「プログラミング教育必修化には賛成だが、内容には反対」と、サイバーエージェント子会社社長が訴える理由
「デジタル後進国」「AI後進国」と言われて久しい日本。しかし、これから社会で活躍するZ世代には10代や20代でAIやスマホアプリを生み出した若者たちがいる。特集『それ私が作りました!〜AIやスマホアプリを開発したZ世代に聞いた』の5回目では、株式会社サイバーエージェントの連結子会社である株式会社CA Tech Kidsで、小学生向けプログラミング教育事業を手がける代表取締役社長の上野朝大氏に「プログラミング教育必修化」への意見を聞いた。
2016年に文部科学省は「プログラミング教育必修化」を決定し、2020年度から小学校、2021年度から中学校、2022年度から高校でプログラミング教育必修化が開始される。
「プログラミング教育必修化」と聞くと、実際に「プログラミング」という教科が導入されると思うかもしれないが、プログラミング教育は「理科」や「算数」などの教科で授業の一環として取り入れられる形だ。しかも、教育の目標はプログラミング技術の習得ではなく、プログラミングを通して得られる「プログラミング的思考」を習得することに設定している。
「プログラミング教育必修化は歓迎しているが、その内容にはあまり賛成していない」──。こう語る株式会社サイバーエージェントの連結子会社である株式会社CA Tech Kidsで、小学生向けプログラミング教育事業を手がける代表取締役社長の上野朝大氏に話を聞いた。
株式会社CA Tech Kids 代表取締役社長 上野朝大氏
立命館大学国際関係学部卒業。2010年、株式会社サイバーエージェント入社。アカウントプランナー、新規事業担当プロデューサーを務めたのち、2013年5月サイバーエージェントグループの子会社として株式会社CA Tech Kidsを設立し代表取締役社長に就任。現在、小学生向けプログラミング教室を展開する株式会社キュレオの代表取締役社長も兼務。
一般社団法人新経済連盟 教育改革プロジェクト プログラミング教育推進分科会 責任者。文部科学省「小学校段階における論理的思考力や創造性、問題解決能力の育成とプログラミング教育に関する有識者会議」委員。文部科学省「2020年代に向けた教育の情報化に関する懇談会 基本問題検討WG」委員。情報処理学会、日本産業技術教育学会、日本情報科教育学会、コンピュータ利用教育学会 会員。
小学生向けのプログラミング教室はほぼ存在しなかった
Unsplashより
──サイバーエージェントが子ども向けのプログラミング教室の事業に進出した理由を教えてください。
2012年前後、IT業界を中心にエンジニアの争奪合戦が激化していました。当時、新卒エンジニアに1000万の給料を出す企業も登場して、業界内で引っ張り合うような時代でした。
そのような時代を経て、世の中全体でエンジニアの重要性が再評価され、特にIT企業にとっては競争の源泉であるという認識が広まりました。
しかし、エンジニアがどのように育っているのかに目を向けると、公教育でプログラミングを学ぶ機会はほとんどなく、育成の土壌は整っていませんでした。欧米では義務教育段階からのプログラミング教育が導入され出したり、必要性が叫ばれ始めたりしたタイミングでもありました。
サイバーエージェントの代表の藤田(藤田晋氏)をはじめ役員の間で「プログラミングは重要だから、自分の子どもにも学ばせたい」という話題が出て、ぜひ小学生向けのプログラミング教室を始めてみようというアイデアが生まれました。
──現在は公教育における「プログラミング教育必修化」だけではなく、民間でも小学生向けのプログラミング教室がたくさん存在します。
2013年当時はインターネットで「プログラミング 小学生」で検索しても、NPOや研究者の取り組みがいくつか見つかるだけで、民間のプログラミング教室はほぼ皆無と言って良い状況でした。
わずかにあるプログラミング教室も、大人向けや中高生も含む幅広い年齢の子どもたちを対象にしているところがほとんどだった印象です。小学生に特化したプログラミング教室事業に乗り出したのは、われわれが初めてだと思います。
──当時、事業責任者に起用された際の心境を教えてください。
いきなり「上野君、小学生向けのプログラミング教室の事業責任者をやってね」と言われましたが、「マジか。本気で言っているのか?」というのが率直な感想でした。
当時、小学生向けのプログラミング教育はまだ聞き慣れず、想像もできませんでした。ビジネスとしても成功するまでに相当時間かかるし、厳しそうだなと思いました。
──2013年当時は小学生向けのプログラミング教室はほぼ存在しなかったとのことですが、どこか急激に生徒数が増えたタイミングはありますか?
私の感覚ではプログラミング教育の必修化が決定した2016年です。同年4月に当時の安倍首相がプログラミングを小学校から必修化することを発表し、メディアにも取り上げられました。プログラミング教室に参入してくる企業も増えたし、保護者の関心もぐんと上がった印象です。
「プログラミング的思考」が迷走の原因
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──実際に2020年度から小学校、2021年度から中学校でプログラミング教育が必修化されました。プログラミング教育必修化に対するお考えをお伺いしたいです。
私はもともとプログラミング教育の必修化に賛成です。前回の学習指導要領改定で「プログラミング必修化」が盛り込まれたことは本当に良かったと思っています。ただ、その内容には残念な点もあると感じています。
──現在のプログラミング教育のどのような部分に賛成できないのですか?
現在のプログラミング教育では、プログラミング技術の習得はあまり重視されておらず、プログラミングを通してプログラミング的な考え方を習得することが大事だと定義しています。「プログラミング的思考」と呼ばれるものです。
私は「プログラミング的思考」が重要であることに異論はありません。ただ、プログラミングの「技術」が軽視され、「思考」がもてはやされているとしたら、少し違和感を覚えます。
たとえば、楽器を奏でたり歌を歌ったりせずに音楽的なセンスを身に着けるのは無理な話ではないでしょうか。楽器を奏でたり、歌を歌ったりするからこそ音楽的なセンスは身に付くはずです。
なかには「プログラミング的思考」という言葉の影響で、「コンピュータは触らなくても良い」「プログラミングの絵本を使って『プログラミング的思考』を学ぼう」などと考えてしまう人たちも多数出てきました。
──文部科学省は「プログラミング的思考」について「自分が意図する一連の活動を実現するために、どのような動きの組合せが必要であり、一つ一つの動きに対応した記号を、どのように組み合わせたらいいのか、記号の組合せをどのように改善していけば、より意図した活動に近づくのか、といったことを論理的に考えていく力」と説明しています。
すぐに万人にわかりやすく説明できない「プログラミング的思考」という新しい概念が登場したことで、混乱が起きたことは事実だと思います。シンプルに「プログラミングを体験しよう」で良かったのではないでしょうか。
プログラミングを通して、コンピューターのすごさを直接体験してもらうことで、「プログラミング的思考」も結果として付いてくると思います。
──「プログラミング教育必修化」という言葉を聞くと、実際に子どもがパソコンでプログラミングをしている様子を思い浮かべる人もいると思います。
プログラミングは特定の職業で用いる専門的な技術といった印象が強いようです。小学校でプログラミングを教えると、「学校は職能訓練の場ではない」という反対意見が出てきます。おそらく、そのような意見も意識して技術ではなく考え方が大事というふうに議論を展開したのだと思います。
プログラミング教育必修化は教育行政や学校現場のさまざまな制約を乗り越えてなんとか実現させました。その内容がしっかりと実のあるものになるように、われわれ民間の教育事業者も全力で応援していきたいと思っています。
プログラミングは「脳トレ」ではなく「日曜大工」に近い
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──御社のプログラミング教室ではどのような内容を教えているのですか?
直営のTech Kids Schoolは「テクノロジーを武器として、自らのアイディアを実現し、社会に能動的に働きかけるひとへ」というビジョンを掲げ、「かなりガチな内容」を提供しています。目標はIT技術を自分の武器や強みとして使いこなし、自分のやりたいことを実現したり、困っていることを解決したりできる人材を育てることです。
たとえば、スクール1期生で現在高校3年生の菅野楓さんという子は、旅行好きな祖父母のためにシンプルな条件と要望だけでパッケージツアーを自動選定してくれるシステムを開発しました。その作品はイギリス最大の若者向け科学技術コンテストで優勝しています。彼女は小学生の頃から、自分の興味・関心事とプログラミングをかけ合わせることが得意でした。
Tech Kids Schoolは小1〜中3まで9年分のカリキュラムを用意しています。ほかの小学生向けのプログラミングスクールはビジュアルプログラミングをして一旦終了というケースが多いですが、われわれはその後にiPhoneアプリの開発やUnityによる3Dの作品制作に進めます。
──小学生向けのプログラミング教室のなかではレベルが高いとはいえ、大人がエンジニアなどの職業になる際に求められる能力とは隔たりがあると思います。
保護者の方でも「手に職をつけさせたい」という方もいらっしゃいますが、われわれはそういうことはまったく言っていません。
プログラミングはその時に主流となる開発言語の流行り廃りが大きい領域です。子どもたちが大人になった際、今習ったことがそのまま使えるという可能性は極めて低いでしょう。ましてや、ビジュアルプログラミングはプロがプロダクト開発に使うものではありません。
プログラミングが多かれ少なかれできるようになると、物事の見え方が変わってきます。物事の仕組みを理解しやすくなり、「この仕組みはこう変えたら、もっと簡単にできる」というような発想も生まれやすくなると思います。
──そのような発想が持てる子どもたちが社会に進出すると、世の中が大きく変わる気がします。
日本人のいわゆる非生産的というか、非効率的な部分を変えていくことが重要だと思います。
たとえば、コロナ禍における10万円の特別定額給付金の際、役所で大勢の職員が寝ずに紙で作業していたと報じられ、批判されました。職員や意思決定者が全員プログラミングを学んでいたら、もっと効率の良いやり方を思いついたはずです。システムを開発できる人がいたら開発したし、開発できなくてもシステムの発注はできたでしょう。
われわれが目指すのはエンジニアを育てることではなく、「エンジニアリングの素養」を持った子どもたちを育てることです。もっと言うと、1万人のエンジニアを世の中に輩出するより、1億3000万人の国民全員が少しでもエンジニアリングを知っているほうが、国民全体のリテラシーがぐっと上がり、国全体の生産性は上がると思います。
──今日お話を聞いて、私も「プログラミング的思考」ではなく「エンジニアリングの素養」を求めるほうが妥当だと感じました。
今、世間で言われているプログラミング教育の効果はまるで「脳トレ」のような印象を受けます。「プログラミングをやると脳みそに良い」ではありませんが、「理系に強くなる」「論理的に考えられるようになる」というようなものです。
むしろ、私はプログラミングは「日曜大工」に近いと思います。ノコギリやキリなどの工具ではなく、デジタルのツールであるというだけの違いであり、何かを作るための手段であることは変わりません。
子どもがやりたいことや課題解決にチャレンジできるように、不透明な人生を切り開いていくための便利なツールとしてプログラミングを教えることが重要だと思います。
──今後、プログラミング教育の需要はさらに高まっていくと思います。どのような変化が起きると思われますか?
プログラミング教育の必修化をきっかけに、雨後の筍(たけのこ)のようにプログラミング教室が生まれていますが、内容はピンキリで「お遊び」に近いようなものも多いです。
今後、プログラミング教育はより本質的な内容が求められるようになり、プログラミングの絵本を読んだり、知育のおもちゃで遊んだりするような取り組みが淘汰(とうた)されるのは時間の問題でしょう。
「AI:人工知能特化型メディア「Ledge.ai」」掲載のオリジナル版はこちら「プログラミング教育必修化には賛成だが、内容には反対」サイバーエージェント子会社の社長が訴える理由2021/12/07
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