デジタルマーケティング成功の鍵はツール導入の前段階にある
消費者がデジタルのツールを日常的に使うようになった現代、デジタルマーケティングへの取り組みは必須だ。しかし、「デジタルマーケティングに取り組んだが成果が上がらない」という企業は少なくない。それは、「ツールを導入する前段階がきちんとできていないから」だと、株式会社富士通総研 コンサルティング本部 シニアマネジングコンサルタントの田中秀樹氏は言う。
富士通総研は、富士通グループのシンクタンクで、コンサルティングとさまざまな調査を行っている。ここでは2月26日に開催された富士通の「BtoCデジタルマーケティングセミナー」を3本の記事に分けてレポートする。
同社の田中氏が「デジタル化への認識とデジタルマーケティングの実態調査」の結果を紹介しつつ、デジタルマーケティングを推進するに当たって注意すべき点や成功のポイントを解説した。
- デジタルマーケティング成功の鍵はツール導入の前段階にある(この記事)
- 「プライベートDMP」改め「CDP」――顧客文脈のコミュニケーションを進めるデータ基盤の仕組みと活用法
- マルケトとサイトコアが語る、顧客体験を高めるコミュニケーションとは
目的が明確でなければツールは選べない
アドテクノロジーのサービスを一覧にした「カオスマップ」と呼ばれるものは、マーケティング業界では有名だ。日本のカオスマップには、10のカテゴリーで280のサービスが列挙されており(米国のカオスマップはもっと多い)、どれを選んでどう組み合わせればいいのか途方に暮れる人も多いだろう。
田中氏は、ツールやサービスの善しあしを見ようとするのではなく、自社がデジタルマーケティングで何をしたいのかを見極め、それにふさわしいツールを選ぶべきだと言う。
デジタルマーケティングの目的は、「見込み顧客獲得」「購買獲得」「ファン育成」などによって、顧客の段階を引き上げることだ。それを、ネット広告やMAやDMPなどさまざまなツールで実現する。
目的を明確にしてからツールを選択した具体例を3つ紹介する。
事例①:フェリー会社
予約してくれた人と「似た人」にアプローチ
予約獲得のためにネット広告を活用して集客した事例である。
あるフェリー会社では、テレビCMの予約獲得効果が低迷していたため、ネット広告を活用して効率的な集客をしたいと考えた。具体的には、すべての人に一律にバナー広告を出すのではなく、今まで予約してくれたのはどのような人かを分析し、似た人にアプローチすることで効率化を図った。
たとえば、飛行機で行く方が早いのにフェリーを使う理由として、以下のようなものがあることがわかった。
- 小さい子がいるので、飛行機でぐずることを気兼ねした
- ペットと一緒に行きたいが、飛行機だと離ればなれになってしまう
そこで、小さい子どもがいる人やペットを飼っている人向けに、フェリーの良さを訴求する広告を出し、予約を獲得した。活用したツールはネット広告とDMP(顧客情報などを蓄積するデータベース)である。
事例②:カード会社
顧客のLTV目線で企業方針を変革
LTV(Life Time Value:顧客生涯価値)重視に企業方針を変革した事例である。
あるカード会社では、いくつかの事業部がばらばらに顧客にメールを送るため、受信を拒否する顧客が増えてしまった。受信拒否や退会が増えても新規顧客をどんどん増やせばいいという時代ではないため、顧客に心地よい体験を提供することで顧客を維持する必要があった。
そこで、起こりうる出来事やアクシデントを顧客目線で可視化し、緻密なカスタマージャーニーマップを作成した。これに基づき、顧客に送るメールのタイミングとコンテンツも再設計した。使ったツールはMA(マーケティングを自動化するもの)で、One to Oneコミュニケーションを行った。
事例③:化粧品会社
複数ブランドの動きを統合して「商品軸」から「顧客軸」に転換
顧客の一人ひとりに最適なコミュニケーションを実施するために、DMPを導入した事例である。
ある化粧品会社には、複数のブランドがあり、それぞれがブランド内のことだけを意識してマーケティング活動を行っていた。個々の施策は成果を挙げていたが、各ブランドの動きを統合することでより効果的なマーケティングを行えると考え、施策の方針を「商品軸」から「顧客軸」に変えた。
それぞれの顧客に最適なコミュニケーションを行うために、自社サイト、店舗、外部メディアといったさまざまなシステムに蓄積されている顧客の行動データをDMPに集めて分析を行った。その結果は、広告、マーケティング、CRMなどに活用されている。たとえば、それまではすべての人に同じバナーを出していたが、現在は既存顧客にはバナーを出さないなどといった出し分けを行っている。
デジタルマーケティングの取り組み状況(調査結果)
続いて田中氏は、富士通総研が行ったデジタルマーケティングに関する調査の結果を抜粋して紹介した。概要は、以下のとおりだ。
消費者向けビジネスでは、消費者が価格をネットで調べる行動が当たり前になった。BtoCではネット経由の問い合わせが増えた。つまり、顧客側のデジタル化が進んでいる
すでにデジタルマーケティングに取り組んでいる企業は、BtoCの小売・外食業やサービス業で多いが、今後取り組む予定や検討中の企業まで合わせるとすべての業種で60~90%の比率になる
取り組みの目的で多いのは、BtoCの小売・外食業やサービス業で「新規見込み客(リード)獲得」、BtoC製造業で「コミュニケーション・情報収集」など業種によって目的が違う
目的が違えばツールも違う。各業種ですでに導入されているマーケティング手法・ツールの割合は、以下の図のとおりである
デジタルマーケティングが成果を上げているかを聞いたところ、上がったと答えた企業は全体で37%であった。残りの企業では、まだ成果が見えていない。
業種によってもかなり差があり、最も成果が上がったのはBtoCのサービス業で、BtoBでもサービス業は高い値を示している。一方、製造業はいまひとつという状況である
興味深いのは、最後の「デジタルマーケティングが成果を上げているか」という調査だ。「成果が見えていない」と答えた企業に話を聞くと、以下のような課題が挙がった。
①取り組みの意義が明確でない
「トップから言われたから」「競合他社がやっているから」などの理由で、自社にとってどのような意味があるのかよくわからないままデジタルマーケティングを始めると、ひとつの施策に取り組んだあと、次にどう展開すればいいのかわからなくなる。
②どう評価すればいいかわからない
①と同様に、「TwitterやInstagramが流行っているから」「他社がやっているから」という理由でソーシャルメディアマーケティングを始めると、アクセス数やフォロー数が増えたとしても、それがビジネス的にどのような価値があるのか評価できない。
③シナリオやコンテンツが作れない
「MAツールを導入したが、シナリオやコンテンツが作れないのでメール配信にしか使っていない」という場合がある。お金を払えばベンダー(システムインテグレーター)はツールを導入してくれるが、そのツールを使って自社に顧客を誘導するには「シナリオ」や「コンテンツ」が必要だ。ベンダーはシナリオやコンテンツを作ってはくれないので、自分たちで作らなければならない。
④他部署が非協力的、理解が得られない
ほかにも、デジタルマーケティングに懐疑的な人が社内にいることや、デジタルマーケティングを始めても他部署が様子見で協力してくれないこともある。また、「お金をかけてツールを入れたのだから、これくらいは売上が上がるだろう」と急にハードルを上げられるケースもある。そうならないためには、以下のことが重要である。
自社がなぜデジタルマーケティングに取り組むのかを明確にし、経営層も含めて社内で目的意識を共有する
デジタルマーケティングの全体像(最終的に何を目指し、どこから始めるか)を具体化し、「将来的にはこうなるが、今はトライ&エラーの段階」など目的に対する現状の位置づけを社内で共有する
段階ごとの効果測定の指標を作る
そしてこうしたことを行ったとしても、その後の実践段階では、顧客を獲得・育成するためのシナリオとコンテンツが必要になる。
デジタルマーケティングを実践する5つのステップ
「ツールを導入したがあまり成果が上がらない」という場合、ツールが悪いというよりも、ツールを使う前の段階がきちんとできていないケースが多い。ツールは手段でしかなく、デジタルマーケティングの実施には、明確な目的と自社の状況に合わせた段階的なアプローチが必要になる。
田中氏は、デジタルマーケティングの実践ステップとして次のようなものを提唱する。
①意識共有
まず、なぜ自社がデジタルマーケティングに取り組むのかをきちんと考えて社内で共有する。
マーケティングの担当者であれば進め方はある程度わかっているだろうから、それを他の人に伝えたり、仲間を作るために一度他部署の人に集まってもらってディスカッションをしたりするとよい。そこでとりまとめたものを上申することで、スムーズに進められる。
②全体図策定
次にデジタルマーケティングの全体図を策定する。
段階的に進めることを基本とし、「自社のどこからデジタルマーケティングを始めるのか」「それがうまくいったら次はどこに進むのか」などを決め、最終的に目的を達成できるようにする。
このときに重要なのは顧客理解だ。「自社の顧客のことなら分かっている」と思っていても、意外と過去の知識にとらわれていることも多い。最近の顧客がどのようにデジタルを活用しているのか正確なところを把握するために、このタイミングで顧客の行動をきちんと理解する。それに基づいて全体図を策定することで、効果的なデジタルマーケティングを実施できる可能性が高まる。
③施策検討
全体図が決まれば、何から始めればよいかも明確になるため、その次は具体的なシナリオを描く作業に移る。
この段階では、顧客の購買プロセスを分析し、どのように自社に誘導するのか、そのためにはどのようなコンテンツが必要なのかを検討して制作を行う。コンテンツの制作に関する詳細は後述する。
④トライアル
コンテンツの準備ができたら、実際にコンテンツを試すことによりトライ&エラーを行う。
ここでツールを入れてもいいが、デジタルマーケティングで成功している企業では、まず手作業で施策を試していることも多い。手作業で実施できるパターンには限界があるが、少ないパターンの実験によって効果を確認し、自動化によってさらに効果が得られることを確かめてからツールを入れれば無駄は少ない。
⑤本格実施
トライアル&エラーによって得られた結果をもとに効果的なシナリオやコンテンツを準備できたら、本格的にシステムを導入し、運用する。
こういったステップを踏むことで、デジタルマーケティングを無駄なく効果的に行うことができる。
ビジネスに貢献するコンテンツを作る4つのステップ
デジタルマーケティングでは、当然ながらコンテンツが非常に重要だ。ネット上のさまざまなツールを利用して顧客を呼び込むには、自社のコンテンツが必要になる。ただし、コンテンツを制作する目的をきちんと吟味しておかなければ、効果的なコンテンツにはならない。
たとえば、次のようなことはコンテンツの目的として本当に正しいだろうか?
- ウェブサイトのコンテンツを増やしてアクセスを増やす
- 検索サービスの検索順位が上がるコンテンツを制作する
サイト内にアクセスが多いページがあっても、それがビジネスに関係ないページであれば意味がない。また、いくら検索順位が上がっても、直帰率が高ければビジネスには貢献しない。
必要なのは、「自社のビジネスに適合した顧客を呼び込むようなコンテンツを制作すること」である。
富士通総研で自社サイトの集客力向上を支援する場合、具体的には以下のようなステップを踏んでいる。
- 顧客の購買行動や他社との競合状況を分析する
- 分析をもとに、コンテンツ制作の最終的なゴール、コンテンツに取り入れるキーワード、顧客を呼び込むシナリオを検討し、コンテンツを制作する
- 制作したコンテンツでマーケティングを実践し、結果を分析してPDCAをまわす
- 効果的なシナリオとコンテンツのパターンを見極める
SEOおけるキーワードの絞り込み
SEO(検索エンジン最適化)で取り組むキーワードの検討にはインターネット上の声なども活用できる。たとえば、あるキーワードに言及しているブログを抽出し、発言者の年齢や性別、どのような文脈で触れているかなどを調べるツールがある。
「タイヤ」について調べたのが以下の図だ。
また、あるキーワードがグーグルで検索される場合に、組み合わされることが多いキーワードや、結果として表示されるサイトの順位がわかるツールもある。
アンケート調査などと違い、ネット上をクローリングするだけで手軽に調査できるので、利用しない手はない。特に、検索結果で競合他社が上位に出ている場合などは、社内でデジタルマーケティングを推進する際に説得力のある資料にもなる。
こういったデータを基に、検索数の規模やCVRの高さ、検索者の属性や競合への対策状況、さらに自社サイトの状況などを考えて、最適なキーワードを絞り込んでいく。
SEOを意識したコンテンツ制作
キーワードが決まったら、そのキーワードをコンテンツの中でどう生かすかを考えながらコンテンツを形作っていく。検索サービスでの掲載順位を上昇させるには、キーワードに関するコンテンツの網羅性、専門性、使用頻度などがポイントとなる。
また、HTML文法においてWebページ内の見出しを示す「hタグ」も重要だ。今さらと思うかもしれないが、正しく記述されていないウェブサイトが多い。hタグを正しく使えば、検索サービスのクローラーにコンテンツの構造が正確に伝わり、ページのトピックを検索エンジンに理解してもらいやすくなるといわれている。hタグを使用する際には以下の点に気を付けるとよい。
- コンテンツに関係のある見出しをつける
- h1タグは1つのページにつき1回のみ使用する
- 正しい順序でhタグを使用する。h1→h3→h4というようにh2を飛ばすなどはしない
これからのマーケティングではCXが重要
デジタルマーケティングで成功するための具体的なポイントやSEOの施策をここまで紹介してきたが、最後に、これからのマーケティングで念頭に置いておくべきことを説明しておく。それは顧客体験(CX:Customer Experience)だ。
マーケティングの現代までの変遷を図にすると以下のようになる。
1980年代には、すべての顧客に対して同様のマーケティングを実施する「マスマーケティング」が行われていた。しかし時代が進むにつれ、マーケティングは顧客の共通性や差異に着目するように変化を遂げ、顧客一人ひとりに適したマーケティングを行うという考え方が2000年代に登場した。そして現在、マーケティングの上でばらばらに分割されていた人たちがソーシャルでつながるようになっている。そこで重視されるようになったのが顧客体験(CX:Customer Experience)だ。
「モノ(所有)からコト(利用)へ」という変化がいわれているように、現代では、モノの品質が良いのは当たり前であり、商品の価値は顧客体験全体としてとらえる必要がある。顧客体験とは、商品そのものの価値だけでなく、購入する経験も含めた体験というのが代表的な定義だ。
「脱落を上回る新規顧客を獲得すればいい」という時代は終わり、現代では顧客を維持するために顧客体験を向上させることが求められる。それによって、企業は顧客と長期的な関係を築くことができる。簡単に言うと、顧客とのコミュニケーションが大事なのだ。
デジタルマーケティングの取り組みにおいても顧客体験を意識することが大切で、冒頭で紹介した3つの事例も顧客体験を意識したものになっている。
田中氏は最後に、デジタルマーケティングで成功するポイントを以下のようにまとめた。
デジタルマーケティングに取り組んでも効果を挙げられない企業が多いが、ツールは「手段」でしかない。「目的」を明確にすることが重要
顧客に対する理解を深め、取り組みの全体図を作ってから、デジタルマーケティングの実践に進む。自社サイトの集客強化は特に効果的
これからのデジタルマーケティングでは、顧客体験(CX)が重要になる
- デジタルマーケティング成功の鍵はツール導入の前段階にある(この記事)
- 「プライベートDMP」改め「CDP」――顧客文脈のコミュニケーションを進めるデータ基盤の仕組みと活用法
- マルケトとサイトコアが語る、顧客体験を高めるコミュニケーションとは
ソーシャルもやってます!