ANAが考えるお客様視点のWebコミュニケーション、航空券を買うだけじゃない「旅行や日常を豊かにするサイト」へ
ANAは大きな組織なので、部門ごとにサイトに出したい情報が山ほどあります。でもそれは、お客様が望んでいる情報と違うかもしれません。掲載したいと思う情報は、お客様にとってメリットがあるのか、掲載するのに一番良いタイミングはいつなのか、十分に検討する必要があります。
迷ったときには、お客様に向き合っているのか、「お客様の視点」に戻って考えることが、私の心がけていることです(石川さん)。
航空サービス調査であるSKYTRAX社の5つ星評価を4年連続で獲得するなど、世界の優良航空会社にも選ばれる全日本空輸(以下、ANA)のサイトには、毎月何百万人もの利用者が国内外から訪れています。そんなANAのサイトは、2015年4月のリニューアルを皮切りに現在もさまざまなプロジェクトが続いています(2016年4月12日にリニューアルが実施されました)。
今回は、ANAのサイトを担当するマーケティング室で、デジタル・マーケティングを担当する石川さんに、日々の運用やリニューアルについての考えを伺いました。
「予約購入をする」だけではないサイトへ
ANAのお客様には、搭乗回数がたいへん多いお客様もいれば(中には年に100回を超える人も)、年に1回か2回程度のお客様もいます。お客様の数でいうと圧倒的に多いのは後者です。
何度も利用いただくお客様をこれまで以上に大切にしながら、搭乗回数の少ないお客様と日常的にコミュニケーションをとって、「乗る機会は少ないけれど、乗るときはANAにしよう」というお客様を増やしていくのが、今の私たちの課題だと考えています。お客様と多様な接点持ち、関係性を深めていくことが大切なのです(石川さん)。
お客様と日常的にコミュニケーションしていくことで、いざ飛行機を利用しようというときにANAを思い浮かべてもらう。こうしたサイトの役割の変化の背景にあるのが国内市場の先行きです。
まず、国内市場を見ると、よく搭乗される方の多くが、すでにANAの会員になっています。日本の市場でこれから新規会員数を大きく伸ばすのは、なかなか難しいことでしょう。そこで、「搭乗回数の少ないお客様にも、飛行機を利用する際にANAを想起していただき、選んでいただくことが大切になります」と石川さんは言います。
もう1つが、海外から日本に来日するお客様にANAに乗っていただくこと。さらに、北米からアジアへ、アジアから北米へなど、経由地として日本を利用する旅客を増やすことも重要な戦略だと考えているそうです。
日本の魅力を伝える「ANA Experience Japan」
海外の利用者を増やすための取り組みは、すでに行われています。日本の新しい魅力を伝えるサイト「ANA Experience Japan」もその1つです。
私たちが見ても「行ってみたい」と思ってしまうほど美しく、楽しそうなサイトです。魅了されて行ってみたいと思ったら、ルート選定からANA予約サイトへの導線も自然の流れのように淀みなくナビゲートされる素敵なサイトに仕上がっています。もちろん、レスポンシブWebデザインで作られています。
ANAの海外向けサイトは全部で24サイト。運用を考えると、日本サイトを含めコンテンツはできるだけ一緒にしたいところですが、石川さんに聞くと、日本と海外での認知度の違いから訴求する内容が違ったり、日本のサイトと比べてより直観的なデザインが好まれたりするなど、地域による違いがあるようです。
また、海外向けサイトは航空券販売だけに集中していますが、日本のサイトでは海外サイトにはない「ツアー」販売もあり、サイトとしての作りが一体化するまでにはまだ時間がかかりそうです。
私が以前いた職場でも、世界同一デザイン、同一構成実現を検討して(One Company, One Design)全世界一斉にユーザー調査を行ったことがありました。選ばれたのがヨーロッパ2カ国、アメリカ、ブラジル、それと日本の5カ国。結果、言語の問題もあったと思いますが、日本の利用者はデザインの嗜好性など他国と際立って異なるという結論が、調査会社からレポートされました。
他の国や地域の間では何とか「共通の落とし所」が見つかりましたが、日本の利用者の嗜好はどの国、地域とも相容れなかったそうです。こうしてしばらく「日本は日本で」という時代がありました。だいぶ前のことですから、いま同じ調査をするとどうなるのか興味のあるところです。
マスからグループ、そしてパーソナルへ
現在、ANAのサイトでは、将来の理想とするコミュニケーションを実現するために、お客様の利用頻度などの状況に分けて、コミュニケーションを設計しているそうです。
- 頻繁に利用する人
何度も搭乗するお客様は、すでにANAのことをよく知っています。大切なことはストレスなく予約ができ、チェックインもできること。予約変更なども、PCサイトからも、スマホアプリからも、自由自在に快適に利用できるように考えられています。
- 中頻度で利用する人
低中頻度で利用するお客様には、予約導線に入る前に、いかに適切に情報を出すべきかを考慮しています。
たとえば、日頃の生活のなか、電車に乗っている間に次の旅行のための下調べをすることもあるでしょう。そんなときにANAのサービスや、スケジュール、運賃などを、適切なところで適切なタイミングで提示したいと考えています。「すぐに予約につながらなかったとしても、検討後に購入いただくようにお客様の状況や環境に応じた形で情報をしていきたい」という考えです。
- まだ接点がない人
まだANAをよく知らない方や初めて飛行機で旅行される方には、まずANAがどのような航空会社なのかを知ってもらうコミュニケーションを展開したいと考えています。お客様の状況や搭乗頻度などに応じた体験を用意していきたいそうです。
また、「メールなどのプッシュコミュニケーションでも、パーソナライズもさらに進めるよう検証中」とのこと。
こうした利用者カテゴリを分けていく先にあるものはなんでしょうか。国際線、国内線、高頻度の乗客から頻度の高くない乗客、まったく接点のない将来の乗客、性別や年齢、それぞれのカテゴリごとに多種多様なコンテンツをダイナミックに継続的に用意するには、制作・管理体制を作り、タイミングを考慮するきめ細かい対応が必要になります。
最終的には、個々のお客様に対して、個々のコンテンツと体験の提供を目指すことになります。従来のマスマーケティングのアプローチではなく、パーソナライズしたマーケティングを繰り返す「パーソナライズド・マスマーケティング」目指します(石川さん)。
石川さんの言う、「個のコミュニケーション」への道のりは簡単ではありませんが、テンプレート化の推進、ビジュアル素材を含めたワンソースマルチデバイス・マルチチャネル管理の自動化、継続的かつ効率的な運用基盤作りが、ANAでは始まっているようです。
サイト総合力と厚みを増す「ANA Travel & Life」
ANAでは、旅先の情報提供サイト「ANA Travel & Life」も運営しています。直接の予約導線ではありませんが、ANA全体のサイト構成のなかでも重要な役割を持っています。
ANAのサイトの最終的評価として、お客様に「航空券を買っていただくこと」が真ん中にあることは間違いありません。ただ、その前後でお客様にどのような体験をしていただけるのかが重要になります。
航空券販売サイトを軸として、充実した付帯情報やサービスサイトなどを合わせて1つのWebとして考え、「全体の総合力や厚みを増して回していくことが、結果的に売り上げにも通じることになる
」と石川さんは話します。飛行機に乗る以外でもサイトを見てもらい、「日常使い」してもらうことで、ANAブランドを意識してもらうのです。
ANA Travel & Lifeのコンテンツは、搭乗頻度の多寡にかかわらず、すべてのお客様に共通して提供できる内容になっています。
なんとなく「そろそろ旅行もいいな」とパラパラと眺めて楽しんだり、関連商品のショッピングを楽しんだりできます。ほかにも、「Infographics」には、さまざまなランキングやトリビアなどもあったりして、大変興味深いサイトです。
ショッピングの商材も4月以降順次拡充する予定だとか。また、導線設計もレコメンデーションやパーソナライズされた体験ができるように研究中だそうです。
デジタルマーケティングチームの変遷と6つの役割
石川さんが所属するANAの「マーケティング&セールス部門 マーケティングコミュニケーション部」は、以前、航空券販売とツアー販売が一緒の「Web販売部」だったそうです。その後、ツアー販売部門と分離し、航空券販売部門と宣伝部門が統合されて今の組織になりました。宣伝部と一緒になることで、「マスメディアとオウンドメディア・アーンドメディアを1つの組織」に統合して「トリプルメディア」をいち早く実現しようという狙いもあったのです。
マーケティングコミュニケーション部のうち、石川さんのデジタルマーケティングチームは18名で、次の役割をもってサイトを運営しています。
- Webサイトの運営
- Web広告運用
- ソーシャルメディア
- アプリの運営
- ログ解析などの分析・アナリスト
- メールなどプッシュコミュニケーション
サイト運営の役割では、システム基盤に近いところ、サイト構成設計、IT部門への窓口としての役割も果たしています。
国内線チケットのネット販売比率は半数以上
ANAが航空券のネット販売を始めたのは、1999年ごろのこと。国内線から始まったネット販売は、その後iPhoneが登場した2007年あたりから大幅に伸び、いまやANAの国内線の航空券売り上げ全体の半数以上に達し、国際線でもおおよそ20%を稼ぎだすようになりました。年間数千億円を売り上げる、会社にとって非常に重要な存在なのです。
ネット販売への期待はさらに大きく、航空券のネット販売の割合をさらに大きく伸ばすという、明確な目標を持っているそうです。
スマホ・タブレット利用を前提に国際線予約サイトを変更
ANAでは2011年5月に座席予約システムをそれまでの自社開発から、スペインのアマデウス社のシステムに移行することを発表しました(ANA、国際線予約システムを業界大手アマデウス社と契約)。
以来、4年の歳月をかけて、昨年4月のサイトリニューアルにあわせて予約システムを刷新しました(2015年4月以降の国際線インターネット予約機能の変更にともなうお知らせ)。
このときから、国際線予約サイトのフローが全面的に変わり、同時にコンテンツも含め、スマホ、タブレットの利用を前提として「ワンソースマルチデバイス」を実現しました。今後は、適用範囲を国内線にも拡大していく予定です。
これまでは多少使いにくいことがあったとしても、「利用者は利用者なりに工夫して使っていたサイト」がガラッと変わってしまうと、どんな場合でも抵抗があります。結局は時間が解決することになるのですが、特にANAのように多くの固定会員やリピーターを持つサイトでは、新フローに慣れる間、石川さんチームのお客様対応も大変だったことでしょう。
情報はスマホからでも購入はPC
ネット販売が半数を超えるANAですが、直近の数年間をみると、全体の売り上げが伸びている中でも、アクセス数はスマホの割合が急激に増えています。ただ、「決済」に限ると「まだPC色が強く」、今は「探すのはスマホ、予約はPC」が実状だそうです。
ANAはいち早くスマホアプリに対応し、「ANA」アプリは、2014年にグッドデザイン賞を受賞しています。アプリ開発は、特にWebサイトと同時連携して行っているわけではなく、利用者の利便性を最優先に行っています。
これからも、アプリを使い、空港内でフライト時刻やゲートの変更などをプッシュ通知したり、iBeaconを利用して搭乗ゲートに案内したりするなど、サービスのより一層の機能強化を図りたいとのことです。
競合各社サイトの評価
サイト戦略のために、他の航空各社のウェブサイトについては「割と丹念にチェックしている」という石川さんに、注目をしている企業のサイト評価をうかがいました。
ルフトハンザドイツ航空
同業各社のなかでも石川さんのチームが一番感心して参考にしているのが、ドイツ大手のルフトハンザです。ページの美しさもさることながら「予約までの導線がとても巧み」だといいます。お客様の知りたいこと、たとえば、予約の確認、手荷物の持ち込み可能範囲など、導線の基礎工事がしっかりしているという印象で、サイトにも「ドイツらしい、職人の技を感じてしまいます」とのこと。
スイス航空
コンテンツがきちんとレスポンシブWebデザインなのはもちろん、画面のサイズが横幅だけでなく、縦の長さもデバイスごとに対応していて、「ワンソースマルチデバイスの実装という技術的観点」で参考になるそうです。
カンタス航空
旅行情報、目的地情報などの「コンテンツがとても充実」していて参考になります。
キャセイパシフック航空
昨年マーケティングに注力してリニューアルされた急上昇中のサイト。サイトも美しく、使いやすい。更新頻度も驚くほど高いサイトです。
マレーシア航空
サイト自体もさることながらデジタル・マーケティングという観点から先行していて、参考になるそうです。
日本航空(JAL)
ここ数年、以前と比べると大きく変わってきました。昨年の4月にはトップ画面もリニューアルされています。特に日本のサイトに関しては「会員ログイン」の近くに必ず「予約」への導線が用意されるようになって、「顧客分析、行動分析に力を入れているのがわかる」と、サイトの上でも良きライバルとして注目しています。
ANA
各社サイトの評価に続いて、最後に「ANAサイトの良いところ」を聞きました。石川さんは、特に他社と比べて「お客様へのご案内情報の充実度や正確さ」を挙げてくれました。コンテンツの公開前チェック、慎重な編集など、丁寧な運用を心がけているそうです。運用プロセスがしっかりしているからこそできることですね。
Webマスターとして心がけること
石川さんにWebマスターの心がけを聞くと、迷ったときには「お客様のほうを向いているのかという視点に戻って考えること」だと言います。
もともと、石川さんは入社以来営業畑が長く、十数年間、旅行代理店向けのセールスをしていました。そこから、次第に「自らお客様に販売したい」と思うようになり、直接販売部門を希望して、Web販売部門に異動したそうです。石川さんの言葉には、「お客様と向き合いたい」という思いが深く関わっているようです。
石川さんが営業に携わっていた当時、航空券は代理店販売が主流の時代でしたが、今は個人のお客様が普通にネットで購入できる時代になり、売り上げに占める割合も大きくなりました。
そして今度は、デジタルネイティブ世代がお客様になることで、スマホやタブレットでの利用がより伸びてくるでしょう。石川さんはちょうど航空券販売の大きな節目を経験し、さらに次の世代の変化も体験していくことになります。
次の世代に向けたOne Source Multi Device Multi Channel
ANAのサイトでは、法人予約はさておき、個人の場合、決済も含めたスマホ利用の割合が、今後PCをはるかに超えるようになるのは時間の問題です。高校生のスマートフォン使用率はすでに99%という調査もあります。
未成年の携帯電話・スマートフォン利用実態調査:デジタルアーツ株式会社社2015年7月6日プレスリリース
彼らが航空券を自分で予約する年齢に達するのは、あと何年でしょう? そのとき、「スマホは見るだけ、決済のためにはPCを使う」とはならないでしょう。また、これは全業種企業にも言えることで、航空券予約に限ったことではないと肝に銘じて準備をしなければなりません。
ちなみに取材の最後には、石川さんお気に入りのアプリとして、アドビのPhotoshopシリーズ「Photoshop Express」「Photoshop Mix」「Photoshop Fix」が最近のマイブームだと教えてくれました。写真の加工や組み合わせ、修正が簡単にできるので、お子さんの写真を通勤時間帯にレタッチするなどして、楽しんでいるそうです。
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