カスタマーエクスペリエンスマネージメントを成功に導く戦略的な視点
カスタマーエクスペリエンス向上を目指すためには、「カスタマーエクスペリエンスマネージメント」が必須である。ブランドに対して高い支持を得て、アンバサダーになってもらうためには、購買行動のすべての段階で良い体験をしてもらわなければならない。そのための戦略立案と実践が、カスタマーエクスペリエンスマネージメントである。
SDLジャパンの広瀬 努氏は、前職で実際にカスタマーエクスペリエンス向上のプロジェクトチームを率いていた経験をもとに、「カスタマーエクスペリエンスコンファレンス2015」にてカスタマーエクスペリエンスの重要性を解説した。
よい体験はマーケティングコストの効果を高める
英国に本社を置くSDLは元々はソフトウェアのローカリゼーションや翻訳関連ソフトウェアの会社だが、近年はカスタマーエクスペリエンスを向上させるための包括的なソリューションを提供している。「SDL Customer Experience Cloud」には、デジタルエクスペリエンス、マニュアルの電子化、顧客分析などのソリューションが含まれている。主な顧客はグローバルにビジネスを展開する企業で、フォーチュン500の企業の大半がユーザーだという。
カスタマーエクスペリエンスとは、顧客が製品なりサービスを購入する場合のそれぞれのステージにおける体験のことだ。顧客の態度変容は、左から右に流れる図であったり、じょうご(ファネル)で上から下へ流れる図で表現される。また、マーケティングの教科書にAIDMA(アイドマ)という言葉が載っているのを見たことがあるかもしれない。AIDMAの法則とは、Attention(注意)→ Interest(関心)→ Desire(欲求)→ Memory(記憶)→ Action(行動)という消費者の心理プロセスのことだ。
この態度変容を、SDLでは二重の円で描いている。円になっているのは、商品を買ってくれた人が再購入してくれることを表している。二重になっているのは、ある人が購入して強く支持してくれた結果、他の人に製品・サービスを推奨するアンバサダーになってくれることを表している。
製品・サービスを購入してもらうために、企業は広告や販売促進のためのマーケティングコストを支払っている。しかし、ファンになって再購入してもらう場合や、推奨者によって新たな顧客が生まれる場合は、その購入に対してマーケティングコストはかかっていない。せっかく広告などにコストをかけるのだから、できるだけ長期間その効果が続いてほしいし、効果が拡大してほしい。そのためには、各ステージでよい体験をしてもらい、ファンやアンバサダーになってもらうことが重要だ。そのための戦略立案と実践が、カスタマーエクスペリエンスマネージメントである。
マーケティングコストの効果を、長く続ける、拡大させる
ひとつでもマイナスが強いと全体の評価が下がる
広瀬氏がカスタマーエクスペリエンスマネージメントの重要性に気付いたのは、前職の時だったという。SDLジャパンに入る前に、グローバルセキュリティベンダーのマーケティング部で、カスタマーエクスペリエンス向上のプロジェクトリーダーをしていた。SDLを知ったのもそのときだ。
カスタマーエクスペリエンス向上のプロジェクトが始まったのは、当時のCEOがきっかけだった。そのCEOは、
わが社には数十ものプロダクトラインがあるにもかかわらず、顧客企業が購入している製品数は平均1.3というのは不健全である
として、一度まいた種が大きくなり実をつけて、それが落ちてまた木になり森になっていくような、オーガニックグロースを強調していた。
カスタマーエクスペリエンス向上のプロジェクトは、北米、欧州、日本の3つの地域で行われた。調査対象は、既存顧客、見込み客に加えて、かつてはユーザーだったが他社に乗り換えた離反顧客の3種類だ。重要なのはヒアリングを行うインタビュアーである。マーケティング部だけでなく、営業部やプリセールス部、オペレーショングループ、カスタマーサポートなど、クロスファンクションで三人一組のチームを作った。一人がメインのインタビュアーで、それにサブのインタビュアーと書記という構成だ。また、このインタビューチームは役職に関係なくランダムに各部署から選ぶ。本部長クラスでも、企業にインタビューに行くことがあった。
一時間程度のインタビューでは、最初に、全体の印象は何点かを五段階評価で聞いた。それから、購入までの各ステージで五段階の評価をつけてもらった。
図は、ある企業の回答である。各ステージの評価を平均すると、3.6点となる。しかし、この企業は、全体的な印象を2点と答えていた。つまり、強くマイナスのポイントがあると、全体の印象では平均点よりも低く感じるということだ。これは他のインタビューでも同じ傾向だった。つまり、カスタマーエクスペリエンスは、どこか一カ所でも穴があると全体評価が下がるため、全体を良くすることが必要なのだ。
強くマイナスポイントがある場合は、全体の印象が各段階評価の平均値よりも低くなる
お客様の声を聞き、思い込みを打破する
ヒアリングすることで、間違った思い込みに気付くことも多かった。
たとえば、マーケティング部はブランドイメージを構築しようとしてさまざまなメッセージを出す。しかし、すぐに効果が現れないと、そのメッセージは利いていないのではと思い、手を変え品を替えていろいろなメッセージを出してしまう。しかしヒアリングすると、最初のメッセージはきちんと伝わっていたことが分かった。
間接販売の製品の場合、お客様と接するのは基本的にパートナー企業である。売り上げが伸びないのは、パートナーに対して資料提供が足りていないのではないかと考えていたが、実際にはパートナー企業の教育やエンゲージメントの問題であることも分かったりする。
また、サポートの評価が低いことについては、海外に設置していたコールセンターの言葉の問題だろうと誤解していたが、実際には、「コールセンターに電話なんかしない
」という返答だった。電話はなかなかつながらないし、つながったとしてもトラブル内容を分かってもらえるかどうか分からない。だから電話はしないというのだ。どうしているかというと、ナレッジベースというセルフセルフサポートを利用している人がほとんどだった。不満なのは、そのナレッジベースが英語だということだ。つまり顧客満足度のために必要なのは、コールセンターでの日本語対応強化ではなく、ナレッジベースの日本語翻訳だということだ。
ヒアリングすることで、思い込みが打破され、新たな事実が分かる。
重要なのは、お客様の意見に耳を傾けることだ(広瀬氏)
ポイントは、ヒアリングのチームをクロスファンクションで構成することだ。それによって、
- ひとつの部署だけの思いこみではなく、全体の流れを通して問題を見つける
- 社内で問題意識を共有し、全社共通して取り組む
といったことが可能になる。広瀬氏は、
カスタマーエクスペリエンス向上を成功させるためには、社内をひとつにまとめて、全員で同じ目標・目的を持ち、同じ方向へ向かうためのチェーンビルディングが重要だ
と強調した。
ひとつの部署の思いこみではなく、社内をひとつにまとめることが重要
ガバナンスを維持したまま個別の要望に応える
ビルディングブロック方式
SDL Customer Experience Cloudの一部で、オウンドメディアのプラットフォームとして提供されるのがSDL Webだ。Webコンテンツ管理、カスタマーエクスペリエンスの最適化、リッチメディアの管理、ローカライズのツールを提供する。CMSとしての最大の特長は、ページ上をいくつかのブロックに分けてコンポーネントにするビルディングブロック方式だ。コンポーネントごとにデザインやテンプレートを作り、編集権限を与えることができる。これにより、コーポレートガバナンスとリージョンごとの要望のバランスをとることができる。
例えば、グローバル展開する企業のWebサイトでは、本社で作ったテンプレートどおりに各国サイトを作らなければならない。このとき、欧文と日本語では、同じフォントサイズでも文字の大きさが違うため、間の抜けた見た目になることがある。そこで米国本社にフォントサイズを変えたいと申し入れても、それは許可されないことが多い。どうしてもと要求すると、ROIを出せと言われる。フォントサイズを変える投資効果など、出せるわけがない。また、国別に行うキャンペーンをトップページに掲載したいと言っても、トップページのデザインは変えられないと言われる。
このようなとき、ビルディングブロック方式であれば、ブランドイメージは統一したまま、国ごとに自由に編集できる部分を作ることができる。また、コンポーネント管理は、多言語化だけでなくモバイル対応も容易だ。スマートフォンやタブレット向けに表示するコンポーネントを指定しておけばいい。
リッチメディアの管理機能には、コンバージョンに有効な動画の管理ツールとプレイヤーが含まれている。利用例としてランドローバーのサイトが紹介された。ランドローバーは四輪駆動車の専門メーカーで、サイトにもダイナミックさを演出したいということから、トップページのカルーセルの中に動画が埋め込まれている。また、動画の中にアクションを付与することもできる。
その他、サイト内検索やレコメンデーションエンジンの機能もある。ECサイトの場合には、いくら集客しても、目当ての商品が見つけられないと売上げにつながらない。また、検索して見つからない場合に、レコメンデーションがあるかないかで、その商品の売上げは大きく変わる。
以上、カスタマーエクスペリエンスマネージメントの実践について解説してきた。カスタマージャーニーマップを作って段階ごとの問題を可視化した後で対処するためにはツールが重要である。しかし、カスタマーエクスペリエンスマネージメントに何よりも必要なのは、ユーザーの声を聞くことである。ソーシャルネットワークが発達して、悪い体験の情報がずっと残る時代になっており、悪評は蓄積されていくことで評判がどんどん落ちるので、カスタマーエクスペリエンスマネージメントはますます重要になっている。そのためには一丸となるチームビルディングが重要である。
よい体験をさせるのは難しいが、悪い体験をさせないようにするのは、みんなの努力でなんとかなる
ソーシャルもやってます!