改善プロセスを継続的に回すことが顧客ロイヤルティ向上のカギ ―― NPSの共同開発元、米サトメトリックス社CEOに聞く
NPSは、そのスコアをもとに改善してゆくことこそが重要です。しかし、スコアと目標だけを従業員に示して、改善プロセスを示さない例もあります。
プロモーターを生み出すためには、顧客対応の最前線にいる従業員へ改善プロセスを示すことがもっとも重要なのです(リチャード・オーエン氏)。
顧客ロイヤルティを計測する経営指標「NPS(Net Promoter Score)」は、日本においても今後いっそうの普及が期待される。2014年3月、NTTコム オンライン・マーケティング・ソリューション(NTTコム オンライン)は、NPSの共同開発元である米Satmetrix Systems(サトメトリックス)のNPS改善クラウドを日本で独占提供すると発表した。
NPS改善クラウド「Satmetrix Pro」をNTTコム オンラインが日本で独占提供へ NPS公認資格も推進
一方で、米国で生まれたNPSが日本の文化やビジネスにマッチするのかという懸念もある。NPSは日本企業の成長を加速させる経営指標となり得るのか。
本稿では、3月の発表に合わせて来日した、サトメトリックスのリチャード・オーエンCEOと、NTTコム オンラインの塚本良江代表取締役社長に、企業にとってのNPSの重要性や、日本企業がNPSを導入する際の留意点などについて聞いた。
なお、NPSの基本的な解説については、これまでのNPS連載記事も参照してもらいたい。
聞き手:河田顕治
NPSは顧客を理解しようとする企業すべてに向いている
――NPS(Net Promoter Score)が向いている業界というのはありますか。
●オーエン 業界というより、企業とお客様との関係において「NPSの適合度」などが決まってくると考えています。お客様との取引が単発ではなく複数回にわたり、結果として生涯価値(Life Time Value:LTV)が非常に高くなるような企業、顧客との関係性を継続することが重要な企業が該当するでしょう。
典型的な業種としては、通信事業、銀行などの金融サービス、保険、先進的な技術を用いたプロダクトを製造・販売する企業などです。これは消費者向け(BtoC)、法人向け(BtoB)を問わず成立しますから、「だれが自分たちの顧客であるか」を深く理解している企業に向いているといえますね。
――企業内のどの部署がNPSの導入を担うべきでしょうか。マーケティング部門なのか、コールセンターなどの顧客対応部門なのか、それとも経営者自身でしょうか。
●オーエン 経営陣が担うべきであると考えます。なぜならば、顧客戦略は経営のトップがコミットして決めてゆくものだからです。
●塚本 とはいえ、日本と欧米ではマネジメントスタイルに違いがありますし、導入の規模にもよって異なってくるかもしれません。
――経営者にNPSの価値を理解してもらうために、説得力のあるNPSの説明方法があれば教えていただけますか。経営者にはどのように説明すると関心を得られるでしょうか。
●オーエン 2通りのやり方があると思います。1つは感情に訴えかける(エモーショナルな)パターンです。「偉大な会社は顧客からの愛なしに成立しません!」といった説明によって、PCのデルや金融サービスのチャールズ・シュワブなどでは、トップダウンでNPSの導入が進みました。
もう1つは経済的、財務的な説明ですね。購買換算価値とクチコミ換算価値の合算によって顧客の生涯価値を算出し、「推奨者(プロモーター)」と「批判者(デトラクター)」の間に大きな差があることを示すことで、企業にとってのプロモーターの重要性を説きます。
●塚本 いわゆる「乗り換えキャンペーン」といったものは「批判者」を増やすだけであり、企業収益の観点からはやめたほうがいいんじゃないか、といったことも数値で証明できますね。米国の通信業界においても、NPSが高いほど解約率が低いといった相関が見られています。
NPSは改善のためのアクションを前提とした指標
――従来の「顧客満足度」のデータに意味はありますか。
●オーエン 顧客満足度は非常に簡易な質問で、答える際のハードルが低いといえます。「満足」と答えていても乗り換える顧客はいるわけで、8~9割の顧客が「満足」と答えたというデータがあっても、そこに意味はありません。経営層にとって、顧客満足度のデータは、実は活用価値の低いものだと言えます。
顧客満足度からNPSへ切り替えると、往々にして社内に衝撃が走ります。高い顧客満足度を誇っていたはずが、NPSでは非常に低い数値として出てしまうためです。それだけNPSが「タフ」な基準であるといえます。
●塚本 NPSはロイヤルな顧客を作ることを重視しており、指標そのものがアクション志向に作られています。今までの顧客満足度調査では、1年に1回、「顧客満足度はXX%」というレポートが届いておしまいでしたが、NPSではすぐにアクションが取れるし、また取らないといけないように設計されています。顧客からのフィードバックに対して迅速かつ抜けもれのないようにアクションを行う、いわゆるクローズ・ザ・ループの考え方です。
●オーエン このような考え方は、顧客満足度のように1年に1回、しかも集計に時間のかかるデータではつい無視されがちですね。
――NPSが信頼できる数値だといえるために必要な回答数(あるいは回答率)の目安があれば教えてください。
●オーエン 絶対的な基準は存在しません。数や率とともにその質がとても重要だからです。しかしながら、回答率については、企業向けのビジネス(BtoB)で25%未満、消費者向けビジネス(BtoC)で10%未満ならデータ品質が不十分だと考えるべきです。
また回答者のセグメントにも注意が必要です。BtoBであれば経営者、管理職、従業員のうち、だれが回答したかが重要となります。現場レベルに聞くと回答率は高くなる傾向にありますが、経営判断に必要なのは職位が上の人の回答です。BtoCであれば年代や性別などのデモグラフィック(属性)も重要ですし、銀行業界では高い利益をもたらす顧客層からの回答結果が重視されます。
●塚本 回答数について補足すると、顧客満足度調査では基本的にサンプリングを行いますが、NPSでは基本的に全数が対象となります。そこが大きく違うところですね。NPSを計測すると、自社にとってより重要な顧客リストが見えてきます。マーケティングを行ううえで、ターゲットの優先順位を付けることができるようになるわけです。
――NPSを測定したとして、どのくらいの値なら良好だといえますか。
●オーエン 基準は業界によって異なります。サトメトリックスでは業界ごとのベンチマークデータを提供しています※1。たとえば高級ホテルは非常に高いベンチマークになりますし、逆に非常に低いベンチマークが出ている業界もあります。NPSのスコアが10ポイントでリーダーになれるような業界もあるでしょう。
個々の企業について見ると、BtoCの高いところでは60~80ポイントをたたきだす企業もあります。BtoBなら、20~30ポイントあればとても良いスコアだということができるでしょう。
BtoBがBtoCよりも低いスコアになりがちなのは、消費者向けの製品やサービスを愛することはあっても、法人向けのサービスを「愛する」ことはないためです。逆に言えば、消費者向けの業界であれば、消費者に愛されるような製品やサービスが必要だということです。
国や文化が異なっても、ブランドを愛していれば10点をつける
――NPSのスコアは、国や文化の異なる地域間で比較してもかまいませんか。
●オーエン 比較してかまいません。いささか違いがあることは事実ですが、文化的な違いというのはたいがい小さなものです。同じ製品をグローバルで売っていて、英国で70、日本で20というスコアが出た場合、現場でのオペレーションなど何らかの違いがあると結論づけられます。多くのグローバル企業では、国・地域間におけるNPSの比較を行っています。ただしこれは、製品が同じか非常に近しいものであるということが前提となります。
――文化の違いに加えて、市場環境の違いを考慮に入れる必要はありませんか。グローバルで事業展開する保険会社に取材した際には、競争の厳しい日本市場でのNPSを他の市場と比較するのではなく、日本における経年の変化を見てほしいと本社と話しているということでした。
●オーエン それぞれの市場環境を考慮する必要はありますが、スコアに違いがあることを起点として、「差がある理由は何か」と、その原因を追求してゆくことが重要です。そのうえで、最終的に市場環境の違いという結論に至ることはあるでしょう。
――「NPSに10または9と回答した人をプロモーターとする」という基準は、アレンジして用いても適切な結果を得られるでしょうか。日本には中庸の文化というものがあり、極端な点数をつけない傾向があります。
●オーエン 統計的にはノーですね。ラテンアメリカの人は高めの点数を付けやすい、といったバイアスはたしかに見受けられますし、同様に低めに採点しがちな地域も存在します。しかし、計算の基準を変更するほどの決定的な要因ではないと考えています。
たとえば、米国内であっても、「ニューヨークの人は非常に厳しく、カリフォルニアの人はとてもナイスだ」といった差はあると思いませんか。日本の人が8を付けがちだとして、8を付けた人がプロモーターであるとはいえません。その製品やサービスを愛している人は、9や10を付けるでしょう。
――各支社において、0~6をひとまとめにするのではなく、0~3の人に優先して対処したり、8と9は同様に扱うなどの実務的な打ち手は有効でしょうか。
●オーエン それぞれの企業が置かれた状況によっても異なります。ただ、0~3と答えた顧客のロイヤルティは非常に低く、いずれ去ってゆくことが予想されるため、手をかけないというやり方も考えられます。
おすすめはNPSと顧客からの利益を軸にしたマトリックス図を描き、象限別に手を打つことです。NPSと利益のどちらも高い顧客はもっとも好ましい状態にあります。利益が高いのにNPSの低い顧客というのは非常にリスキーであり、ここに最優先で手をつける必要があります。次が、NPSが高く利益の低い顧客。ここにはクロスセル、アップセルなどを考えます。
スコアを眺めるだけでは意味がない、重要なのは改善すること
――NPSの導入に失敗した事例はありますか。
●オーエン たくさんあります。もっとも多いケースは「NPSのスコアは算出するが、何も変えない」というものです。NPSは、そのスコアをもとに改善してゆくことこそが重要であるにもかかわらずです。
もう少し高度な失敗としては、「現状のスコアと今後の目標だけを従業員に示して、改善プロセスを示さない」といった例があります。プロモーターを生み出すためには、フロントライン(顧客対応の最前線)にいる従業員へ改善プロセスを示すことがもっとも重要です。
たとえば、私が買ったコーヒーのNPSにもっとも強い影響を及ぼすのは、そのコーヒーショップの店員ですよね。顧客対応の最前線にいる店員がNPSのシステムを理解していれば、彼/彼女たちがプロモーターを生み出すよう努力し、最終的にNPSのスコアを向上させることが可能となります。またマネージャーの立場からは、自分が管轄する顧客接点のNPSを把握し、その向上のために何を改善すべきか理解して実行することが重要となります。
――NPS公認資格(Net Promoter Certification)の日本語プログラムを今後NTTコム オンラインが提供する予定だと発表されました。この資格はだれが取得すべきものでしょうか。
●オーエン NPSの公認資格は、主にプロジェクトマネージャーや、顧客体験に責任を持つエグゼクティブを対象としています。現場のスタッフ向けには別のプログラムを用意しています。
●塚本 米国ですでに提供されているプログラムと基本的には同じもので、違いは日本語化されることと、日本市場に合ったケーススタディ(事例)などを追加することですね。
●オーエン 通貨の表記は米ドルではなく日本円に変更します(笑)
グローバルで蓄えられた知見が企業の成長を加速
――最後に、Web担当者フォーラムの読者へメッセージをいただけますか。
●オーエン NPSが日本でも認知度を高めていることを喜ばしく思っています。NPSの取り組みが開始されてから10年。この間に他の国で蓄えられてきた知見は、日本の経営者が失敗を避けて成長を加速するために有益であると思います。また、NPSは日本のビジネス文化にとてもよくマッチしていると考えています。
●塚本 これまでソーシャルCRMなどのサービスを通じて、顧客満足度を上げ、ロイヤルカスタマーを作るというお手伝いをしてきました。このNPSのプログラムも同様に非常に有望なものであると確信しています。積極的に推進してゆき、企業のお役に立てればと考えています。
NPSの「友人や同僚に勧めますか?」という質問は顧客との関係性を測るうえで非常に秀逸ではあるものの、推奨度を聞いてNPSのスコアを集計するだけに留まっていては従来の顧客満足度調査と変わらない。顧客からのフィードバックをもとに常に改善のプロセスを回しつづけることの重要性を、オーエン、塚本の両氏が繰り返し説いていたことが印象的であった。NPSは「Net Promoter Score」の略であるとともに、「Net Promoter System」でもあることをあらためて思い出した。
また今後、NPS公認資格(Net Promoter Certification)の日本語プログラムが提供されるとのこと。これによって企業内のNPS推進担当者の理解が深まり、導入がより円滑に進むものと思われる。「Satmetrix Pro」の日本語化と合わせ、期待して待ちたい。
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