かっぱえびせん、ポテトチップス、じゃがりこ、Jagabee(じゃがビー)…と国民的人気商品を相次ぎ世に送り出してきたカルビー。定番商品から新商品まで、プロダクト設計の方向性を定め、事業拡大の責務を担っているのがマーケティング本部 本部長の松本知之さんです。
松本さんがマーケティング本部長の職に就いたのは今年(2019年)4月。以来、カルビーの本質的な強みとは何かを模索し、商品開発に反映することで、既存顧客の維持・深耕を図りながら、新規顧客の開拓に取り組んでいます。
松本さんが考えるカルビーの本質的な強みと、事業拡大のポイントとは何でしょうか。
今回はカルビー マーケティング本部 本部長の松本知之さんをインタビューしました。
(取材・文:Marketing Native編集部・早川 巧、撮影:豊田 哲也)
カルビーの屋台骨を支えるマーケティング本部長の役割
――松本さんは新卒で入社してからカルビー一筋で来られたんですね。
入社して25年になります。現場(支店)と本社で営業とマーケティング、財務、ポテトチップスの商品企画などに携わりまして、今年4月に執行役員マーケティング本部本部長に就任しました。
――伝統ある有名企業のカルビーにおいて、マーケティング本部本部長とは、どのようなお仕事ですか。
カルビーの商品には、スナックとシリアルの主に2つのカテゴリーがあります。私はその2つのカテゴリーを統括していて、次の点に関して戦略設計の基本的な構図を描く責任を有しています。
・中期経営計画で定めた目標に向かって、事業と利益をどのくらい成長させるのか。
・目標達成のために、どのような方向性で事業を推進していくのか。
・その方向性で事業を推進するために、どのブランドで、どんな商品を作っていくのか。
――経営に近いお仕事ですね。
そうですね。会社の屋台骨を支えているのは商品ですし、お客さまに1袋1袋買っていただいた結果が売上高です。事業と利益を伸ばすためには、どんな商品をお客さまに買っていただきたいのかという明確な方針と戦略の立案・実行が重要であり、それが私の役割だと認識しています。
――会社の中核的なお仕事のひとつですね。
事業を伸ばすことと、お客さまに対してどんな商品を作っていくのかという点は、似て非なるものとは言いませんが、片方だけ知っていても不十分で、両方のプロである必要があります。事業の成長をどの領域で進めるべきかを判断するには、お客さまのほうを常に向いていないとわかりません。一方、実際に商品を出そうとしても、生産する設備がなかったりして、さまざまな壁に直面することがあります。事業の拡大と商品設計という両方のバランスをうまく取りながら成果を上げることが私に求められています。
食感を作り出すという原点への強いこだわり
――消費者のニーズを含めて「売れる商品」はマーケティングしやすいと思うのですが、「事業を伸ばすために必要な商品」とは、具体的にどのようなデータから導かれるのでしょうか。
数値的なデータというよりも、そこは創業から培ってきた強みを活かすべきだと考えています。カルビーの場合、原料の多くはじゃがいもですから、それをお客さまにどう美味しく食べていただくかがポイントです。
ここ数年は、創業家が経営をしてきた時期が終わり、新しい方が経営に携わったことで会社が成長しました。それは素晴らしいことだと思います。一方、創業から培ってきた強みが少し弱まっているのではないかと個人的に感じているのも正直なところです。そうしたカルビーのDNAを外すようなことがあると、事業が揺らいでしまうおそれさえあるのではないかと考えています。ですから私はDNAの部分を強化しつつ、現代人の暮らしに合わせて商品をどのように進化させていくかを念頭に事業を進めています。
――DNAというのは、原料のじゃがいもの品質ということですか。
もちろん、それもあります。加えて大切にしたいのは食感です。我々は時代の変化に合わせて、「かっぱえびせん」から「ポテトチップス」「じゃがりこ」「Jagabee(じゃがビー)」などの商品を発売してきました。あらためて我々は何を作ってきたかを振り返ってみると、食感を作ってきたのだと考えています。
――食感ですか。
食べることは本能的に気持ちのいい要素です。また、「どんどん食べたくなる」という欲求を考えると、食べ応えや食べたときのテクスチャーも重要な要素を占めていると思います。カルビーのコーポレートメッセージは「掘りだそう、自然の力。」ですが、自然の素材をどんな食感に変えていくのかという点は、事業の根幹であると考えています。
その食感を作り出すという根幹の部分が最近、少し停滞していたのかもしれません。私はそんな問題意識を持っていますので、もう一度原点、コアコンピタンス(競合他社に真似のできない核となる部分)に立ち戻って、いろんな食感を作り出していこうと思っています。その点はカルビーの本質ですし、ポリシーだと捉えていますから、今後の商品企画の方向性、戦略のひとつに据えています。
――力強いですね。「うすしお味」とか「コンソメ味」とか味ばかり気にしていて、食感までは意識していませんでした。ただ売れる商品ではなく、コアコンピタンスから戦略を立案し、それを基に商品を作って、事業を伸ばしていくということですね。
味の世界もバリエーションは豊富ですし、カルビーならではの味の出し方もできますので、お菓子の持つ楽しさの要素として大切にすべきです。ただ、味のバリエーションを出すこと自体は、他社さんでもできます。そうではなく、カルビーの本質的な強みとは何かを考えたとき、それはいろいろな食感を作り出すことだと思います。
イノベーションの積み重ねがロングセラーへの道
――カルビーは今年(2019年)、創立70周年。お菓子の種類がたくさんある中で、カルビーの商品が国民的なお菓子に成長できた理由をどのようにお考えですか。
小さなイノベーションを積み重ねて、新しい価値を提案してきたことが大きいと思います。カルビーが「かっぱえびせん」で事業が伸び始めたときは、世の中にお菓子の種類があまりない時代でした。「ポテトチップス」を発売したのも、国内における認知度が低い時代でしたし、「じゃがりこ」も袋菓子が主流の時代にカップ入りというイノベーションを提案しました。カルビーは概ね10年周期で新しい価値のお菓子を生み出すことに成功しています。同時に、それぞれのお菓子を少しずつ進化させることで、既存のお客さまに加えて新規のお客さまにも買っていただけるようになり、成長してこられたのだと考えています。
カルビーの主なあゆみ
年 | 出来事 |
1949年 | 創立 |
1955年 | かっぱあられ発売 |
1964年 | かっぱえびせん発売 |
1972年 | サッポロポテト発売 |
1975年 | ポテトチップス発売 |
1988年 | シリアル事業参入 |
1991年 | フルーツグラノーラ(現在のフルグラ)発売 |
1995年 | じゃがりこ発売 |
2006年 | Jagabee発売 |
2011年 | 東証一部上場 |
2019年 | 創立70周年 |
――少しずつ進化させることが商品をロングセラーにするポイントだということですね。
ロングセラー商品には大きく2つの考え方があると思います。1つは、商品を絶対に変えないこと。もう1つは時代に合わせて進化させることで、対応はメーカーによって異なります。カルビーは後者で、時代に合わせて中身もパッケージも微妙に変えています。そもそもロングセラー商品というのは、美味しいからロングセラーになるわけですから、美味しさのベースは担保しつつ、新しい時代に合わせて新たな価値を付加していくことが大切です。
――最近、どんな変化がありましたか。
「ポテトチップス うすしお味」の塩分量を少し下げました。現在1袋60gの商品に含まれる塩分量を0.5グラムにしています。ロングセラー商品であればあるほど、変える幅を大きくするとお客さまの期待を裏切ってしまうおそれがありますので、食塩の使用量を減らしつつ、塩味に物足りなさが出ないように工夫をしました。
――確かにロングセラー商品の中身を変えるのは勇気がいりますね。
さらに、パッケージ表面に塩分量を明記しました。「ポテトチップス うすしお味」の塩分量は、うどんやラーメンと比較するとずっと低いのですが、今もなお「ポテトチップスは塩分が多い」というイメージを持っている方もいますので、パッケージ表面に塩分量を明記することで誤解を解きたいという意図もあります。
超高齢化社会を迎えて、健康意識の高まりとともに、塩分量が高いイメージの食品は時代に付いていけなくなるのではないかと危惧しています。塩分量については中期経営計画でも掲げていますので、少しずつ下げていく方針です。
新しい味の安易な多発がブランド価値を毀損する
――地域限定や新フレーバーなど毎週のようにいろいろな企画商品が出ていますが、そうした商品を出すにあたっての判断の軸はございますか。
そこは難しいところです。それぞれのブランドにマネージャーや部長、課長がいますので、年間のプランを立て、マーケティング施策のポイントを決めるところまでは全員で話し合いますが、その点の基本合意ができれば、フレーバーやパッケージのデザインは現場を信頼して任せています。
ただし注意したいのは、フレーバーを変えた商品をたくさん市場に出したからといって、ブランドが成長するとは限らないということです。フレーバーを変えた商品を出すと、「うすしお味」などの基幹商品の売り上げが落ちる現象が起きかねません。フレーバー商品発売の大きな目的は、既存のお客さまを維持しながら新規顧客を獲得しブランド本体の成長につなげることです。それができているかどうか、しっかりと見極める必要があります。
――見極めの基準は売り上げですか。
売り上げと購買層です。「売り上げが落ちてきたから、新しいフレーバーを出す」という対応を続けて、ブランド価値を毀損することのないよう注意しています。
――とはいえ、たくさんの種類が頻繁に出ている印象があります。競合他社だけでなく、カルビーの中でも競争があるのではないですか。
少なくとも自社内でのカニバリは最大限避けています。一方、他社さんやPB(プライベート・ブランド)については、スーパーさんでもコンビニエンスストアさんでも棚の数やスペースは限られていますので、競争が生じるのは当然です。その際、フレーバー商品はたくさんの種類が出ていますので、カルビーはやはり食感という異なる価値で勝負し、差別化を図りたいと考えています。
――具体的にはどのような商品ですか。
カルビーには「堅あげポテト」という商品があります。とても人気のあるロングセラー商品なのですが、ポテトチップスは好きでも「堅あげポテト」を買っていただけないお客さまも一定数存在します。その方々にどうすれば買っていただけるのかを考え、仮説を立てて市場に出したのが「堅あげポテト」より堅い「クランチポテト」という商品です。
――徹底的に食感にこだわりますね。まだ食べたことがないのですが、「堅あげポテト」より堅いんですか。
そうです。「堅あげポテト」の購買層は把握できていますので、「堅あげポテト」を買っていただけないお客さまに対して「クランチポテト」を提案することで、結果的に堅い食感が好きな新規のお客さまが増え、市場が伸びていけばいいなと期待しています。
――「堅あげポテト」の担当者は、「クランチポテトを出されたら、我々のシェアが奪われてしまう」と反対しなかったのですか。
それはありません。「堅あげポテト」と「クランチポテト」のチームは同じです。そもそも全体最適を考えて商品を出していますので、そのような争いはありません(笑)
マーケターに欠かせない、コスト管理の知識と意識
――次にコスト管理についてお聞きします。マーケティングというと、広告や分析手法の話がよく取り上げられますが、コスト管理についてはメディアでもあまり触れられていない印象です。特にデジタルマーケターの中には、決められた予算の中で成果を上げることは得意でも、コスト管理についてはあまり知識がない人も少なくありません。松本さんはコスト管理について、どこまで関与していますか。
コスト管理に関する重大な責任を担っていると考えています。カルビーのマーケターは、どの商品をいくらで、どれくらいの量を作ればいくらの利益が出るのか、その製造原価率で工場とどのように打ち合わせをすればいいのか、出た利益を次にどこに使うのかということについては、入り口の知識として身に付けています。
製造原価率が高くて利益の出ない設計になってしまったら、その商品がいくら拡大しても、会社のためにも、最終的にはお客さまのためにもなりません。カルビーのマーケターはそれぞれの商品で適切な製造原価率を明確に把握していますし、製造原価率の高い商品が出てきたときに、工場での打ち合わせで「この商品は製造原価率がやや高めなのですが、競合対策商品なので少し作らせてください」というような戦略的なコミュニケーションがきちんとできます。工場との適切な交渉や原価の設計・管理はカルビーのマーケターの必要条件です。
――なるほど。競合対策として明確な方針がある場合は製造原価率が多少高くなることもあり得るということですね。
そういうこともたまにはあってもいいのかなという気はします。全ての商品ですごく利益が出るわけではなく、基本的にはプロダクトミックスでやっていくべきだと思います。
製造原価率を設計する際、原価に対して取りたい利益を乗せればすぐ売価は出ますが、それはお客さまが買いたい価格かというと、そうではありません。そのため、「お客さまが買いたい価格」と「袋を開けたときの見た目や食べたときの満足感」の両方のバランスを取ることがとても重要になります。
絶対価格が高い商品はもちろん売れません。中身を減らして製造原価率を良くする手段もありますが、それではお客さまが袋を開けたときにガッカリしたり、食べても満足感を得られなかったりするおそれがあります。製造原価率を念頭に置きながら、中身と価格のバランスをお客さま視点で見極めつつ、適切な形で市場に出すのは一番難しいスキルのひとつです。
――難しそうですね。
単純に儲かる設計にするだけなら簡単です。しかし、それではおそらくお客さまが希望しないスペックになってしまいます。その落としどころを常に探っていくことはマーケターとして絶対外してはいけない大事なところですが、いくらやっても難しいと感じますね。
部下の成長を促す指示のポイント
――ほかに、松本さんが日頃、部下のマーケターにアドバイスしていることはありますか。
アドバイスなんておこがましいですし、自分にマーケターを育てられる高いスキルがあるとも思いません。ただ、先ほどお話しした食感を作り出すことのように、変えてはいけない会社のコアコンピタンスがありますから、「このコアコンピタンスを軸に、この方向性で新しい商品を作ってください」と言えば、みんなでそこに取り組みます。そうすると、取り組みの過程で自ずと人は成長していくと思います。
例えば、工場の方への交渉はもちろん、営業に対しては新しい商品を出すことについての連携が必要です。スーパーさんでもコンビニエンスストアさんでも棚の隙間は空いていないのに、そこにどうすれば新しい商品を入れてもらえるのか、みんな必死で考えると思います。現場と会話をして、新しい商品を作り上げて発売して、そこからさらに商品を成長させていこうと思ったら、大変な努力と思考、工夫が求められます。そこを乗り越える過程で人は成長すると信じていますから、私の仕事は商品に落とし込んでほしい軸や方向性を提示したり、みんなが一生懸命、楽しくやっているかを確認していくことですね。
悩んだときに思い出す、海水浴の絵日記と入社面接
――唐突ですが、松本さんは転職を考えたことはありますか。
それは、何と答えればいいんですか(笑)
――ざっくばらんにお願いします(笑)
多くのビジネスパーソンと同様、一度もないと言えば嘘になります。社会人をしていると、誰しもしんどくなる時期があると思います。仕事のしすぎや人間関係など、理由は皆さんと同じです。
――では、なぜ思いとどまって、カルビーで働き続けることにしたのですか。
やはりカルビーとカルビーの商品が好きだからですね。私、新卒で入社したときの面接で「かっぱえびせん」の話をしたんです。子供の頃に京都に行って海水浴をした思い出なのですが、海で泳いだときに塩分を含んだ海水が口に付いた感覚が「かっぱえびせん」を食べたときに似ていると思って、絵日記に書いたんです。そのことを入社面接で話したときのやり取りを今も鮮明に覚えています。
迷いが生じたとき、ふと絵日記や面接時の光景が頭に蘇ってくることがあります。「かっぱえびせん」だけでなくカルビーの商品は今も大好きですし、カルビーの歴史、創業家の方々の考え方にあらためて触れると、深い感慨を覚えます。その一翼を自分が担わせていただいていると考えると、誇りに思いますし、「自分はカルビーの商品が好きだ」という原点に返ることができます。そういう思いを繰り返し嚙みしめながら、これまで頑張ってきました。
――悩んだときもあったけど、原点に返ることで意欲を取り戻したということですね。
そうですね。あとは手前味噌ですが、カルビーの社員はいい人が多いので…。
――それは有名ですよね。
しんどいときはみんな察知して手を差し伸べてくれます。だから私も困っている人がいれば救いの手を出しますし、「自分だけイチ抜けすればいい」という考え方には違和感があります。
プレッシャーとは無縁の魅力とやりがい
――「しんどい」というと、カルビーのマーケティング本部 本部長の職務も大変だと思うのですが、プレッシャーはいかがでしょうか。
私は全然プレッシャーはなくて、とても楽しくやらせていただいています。本社のマーケティングを任せていただいて、どんな商品を出していくかという方向性を決められるなんて、こんなに幸せでやりがいのある仕事はないと思っています。よく「オンとオフの境目がない」と言われるのですが、平日・週末関係なくずっと仕事をしているわけではありません(笑)。でも、考え続けてはいますね、カルビーのマーケティングを考えることは楽しいですから。本当に面白い仕事ですし、このポジションを任せていただいていることに感謝しています。
――本日はありがとうございました。
Profile
松本 知之(まつもと・ともゆき)
カルビー株式会社 執行役員 マーケティング本部 本部長。
1994年カルビー株式会社入社。名古屋支店で営業とマーケティングを担当した後、本社でポテトチップスの商品企画を担当。マーケティング本部マーケティング企画部部長、マーケティング本部戦略統括部部長、東日本事業本部マーケティング担当部長を経て、2019年4月から現職。
[記事執筆者] 早川巧
株式会社CINC社員編集者。新聞記者→雑誌編集者→Marketing Editor & Writerとして四半世紀以上のキャリアあり。Twitter:@hayakawaMN
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