(写真はDCON2021本選の様子)

「デジタル後進国」「AI後進国」と言われて久しい日本。しかし、これから社会で活躍するZ世代には10代や20代でAIやスマホアプリを生み出した若者たちがいる。特集『それ私が作りました!〜AIやスマホアプリを開発したZ世代に聞いた』の3回目では、安価に使える打音検査AIを手がける19歳の現役高専生 前川蒼さんに話を聞いた。

投資家たちに企業評価額は6億円、投資額は1億円とされた打音検査システムがある。福井工業高等専門学校(福井高専)のプログラミング研究会が手がける「D-ON(ディーオン)」だ。本システムはエッジAIとクラウドAIを巧みに活用することで、小型軽量で安価に、誰でも簡単に打音検査を実現する。

一般社団法人日本ディープラーニング協会(JDLA)が4月に開催した「第二回全国高等専門学校ディープラーニングコンテスト2021(DCON2021)」の本選において、本システムを手がけたプログラミング研究会は最優秀賞を受賞。賞金として100万円の起業資金を手に入れた。

村田知也先生、前川蒼さん(左から順に)

「準備ができたら、今年中に起業しようと思っている」──。19歳の現役高専生 前川蒼さん、指導教員の村田知也先生にD-ONの開発裏話と今後を聞いた。

開発期間はわずか4カ月、従来は約200万円のところ約130万に

DCON2021本選の様子。プレゼンではD-ONの安さや精度の高さをアピールした

──本選のプレゼンでは、学校にいる際に天井からコンクリートの一部が落下してきたことをきっかけにD-ONの開発に乗り出したと話されていました。開発期間はどれぐらいですか?

前川さん:当初、D-ONのアイデアはまったくありませんでした。DCONがあると言われてから、何を開発するか話し合いを始めました。開発を始めたのが12月だったので、開発期間は4カ月〜5カ月ぐらいです。ヒアリングも開発も同時に進めました。

──開発にあたりどのような点にこだわりましたか?

前川さん:僕はプログラム担当ではないですが、精度が1番大事だと思っていました。ほかに重視したのは安さです。開発する前に近い製品があるのかを調べましたが、すごいデカくて値段も高い機械ばかりでした。D-ONの小さくて値段も安いところは強みになるのではないかと考えました。

──試算では従来の打音検査ではトンネル1本が平均約200万円のところ、D-ONでは約130万円で済むんですよね。

前川さん:実際の打音検査はたたく人、確認する人、記録する人の3人で実施します。D-ONは人件費を約3分の1カットできます。日本の平均的なトンネルの長さとトンネルの高さから面積を算出して、普通だったら約200万のところ、D-ONを使ったら約130万になるという試算です。

──DCONは各チームに有名なメンターが付いてくれるのが特徴です。プログラミング研究会のメンターはさくらインターネット株式会社 代表取締役の田中邦裕さんでした。

前川さん:田中さんとは多いときには1週間に2回〜3回オンラインで打ち合わせをしました。毎回約30分で意見交換します。アドバイスをもらったのは事業的な部分です。最初からサブスクリプションのような形式にするのは決めていましたが、「実際にどのような人をターゲットにしようとしているのか具体的に書いたほうが良い」などのアドバイスをもらいました。

──DCONでは投資家の方たちが審査員を務めます。高専生たちに鋭い質問をすることが多い、株式会社経営共創基盤 共同経営者マネージングディレクターの川上登福さんも本選のなかでD-ONについて、「いろんな企業の方もぜひこういう発想でアーキテクチャを組んでまねてほしいと思うぐらい素晴らしい」と絶賛していました。

YouTubeで前年度の動画を見ていましたが、審査員の人に何を質問されるかわかんないのは不安でした。川上さんはほかの出場者には何回か質問していて、見ているだけで怖かったです。僕の番は川上さんからの質問なしで、そのまま投資だけしてくれました。

──優勝したときはどのような気持ちでしたか?

前川さん:どちらかと言うと、「本当に優勝しちゃったか……」という戸惑いのほうが強かったです。最初はとりあえず一次審査が通るかわからないけど、出してみようぐらいの気持ちでした。ここまで来るとは誰も思っていませんでした。指導教員の村田先生も入賞できれば良いとずっと言っていました(笑)。

「今年中にすぐに起業しようと思っている」

DCON2021本選の様子。司会のヒャダインさん、DCON実行委員長で技術審査員の松尾豊さん、メンターの田中邦裕さん、司会の小島瑠璃子さん(左から順番に)

──さくらインターネットの田中さんは「(D-ONを)完成させてもらいたい」と言っていました。

前川さん:最近、実際の現場で実験させていただきましたが、橋の下などでD-ONを使うと、精度がまったく出ないことがわかりました。DCONに出場した当時は音が一切ない空間で複数回の実験を重ねて、精度上がったと考えていたのです。今はとりあえず問題を洗い出し、ハードから考え直しています。

──開発はおひとりでやられているのですか?

前川さん:実は、今は村田先生にほとんど任せちゃっています(笑)。

──生徒と先生なのに、社長と開発担当と関係が逆転していますね(笑)。村田先生は開発されていて、どうですか?

村田先生:私も別件が山積みになっており、なかなか時間を取れていませんが、いろいろ試さないといけない段階です。基本的にプログラミングはそのままでも大丈夫なのですが、少し欠陥が多いので、検討し直さないといけません。構想自体はあるので、あとは実行に移すだけだと思います。

──本選では司会のヒャダインさんに起業の意思を聞かれ、「名前が起業資金と書いてあるので、しなきゃいけないのかな(笑)」と答えていたのが記憶に残っています。

前川さん:そういえば、言いましたね(笑)。今、会社名を考えるなど起業するために必要なものを準備しているところです。準備ができたら、今年中にすぐに起業しようと思っています。

2012年12月2日に山梨県大月市と同県甲州市の間にある笹子(ささご)トンネルで起きた「笹子トンネル天井板落下事故」では、天井板のコンクリート板が落下し、9名が死亡した。国土交通省はトンネルや橋には老朽化のため、5年に1度の検査を義務づけている。

本選のプレゼンにおいて、前川さんは「われわれの企業理念はすべての老朽化から人の命を守ることです」と訴えた。指導教員の村田先生が指摘するとおり、課題はあるものの、あとは実行に移すだけだ。今後の動向に注目してほしい。