マネージャー必見! PDCAサイクルは顧客視点を加えることで加速し、顧客の理解も深まる
デジタルマーケティングの世界では、施策を試し、その効果を検証し、それをもとに再度施策を練り直すというPDCAサイクルの理論が浸透している。例えばA/Bテストは、比較的簡単にバナーの効果を測る手立てとして、マーケターなら日常的に実施しているだろう。
PDCAサイクルを真の意味で機能させるためには何を注意するべきか。「Web担当者Forum ミーティング 2020 秋」のセッションで、データサイエンティストとして活躍する、ブレインパッドの佐藤洋行氏が詳しく解説した。
「結果がすべて」=「運がすべて」でいいのか?
佐藤氏は大学院在学中、農地の植生分析を衛星画像で行う研究で農学博士号を取得。そのデータ分析力をバックグラウンドに、現在はブレインパッドで顧客のマーケティング支援に携わっている。2020年10月には、電通との共同会社「電通クロスブレイン」の取締役に就任した。20年以上に亘り、さまざまな分野のデータ活用に取り組んできたのが強みだという。
そんな佐藤氏は講演冒頭、ビジネスにおける意思決定の意味を端的に示すためとして、1つのクイズを出題した。
- ある1万円の商品を購入しなければならない
- この商品を取り扱うのは店舗A・店舗Bの2つだけ
- この2店はそれぞれ別のキャンペーンを行っている
こうした前提条件のもとで、2人の意思決定者が、それぞれ下記のような購買行動を取った。どちらが合理的な意思決定をしたと言えるだろうか。
- 意思決定者①:店舗Aを選んで定価の1万円で購入
- 意思決定者②:店舗Bを選んで割引価格の5000円で購入
これだけ聞くと、当然、意思決定者②の購買行動こそ合理的と評価されるだろう。しかし、キャンペーンの中身は、実際にはもっと複雑だった。
- 店舗A:10人に1人が当たるくじを購入時に引いて、当たれば無料、外れれば定価販売するというキャンペーン
- 店舗B:10人に1人が当たるくじを購入時に引いて、当たれば半額、外れれば定価販売するというキャンペーン
――この条件であれば、店舗Aを選択した意思決定者①の行動がむしろ妥当と言えるはずだ。
結果だけを分析しても、前提となるキャンペーン条件を把握していないと意味がない。佐藤氏は、「店舗A・店舗Bどちらを選んだかという“結果”だけをもとに、顧客の行動を分析・評価・断定するのは危険である」と言う。
ビジネスの世界では「結果がすべて」という言葉をよく聞く。しかしビジネスに関する意思決定は基本的に全て不確実性に基づくにも関わらず、「結果がすべて」というのは、結局のところ「運がすべて」だと認めているのと同じだ(佐藤氏)
よって佐藤氏は、PDCAサイクルにおけるPlanからDoへの移行、つまり「意思決定」をCheck(評価)するには、実際に何が行われたのか、何をしようとしていたのかを正確に知らなければならないと主張する。
そのA/Bテスト、顧客視点ですか?
この考えを、実際のA/Bテストへと反映させるとどうなるだろうか。佐藤氏はここで以下のような例題を示した。トップページに掲載するバナーのデザインを2種類用意し、それぞれのクリック率(CTR)と、遷移先コンテンツを閲覧したユーザーのコンバージョン率(CVR)を計測するという、ごく一般的な方式である。
結果、CTRが高かったのはデザインB、CVRが高かったのはデザインAという結果になった。ビジネスにおいて重要なのはあくまでコンバージョンなので、この場合、CVRの高かったデザインAを選択するのが一般的だろう。
だが、この意思決定は、冒頭のクイズの例から見れば、何かが足りない。それは「顧客」の視点が抜けているからだ。
マーケティングの大家であるドラッカーが「真のマーケティングは顧客からスタートする」と述べているように、マーケティングで重要なのは「何を売りたいか」ではなく、「顧客は何を買いたいか」を意識することだ。また顧客は、財やサービスを買うこと自体が目的なのではなく、購入によってどんな満足度を得られるかを緻密に判断している。
先ほどのA/Bテストとその結果は「売り手にとってどちらのバナーデザインがよいか」を測っている。しかし本来は、「顧客が何に価値を感じているのか」をあぶり出すのがデータ分析の正しい出発点だ(佐藤氏)
難しい概念にも思えるが、こうした考え・行動は人々が日常的に行っているものだ。例えば、ある見知らぬ人間と初対面したとき、その相手のことを知りたいと思ったら、どう行動するだろうか? 表情・体型・持ち物などから、対象となる人物について、経験をもとにまず想像する。「優しそうな性格に見える」「ラーメンが好きそう」――といった具合だ。これが“観察”だ。
そこから続く会話では、「お仕事はラーメン屋の店主ですか?」などのように発展させていく。こちらは“コミュニケーション”である。
この「観察」から「コミュニケーション」の流れは、マーケティングにおける仮説検証に相当する部分で、PDCAサイクルならば観察がP、コミュニケーションがDである。ここまでくれば当然、会話内容を聞くことがCで、その内容から観察結果を「ラーメン屋の店主ではないけどラーメンは好きそう」のように変更・深化するのがAだ。
顧客の視点で仮説を積み重ねる
ここで先ほどのA/Bテストに戻ってみよう。トップページのバナーのCTRは、マーケターが調べたい数値ではある。しかし佐藤氏が繰り返し述べているように、決定的に重要なのはあくまで顧客の視点であり、「見方を変える必要がある」という。
顧客は、マーケターの意図とは別に、バナーをクリックせずに別経路で対象コンテンツに遷移することもある。また、サイトの全CVが対象コンテンツ経由で発生する訳でもない。よって、当初想定したCTRとCVRの計測だけでは、現実の顧客の行動を正確には捉え切れていないのである。
前述の結果に「別経路での遷移率」「トップページからのCVR」を加えたのが以下の図である。ここまでデータが追加されれば、仮説は自ずと変わる。
今回のA/Bテストでは、遷移先コンテンツが同一なのでユーザー体験の違いは少ない。ここからは下記のような仮説が立てられる。
- そもそもCVしにくいユーザーがデザインBの時にクリックしたのではないか?
- そもそものCVのしやすさ/しにくさは何で決まる?
一般論として、訪問ユーザーがそもそも新規だったのか、既存会員だったのかでCTRが違うことが予想される。もしそこに大きな違いがあれば、CVのしやすさ/しにくさの判定基準になりそうだ。
こうした仮説の積み重ねで、問題の中心が「バナーのデザイン」ではなく、「新規客・既存客の違いによって、それぞれ適したバナーデザインがあるのではないか」という段階にまで行き着くことができる。ユーザー種別を反映させた結果は以下になる。
これらの数字を総合すると、下記のような結論が導き出される。
- バナーデザインによるCTR・CVRの違いは少なく、むしろ新規客か既存客かが大きな要因だった
- とはいえ、新規客のCTRには差があるので、デザインBのほうが新規客に適していたのではないか
PDCAサイクルを1度だけ回して終わりにするな!
前述したA/Bテストにおいて「新規客に対するバナーデザインBの効果」が確認された。そして、そのデザイン内に「おかげさまでナンバー1」という表記があったとしよう。
ならば、「ナンバー1」という第三者的見地からの評価が、新規客の誘因に繋がったという考察はできそうだ。別の施策においても、新規客の開拓には「ナンバー1」の表記を用いるのは、決して悪い選択肢ではないようにみえる。
だが、これはPDCAサイクルの本質からは外れていると佐藤氏は言う。PDCA→PDCAではなく、PDCA→DCA(Pが抜けている)どまり。Doをいきなり刷新してしまい、その前段階であるPlan(仮説)を更新していないのだ。
PDACのAが意味するところは、「仮説(P)」の改善であって、施策(D)の改善ではない(佐藤氏)
たった1度PDCAを回しただけで、不確実性を完全に廃した絶対的正解を得られるはずもない。これがまさに、「『結果がすべて』というのは『運がすべて』と言っているのと同じ」と、佐藤氏が厳しく警告する理由だ。
顧客視点でPDCAを回すためのA/Bテストにおける理想例は、テスト結果によって新規客の仮説が更新されたなら、また別の切り口の施策──今回で言えば「ナンバー1」表記を今後も繰り返すのではなく、別の新規顧客向けにもテストする──を行うことだ(佐藤氏)
最後に佐藤氏は「KPIの大小だけで意思決定をするのは、PDCAを回していることにはならない。あくまでユーザー目線で物事の価値を考察してほしい。目の前のKPIの善し悪しで運を評価するPDCAはもう止めよう」と呼びかけて、講演を締めくくった。
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