顧客ロイヤルティを測る経営指標「NPS」
顧客ロイヤルティを測る経営指標「NPS」

「マーケティング=新規獲得」の考え方はもう古い? 米国の最新事情に学ぶCXへの取り組み方とは

新規獲得から顧客維持へ。マーケティングの概念は大きな転換期にある。サトメトリックスCEOのリチャード・オーウェン氏にカスタマーエクスペリエンスについて聞いた。

マーケティングに大量のデータが利用されるようになり、多くのビジネスが変化のタイミングにある。米国では、早くから多くの企業がカスタマーエクスペリエンス(CX:顧客体験)の向上に取り組んできた。

カスタマーエクスペリエンス向上に使われる調査手法「NPS」を提唱する米サトメトリックスのCEO、リチャード・オーウェン氏は、「マーケティングの概念が従来から変化しつつある」と語る。同氏に、米国企業のカスタマーエクスペリエンスの取り組みについて聞いた。

NPSについては、別の記事で解説している。

日本のCXへの取り組みは欧米と比べると7~8年遅れている

サトメトリックス CEO リチャード・オーウェン氏
サトメトリックス CEO リチャード・オーウェン氏

――「カスタマーエクスペリエンス」が日本でも注目されています。米国の状況を教えていただけますか?

カスタマーエクスペリエンスへの取り組みという点では、日本は7、8年ほど遅れています。イギリスなどヨーロッパでは、マーケティングは「カスタマーエクスペリエンスをどう作ろうか」というところから話がスタートしています。日本では、カスタマーエクスペリエンスが他社との競争において非常に重要だということがまだそれほど認識されていないように思います。

一方で、クラウドサービスをキャッチアップする速度は日本の方が速い。マーケティングオートメーションもすばやく取り込んでいます。それは、90年代にITの投資が少なかったころの反動ではないかと思います。試行錯誤の段階をスキップして、新しい世代に追いつこうとしています。

――米国でのカスタマーエクスペリエンスへの取り組みは、どのように推移してきたのでしょうか。

米国では、伝統的な産業からカスタマーエクスペリエンスに取り組み、その手段としてNPSを活用しています。そのうえで、新しい企業が後からNPSの概念に適合してきているという形です。

――伝統的な産業とは、たとえば?

GE(ゼネラル・エレクトリック)チャールズ・シュワブ証券など、金融や製造、証券のような大企業が強いリーダーシップをもって取り組みを進めました。

面白い事例だと、KONEという世界でトップ3に入るエレベーターやエスカレーターのメーカーの話があります。KONEは、10年前は新しい製品を作って納品することがビジネスのメインでした。しかし、今は保守・メンテナンスの方が大きなビジネスになっています。

そうすると、サービスの「ライフタイムモデル」という考え方が出てきて、「ユーザー企業のリテンション(維持)」ということが新規ユーザー獲得よりも大切になってきます。従来のマーケティングの概念だと、どうしても「新規ユーザー獲得こそがマーケティングの大目的」となりがちなのですが、本当に大事なのは「カスタマーライフをどれだけ維持できるか」ということに変わってきているのです。

マーケティングの概念が「新規獲得」から「顧客維持」へ変化しつつある

米国では40%以上の企業がNPSを使ってCXに取り組んでいる

――CXを高めるために米国ではNPS調査を活用しています。NPSを導入している企業はどれくらいあるのでしょうか。

3年前に30%くらいだったという調査があります。感覚からすると、今はデジタルマーケティングに取り組んでいる企業のうち40%は超えていると思います。日本はまだまだこれからという段階ですね。

――特徴的な米国での事例はありますか?

たとえば、テキサス州とオクラホマ州で家具販売をしているBob Mills Furnitureという会社があります。ここは、カスタマージャーニーにもとづいてNPSを商品の品質と4つのタッチポイントの計5つで調査し、顧客の不満点を解消して売り上げ貢献につなげました。

  • 家具の品質
  • 店頭での販売員
  • レジ担当者
  • 配送スタッフ
  • カスタマーサービス担当者

これは小売業でカスタマーエクスペリエンスの向上に取り組んだ代表的な事例といえるでしょう。

また、全米で400万人の会員がいて、車のガラス修理を手がけるSafeliteは、2007年から顧客に毎年NPS調査を行い、NPSのスコア上昇と売り上げの相関関係を証明しました。「顧客のNPSスコアを上げると売り上げと連動する」ということが示された例です。

年度NPSスコア売り上げ
200773.367億6,200万ドル
2008778億3,600万ドル
200980.29億4,500万ドル
201083.910億6,500万ドル
NPSスコアと売り上げの相関関係を証明した
顧客のNPSスコアを上げると売り上げと連動する

「データをきちんと作っていこう」という信念が大切

――NPSを取り入れるにあたり、B2CやB2Bまたは業種によって向き不向きはありますか?

違いは特にありません。業種は重要ではなく、それよりも「企業がデータをきちんともっているか」の方が大事です。たとえば小売業でも、ECの専業であればたくさんのデータをもっていますし、実店舗しかやっていなければ、データは少ないかもしれません。もし両方やっているなら、そのデータを合わせればもっといいデータになります。

B2Bでも、CRMのデータベースをしっかり作っているところであればデータはたくさんもっているはずです。そうすると、NPSの結果を関連付けられるデータが増えるので活用の幅が広がります。

――現段階で十分なデータがないと、NPSに取り組むのは難しいのでしょうか。

現状データがなくても、どんな企業でも取り組めます。企業としてのコミットメントというか、「データをきちんと作っていこう」という信念があれば問題ありません。逆に、信念なしに偶然データがたまっているような場合は、うまくいかないかもしれません。

手持ちのデータを見て悲観的になる必要はなくて、全世界的にカスタマーデータの精度は良くないものだと思いますよ。私は、世界のデータには2種類しかないと思っています。データの精度が低いか、そもそもデータがないか。それだけです(笑)。カスタマーデータを扱うほとんどの会社が同意してくれるんじゃないかと思います。

でも、だからこそ改善していくことができるともいえます。つまり、今データがあるかないかよりは、「これからデータをためていく」という意志が重要です。

B2CやB2C、業種で違いはない。「データがあるかないか」

自分たちも毎日どこかの顧客として体験を積んでいる

サトメトリックス CEO リチャード・オーウェン氏
リチャード・オーウェン氏

――カスタマーデータは、誰がどのようにして扱うのがベストなのでしょうか?

10年前は、主にカスタマーサービスなどの部門が顧客満足度調査をやっていました。ただ、NPSは単にサービスのパフォーマンスを見る指標ではなく、ブランドの指標となるものです。だから、今はカスタマーサービス部門ではなく、マーケティング部門が担当するべきです。

しかし、現実にはそうでないケースも多い。言葉の響きから「カスタマーエクスペリエンス」が「カスタマーサービス」の一種だと勘違いしている人が多いのではないかと思います。

このギャップは、マーケティングが「新規を獲得すること」にフォーカスしすぎていて、カスタマージャーニーや保守・継続をおろそかにしていることも関係しています。

マーケティング部門は、もっとユーザーのライフタイムバリュー、つまりカスタマーエクスペリエンスを勉強しなければなりません。これは、これからのマーケティングの基本概念です。決して、単なるリサーチのプロジェクトではありません。

日本は、会社の中でどうやってコンセンサスを作ろうかということばかり考えがちですが、マーケティング部門がリーダーシップをとって、周りを巻き込んでいくくらいでないといけません。

カスタマーデータはマーケティング部門が主導して扱うべき

――マーケターは、考え方を変える必要があると。

はい。しかし難しく考える必要はありません。たとえば、タリーズでコーヒーを買う場合。お店に行って、列に並んで、店員さんと会話をして、コーヒーを受け取って、飲む。これがタリーズのカスタマーエクスペリエンスです。私たちも日々どこかの企業の顧客として体験している側なのです。

それが、なぜかデジタルになると急に難しく感じてしまうんですね。いつも自分がやっていることなので、考えられないわけはありません。「同じ体験をしている人がいて、その人を気持ちよくさせる」、これはビジネスの基本です。

タリーズに並んで、2~3分でおいしいコーヒーを飲めた。これはとてもいいですね。少し混んでいて、6分待っておいしいコーヒーが飲めた。これもいいでしょう。でも、10分待ってコーヒーがまずかった。これはよくない。一方で、10分待ってコーヒーがおいしかった。これはいいのかもしれません。

仮に待ち時間に不満があったとしても、おいしいコーヒーを飲めたらお客様はOKと言ってくれるかもしれません。もちろん細部を改善する必要はありますが、トータルで顧客がブランドにどういう評価をするかというのは、いろいろなコンビネーションのバランスなのです。そのバランスを測るのに、NPSという1つの手法が優れているということです。

ブランドの評価はさまざまな要素の「バランス」で決まる

CXが企業を進化させる。NPSはあくまで1つのきっかけ

――NPSの強みはどのようなところにあるのでしょうか。

1つは、いろいろなデータを集められることです。ファイナンスのデータも取り込めるし、売り上げデータとも相関を取れます。これは、ほかのアンケート調査と異なるポイントです。

もう1つは、シンプルでわかりやすいことです。たとえばブランド調査で5項目の調査を行って、工数をかけて結果をブレンドしたとしても、「だからどうした」という話になってしまいがちです。それに対して、NPSは「人に薦めますか?」という質問を使って、顧客が実際に体験している「いいポイント」と「足りないポイント」がシンプルにわかります。結果を見て、次に何をすればいいかわからないということは起こりません。

――逆に、NPSで気を付けるポイントはどこでしょうか。

あえて言うなら「計測自体は役に立つわけではない」ということです。あくまでカスタマーエクスペリエンスを改善するためのステップの一部なので、結果の数値だけを見て一喜一憂しても意味はありません。カスタマーエクスペリエンスが重要だと思っているなら、NPSはとても使い勝手がいい指標ですし、何かを変えるきっかけになるはずです。

――最後に、日本のマーケターにメッセージをいただけますか。

いろいろな日本企業の方と話しましたが、日本では失敗をスキップして、成功したことだけをやりたがる傾向があるように思います。日本のリーダーあるいはマーケターは、根回しのような独特なものではなく、進化のためにもっとリーダーシップを発揮した方がいいと感じます。

今は、さまざまなビジネスが変化しています。カスタマーエクスペリエンスに取り組むにあたり、NPSは効果的に成長するためのチャンスです。企業は進化するべきで、皆さんマーケターはその中心にいるべきなのです。だから、言い訳をせずに、そして勇気をもってやってください。

――本日はありがとうございました。

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