Webアクセシビリティ提訴件数、米国では昨年の2.8倍に。法律で義務づけられる海外の現状[CSUNレポート]
「アクセシビリティ」をテーマに、年に1度開催されているグローバルカンファレンス「CSUN(シーサン)」。今年の参加メンバーがレポートする本連載記事の第1回では、インフォアクシアの植木氏がCSUNの全体像をレポートしました。
第2回ではコンセントのディレクター中村が、CSUNで参加してきたセッションから、アクセシビリティの提訴コストに関するセッションと ADHD (注意欠如多動性障害)の当事者の方によるセッションをご紹介します。
アメリカでWebアクセシビリティ関連の提訴件数が、激増している
第1回で触れたように、先進国のほとんどではWebアクセシビリティの確保が法律で義務付けられています。CSUNでも法律をテーマとしたセッションが多く開催されており、6つあるセッション分類カテゴリの1つとなっています。
海外ではこれらの法律を根拠として、訴訟に発展する事例が出ており、グローバル展開する企業の担当者は、海外の現状も知った上でアクセシビリティ対応を進めることが求められます。
最初に紹介するのは、アクセシブルでないコンテンツに発生する苦情や訴訟に対応した場合のコストを認識し、苦情を適切に処理することで訴訟を回避することが可能になる、という「The Real Cost of Accessibility Complaints and Lawsuits(アクセシビリティに関する苦情と訴訟のコストの実態)」セッションです。
登壇したのは、アメリカでチェックツール開発やコンサルティングなど、デジタル分野のアクセシビリティを高める活動に幅広く取り組んでいるDeque Systems(デキューシステムズ)社のGreg Williams(グレッグ・ウィリアムズ)氏です。
最初に共有されたのは、2018年のアメリカでのWebアクセシビリティ提訴・訴訟の現状です。
- 提訴件数は対前年比で281%増
- 提訴件数トップはニューヨーク州
- 訴えられた企業の11%がアメリカ以外に本社を置いている
- 提訴が多い業界は下記6つの業界
- 小売
- フードサービス
- 旅行/ホスピタリティ
- 銀行/金融
- 娯楽とレジャー
- セルフサービス
アメリカには、障害を持つ人がアメリカ社会に完全に参加できることを保証したADA(Americans with Disabilities Act 障害を持つアメリカ人法)という法律があります。
このADAに基づいたWebアクセシビリティ提訴の件数が、2017年には814件だったのが2018年には2,285件となり281%も増加しています。
提訴された企業の11%はアメリカ以外の国に本社を置く企業であり、ここには日本も含まれているそうです。
アメリカでの提訴はグローバルに影響しており、アメリカだけに留まらない流れになっています。
苦情を受けた場合のコストは? 訴訟に発展すると?
アメリカをはじめアクセシビリティの確保が法的に義務付けられた諸外国では、アクセシビリティ対応が不十分な場合、「使いづらい」「使えなくて困っている」と、利用者から苦情が入ることも珍しくありません。
ひとたび苦情を受けると、メールでの対応や苦情の文書化、お客様フォローアップ、対象プロジェクトの修正などが必要となります。
Greg氏は、「1年あたり100件の苦情に対応するための活動を試算すると、994,950ドル(約1億円)もの金額がかかる」と言います。
一方提訴や訴訟には、苦情よりもより長い時間とコストが必要となります。弁護士の手配や証拠開示手続き、交渉などを含めると、訴訟1件あたりの費用の試算は356,775ドル(約4,000万円)にものぼるとのことです。
Webアクセシビリティを確保できていないことによる苦情や提訴・訴訟には、これだけのコストが発生してしまうのです。
では、私たちは何ができるのでしょうか。
デジタルでの情報発信をアクセシブルな状態に保つ
Greg氏は、「私たちにできることは、苦情を減らし、苦情が訴訟になることを防ぐこと。提訴されてから対応するのではなく、日ごろから苦情にきちんと対処して提訴されるリスクを回避するのが良い。さらには、デジタルでの情報発信をアクセシブルな状態に保つこと(読み上げソフトでも同等の情報が得られるようにするなど)が苦情や提訴・訴訟のコスト回避のための最善の戦略となります」と述べます。
アメリカでは、5人に1人(=6,400万人)がなんらかの障害を持っており、障害のある就労年齢の人々の可処分所得合計は約4,900億ドル。アフリカ系アメリカ人は5,010億ドル、ヒスパニック系アメリカ人は5,820億ドルとなっており、他の重要な市場セグメントに匹敵することことも紹介していました。
障害を持った方へのアクセシビリティ対応は、少人数の方にコストをかけて特別に行うことではありません。高品質のサービスや製品のための広大な消費者市場であることが明らかです。
また、Deque Systems社の着手予定の研究では、以下の傾向も見えてきているとのこと。
- 全盲の方は、アクセシビリティの問題を理由に、1か月あたり2つの会社に見切りをつけている
- 全盲のインターネットユーザーの10人のうち9人は、アクセシブルでない企業に対して、支持しないことを明言している
- 全盲のインターネットユーザーは、アクセシビリティの問題を週に1回カスタマーサービスに連絡している
政府によると、障害を持つ人々は、アクセシビリティにおける問題のために政治プロセスに参加できないことを頻繁に訴えています。
Greg氏は最後に、「デジタル上で行うアクセシビリティ対策の費用対効果を上げるには、できるだけ早く不具合を見つけることが効果的である。プロジェクトの最後の段階でアクセシビリティテストを行うのではなく、プロジェクトの初期から対策を進めていきましょう」と言い、セッションを終了しました。
CSUNでは、身体以外の障害についてのセッションも多く提供されている
ところで私は今年初めてCSUNに参加したのですが、とても印象に残ったのは、視覚・聴覚などの身体障害だけでなく、身体以外の障害へのサポートについても多くのセッションが用意されているということでした。
特に、認知機能の障害、発達障害やADHD(注意欠如多動性障害)などは、近年日本でもよく知られるようになってきています。このような認知機能障害への支援についてのセッションも多く開催されていました。
具体的には、日々の生活をサポートするためのアプリの研究結果発表や、認知力を鍛えるためのゲームの研究発表、障害の特徴とそれに対する支援の仕方についての発表や、Webアクセシビリティの向上の仕方などのセッションが行われていました。それらの中で私が一番印象に残ったADHD 当事者の方によるセッションを紹介します。
ADHDを持つ人々の経験を理解する
動きのあるコンテンツの一時停止、停止、非表示に関する基準の重要性に関するセッション「The Importance of Pause, Stop, Hide(一時停止、停止、非表示の重要性)」は、アクセシビリティ専門家でありADHD当事者でもあるShell Little(シェル・リトル)氏によるものでした。
セッション会場に入ると、こちらのスライドが表示されていました。
CSUN(シーサン)のセッション参加者に配布される名札には金具が使われており、カチャカチャと音が鳴る状態。参加者は全員名札を付けているため、この音が常に会場中に響き渡っていました。それがShell Little氏にとっては非常に不快であり、「セッションを続けることができない」と言うのです。
この(音が鳴らないようにするために)名札を首から外すという行為を通して、参加者はみな、ADHDを持つ人の経験を強く意識付けされ、セッションがスタートしました。
Shell Little氏のセッションタイトル「The Importance of Pause, Stop, Hide」は、WebコンテンツをよりアクセシブルにするためのガイドラインであるWCAG(Web Content Accessibility Guidelines)の達成基準2.2.2「一時停止、停止、非表示」と同じタイトルです。
この達成基準の意図は、「利用者がWebページでやりとりしている間、他のことに注意がそらされることを避けること」です。
Shell Little氏は、ADHDの方たちがデジタルコンテンツを見る際にどのような状態が起こるのか、具体例を説明しました。
動く広告があると、情報を得られない
ADHDなどの発達障害を持っている人の中には、動く広告があると気が散ってしまい、ページ内に書いてある内容に対処することができなくなり、得たい情報を得られなくなってしまう方がいます。そのため、広告ブロッカーを使って動く広告をブロックすることで、原因を排除し、得たい情報を得ているそうです。
でも広告がブロックされると、Webサイト側は、「広告をブロックしないでください」「広告をブロックしたい場合は有料となります」などのアラートを出します。
このアラートの中には、オーバーレイで、アラートダイアログが表示され、元のページが見られなくなるというものもあります。
Shell Little氏は、こういった料金を支払うように誘導する仕組みを、「障害者税(disability tax)」だと言い、「動く広告についてもっと議論を行うことで、広告を提供する会社はユーザーに送る広告の種類について再考しなければならなくなる。多くの人がそれについて話し懸念を提起すれば、私たちはこれを1日で変えることができるだろう」と示唆しました。
Shell Little氏は最後にメッセージとして下記3点をあげ、セッションをまとめました。
- 強制的な仕組みを、まずは改善してください
- デザインを行う前に、障害を理解してください
- ユーザーにオプションを与えてください
アクセシビリティ向上のために私たちができること
日本では、Webアクセシビリティの文脈で、身体障害以外の障害を持った方がセミナーなどで登壇されていることをあまり見たことがありません。Shell Little氏は自らADHDだと公言し、自身の体験をもとにして参加者への意識付けの活動をしています。
Shell Little氏のセッションを聞いたことで、疑似体験が難しい身体以外の障害に対する、私自身の意識がとても薄い状態であることに気づかされました。このような体験を通じて、Webサイトの情報取得から排除されている人がいることを知り、障害を理解することの重要さをあらためて認識しました。先ほども紹介した、Webコンテンツをよりアクセシブルにする基準であるWCAG(Web Content Accessibility Guidelines)、は、昨年、仕様の改新が発表され、最新バージョンがWCAG2.1となっています。
W3C(World Wide Web Consortium)のアクセシビリティガイドラインワーキンググループでは、認知・学習障害の分野の新しい達成基準を検討するタスクフォースが作られ、最新バージョンである、WCAG2.1は、認知・学習障害を持った方にとってメリットとなる達成基準も追加されました。WCAGでも、この分野の対応に力を入れてきており、日本では、まだ障害に対する理解が足りていない分野ですが、今後、議論が進むと思われます。
ここで私たちが注意しなければいけないのは、ただ基準を満たすことを目的にしないこと。まずは障害を理解することが大切です。理解しないまま進めても、「基準を満たす対応」となり、基準の範囲内だけの対応となってしまいます。
たとえば生まれつき聴覚に障害を持つ方は、言葉を獲得する乳児期に、視覚からしか言葉を獲得するすべがなく、文章の読み書きが苦手になる傾向があります。
WCAGでは、読み書きが苦手な(手話を母語とする)聴覚障害者に対して、手話通訳の提供をガイドラインに定めていますが、音声コンテンツすべてに手話通訳をつけるということは現実的でない企業も多いでしょう。
たとえ手話通訳が難しかったとしても、たとえば、コンテンツの文章を可能な範囲で平易なものにしていくことで、本来の価値を享受できるユーザーは増やせます。
私たちが第一に考えるべきは、ガイドラインの基準を満たすことではなく、多くのユーザーにより良い体験を提供することです。
障害を理解し、どのような排除が生まれるのかを考え知ることで、障害の有無によって発生する情報取得までの時間や取得できる内容などに格差が発生しない、アクセシビリティ向上が実現可能なはずです。さまざまな障害を理解することにも目を向け、一緒にアクセシビリティ向上を推進していきましょう。
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