Web担当者に知ってほしい! ラジオ番組の「おもしろくなければ罪」というコンテンツ作りの裏側
最近特に感じるのは、皆が共通する「おもしろい」と感じる番組を作る難しさです。
と語るのは、文化放送で番組制作を行う杁山恭弘(いりやまやすひろ)氏。
Webメディアよりも長い歴史を持つラジオは、視覚にごまかされないからそこ、聴覚だけで「おもしろさを伝える」わけです。そこには、デジタリアン(インターネットが最強って思っている人、なんでもネットで解決しようとする人)も学ぶべき番組作り(コンテンツ作り)のヒントがたくさん隠されていました。
本間充の社会見学「デジタリアンはアナログメディアから学べ」第2回は、文化放送の杁山さんにお話を聞いていきました。
みんなが「おもしろい」と感じる番組作りの難しさ
本間: 10代や20代の若い層がradiko.jp(以下、ラジコ)を通じて、ラジオに戻ってきているということも聞きましたが、実際のどのように感じていますか。
杁山: 聞く手段が増えたという感想です。ラジオをもってないけどスマホがあればクリアな音で聴ける。そういう意味で戻ってきているといえるかもしれません。私は今「超!A&G+」※アニメやゲームの声優が出演する番組を担当しています。
ありがたいことに非常に多くのリスナーが聞いていますが、アニメや声優好きな全体数からすると一部にしかすぎないと思っています。戻ってきているというよりもラジオを聴く手段の多様化でラジコはデジタルという技術の利用によりそういう印象を与えているような気がします。
※アニメとゲーム(A&G)の声優関連の情報番組。朝6時から深夜4時まで放送している。
最近特に感じるのは、皆が共通する「おもしろい」と感じる番組を作る難しさです。
番組作りは「おもしろいことを考えなければ罪」
本間: 番組作りの難しさとは具体的にどういうことでしょう?
杁山: 私が入社したころは、「おもしろいことを考えなければ罪」というくらい、おもしろい番組を追い求めて作っていましたし、それがリスナーにも受け入れられていました。たとえば、「どれだけおもしろい出演者を連れて来られるか?」とか「どれだけ番組の構成でおもしろさを演出するか?」とかです。
番組を作るときは、制作にかかわる人が参加する企画会議があります。その会議の場で、出された企画について「それのどこがおもしろいの?」と議論します。ときには下世話な意見も出ますし、おバカな意見も出ます。「くだらない事をするなら徹底的に」というのが基本です。具体的な例ですら今の時代ではコンプライアンス的に言いにくいですが実際に毎日の番組で放送されていました。
でも最近は、おもしろさよりもコンプライアンスやミスがないことを重視する方が多く、事故にならないためにという色が強い。エッジの効いた番組を作るのが難しくなっていると思います。
また、世代によって「おもしろい」の感覚が違うというか、30代や40代がおもしろいと感じるものでも、10代や20代にはそのおもしろさが伝わらないことがあります。あと、同世代でも皆がわかるネタがないとか。
本間: 時代の変化で番組作りが難しくなったとはいえ、「おもしろい」について議論するって、うらやましい限りです。企業のWeb会議でコンテンツやWebの構成について「それ誰読むの?」とか「もっと、良いコンテンツにしようよ」などと話している企業はどれだけあるのでしょうか。
「おもしろい」という言葉をデジタリアンの方たち忘れていませんか。商業メディアであるラジオは、まず「コンテンツ」のことを考えるのです。
「おもしろいコンテンツ」を作ればリスナーが増え、おのずと広告増えるのです。
一方、デジタリアンはどうでしょう? サイト全体の設計時に、コンテンツについてはあまり議論せず、広告で自社サイトへ誘引する。これは、明らかにラジオの番組作りとは大きく異なります。もっと、デジタリアンもコンテンツそのものを考えないといけないですね。
ラジオの番組の制作体制
本間: ラジオ番組を作るには、どんな役割の人がいるのでしょう。
杁山: プロデューサー、ディレクター、構成(放送)作家、AD(アシスタントディレクター)、出演者など多くの人がかかわります。さらに放送するには、ミキサー担当と呼ばれる役割も必要です。
それぞれの立場には、次のような役割分担が決められています。
- プロデューサーは、番組の方向性を決める立場で、番組全体の監督
- ディレクターは、プロデューサーが決めた方向性に沿って、番組を作っていく現場監督
- 構成作家は、番組全体のストーリーを考える人
- アシスタントディレクターは、ディレクターのサポート役
- 出演者は、番組チームが考えたストーリーを演じる(伝える)人
本間: それだけ多くの人が1つの番組作りに携わっているんですね。昔にあって、今はないという役割はありますか。
杁山: 昔はなくて今はあるのが、デジタル担当者です。ラジオの放送内容をWebサイトやTwitterなど告知する必要があります。
Webサイトの価値は理解しています。でも、ラジオを聞いてサイトを見る人ってね……思ったほど多くないんですよ。番組で行われた補足などやどんな番組なのかなどのためにサイトを作っていますが、すべての番組のサイトがたくさんの方に読まれているというわけではありません。なんのためにWebサイトを持つのか、どれくらいの質をキープするのかという議論もされないまま「Webサイトやソーシャルを持っているのが当たり前、右に倣え!」というのは疑問ですね。
アクセスもさほどないのに、わざわざ人と時間、費用をかけるくらいなら、番組(コンテンツ)を高めるために人と時間、費用を使いたいですよ。そうでなくてもウェブは無限にあるでしょ。ラジオの番組はものすごく限定された数しかありません。これはあくまで私個人の見解ですが……。
デジタルの登場でセミプロが増加
本間: UGCについてどう考えていますか。
※UGC(User Generated Contents)とは企業ではなく一般ユーザーによって制作・生成されたコンテンツのこと。
杁山: 機械の発達で、プロとアマチュアの違いがなくなってきました。今は、アマチュアでも音声の編集や、ビデオの編集を行えます。そして、番組作りの基本を勉強していなくでも、自分の作ったコンテンツを公開し、ヒットする人も出ています。YouTuberはその代表ですよね。
でも、コンテンツ全体のクオリティという点では、プロのメディアのほうが成功率は高い。ノウハウやスキルを持った人たちが切磋琢磨して、コンテンツを作り続けているメディア方が質の担保はできます。
本間: 同感です、企業の担当者は本当はアマチュアですよね。たとえば、どれだけの人が、文章の構成の基本を知っているでしょうか。どれだけの人が、配色の基本を勉強したでしょうか。コンテンツを作る基本を知らない人が、多額のお金をかけて、自主製作しているWebは、その根本から、コンテンツの質や制作方法を問いただすときに来ているのかもしれません。
杁山: デジタルで見かけるコンテンツは、点に集中していることが気になります。コンテンツ全体のグランドデザインができていないのではないでしょうか。
コンテンツの小さな塊単位での議論ができていません。一方、今まで以上にたくさんのデータがあるので、その細かなデータ分析に集中しているのも問題なのです。もっと、全体を俯瞰したデザインが必要なのです。分子や原子を眺めていても、何も生み出せないのです。
本間: グサリとくる言葉ですね。ラジオ局には、ラジオ局ごとの「色」があります。この「色」は、ラジオ局のグラウンドデザインで決められています。そして、そのデザインのもとに、一つ一つの番組が配置されます。
企業のWebサイトは、本来企業のブランドイメージがあります。そのブランドイメージの表現方法について、議論があり、定義されるべきなのです。そして、その定義に基づき、個別のWebページが構成されるべきなのでしょう。企業のWeb担当者ができないのは、「社内調整が大変だから」ではなく、真の意味でコンテンツ制作の「プロではない」からではないでしょうか。「プロ」であれば、このようなグランドデザインが揺れている仕事を行わないのでしょう。
ラジオ全体の広告費、リスナー数は微増
本間: 人によってはラジオは「終わったメディア」とか思われているかもしれませんが、僕はそんな風に思っていません。電通が出している「日本の広告費」を見ても、ラジオ全体の広告費は微増していますし、リスナー数(Sets In Use/セッツインユース)※も2016年と比べると微増しています。
※Sets In Useとは、調査対象世帯のテレビやラジオのスイッチの入れられている受像(信)機の割合のこと。出典:http://www.videor.co.jp/about-vr/terms/siu.htm
本間: 杁山さんは、最近のラジオ広告やリスナー数に対してどう感じていますか。
杁山: 僕の感覚でお答えすると、広告費もリスナー数も増加しているとは言い難いですね。むしろ、両方とも減少傾向という印象です。
ラジオのメインスポンサーは中小企業さんがほとんどで、ナショナルクライアント(大手企業)さんからバンバン広告が入るという状況ではないですから。
本間: 確かに、私も広告主企業に在籍時、グランドデザイン(宣伝広告の全体構造)で「ラジオ」が出てくるマーケティング計画はほとんどなかったです。
その原因について杁山さんはどう考えていますか。
杁山: 難しいですが、広告宣伝担当者さんがそもそもラジオを聞いてないことが挙げられると思います。広告宣伝担当者さんってたいていオフィスで働いていますよね。そうすると仕事しながら聞くのが難しいわけです。
作業の邪魔にならない、聞き流せるのがラジオの良いところなんです。あと、ラジオって出演者の感情や個性がよく出るんです。視覚にごまかされないからこそ、出演者の声のトーンでその人の体調とか感情の違いがわかっちゃう、というところもラジオの特徴。ラジオ局全体として上手なプロモーションができていないですね。
習慣的に聞く人は聞くけど、聞かない人は全然聞かないという極端なメディアになってしまったと思います。さらに、インターネットの登場で、より広告に対する詳細な効果が求められるようになりました。
ラジオの広告成果とは?
本間: ラジオの広告評価指標は何ですか。
杁山: 基本的には聴取率(ちょうしゅりつ)ですね。首都圏(東京駅を中心に半径35km圏)の12~69才の男女3000人を無作為に抽出して、携帯型調査票(郵送によるアンケート記入)/電子調査票(オンラインによるアンケート記入)で計測しています。
この調査もテレビの視聴率のように毎日行っているわけではありません。首都圏でも2か月おき、地方にいけばいくほどもっと調査をしなくなります。
本間: なぜ頻繁に調査しないのですか?
杁山: 広告費の規模にも関係しているのですが、調査会社から調査結果を放送局が買うんです。でも、インターネットに匹敵するような詳細な情報がわかるわけではありません。
たとえば、テレビのように巨額な広告費が動けば、データの重要度が高まりますし、業界としてもお金をかけてその調査を買ったり、精度を高めたりするはずです。
一方、現状のラジオの場合、個人に関する詳細なデータがわかるわけではなく、結果を買ったところで巨額な広告費が舞い込むことも期待できない。結局買ったデータも前回の結果とさほど変わらない。そんな経緯があるんだと思います。
本間: インターネットでラジオを聞けるようになったので、以前に比べると個人の属性がわかるようになったのでは?
杁山: 確かにそうです。しかし、ラジオリスナーの多くはラジコが話題とはいえ、インターネット経由ではなく車や自宅にある受信機で聞くことが一般的です。その受信機に個人情報が紐づいていたら、詳細なデータが取れますが、スマホのように個人が1つの端末を持つという状況ではないので、なかなか難しいですよね。
本間: 企業の広告宣伝の方と話をすると、メディアの価値を、到達量、接触者数で話すことがよくあります。特に「デジタリアン」の方とは、「表示回数」や「クリック数」が会話に出ます。メディアの価値を図る指標はそれだけでいいのでしょうか。
今は、一つのメディアだけで、コミュニケーションが完結する時代ではありません。複数のメディアやタッチポイントを、カスタマージャーニーマップや、お客さまのニーズに合わせて活用する必要があります。「デジタリアン」も、ラジオを含めた他のメディアについては、常に関心を持たないといけないですよね。
本間: ラジオ局が企業のコンテンツを作ることってありますか?
杁山: 企業のコンテンツを作ることは多いですよ。たとえば、商品の使い方の説明をタレントが紹介するとか、スーパーでのインタビュー番組などは、まさに企業のコンテンツそのものですよね。
本間: それは、デジタリアンの言っている「コンテンツマーケティング」に近いですね。コンテンツマーケティングなんて横文字ができる前から、ラジオでは当たり前におこなれているんですね。
本当に最後まで、私のつたない質問にお付き合いいただき、杁山さんには感謝です。ちなみに私の枕元は、ラジオが置かれています。スマートフォンにはラジコも入っていて、ほぼ毎日30分以上はラジオを聞いています。そして、何より、このような原稿執筆の仕事のお供はいつもラジオで、今もラジオが後ろで流れています。
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