視聴維持率平均70%! 今注目の「企業YouTubeチャンネル」のプロデューサーに、動画コンテンツ企画のノウハウを聞いてみた
こんにちは、テレビ東京の明坂です。
突然ですが、有隣堂という書店をご存知でしょうか。神奈川県を中心に、東京、千葉などで約40店舗を展開していて、基本的には書店なのですが、書籍以外にも文房具や食品などの雑貨も売っています。
そんな有隣堂のオウンドYouTubeチャンネルである「有隣堂しか知らない世界」は、2020年6月に現在のフォーマットで動画投稿を開始し、2022年4月現在でチャンネル登録者14万人以上のチャンネルへと成長しています。たとえばゲームメーカーのような動画と親和性の高いビジネスならまだしも、「雑貨も扱う書店」という、全く異なるビジネス領域を上手く企画でエンタメに昇華し、人気チャンネルに成長させているところにとても興味ありませんか。
というわけで今回は、「有隣堂しか知らない世界」チャンネルの企画・プロデュース兼ディレクターをされているハヤシユタカさんに、企業におけるコンテンツ企画や制作におけるポイント、成功の秘訣などを伺ったので紹介します。
新たな利益の柱を模索して立ち上げた「有隣堂しか知らない世界」
明坂:「有隣堂しか知らない世界」の企画を立ち上げるにあたっての経緯と目的を教えてください。
ハヤシユタカ氏(以下、ハヤシ):有隣堂は書店なんですけど、リアル書店ってAmazon(インターネット通販)や電子書籍が台頭する今、どこも苦しいんです。有隣堂も「例に漏れず」な状況でしたから、「新たな利益の柱になるような新規ビジネスをしたい」「新しいことにチャレンジして社員さんたちの成功体験を作りたい」って、今の社長の松信さんがおっしゃっていたんです。そのときに、「YouTubeを始めたらいかがですか」「自社でメディアをもつとおもしろいと思いますよ」という話をして、「じゃあやろう」となったのが立ち上げの経緯です。
明坂:ハヤシさんは最初から企画に入られたんですか?
ハヤシ:最初、私は入っていなかったんです。YouTubeを始めた当初は、制作会社さんに頼んで本をイラストで紹介するっていうのをアップしていて、全然再生数も登録者数も伸びなくて困っているっていう話を聞いて、企画を考えたのが今の「有隣堂しか知らない世界」ですね。
明坂:有隣堂のプロモーションを目的に企画を作ったんですか?
ハヤシ:結果として、多くの人に興味をもらえたというのはあるんですけど、最初の頃は「とにかく新しいことをやらないと…」「あわよくば広告収入が入ってくるかも…」くらいの感じでしたね。
昔からあるヒットジャンルの要素を掛け合わせて、コンテンツ企画を作る
明坂:「有隣堂しか知らない世界」の大半の動画がチャンネル登録者数を上回る再生数を出していると思うのですが、それだけ既存ファンにしっかり支持されつつ拡大もしている。こういうことを成すためのポイントは何ですか?
ハヤシ:最初はやはり再生数・登録者数を増やすために多くの人に見てもらう、ヒット企画を作らないといけないという意識があったので、先人の成功例をいろいろ研究して掛け合わせていくことで企画を考えました。たとえば、ウマ娘プリティダービーっていうゲームは、「馬の育成ゲーム」と「美少女」を掛け合わせています。馬の育成ゲームは昔からあるヒットジャンルで、そこに別の要素を加えてオリジナルにしています。
有隣堂ではどのような成功例を組み合わせると良いかと考えたときに、TBSで放送している人気番組の「マツコの知らない世界」と、テレビ神奈川で放送していた「saku saku」という番組が浮かびました。その2つの番組の要素に、神奈川県で人気のある有隣堂書店という要素を掛け合わせたって感じですね。
明坂:それらの要素を選ぶにあたっては、何を意識されていたんですか?
ハヤシ:やはり企業チャンネルなので、広報的なインパクトも出さないといけないですよね。「マツコの知らない世界」で宅配ピザを紹介すると翌日全国で宅配ピザの売上が上がった、そんなことがあるように、上手く有隣堂でもそういった空気にもっていけたらなというのがありました。「saku saku」は、パペットと人間が会話するっていう雰囲気が好きだったので、有隣堂でもキャラクターと会話をする形にしました。あわよくばキャラクターを人気にしてグッズ化しようみたいなことも考えたんです。
明坂:2020年6月に出した動画から今に至るまで、大きく企画の構成を方向転換せずに成長しているように見えるのですが、どのように今の形に決まったんですか?
ハヤシ:企画立ち上げ当時、コロナ禍で多くの芸能人の方がYouTubeチャンネルを始められて、生半可な企画では生き残れないだろうと思っていたので、人気動画の傾向や編集手法など、かなり研究はしました。準備も含め、深く検討を重ねたものを1本目から注ぎ込んだので、ある程度最初から今の形にできたのかなと思います。
明坂:そのわりには1本目に取り上げたテーマは、キムワイプ(実験の時などに使う紙製のウエス)っていう結構コアな商品なんですね。しかもキムワイプは有隣堂に売っていないのに。
ハヤシ:実は、最初は「自社が売りたい商品を取り上げたい」っていう話がありました。でも、登録者がまだ300人くらいだったので、「自社都合で売りたいものを出しても誰も見てくれません」と話して説得しました。まずは、登録者数300人を500人にしないといけないですから、大勢の人じゃなくても超コアファンの人が必ず話題にしてくれそうなものは何だろうと相談しました。ということで、「キムワイプ」でいくことにしました。キムワイプだったら、世の中で1,000人ぐらいはコアなファンが絶対見てくれるだろうなって、狙っていったんです。
クリエイターの意見を尊重してくれる環境があった!
明坂:壁にぶち当たったことや苦労したことは何ですか?
ハヤシ:最初の生みの苦しみというのはめちゃくちゃありました。ただ、企業チャンネルって、クライアントとクリエイターの関係性上お互い言いたいことが言えなくて良いコンテンツが作れないっていうことは多いと思うんですけど、有隣堂の場合は「全てハヤシに任せる、何かあったら自分が責任をもつ」と社長が言ってくれて。社員さんにも「ハヤシをバックアップするように」と言ってくれたので、クリエイターとしてはとても恵まれた環境でした。
生みの苦しみは当然あったんですけど、いわゆる企業コンテンツでありがちな調整などがなかったというのはすごく幸せだったなと思います。
明坂:私も先日テレビ東京のプロモーションで少しトガった新聞広告を企画して出したのですが、社内でも「面白い」と言ってもらえて、概ね自分のやりたいようにできました。普通の企業だったらなかなかスルッとOKが出なかったと思うんですけど、やはりそこは企業の風土というかエンタメに貪欲な精神があったからこそ振り切れたというのはあったと思いますね。
ハヤシ:クリエイターの意見って、優先度が下の方だったりするんですよね。いろんな理由があって上の方とか横の方の忖度も発生するし、炎上したらどうするんだとか、自分たちの意見も取り入れてほしいとか、いろんな考え方がある中で、クリエイターの意見ってどんどん潰れていったりする。これは面白くならないだろうと思う提案も取り入れざるを得なかったりすることも、過去に多かったですね。
そこは受け止めなきゃいけないところだと思うんですけど、ただ同時にどんどん当事者意識が失われていくのがわかるんですよね。そうなるともうプロの作品ではなくなってくるし、最後の一押しみたいな粘り(こだわり)がクリエイターってみんなあると思うんですけど、それがなくなって「及第点をクリアすればいいかな」みたいになってしまう。なのでやっぱりクリエイターの意見を尊重してくれる環境っていうのは、企業の方々のことを考えないで言うと、すごくありがたいなとは思います。
テレビの視聴率を上げる方法と、YouTubeの視聴維持率を上げる手法は違う
明坂:ファンが見続けてくれるコンテンツを作るために意識しているポイントは何でしょう?
ハヤシ:チャンネル名をコールしたり、冒頭に今日のダイジェストを付けたりしていた時期もあったんですけど、すぐに企画本編を見たい人が多いのでやめました。テレビでよくやる手法もどんどん削っていって、少しでも視聴維持率が落ちないようにしています。テレビっぽい手法を入れたものは、大体失敗したので。テレビの視聴率を上げる方法と、YouTubeの視聴維持率を上げる手法は違うと思います。
明坂:確かに何本か連続で見れちゃうというか、間延びを極力しないように作られていますね。YouTubeでは、最後の20秒はカードを入れてチャンネル登録を促す固定のカットを入れるとかよくありますけど。
ハヤシ:視聴維持率にはめちゃくちゃこだわっていて、一番こだわっているのはそこです。「より多くの人に最後まで視聴してもらいたい」って考えて今平均70%ぐらいあるんですよね。ずっとグラフの線が横に伸びていて、最初以外は谷がない。
「チャンネル登録お願いします」を入れるのもよく見るんですけど、あれが入った瞬間に「あぁ、終わった」みたいになって離れてしまうので次の動画も見ようって思ってもらえるように、意識して表示時間は短くしています。先ほど言っていただいた、平均再生数が登録数に対して多いというのも、そういったところからきていると思います。
明坂:視聴維持率平均70%はすごいですね。
ハヤシ:視聴維持率が上がるとオススメにも上がりやすくなるし、次のも見たいと思ってくれるし、過去のまだ見ていない動画も見たいと思ってくれる。上手く回っていくので、チャンネル登録の表示のようなYouTubeの鉄板手法でも、もしかしたらそれは疑った方がいいかもしれません。
ハヤシさんとの対話を通じて、リサーチをするとか成功のフレームをなぞるといったマーケティング的なアプローチも大事ではありつつ、やはり大きなヒットコンテンツを生むにはクリエイターの本気(私はよく腰が入った、とか体重の乗った、みたいな形容をします)のクリエイティビティが発揮できる環境を整えるということも重要だなと思いました。
世間でヒットしているものや他人が作ったものが自分の感性では理解できないこともあるかもしれません。しかし、少なくとも自分が面白いと思っていないものを、なんとなく放っておいて偶然ヒットすることは少ないと思います。動画コンテンツに限らずLP(ランディングページ)やリスティングのTD(タイトル&ディスクリプション)をディレクションする機会一つとっても、徹底的に自分が信じる方向にこだわり抜くことが、高い成果を出すために必要なスタンスなのではないでしょうか。
先人のノウハウをインプットし、自分なりのアウトプットを生み出す
私が働いているテレビ東京の先輩に、佐久間宣行さんがいます。少し前にテレビ東京を退社されて、いまはさらに大きな枠で仕事をされている佐久間さん。テレ東在籍中に仕事上で関わる機会は数えるほどだったものの、以前私があまりに仕事が忙しく自然と笑うことができていない日々を過ごしていたころ、「ゴッドタン」という佐久間さんがプロデューサーをしている番組を観て腹が捩れるほど笑ったことがありました。そんな経験から、面白いコンテンツを作る企業や人は、多くの人を幸せにできると思いました。これがテレビ東京に入社するに至った理由の1つだったりします。
さて、そんな佐久間さんが出した書籍で『佐久間宣行のずるい仕事術――僕はこうして会社で消耗せずにやりたいことをやってきた』(ダイヤモンド社刊)という本があります。この本のなかで書かれている企画を出す際のコツとして「当たり前を反転させる」「軸となる要素に追加でアイデアを掛け合わせて新しい企画を生む」といった話や、クリエイターとして熱のこもったアウトプットを出すための心構えなどが書かれています。偶然にも本記事の対談で話題となった内容に近しい話がより具体的に書かれていますので、興味がある方はぜひ手に取ってみてはいかがでしょうか。
コンテンツを生み出す上で、マーケティングの考え方は市場の状況を把握したり、過去の成功の仕組みを踏襲したりする部分で有効です。ただ、あくまでそれはニーズや構造の理解であって、いわば攻守でいうと守りです。そういった守りの要素に加え、クリエイター独自の“アイデア”や、“腰の入ったこだわり”という攻めの要素と両輪になることで、一歩突き抜けたヒットコンテンツが生まれるのだと私は思います。
本テーマやそれ以外についてもくわしく聞きたいことなどあれば、ぜひお気軽に私のTwitterアカウントへリプライをいただければ幸いです。
また、ぜひ「有隣堂しか知らない世界」もご覧になってください。
それでは。
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