本間充の社会見学「デジタリアンはアナログから学べ」

デジタリアンはWebの先輩メディアである雑誌のコンテンツ作りを学べ――iNTERNET magazineの創刊編集長の井芹 昌信さんに話を聞いた

本間充の社会見学連載第1回。デジタリアンはアナログメディアからコンテンツ作りを学べ! Webの先輩メディア、雑誌のコンテンツ作りを聞いた。
右:インプレスR&Dの代表取締役社長、『iNTERNET magazine』創刊編集長の井芹昌信氏 左:本間充氏

皆さんはWeb以外の先輩のメディアである雑誌やテレビ、ラジオなどがどのように作られているかをご存知ですか?

Webコンテンツを作っている人たちは「デジタルだから他とは違う」ということを言いますが、雑誌やテレビ、ラジオだって制作プロセスはデジタルのはずです。

最近デジタル好きな人を「デジタリアン」と言うらしく、私は「デジタリアン」だと思われているようです。そこでデジタリアン代表として、これから数回にわたってWebの先輩メディアであるテレビや雑誌、ラジオ、新聞などのコンテンツ制作の裏側を取材します。

連載の初回は、インプレスR&D代表取締役社長、『iNTERNET magazine』の創刊編集長、井芹昌信氏にインタビューをさせていただきました。インタビューを通じて、次のような学びを得ました。

  • 雑誌は編集長をトップとした運営体制が整っている
  • ページ数という物理的な制約があるためコスト管理が明確である
  • 編集長や編集部は記事を実はあまり書かない
  • 最近の雑誌は、Webのテンプレートと似た仕組みでできている

さっそく、具体的に話を伺っていきましょう。

雑誌を作る役割分担と大きく異なる企業のWebサイト

本間充(以下、本間): 「コンテンツを作る」という意味では、Webサイトの先輩メディアである雑誌の作り方から、サイト担当者へのヒントが得られるのではないかと思っています。雑誌にはどんな役割の人が関わっているのでしょう?

井芹昌信氏(以下、井芹): まず、トップに編集長の役割があります。編集長は企画を考えるブレーンであり、雑誌に関わるすべての統率をして管理責任を負います

次に私が重要な役割だと感じているのが、進行管理とAD(アートディレクター)です。

進行管理は、「進行さん」と呼ばれますが、進行をチェックするだけの仕事ではありません。進行管理は、雑誌ができるまでのすべての工程を理解して、印刷所やAD、記事1つ1つを担当する編集やライターなどの橋渡しをすることが仕事です。プロジェクトマネジャーのような非常に重要な役割で、中の人が担うことが多いです。

AD(アートディレクター)は、1つ1つのページから表紙まで雑誌全体のデザインを決める人です。ちなみにADは、外部の人であることが多いです。

コンテンツ(記事)を作るのは、編集部が行うこともありますが、外部のライターに依頼することが多いですね。

本間: え、編集長や編集部は記事を書かないんですか?

井芹: 記事の内容にもよりますが、高い専門性を持つ外部のライターに、実務を任せるパターンが多いです。

もちろん、編集長(編集部)は原稿を書けますが、編集長の仕事は、雑誌全体の企画し、どんな記事で雑誌を構成するか、どんな人に書いてもらうかなど全体をプロデュースすることです。

もともと「出版社は企画して管理をするところ」です。より良い記事、より良い雑誌を作るには、むしろ有識者や外部の優秀なライターに書いてもらう方がいい。だから、編集長は原稿を書いてはいけないのです。

本間: 雑誌と企業のWebサイトを同じものと捉えた場合、企業のWebサイトの役割分担とは大きく違いますね。

企業のWebサイトの場合、Webマスターはいますが、サイトの全体の企画を考えるというよりは、ガバナンスを見ていることのほうが多いですね。

サイト内のコンテンツを作る場合もライターに依頼するより、広報など中の人が中心となって取材を進めていることが多い。フロントのHTMLプログラマはいますが、その人はデザインを見ているわけじゃない。コンテンツ単位でサイト全体のデザインを見るような役割の人はいないですね……。

雑誌とWebの役割分担比較表

コスト感覚が明確な雑誌と不明確なWebサイト

井芹: もちろん、雑誌とWebの違いはありますよね。雑誌は物理的に「モノ」があるので制約があります。たとえば、全体のページ数も1つの制約です。ページ数が増えればたくさんの情報を届けられますが、当然コストがかかります。結果、本の販売価格が高くなり、それが発売部数に影響を与えます。

ですから編集長が企画全体のなかで、情報や内容の優先度や重要度を決めて、雑誌のページ割を決めます。さらに全ページに対して、編集部やライターに何ページずつ担当してもらうのか、割り振りしていきます。

次に、ADが雑誌全体のデザインを決めます。雑誌を決まった日に発売するには、スケジュール管理が必要です。そこで進行管理がスケジュールにあわせて、リソースの管理を行うのです。写真素材が必要な場合は、適宜カメラマンに撮影を依頼して雑誌を作っていきます。

本間: 多くのWebサイトがそういった企画やリソースの管理をしていませんね

写真:本間充

井芹: Webは制約が少ないメディアです。「ページもスケジュールも制約がないこと」それが良さでもあります。

Webサイトも質の高いコンテンツを出すのであれば、外部のライターやデザイナーに頼むべきでしょう。外部に頼むということは、コンテンツ開発の予算管理を行う必要があります。

結果、Webコンテンツの開発の優先順位なども決めないといけないでしょう。

本間: Webサイト(特にオウンドメディア)をきちんとしたメディアにするには、コスト管理、企画の管理、リソースの管理などをやらないといけませんね。

井芹: Webには2つの側面があると考えています。

  • 誰もが利用できて、誰もがコミュニケーションできるということ
  • きちんと考えられたコンテンツを出すメディアの役割を果たすこと

メディアとして良いものを作ろうとすると、やはりコストがかかるのは当然なことです。

インターネットマガジンについて

写真は、2017年11月に1号限りで復刊された『iNTERNET magazine Reboot』。
『iNTERNET magazine』は、1994年に創刊し、2006年に月刊誌として終刊を迎えた。ハウツウが7割、啓蒙が2割、1割がソーシャル(社会との接点)という紙面構成で、インターネットに関わる人の必読誌だった。

本間: 今回取材するにあたって実は、個人的に『iNTERNET magazine』への思い入れがありました。自身の愛読雑誌だったことに加えて、創刊号の読者プレゼントの発表欄に私の名前があるんです。そして、1号限りで復刊した『iNTERNET magazine Reboot(インターネットマガジン・リブート)』にも、私が参加した広告詐欺の討論記事が掲載されています。創刊号、復刊号に載れるなんて感慨深いです。ちなみに、読者プレゼントのマグカップをまだ持っています。

井芹: そうでしたか!

本間: 『iNTERNET magazine Reboot』が発刊された背景を教えてもらえませんか?

井芹: 「インプレスグループ創立25周年特別企画プロジェクト」から1号限りで復刊されました。

『iNTERNET magazine』は、「デジタルコミュニケーションの総合誌」というサブタイトルを付けた雑誌でした。それが今ではインターネットを使ったコミュニケーションは誰でもできるようになりました。

そしてインターネットはコミュニケーションから次元が上がり、たとえばFinTech(フィンテック)と呼ばれるような、金融分野でもサービス展開できるようになってきています。

このように「インターネット環境の大きな変化を伝えないといけない」と以前から感じていました。それと創立25周年企画が重なったのです。

創刊号を縮小したiNTERNET magazine Rebootの付録は、実物をスキャンした?!

本間: 「デジタルコミュニケーションの総合誌」というのは先進的ですね。『iNTERNET magazine Reboot』には、『iNTERNET magazine』の創刊号が縮小されて付録として付いていますよね。

付録にある「パソコンで始めるインターネット」のコーナーなどは、今のデジタルネイティブな人には、逆にわからない言葉だらけだと思います。とても懐かしく読みました。ところでこの創刊号は、どうやって付録としてよみがえったのですか? デジタルデータで保管されていたのですか?

井芹: 実は保管されていた創刊号の実物をスキャンしたんです。

『iNTERNET magazine』は、初号からデジタル・パブリッシングをしていました。このことは、極めて先進的な取り組みでした。今回そのデジタルデータを使って復刻しようとしましたが、当時のデータをDTPソフトでうまく扱えなくなっていました。

本間: まさか、実物をスキャンしたとは(笑)。デジタルデータより、アナログの物理的なものの方が、データが継承されるってことですね。しかし20年以上前から、デジタルパブリッシングを行っていたんですね。多くのデザイン関係のオフィスで、PhotoshopやIllustratorというソフトが導入され始めたころだったはずです。

『iNTERNET magazine Reboot』も、デジタル・パブリッシングだと思うのですが、この20数年でインターネットの進化で変わった、出版のプロセスは何ですか?

井芹: 実はファイル共有です。今回の復刊号を出すにあたって、物理的な編集室がありませんでした。代わりになったのは、ファイル共有サービスです。すべてのデータはファイル共有をサーバーにたまります。ライターが取材し記事化したら、今度はそのデータを使って、ページデザインを進めます。創刊当時にはできなかった編集業務です。

本間: ファイル共有ですか!? 私はてっきりソフトが高度になったとかおっしゃるのかと思いました。

井芹: 創刊当時と比べると便利になったと感じるのは、スタッフ間のデータや情報の共有です。スタッフの連絡には、メーリングリストを使っています。加えて高速な回線と大規模なファイルが保管できるようになりました。ファイル共有は本当に仕事の仕方を変えました。

本間: でも、実際には顔と顔を合わせて行う会議も必要ですよね。

井芹: 部署を横断したプロジェクトだったため、会議室で会議をすることはありました。でも、本当に部屋はいらなかったんです。これはすごいことです。

アナログはむしろ進んでいる

今回の井芹氏への取材は、雑誌の裏側がどれだけデジタル化されているのかを取材するのが目的でしたが、それ以上に大きなアドバイスをいただきました。

ちなみに、『iNTERNET magazine Reboot』は、Next Publishing(ネクスト・パブリシング)と呼ばれる、Webでよく言う、「テンプレート」の概念でページが作られています。つまり、記事と写真をソフトに入れると、デザインされたページができあがっているのです。もう、雑誌もWebも同じようなデジタルプロセスを使っています。

デジタリアンが「だからアナログは遅れている」と話していることを耳にしますが、アナログメディアには歴史があり、きちんとお金が得られる仕組みになっています。

特に、メディアという点においては先輩であり、今回の取材でも多くの学びがありました。「デジタルメディアに、アナログメディアの仕事の方法や手法を取り込むことで、もっと良いデジタルメディアが開発できるのでは」と強く実感しました。と言いつつ、ホンネは私が他メディアに社会見学をしたかったので、連載という名前を借りて行っているだけですが……(笑)。

さぁ次回も、他のメディアに社会見学に行ってきます!

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