顧客ニーズ vs 作り手の論理「正しい」のはどっち?広報を活用した冷凍パンのサブスク誕生秘話
「プロダクトアウト」か、それとも「マーケットイン」なのか。製品・サービスを市場投入するにあたって、しばしば交わされる議論である。開発者の理論や思いを優先する前者、消費者ニーズに徹底的に寄り添う後者、そのどちらにも理があり、断定的な評価を下すことは難しい。
そんな中、冷凍パン販売サービスを手がけるパンフォーユー社は、まさにプロダクトアウト志向でサービスをローンチさせたものの、事業立ち上げに苦しんだ過去がある。それをどのように軌道修正したのか。「Web担当者Forum ミーティング 2020 秋」にて代表取締役の矢野健太氏が語った。
独自の「冷凍パン」技術で新しいプラットフォームを構築
矢野氏は新卒で電通に入社し、主に交通広告分野のメディアバイイングや企画を担当。その後教育系ベンチャー企業などを経て、地元の群馬県で2017年1月にパンフォーユーを設立した。
現在のパンフォーユーは「多様なパン屋・メーカーと、消費者をつなぐパン・プラットフォーム」を標榜。各地にあるベーカリーに対して独自の冷凍技術を供与し、個人宅・オフィス・百貨店などに届けるサービスを展開している。
パンフォーユーはパンの売り手・買い手を仲介する立場であり、ベーカリーからはまず販売品目・単価・生産可能量などを登録してもらう。そこに対してパンフォーユーは冷凍技術のライセンスを行い、販売先などを選定する。
仕入れ管理や物流の手配もパンフォーユーが行う。小規模ベーカリーでは配送用ラベルの作成などが負荷になりやすいので、これを代行する格好だ。またパンフォーユー自身も、一般消費者やオフィスにパンを販売している。
サービスの基軸となっているのが、パンの冷凍技術だ。ベーカリーは通常どおりパンを焼き上げた後、所定の袋につめ、標準的な冷蔵庫を使うだけでパンが冷凍できる。瞬間冷凍機のような高額の設備投資が必要なく、さらにはフードロス削減、パン職人の労働時間帯の調整など、さまざまなメリットがある。
主軸事業で大苦戦。ひとりよがりのマーケットインだったのか?
パンフォーユー起業の背景について、矢野氏は「群馬県出身ということもあり、地方に魅力ある仕事を作りたいと思っていた」と話す。またパンフォーユーの本社がある桐生市周辺には、大手アパレルの服を下請けで製造している工場が集中している。「技術はあるが販売力がない」というアンバランスについて考えを巡らせる中、パン冷凍技術に出会い、起業に至った。
前述の通り、パンフォーユーは設立当初と現在でビジネスモデルが異なる。初期の冷凍パン販売事業は、原料、栄養素、中身の具などをユーザー側で選べるという、カスタマイズ性の高さがセールスポイントだった。
食品のカスタマイズは、サラダ店やコーヒーショップでもよく行われている。パン店の場合、使用する素材のカスタマイズに対応できるということが技術力アピールにもなるので、将来的なOEM展開にもつながりやすいのではないかと、当時は考えていた(矢野氏)
しかしカスタマイズ販売は伸び悩んだ。むしろ人気を集めたのは、さまざまな種類のパンがお任せでセットになっている“アソート”だったという。
パンのカスタマイズは先進性が高いので人気が出ると考えていた。しかしお客様の評価を実際に聞いてみると、カスタマイズ性よりも、ランダムでパンが届くほうが楽しいとか、冷凍庫にパンをストックしておいてその中から『今日はどれを食べよう』と選べる楽しさを求める方もいた(矢野氏)
市場のウケを考えて導入したはずのカスタマイズ制度。だが実際には「独りよがりな見立てだった」と矢野氏は当時を振り返る。
パン市場の人気は、女性によって支えられている部分が多い。しかしパンフォーユー創業のアイデアを出したのは男性中心。パンのカスタマイズ販売は、言わば自動車やバイクのカスタマイズの発想に近く、その意味でも市場実態を反映した考えではなかった可能性がある。
路線変更のためにフレームワークを活用
矢野氏は、パンのカスタム販売を軸に長期事業プランを考えていた。しかし設立メンバーの中からは、事業の将来性を危惧する声が次第に出始めた。
少人数経営で日々忙しく、正直なところ『パンのカスタマイズ販売』が伸び悩んだときのピボット(路線変更)はまったく準備できていなかった。お客様による、SNS拡散も期待していたが、そちらも上手くいかず、かなり右往左往した(矢野氏)
こうして、パンフォーユーはピボットを模索することになる。そこで矢野氏が考え出したのが「緊急かつ重要度の高いニーズに応えられない限り、事業は立ち上がらないのでないか」という仮説だ。
パンの人気は根強いが、パンフォーユーが売ろうとしているのはあくまで「冷凍パン」である。早期に売上を増やすためにも「今すぐ、どうしても冷凍パンが欲しい」という顧客を見つけたい。しかしそうした緊急性の高い客が、パンにカスタマイズ性を求めるとは思えない。
矢野氏によれば、国内冷凍パン市場そのものは拡大している。しかしそれはB2B市場で先行する現象であって、その需要の中心は飲食店やホテルなどで使われる業務用だ。対してパンフォーユーは個人向け販売のB2Cサービスであり、その位置付けは微妙に異なる。
以下の図は、2018年初頭ごろ、冷凍パンの位置付けについて緊急度・自由度の2軸で分析したフレームワークである。
冷凍パンは賞味期限が長く、添加物は極めて少ない。健康志向の客に売るのは1つの考え方だが、しかし緊急性が求められるかは疑問だった。また個人宅の冷凍庫では、沢山のパンを保存しておくのも難しい。
このフレームワークを検討していた頃、ニュースなどで話題になっていたのが“ランチ難民”だった。弁当関連のスタートアップが登場していた時期でもあり、パンフォーユーではオフィス需要、つまりB2CからB2Bへのチャネル拡大へ動き出した。
B2Bでも大切なのは「本当のニーズ」に耳を傾けること
B2B営業の成果は上々だった。大手企業での導入もすんなり決定。「オフィスの冷凍庫は空いていて、沢山のパンを冷凍保存するのに最適では?」という目算をさらに超え、専用冷凍庫の貸出を依頼されるケースもあった。
ある時、導入企業にヒアリングをしてみると、想定外の意外な意見があった。それは「金曜日に配送してくれるからありがたい」というものだった。その企業では、土日営業を行っていたが、ランチ社食で困っていたとのこと。配達弁当、さらには“置き社食”などのサービスも利用していたが、廃棄ロス懸念から毎週金曜日でそれらの備蓄がなくなってしまう。近隣のコンビニや食堂が週末閉店してしまう地域という事情もあった。
その点、パンフォーユーの冷凍パンは土日備蓄に最適な金曜日配送を行っていて、そうした悩みを解消する存在だった。まさに、オフィスの“緊急需要”を捉えていたのだ。
サービスをリリースした後でも、細かくニーズを探っていかないと、お客様に刺さるポイントが見つけられないことを実感した。例えば、導入を即決してくれた会社の中では、離職防止のために冷凍パンを導入してくれていた。転職市場が活況なため、福利厚生がよくないとすぐ転職されてしまうからだという。これも『緊急度』に関わる話だが、まさかこんなプロダクトマーケットフィットがあるとは(矢野氏)
パンフォーユーでは「ニーズ」を重視
B2Bサービスとしてのパンフォーユーは注目を集め、メディア露出が増加。冷凍パンを求める企業からさらに声がかかるようになっていった。
大手の飲料メーカー・食品流通会社からの問い合わせもあった。こうした企業は知名度が高いため、食品の仕入れには不便しないと思えるが、それでもメディア露出を通じて冷凍パンの存在やパンフォーユーの事業モデルを知った。スタートアップ企業がメディア露出に活路を見出すことには賛否あるとしながらも、パンフォーユーには有益だったようだ。
今年2月には、当初苦労したB2C事業であるサブスクリプションサービス「パンスク」をスタート。開始5カ月で3000名以上の会員を獲得している。
パンスクはもともと2019年11月のサービス開始を予定していたものの、諸事情から翌年2月にずれ込んだ。ちょうどその時期は、新型コロナウイルスが国内で問題になりはじめ頃。一斉休校、外出自粛といった事態が、図らずも冷凍パン需要の緊急度を高めたのも事実だろうと矢野氏は分析する。
『事業はタイミング』とよく言われる。コロナ禍とはまた違う、緊急度の高い問題は今後も起こりうるだろうから、そのタイミングに備えておくことも必要だと思う(矢野氏)
矢野氏はこうした一連の体験を経て、顧客ニーズに対応する意識が変わったと話す。
私の場合、『地方で魅力ある仕事を作りたい』というのが起業のモチベーションだったが、これはある意味エゴで、市長や商工会議所はともかく、一般の市民からはそこまで求められていない。プロダクトアウトの考え方に近かった訳だが、これからは自分の経験を踏まえ、ユーザーのニーズありき(のマーケットイン)で事業を広めていきたい(矢野氏)
そして聴講者に対しては、改めて「緊急度」をもとにしたマーケティング手法を提案した。商品性を変えないまま、見せ方・切り口だけの変更で販売数量増を狙わなければいけない時に、マーケターはどうすべきなのか。そのヒントが緊急度、つまり「今どうしても必要」な人を見つけることだとアドバイスし、講演を終えた。
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