湖池屋ポテトチップスは“変えてはならないもの”を軸にブランドの価値を再発見しリニューアル
2023年に創業70周年を迎えた総合スナックメーカー「湖池屋」。主力ブランドである「湖池屋ポテトチップス」も発売60周年の節目として、ブランドリニューアルを実施した。価値の再定義、新パッケージデザインやマーケティングなど一連のプロジェクトの経緯について、ブランドマネージャーを務める高戸万里那氏、広報部の草野亜衣奈氏、パッケージデザインを担当した竹村美紅氏の3名にお話を伺った。
リブランディングの一環として、主力ブランドのリニューアルに着手
2023年、「湖池屋」は主力ブランドである「湖池屋ポテトチップス」のリニューアルを実施した。このポテトチップスのリニューアルは、2016年の代表取締役社長交代を機に始まった全社をあげたブランディングの一環であり、消費者の変化や既存商品のコモディティ化などの課題に対して、高い付加価値をつけることを目的としている。全社でのリニューアルでは以下のようなことを行っていた。
- コーポレートマーク・社屋の刷新
- コアバリューの策定と社員への浸透
- スローガンの設定
これらのリニューアルに次いで、いわば本丸である“商品”に着手した形だ。たとえば、2017年に新生・湖池屋を象徴するフラッグシップ商品として、「湖池屋プライドポテト」を発売。この製品は、国産じゃがいもを100%使用し、素材も製法も一切妥協していないことをアピールしたという。その結果、消費者からは湖池屋の“プライド”をかけたポテトチップスとして認知され、大きな反響を得るとともに業績も大きく回復した。
『湖池屋プライドポテト』の成功もあり、これまで湖池屋の屋台骨を支えてきた『湖池屋ポテトチップス』というベーシックブランドを見直し、改めてリニューアルに取り組むことになりました(高戸氏)
当社のこだわりや価値を追求するためには、定番商品も現代の消費者のニーズに合わせて変化する必要があります。しかし、新商品の開発以上に、これまで愛されてきたブランドに手を入れることは、ある意味、リスクをとった挑戦でもあり、とても勇気がいることでした(高戸氏)
そこで、「湖池屋ポテトチップス」のベーシックラインをリニューアルするために湖池屋の創業時の“原点”に戻り、歴史を振り返って創業者の思いや目標、自社の普遍的な価値について再確認することからリニューアルをスタートさせた。
湖池屋は、日本で初めてポテトチップスの量産化に成功した老舗です。創業時にどんな思いでポテトチップスを作り上げたのか、社員一人一人が理解し共感するところから始めました(高戸氏)
湖池屋ポテトチップスの歴史と原点を振り返り、「変えてはならないもの」を見つけるところからはじめた
リニューアルの原点となった湖池屋の歴史を紹介しよう。湖池屋は1953年に創業し、もとは海老せんべいなど“おつまみ菓子”を製造していた。しかし、創業者の小池和夫氏が飲み屋で出会ったポテトチップスのおいしさに感銘を受け、商品化を決意したことで「湖池屋ポテトチップス」が誕生した。
戦後まもない当時、じゃがいもは戦時中の米の代用品というイメージも残っていました。一方、ポテトチップスは飲食店で提供されるような高級品で、誰もが食べられるものではありませんでした。しかし、小池は初めて食べた瞬間に『じゃがいもがこんなに美味しくなるのか』と衝撃を受け、日本中で気軽に食べられるスナックとして広めたいと考えたと聞いています(高戸氏)
しかし、当時はじゃがいもの知識はもちろん、スライスの厚さやフライの温度や時間などのノウハウも皆無。すべてが手探りで、ポテトチップスづくりは困難を極め、天ぷらの油切りの方法を参考にするなど試行錯誤し、試作品は山のように積み上がったという。今も同社の広報室には、当時の苦労を忍ばせるフライヤーの大釜が残る。
小池氏はとことん日本人に愛される商品を作りたいと工夫を凝らし、日本産のじゃがいもを使い、日本ならではの味付けにするため『のり塩』を選びました。何度も施策を繰り返す中で、青のりのポテトチップスに、“台所にたまたまあった”唐辛子を振ってみたところ、風味が良くなることに気づき、それが今に続く『湖池屋ポテトチップス のり塩』のレシピとなりました(高戸氏)
そして発売後、「のり塩」が人気商品となったことで量産化が必要となり、小池氏は以下のことを行った。
- 量産技術を学ぶためアメリカへ渡ってオートメーション化された工場を見学し、自力で量産化のための製造ラインを製作
- じゃがいもの品質安定のために当時としては珍しい契約栽培を実現
そこまで小池氏を突き動かした「おいしいポテトチップスを日本中で食べられるようにしたい」という情熱。それが湖池屋の原点というわけだ。
2軸の価値観と3つのポイントで進めたポテトチップスシリーズのリニューアルは“味を変えない”リニューアル
創業の歴史や創業者の思いを振り返った結果、「変えてはならないもの」として次の2軸を据えたという。
- 国産じゃがいも100%
- 味へのこだわり
この2軸をもとに、現在の消費者の嗜好やライフスタイルに合わせてポテトチップスシリーズの味やデザインなどを考えるというアプローチになりました(高戸氏)
そしてポテトチップスシリーズのリニューアルにともなって行ったのは次の3点だ。
- 味・名前のリニューアル
- パッケージのリニューアル
- プロモーション
普遍的な価値を基準に決めた「変える味」と「変えない味」、そして名前のリニューアル
まず、味のリニューアルについてだ。「変えてはならないもの」を基準にしたことで、創業当時からある味で歴史のある「のり塩」、次に歴史がある「ガーリック」、根強い人気の「のり醤油」。これら3つのポテトチップスについては味のリニューアルを行わなかったそうだ。
味のリニューアルをしなかった商品に対し、あえてリニューアルで勝負に出たのが、「うすしお味」と「リッチコンソメ」だ。この2つは味だけでなく、名前もリニューアルしている。
「うすしお」は「じゃがいもと塩」に名前をリニューアル。味は“塩”をブラッシュアップし、じゃがいもに合う数種類の塩をブレンドした。「リッチコンソメ」は名前を「金のコンソメ」に変更し、味は“素材をじっくり煮込み、素材の旨味がぎゅっと詰まった濃厚な味わい”をさらに深めたという。
このリニューアルの裏には、ポテトチップスの消費シーンや消費者が求める味や価格の変化があった。以前は家族や、人が集まったときに食べていたポテトチップスだが、現在は一人で食べることが増えているという。そして一人で食べるシーンで求める味も変化しており、「こだわりのある美味しい物を」という傾向なのだ。
『うすしお』という味は一般化しており、名称を変更したときのマイナス面も懸念していました。しかし、今の消費者が求めるのは、単なる“薄い塩味”ではなく、じゃがいもの味を引き立たせる“美味しい塩味”のはず。そこで、その名の通り「じゃがいもと塩へのこだわり」を前面に打ち出すことで、他社メーカーから一つ前に出て、選んでいただける存在になろうと考えました(高戸氏)
「金のコンソメ」の名前は、店頭で商品(ポテトチップス)について理解するために消費社が費やす時間は2秒程度という通説に基づいて変更された。
消費者に2秒で瞬間的に味を伝えるには、説明するよりもイメージで捉えられることが望ましいと考え、『黄金色に輝くコンソメスープ』と『“金賞”のような間違いない美味しそうさ』を彷彿とさせる商品名をつけました(高戸氏)
パッケージリニューアルではブランドイメージを踏襲しつつ、しっかり作られた“品質感”を訴求
次に、パッケージのリニューアルについてだ。これも湖池屋にとって普遍的な価値である「国産じゃがいも100%使用」「味へのこだわり」を軸に行われた。
湖池屋らしさを変えずに、大切なことを伝えつつ、“今”の消費者にとって魅力的に感じてもらえるデザインとはどのようなものか。試行錯誤しながら考えました。正直、ゼロから考えるのとはまた違った難しさがありました(パッケージ担当:竹村美紅氏)
そこで、パッケージリニューアルにあたってまずは普遍的な価値として挙げた「国産じゃがいも100%使用」の品質感を訴求するために、青空が広がるじゃがいも畑の写真にアーチ型に商品名を配置するデザインフレームはこれまでのものを踏襲した。
そして、以前のデザインを踏襲しつつ、さらに品質感や訴求力を高めるために次のような変更を行った。
- ポテトチップスのイメージ画像(以下、シズル画像)を、量感のあるものから丁寧に盛られたものに変更
- これまで写真に添えていた味名を、より目に入るように大きく配置
- 現代的かつ親しみやすさを感じるカラーリングに変更
ポテトチップスのシズル画像の変更にも、消費者の価値観の変化を反映している。
シズル画像で意識したのは、しっかり作られたものとしての“品質感”を訴求することです。これまでポテトチップスと言えば、スナック菓子の代表格で若者の食べ物として認識されていましたが、今は40代以上の世代も好んで食べられています。とりわけ素材や味にこだわって、しっかりと作られた商品が選ばれる傾向にあります。そうした方々にも“品質感”が伝わり、ゆっくり味わいたくなるようなシズル画像にする必要がありました(竹村氏)
竹村氏が述べた消費者の価値観の変化にあわせ、「のり塩」や「ガーリック」はこれまでのパッケージカラーの色味を踏襲しつつも、落ち着いた印象の色味に変更。ただし、大きく名前を変えた「じゃがいもと塩」はこれまで使用していたオレンジのベースカラーからイメージを大きく刷新。青空を彷彿とさせるブルーに変更し、市場での差別化を図っている。
60年間の感謝と次世代への思いを込めたプロモーションを実施
これまで紹介してきたブランドリニューアル、商品のリニューアルに加え、プロモーションも行ったという。リニューアルの目的やメッセージがダイレクトに伝わるような手法を取っているのが印象的なので、いくつかのプロモーションを紹介する。
まず、「湖池屋ポテトチップス」のブランドサイトを立ち上げ、「今日も湖池屋。」をテーマにしたWeb限定のムービーを公開している。SNSでは「#今日も湖池屋」のハッシュタグでの投稿キャンペーンを実施し、ブランドサイトにもその一部を取り上げている。
リニューアルについて大きく打ち出しながら、一方通行のメッセージではなく、お客様と一緒に60年間過ごしてきた、その感謝を伝えるサイトにしたいと思いました。そこで、ブランドサイトのトップページでは、新しくなったパッケージを強く訴求するとともに、お客様と一緒に歩んできた60年を振り返るような情緒的なコンテンツを掲載しました。さらにSNSで『お客様と湖池屋ポテトチップスの思い出』を募集し、その一部をUGCという形でブランドサイトにご紹介しています(草野氏)
そして、もう1つのコンテンツでは、湖池屋の創業からの歴史を紹介。前述したような創業時の苦労話や、以前のパッケージ、初めてのテレビCMなどが掲載されている。
歴史を紹介するページは初代のパッケージにあしらわれた幌馬車(ほろばしゃ)などのモチーフを使って、ちょっと懐かしい雰囲気になっています。しかし、当時を覚えている世代はもちろん、10〜20代の若年世代にも『ほっこりする』と好評をいただいています。歴代パッケージも掲載され、今も昔も変わらず、お客様の日常に寄り添ってきた商品であり、一緒に歩んできたということが伝わればいいなと思っています(草野氏)
そして最新CMもWeb限定のムービーやWebサイトと同じく「今日も湖池屋。」をコピーとして採用し、次の3編を放映した。
遠足の思い出編
1960年代の遠足が舞台。姉妹仲直り編
新パッケージが登場する現代が舞台。60周年編
長きにわたりブランドを愛し続けてくれたファンへの感謝を込めた。
これまで湖池屋といえば商品名を訴求するインパクト重視の印象があったが、これらのCMではMISIAの曲を背景として物語性の高い仕上がりとなっており、湖池屋ポテトチップスが時代を超えて愛され、次の世代にも受け継がれていくことが表現されている。
今後も、湖池屋にとって“普遍的な価値”を提供するために、これまで同様に“変えられない大切なこと”は守りつつ、社会の要請に応じて対応し、進化し続けていくという。湖池屋といえば、パイオニア的な存在である「のり塩」に始まり、新規市場を切り拓いた「カラムーチョ」など、エポックメイキング的な商品開発が注目されがちだが、定番ブランドの地道な改革力にこそ、60年以上にわたって愛されてきた理由があるのかもしれない。
ソーシャルもやってます!