく、どのデータを溜めるかを決めるのではなく、すべてのデータを溜めておいたほうがよい
」と話す。データを溜めておく間に論点を設定して、その後にデータを取捨選択したほうがよいというのだ。
しかし、「その論点設定は分析者に求めるのではなく、自分でやらなければならない」と話を引き継いだ本間氏は、「データから何か見えるか、と聞かれることはないか
」と吉沢氏に質問する。これに吉沢氏は次のように答える。
そのように聞かれることは非常に多いが、一面ではその質問をすること自体が間違っている。しかし、そのような質問に対応していくのも仕事の一部だと考えている。クライアントに質問することで、目的を引き出して深めていき、最終的にそれはブレインパッドに頼むことではないと気づいてもらえることもある(吉沢氏)
続けて友澤氏が、マーケッターが感覚的にやっている施策をモデル化することが重要だと話す。
データを分析して一度アクションを起こした人でないと、データから何が得られるかがわからない場合が多い。どのような可能性があるかという話をしつつ、ビジネスマンが暗黙値的にやっていることを言語化してモデル化してあげることが、最初にデータが教えてくれる答えとなることも多い。そういった期待値を回していけば、着実にデータドリブンマーケティングが進んでいくと思う(友澤氏)
「すでに知っている事実を分析し、あたり前の結果がでたとしても価値がないわけではなく、分析がモデル化されて再現性があるということを認める
」というように、データを活用していかなければ前に進めない、と友澤氏は説明する。また、吉沢氏も、「たとえば、すでに知っている事実が多いとしても、細かく分析すればその割合に大きな開きが出ることもあり、意思決定に大きく影響する
」と話す。
当たり前の結果だったとしても、データを分析し
再現性を確認することに意味がある
サードパーティデータの活用は今や不可欠
次のテーマは、「サードパーティデータの必要性」に移る。
「さまざまな競合商品やさまざまなユーザーの変化のなかで、自社のデータや動向だけを見ていても外でユーザーがどのような動きをしているかがわからないため、第三者データや競合データは今後非常に重要になる
」と友澤氏は話す。
しかし、企業内のデータは分析のために蓄積されているとは限らない。たとえば、Webのアクセスログも元々はサーバーの稼動状況を見るためのもので、解析すれば訪問者の動向がわかると気づいたのは後のことだ。「このようなデータは分析するために、クレンジングしてきれいなデータにする必要がある。一方で、サードパーティデータはクレンジングされてすぐに利用できるものが多い
」と本間氏は述べる。
「同じ業界は、同じサードパーティデータを使うことが多い
」と話す吉沢氏は、アイスクリームを例に示し、夏の暑い日と涼しい日では売れ行きが異なるため、気温というサードパーティデータを使って在庫管理などを行っていると説明する。また、夏の商戦期には競合他社が広告出稿を増やすため、広告の効果は他社の影響を受ける。したがって、他社が出稿を増やした影響で、自社の商品やサービスが売れることもある。
これらはサードパーティデータを見なければわからないものであり、目の前の指標が正しいのかどうかを判断するためにも、サードパーティデータは不可欠となるのだ。
「広告主はサードパーティデータの存在自体を知らないことが多い
」と話す友澤氏は、「サードパーティデータはキレイに整理されていて、タイムスタンプで時系列に並び替えることもできる。今の企業の多くは、データ自体が各部署に分散されていて、データ分析が進まない。その課題解決として、サードパーティデータを使うことはできると思う
」と述べる。また、以前に比べてサードパーティデータは取得しやすく、データを取る手法も増えてきているという。
数字は上司説得にも使える共通言語
最後のテーマは、「数字が好きでも嫌いでもない人がデータドリブンマーケティングに挑戦して社内に根付かせるにはどうしたらよいか」というもので、それぞれが次のように答える。
多かれ少なかれ課題を持っているのであれば、一度その課題に対して定性的な数字で論理的に説明することを実験的にやってもらいたい。普通に説明するよりも数字で説明するほうが上司に対して圧倒的に説得力があるはずなので、仕事もしやすくなるはず。分析をしないといけない、数字を使わなければならないと考えるのではなく、仕事がやりやすいから数字を使うと考えるほうがいいと思う(友澤氏)
数字は共通言語で、難しい論理を組み立てるよりも明確に数字を示したほうが説得に時間がかからず、目的に対して何%上がったかという結果責任も明確になる。数字を使うことで同じサイクルで測ることができ、PDCAサイクルを回せることがメリット(吉沢氏)
数字は上司の説得にも役立つ共通言語
難しい理論より、数字を示すことで仕事もしやすくなる
最後に本間氏は、まずデータ分析に触れてみることからスタートしてほしいと話す。
Big Data 2.0を強めに言うと、ビッグデータをやるかやらないかという話になってきている気がする。やるべきことと、やらなくてもよいことは当然あるが、一度データ分析をしてみて、どこに効果があるのかをやってみなければならない。一度やってみた先に課題が見つかることもあるので、Big Data 2.0に舵を切って一回染まってみるということをみんなでやっていこう。Web広告研究会でも、個人的にもいろいろと挑戦してみたい(本間氏)
オリジナル記事はこちら:「マーケティングは科学的アプローチに近づく、数字は仕事をスムーズに進める共通言語」2014年3月20日開催 第28回WABフォーラムレポート(2)
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