アクセシビリティをテーマにした世界最大級のカンファレンス「CSUN」【第1回】
皆さんは「CSUN(シーサン)」という米国で行われているカンファレンスをご存知ですか? 「アクセシビリティ」をテーマにした年に1度のカンファレンスで、これまで34回も開催されています。
本記事では、4回にわたり「CSUN」の紹介とカンファレンスの内容を紹介していきます。第1回は「CSUNがどんなカンファレンスなのか」15年連続で参加しているインフォアクシアの植木が詳しく紹介していきます。
そもそもCSUNとは?
「アクセシビリティ」をテーマにしたカンファレンス「CSUN」は、毎年3月にアメリカで開催されています。日本からもWebアクセシビリティに取り組んでいる企業のWeb担当者、Web制作会社の制作者、Webサービスの開発者の方たちなどが参加しています。そして、数多くのグラミー賞受賞で知られるアメリカの歌手スティービー・ワンダーさんも毎年会場を訪れているカンファレンスです。
主催者発表によると参加者数は、3,000人~5,000人くらいで、Webに限らず「アクセシビリティ」に取り組んでいる人たちが世界中から集まります。やはり、開催国のアメリカからの参加者が一番多いですが、これまで私がこのカンファレンスで知り合った人たちは、カナダ、イギリス、フランス、ドイツ、オランダ、イタリア、オーストラリア、ニュージーランド、インド、中国、韓国など、本当にいろいろな国から参加しています。「アクセシビリティ」をテーマにしたカンファレンスとしては、世界最大級といってよいでしょう。
このカンファレンスは、今年で34回目の開催を迎えました。もともと、2017年の第32回までは「International Technology & Persons with Disabilities Conference(テクノロジーと障害者の国際カンファレンス)」という名称でした。
文字通り、障害者と障害者が日常生活で使用するテクノロジーをテーマにしたカンファレンスだったわけです。2008年まではロサンゼルス、2009年~2018年まではサンディエゴで開催され、そして今年からアナハイム(いずれもアメリカのカリフォルニア州)での開催となりました。
正式名称は「CSUN 支援技術カンファレンス」
ちなみに、カンファレンスの正式名称は、「CSUN Assistive Technology Conference(CSUN 支援技術カンファレンス)」といいます。
「CSUN」は、「シーサン」と読みます。CSUNは、このカンファレンスを主催しているカリフォルニア州立大学ノースリッジ校(California State University, Northridge)の頭文字で、参加者の間では通称として「CSUN」または「CSUN Conference」と呼ばれています。
「Assistive Technology」というのは、日本語では「支援技術」といって、障害のある人が使用しているさまざまな支援機器やソフトウェアなどのことを指します。
たとえば、PCやスマートフォンを操作するときに使われている支援技術としては、次のようなものが挙げられます。
- 全盲の視覚障害者が使用しているスクリーンリーダー(画面読み上げソフト)
- ロービジョン(弱視)の視覚障害者が使用している画面拡大&色反転ソフト
- マウス操作が困難な人が使用しているジョイスティックやスイッチとよばれるデバイスなど
PCやスマートフォンの操作でいえば、何らかの障害があることによって、ユーザーが「見えない」、「見えづらい」、「入力しづらい」、「操作しづらい」場合に、支援してくれるハードウェアやソフトウェア全般を「支援技術」といいます。
もしiPhoneをお使いでしたら、以下を一度ご覧になってみてください。
- メニュー[設定]-[一般]-[アクセシビリティ」
そこには、さまざまな障害がある人のニーズに応える支援技術や機能が標準で搭載されています。
3日間のセッション数は合計で約400!
カンファレンスは、水曜日から金曜日までの3日間で開催されて、「セッション」と「展示ブース」の2つで構成されています。月曜日と火曜日には、プレカンファレンスとして半日や一日のワークショップが開催され、火曜日の夕方には基調講演と前夜祭のようなレセプションがあります。
参加費は555ドルで、早割でも515ドルです。宿泊費は、カンファレンスが開催されるホテルの場合、参加者限定で一泊209ドルと、決して安くはありませんが、それだけの価値がある3日間です。
セッションは、1つのセッションが40分で、毎日朝8時から夕方17時までの間に7~8つのセッションがあります。同じ時間帯に18~19ものセッションがあり、3日間で合計すると、セッション数はなんと約400もあります。
セッションは、次の6つのカテゴリに分類されます。
- 教育
- 雇用と職場
- エンターテインメントとレジャー
- 自立した暮らし
- 法律とポリシー
- 交通
現在はこの6つのカテゴリに分類されていますが、以前は「Web」というカテゴリもあったほどで、Webアクセシビリティのセッションが数多くあります。私が初めて参加した2005年当時から、セッション全体の中で「Web」に関するセッションが占める割合は1/3くらいあったと思います。いずれにしても、「アクセシビリティ」は、Webだけにかぎったものではありません。この「CSUN」では、Web以外のさまざまなアクセシビリティを知ることもできるというのも、皆さんにお薦めするポイントの一つです。
120以上の企業・団体が出展するブース
そして、展示ブースは、毎年数多くの企業や団体が出展しており、今年は122の企業・団体による展示ブースが並んでいました。そのジャンルは、やはりWebに限ったものではなく、実にさまざまです。公式プログラムでは、以下のカテゴリに分類されています。
- 拡大・代替コミュニケーション(AAC)
- アクセシブルな家具
- エージェンシーやサービス
- 入力やキーボードの代替デバイス
- 移動手段(モビリティ)
- 全盲やロービジョン
- 日常生活
- 教育ソフトウェア
- 学習障害
- ソフトウェア
- 通信デバイス
たとえば、スクリーンリーダーとよばれる画面読み上げソフトウェア、PCの画面表示を拡大するソフトウェアもあれば、視覚障害者が使用している白杖、点字プリンタ、アクセシブルな家電、バーチャルリアリティを用いたデバイス、オンラインゲームなどもあります。
そして、なぜかCIA(外国での諜報活動を行うアメリカ合衆国の情報機関)もここ数年はブースを出しています。話を聞いてみると、CIAでも障害のある人を職員として雇用していることをPRするためなのだそうです。
毎年あのスティービー・ワンダーがお忍びで来場!
そして、冒頭でもご紹介したスティービー・ワンダーさんは、この展示ブースで最新のテクノロジーをチェックするために、毎年こっそりと来場しています。ご自身が全盲の視覚障害者であり、全盲の人が利用できる最新のデバイスやソフトウェアなどをチェックされているようです。
とてもフレンドリーな方で、声をかけた参加者たちとの記念撮影にも応じたりしています。今年は私も運良く遭遇できたので、「東京から来ています。あなたの大ファンです!」と声をかけて、写真を撮ってもらいました。
実は、子どもの頃に初めて買ってもらったLPレコードが、スティービー・ワンダーだったのです! 皆さんも運が良ければ、スティービー・ワンダーと記念撮影できるかもしれませんよ。
私がCSUNに15年連続で参加している理由
さて、私は2005年から15年連続、15回目の参加となりました。自分にとって「CSUN」の一番の醍醐味は、「何よりも自分と同じようにWebアクセシビリティに取り組んでいる世界中の人たちに会えること」です。
W3Cのガイドラインのワーキンググループで普段は、電話会議で声だけを聴いている人たちやTwitterでフォローしている人たち、接点はないけどWebアクセシビリティの界隈では誰もが知っているような有名な人など、CSUNに行けば本当にみんなそこにいるのです。
近年、グローバル企業のWeb担当者さんとお仕事をさせていただく機会が増えてきているのですが、そんなときには「CSUN」で培ってきた人脈がモノを言います。最近は、CSUNで知り合った人たちと食事に行ったり、パーティーに招待していただいたりする機会も増えてきたので、食事やお酒を楽しみながら情報交換やディスカッションしたりするのが、とても貴重な時間になっています。
日本ではなかなか聞けない大手企業による取組事例紹介
そして、私は普段コンサルタントとして、大手企業のWebアクセシビリティに関する取組をお手伝いしていることもあって、いろいろな企業による取組事例紹介のセッションがとても勉強になっています。
これまでにセッションで聞いたことのある企業の名前を挙げると、アマゾン、Google、マイクロソフト、Twitter、Facebook、Slack、BBC、アメリカン航空、AT&T、エクスペディア、JPMorgan Chase、WordPress、TARGETなど、業種もさまざまです。
日本では、Webアクセシビリティに取り組んでいる企業のWeb担当者さんが、セミナーなどで自社の取組事例を紹介することはごく稀です。そういう意味でも、先行事例から学ぶことはとても多いです。
ググっても見つけられないリアルな情報を入手できる場
また、ここ数年の傾向として、アメリカをはじめとする諸外国での「法的なプレッシャー」の高まりがあります。特に、アメリカではここ数年、アクセシビリティに問題があるWebサイトやモバイルアプリを対象にした提訴件数が激増しています。
2015年には年間で50件程度だったのが、2018年には2,200件を超えているのです。その中には、日本のグローバル企業も含まれているようで、そういった相談を受けることも増えてきました。
Webサイトやモバイルアプリに問題があって企業や団体が提訴されるなどということは、日本ではまず考えられません。もちろん、Webで検索すれば、ある程度の情報を得ることはできます。
でも、実際のところどうなのか? というのは、やはりいろいろな人に質問してみないとわからないものです。それができるのも、CSUNというカンファレンスが自分にとって意味がある理由の一つでもあります。
たとえば、今年の年明け早々に「ビヨンセの公式Webサイトがアクセシビリティに問題があるということで提訴された」というニュースがありました。有名な企業や団体が提訴されたというニュースが増えているなか、いよいよアーティストのWebサイトまでもが提訴されるようになったのです。果たして、アメリカではどのように受け止められていたのでしょうか。そんな疑問もいろいろな人から話を聞くことで解決できます。
もちろん、CSUNの開催期間中だけにかぎらず、CSUNでいろいろな人と出会ってきたことによって、必要なときにいろいろな国の人と情報交換できるようになってきたことは、何物にも代えがたい大きな財産になっています。
Webアクセシビリティにおける海外諸国と日本の差を実感
そんななか、近年感じるのは、Webアクセシビリティにおける海外諸国と日本の差です。何よりも一番大きいのは、「法律により義務付けられているかどうか」という点です。企業の視点で言えば、法的なリスクがあるかどうかです。
先進国とよばれる国のほとんどでは、少なくとも官公庁や自治体などの公的機関に対してはWebアクセシビリティの確保が法律で義務付けられています。国や地域によっては、企業に対しても義務付けていたり、問題があれば提訴できる法律があったりします。
最近では、ヨーロッパのEU諸国でもWebアクセシビリティの確保を求める法律の整備が進んでいるようです。たとえば、フランスでは、年間の売上が2億5千万ユーロ以上ある企業には、Webアクセシビリティの確保を求められます。そして、先ほどご紹介したように、アメリカでは企業のWebサイトやモバイルアプリに対する提訴件数が激増しています。
諸外国ではアクセシビリティは「やるべきこと」。法的義務がある場合も多い
つまり、諸外国では、アクセシビリティはすでに「やるべきこと」になっていて、その前提で全てが動いているように感じるのです。その顕著な例は、自動的なチェックツールの開発です。たとえば、大規模なWebサイトのアクセシビリティをチェックするために、クロール機能のあるチェックツールがいくつもあって、競合同士で切磋琢磨しあってきているせいか、その機能や利便性がここ数年でレベルアップしてきています。
ちなみに、チェックツールで自動的にチェックできるのは、全体のチェックのうち、約20%程度だと何年も前から言われています。そういったデータを紹介したセッションが今年のCSUNでもあったのですが、その数字はなかなか変わらないようです。
今後、AIなどのテクノロジーによって、その比率が少しずつでも上昇していくことも期待されていますが、そのような状況下で大規模なWebサイトではどのように取り組んでいくべきなのか。
つまり、日本ではまだまだ「なぜやるべきか?」の段階であるのに対して、アメリカをはじめとする諸外国では「どうやるべきか?」という前提になっている点が大きな違いであり、CSUNではその「差」が年々広がり続けているようにも感じたりします。
会場でしか味わえない、とても普通で自然な「ケイオス」
そうそう、CSUNに参加する最大の魅力をご紹介するのを忘れていました。それは、会場でしか味わうことのできない「当たり前」を体感できることです。
CSUNには、さまざまな障害当事者もたくさん参加しています。カンファレンスは、ホテルをほぼ貸切にした状態で開催されるのですが、その期間中はセッション会場や展示会場のスペースはもちろん、ホテルのロビーなどでも実にいろいろな人たちが行き来しています。
たとえば、白い杖を突いている人たち、盲導犬などの補助犬を連れている人たち、手話で会話している人たち、そして車椅子や電動車椅子で移動している人たちなどです。「ケイオス」と言ってもよいかもしれません。そして、それが何だか普通なのです。自然なのです。こればっかりは、言葉で皆さんにうまく伝える自信がありません。
もしかしたら、「興味はあるけど、英語できないからなぁ……」と思っている方も少なくないかもしれません。でも、アクセシビリティに興味があるなら、いやWeb担当者のお仕事をされているなら、あの空気感はぜひ体感してもらいたいなと思います。
私自身、実はWebアクセシビリティの仕事をするようになるまで、障害のある人たちとの接点は皆無でした。そんなこともあってか、CSUNの会場でそんな光景を目の当たりにして、自分がその空間の一部になったことによって、「アクセシビリティ」に対する価値観や考え方が大きく変わって、現在の自分があると思っています。
2020年、是非皆さんも「CSUN」へ
来年は、CSUNも35回目という区切りの良い年でもあります。そして、2020年ですから、東京ではオリンピックとパラリンピックが開催される年です。来年のCSUNは、2020年3月10日~13日にアメリカのアナハイム(カリフォルニア州)で開催されます。今ならまだ間に合います(笑)。皆さんもぜひ一緒にCSUNに行きましょう!
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