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【ロングセラー探訪】40周年のロッテ「パイの実」が守り続けた“世界観”とロングセラーならではの“課題”とは

何十年間も続く商品を扱うマーケターならではの、マーケティング戦略における悩みや楽しさとは?

 

株式会社ロッテのロングセラーブランドの一つ「パイの実」が、1979年の発売から今年で40周年を迎えます。「パイの実」と言えば、サクサクとした香ばしいパイとチョコレート。子どもの頃に食べたことのある人も多いでしょう。

今や多くの人に愛される「パイの実」がこうしてロングセラーブランドになり得たのは、なぜでしょうか?また、40年間も続く商品を扱うマーケターならではのマーケティング戦略における悩みや楽しさとは?

「パイの実」のマーケティング事情について、株式会社ロッテ ロッテノベーション本部 ブランド戦略担当 焼き菓子企画課 焼き菓子企画チームの河村宏介さんに話を伺いました。

(取材・文:Marketing Native編集部・蜷川千翔、佐藤綾美 人物撮影・佐藤綾美)

    

「ちょっといいお菓子を食べたい」に応えた商品

 ――「パイの実」はどのようなニーズを想定して開発・発売されたのでしょうか?

「パイの実」が発売されたのは1979年ですが、それ以前は「パイ」がまだ洋菓子専門店のお菓子として売られていた時代です。世の中の「ちょっといいお菓子を食べたい」というニーズに応え、パイの味わいや食感を誰もが気軽に楽しめるお菓子として開発した商品です。

世の中のニーズに応えるため、当時の社内の技術責任者が海外の展示会を訪れたときに、生地と油脂を折り込んで重ねるパイの製造機械に着目しました。それから工場に導入し、パイの中にチョコレートを入れた、ひと口で食べやすいパイチョコ菓子が誕生したのです。

商品名は、当時の社内デザイナーが名付けました。品質の開発段階で試作品を口にした瞬間、子どもの頃に雑誌で見た、焼くとパンのような甘い香りがする熱帯植物「パンノキ」の記憶が蘇り、アイデアがひらめいたそうです。「パイが次々となる木」がある森をイメージしてデザインを起こし、「パイの実」と付けたと聞いています。私も「パイの実」を担当するまでは知らなかったのですが、お菓子としての夢が詰まっている、非常に素敵なエピソードだと思っています。

▲パンノキ

――当時の主な購入者層はファミリー層でしょうか?

子どもから大人まで、幅広い層の方に手に取っていただきました。

――発売当時、「パイの実」がヒットにつながった要因を教えてください。

「ちょっといいお菓子を食べたい」といった世の中のニーズをうまく汲みとれたことが要因ではないかと考えています。

また、ほかの商品にはなかった「パイチョコ菓子」という独自性と、温かみのある絵本のような世界観のパッケージデザインもお客様の心をとらえ、ヒットにつながったと考えています。

――確かに、「パイの実」のパッケージと言えば、パイの実がなっている木とリスのイメージがあります。このデザインは、発売当初からずっと変わっていないのでしょうか?

はい、発売当初からあまり変わっていません。森の中でパイが木に実っている様子、リスなど、マイナーチェンジは重ねながらも、このデザインで展開しています。

お客様調査で、お客様に「『パイの実』と聞いて、思い浮かべるイメージは何ですか?」と商品など何もない状態で尋ねると、このデザインの様子をそらで言える方が多くいらっしゃいます。発売以来40年間、雰囲気を変えていないこともあって、お客様の頭の中にイメージが根付いているようです。

▲初期のパッケージ
画像提供:株式会社ロッテ

――「パイの実」がヒットした後、定番商品として定着するまでに、マーケティング戦略ではどのような施策を打ち出しましたか?

おかげさまで「パイの実」は発売当初から売り上げが右肩上がりで伸長し続けているブランドです。発売当初は当時から人気タレントだった郷ひろみさんを起用してキャッチーなテレビCMを打ち出し、ブランドの認知度向上や店頭での定着化を図るマーケティング施策を行っていました。定着するまでテレビCMを投下し、店頭露出を最大化しながら、成長してきました。

また、世帯数の増加に合わせて、1986年には大袋商品(当時は「ファミリーパック」という名称)を導入し、商品の販売形態を拡張してきました。

――販売形態の拡張以外で、顧客数の増加につながった施策はありますか?

 季節ごとに期間限定品を発売しながら、ブランドの鮮度感を上げる商品展開をしてきました。直近では、コラボ商品や付加価値がある新しい商品展開を行っていて、これがトライアルの機会を創出し、間口の拡大に寄与していると思います。

例えば、チーズタルト専門店とコラボレーションした「PABLO監修プレミアムチーズケーキ」やカフェチェーンとコラボレーションした「コメダ珈琲店監修シロノワール」の展開や、パイ生地に発酵バターを使用した「発酵バター香るパイの実<アップルパイ>」のような、今までにない価値を実現した期間限定品を販売しました。

こうしたユニークに富んだ期間限定品を展開することによって、「『パイの実』を久しぶりに買ってみようかな」と手に取ってもらう機会を多く創出できたことが、顧客数の増加につながっています。

▲左:「PABLO監修プレミアムチーズケーキ」、右:「コメダ珈琲店監修シロノワール」
画像提供:株式会社ロッテ

変えていいところとそうでないところの見極めが重要

――河村さんご自身についてもお聞きしたいと思います。河村さんは、入社当初よりマーケティングの部署に所属されているのでしょうか?

マーケティングの部署に異動してきて3年目になり、約1年前より「パイの実」を担当しています。以前は営業、そして生産関係の部署にいました。現在のマーケティングの部署では、今までの営業・生産の両面の経験を活かし、多様な視点を持ってブランドを見られるところが面白いと感じています。

 入社して10年を迎えますが、私は子どもの頃から「パイの実」が大好きで、いつか「パイの実」に携わる仕事ができたらいいなと思っていました。こうして偶然チャンスを頂き、今の仕事ができるようになり、大変幸せに感じています。

 ――河村さんが普段携わっている業務について教えてください。

工場、研究、デザイナー、営業など、さまざまな部門と連動しながら「パイの実」のマーケティング業務全般を行っています。お客様調査や市場調査からヒントを得て、お客様にもっと「パイの実」を好きになってもらうために、日々パイの実を食べながら、さまざまな企画を考えています。

――ロングセラー商品のマーケティング施策を打ち出す際に、特に難しさや大変さを感じたことはありますか?

「パイの実」の前に「クランキー(※1)」というチョコレート菓子を担当していたとき、ロングセラー商品ならではの難しさを感じたことがあります。

お客様調査の結果を見たり、お客様と話していたりすると、ロングセラー商品はお客様の中でブランドイメージがある程度築かれていることをよく感じます。そのため、ブランドの変えていいところと変えてはいけないところをしっかりと見極めた上で、成長戦略を描いていく必要があるのです。

弊社の企業理念に「ユーザーオリエンテッド(User Oriented)」(※2)という言葉があるように、お客様の視点に立って考えることが非常に重要だと思っています。何かに迷ったときは、いつもこの「ユーザーオリエンテッド」という言葉に立ち返るようにしています。

※1:1974年から販売されているロッテのロングセラーチョコレート。
※2:ロッテが掲げる企業理念のうち、「LOTTE Values」の一つ。「消費者の立場になって考えること」を意味する。

――「ユーザーオリエンテッド」の視点に立ってマーケティング戦略を考えるために、取り組んでいることはありますか?

 怪しいかもしれませんが、スーパーのお菓子売り場に何時間も立ち、お客様がお菓子やブランドをどのように見ているのか、様子を観察することがあります。そこからいろいろな新しい発見やアイデアが生まれることもあり、非常に面白いです。

まずは、お客様とブランドのつながりや関係性を知っておくことがとても大切です。その上で、「ユーザーオリエンテッド」とあるようにお客様の立場になってブランドの戦略を構築し、商品や施策を考え抜き、実行に移すことが重要だと考えています。

――「ブランドの変えていいところと変えてはいけないところをしっかりと見極めていく必要がある」とのことですが、「パイの実」の変えていいところと変えてはいけないところを教えてください。

 「パイの実」は変えてはいけないところが多いと感じていますが、最も重視しているのは商品のルーツにもなっているパッケージデザインです。お客様に非常に強く浸透しているので、崩してはいけないと考えています。

例えば40周年のリニューアルにあたり、2018年に現行から少し変えたデザインをお客様調査したところ、やはり「『パイの実』ではない」との声がありました。とあるお客様は「私の『パイの実』に余計なことをしないで!」と言うくらい、それほどまでに商品のイメージが出来上がっています。しかし、それが逆にブランドの資産であると思っているので、やはり変えてはいけないところなのだと再認識しました。

一方で、変えていいところ、言い換えるならば、変えて伸ばすべきところが2つありました。1つは、変えてはいけないところとしても挙げたパッケージデザインの世界観です。お客様はあのデザインの世界観をイメージしてくれていますが、それはまだ表面だけにとどまっていて、深くは浸透していないと感じています。そこで、奥行きのある世界観に触れてもらうために、リスが登場してほっこりするような物語やリスのメッセージをパッケージの裏面に掲載するという新しい企画を打ち出しました。より身近に、より深く、「パイの実」の世界観を感じてもらえたらと思っています。

もう1つは商品の品質です。「もっとおいしくできる可能性があるのではないか?」と研究員と突き詰め、2019年4月に品質リニューアルを行いました。長年研究を重ねていたのですが、大きく変えすぎると「あまり変えないでほしい」となるため、今回は変えてもいいレベルの見極めが非常に重要でした。

▲40周年の「パイの実」のパッケージ
画像提供:株式会社ロッテ

――「パイの実」を担当していて、面白いと感じるのはどのようなときですか?

「もっと多くの方々に『パイの実』を手に取ってもらい、好きになってもらいたい」との想いで施策を打ち出します。その施策が、世の中に大きく広まっていく点も、面白さがあると思います。

「パイの実」は認知率の高い商品なので、お客様に聞くと、皆さん「一度は食べたことがある」という話になります。例えば「小さい頃におばあちゃんがいつもおやつで買ってくれていて、それがすごく思い出に残っています」という話や、兄弟で分け合って食べていた方が「今は子どもや旦那さんと一緒に食べている」といったエピソードを聞くことがあります。そうしたお客様の話を聞くだけで、ブランドの歴史を感じることができますし、自分自身が携わることができて嬉しいと感じます。

 40周年の企画でブランドに新鮮さを

 ――「パイの実」は今年で40周年を迎えますが、マーケティング戦略を行う上でブランドの課題として考えていたのはどのような点でしょうか?また、周年記念にあたり、河村さんが行った施策を教えてください。

ロングセラーブランド共通の課題にもなりますが、昔からあるのが当たり前となってしまい、ブランドの鮮度感が低下していると感じます。また思い切ったコミュニケーションをお客様とあまりしてこなかったためにブランド価値の醸成が図れておらず、ブランド自体が希薄化してしまっている点が「パイの実」の課題です。

「パイの実」を100年経っても変わらず愛されるブランドにしていくべく、40周年を機に、より多くのお客様に手に取ってもらい、もっと好きになってもらうための施策を打ち出しています。

先ほどご紹介したパッケージでの取り組みのほかに、「パイの実」のターゲット層である20~40代の女性に人気の俳優・吉沢亮さんを起用したプロモーションを行っています。Web動画などを使いながらコミュニケーション施策を展開し、新鮮さを取り入れることを意識しました。

また、年数回発売の期間限定品に新しいテーマ性を持たせ、今年は「ひとくちスイーツパイ」というコンセプトでシリーズ展開を行うことにしました。「パイの実」が潜在的に持っているスイーツ性を最大限に表現するため、これまでとは異なるトーンのデザインに刷新し、品質ではパイ生地の色を変えるなど、「パイの実」としての新しさを打ち出しました。その第1弾が「苺のミルフィーユ」で、おかげさまで計画を上回る販売を記録しています。第2弾の「クレームブリュレ」は、「パイの実」ファンが好きな、パイ表面の糖がけにこだわり、カリッとサクサクの食感を実現しています。

発売から40年が経ち、子どもの頃に食べて、大人になってからは食べてない方も結構いらっしゃいます。この「ひとくちスイーツパイ」は、そうした方にもう一回「パイの実」を手に取ってもらうトライアルの役割として位置づけています。

▲期間限定品では、味やモチーフに合わせてリスの衣装を変えている。例えば「苺のミルフィーユ」(写真左、販売はすでに終了)では、リスが苺を摘んできた設定で苺を持たせたり、パティシエの衣装を着させたりしている。お客様も意外と気づき、「今回の衣装はかわいいですね」といった反響があるとのこと。
画像提供:株式会社ロッテ

ただ、いずれの施策も「パイの実」らしさは外さないように意識して行っています。

――40周年を機に、品質改良も行っていますね。

弊社の研究員とチームを組んで、さらなるおいしさの進化をテーマに、品質改良に取り組みました。お客様調査でもパイ生地のおいしさに価値を感じていただけているお客様が多く見られたこともあり、よりパイ生地を香ばしく、そのパイ生地と相性が良いまろやかなチョコレートに改良しました。ぜひ体感していただけたら嬉しいです。

▲限定で販売された「おおきなパイのみ」(現在は販売終了)。パイ生地をリニューアルしたことを表現するべく、通常パッケージと同様に「こんがり香ばしいパイ、実りました。」のコピーが左上に入っている。

このリニューアルでパイ生地がおいしくなったことを効果的に伝えるために、通常よりもサイズが大きく、チョコが入っていないパイだけの商品を、「パイのみ」という名前で限定的に展開しました。ロッテのオンラインショップで販売し、非常に多くのメディアに取り上げていただき、「パイの実」がリニューアルしたことと、40周年であることを広くPRできたと思います。

▲「おおきなパイのみ」の発売にあたっては、オンラインフードデリバリーサービス「Uber Eats」とタイアップし、サンプリングを行った。「パイの実」の世界観を表現した絵本と「おおきなパイのみ」などを詰めたスペシャルボックスを限定で配布し、反響を得たという。
画像提供:株式会社ロッテ

――2019年3月には「パイの実」の公式Twitterを開設し、SNSマーケティングも行っている印象がありますが、こちらは若年層をターゲットにしているのでしょうか?

SNSもブランドに対する鮮度感、ブランド価値を高める目的で取り組んでおり、20~40代だけでなく若年層の方々もターゲットに含めています。

「パイの実」は、プロモーションについて「静」と「動」で表現すると、ずっと「静」だったブランドです。しかし、今後はブランド価値の醸成を図るために、「動」、つまりアクティブなコミュニケーション戦略を考えていきたいと思っています。

――最後に、河村さんご自身は「パイの実」を今後どのような商品にしていきたいとお考えですか?

私は「パイの実」には、日常にちょっとした幸せやほっこりする優しさを提供することができる力があると考えています。そんな「パイの実」を世界中の方々に食べてもらいたい、というのが私の夢です。世界中のどこにあっても、商品のおいしさやパッケージの世界観など、通じるものがあると思います。最初にお話しした誕生のルーツにもつながってきますが、これからも夢とおいしさが詰まった「パイの実」を皆様にお届けできたらと思います。

――ありがとうございました。

株式会社ロッテ
「パイの実」「コアラのマーチ」「チョコパイ」「雪見だいふく」に代表される菓子やアイスクリームなどの製造および販売を行うほか、ゴルフ場・ホテルも経営する。
創業:1948年6月
本社:東京都新宿区
代表取締役社長:牛膓 栄一
「パイの実」公式ホームページ https://www.lotte.co.jp/products/brand/painomi/

 

「Marketing Native (CINC)」掲載のオリジナル版はこちら今年で40周年!ロッテ「パイの実」が守り続ける世界観とブランドの課題

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