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DX経営図鑑(全8回)

スターバックスのDX事例 混んでいても問題なし、美味しいコーヒーをいつでも飲めるテイクアウトが作り出した「自由」

喫茶店でカップを使って飲むものだった従来のコーヒー文化。Starbucksはテイクアウトモデルで、飲食体験に新たな「自由」を持ち込みました。
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DX経営図鑑

この記事は、書籍『DX経営図鑑』の一部を特別にオンラインで公開しているものです。

Part 1「世界のDX事例と価値交換の仕組み
 》 DX Case 9「Starbucks 『ひとときのコーヒー体験』のための徹底的なペイン除去
 》 9「テイクアウトというコーヒービジネスの大転換」より

今でこそ、紙コップでコーヒーを飲むことは当たり前で、現代の日本ではコンビニエンスストアでもおいしいコーヒーが飲めます。しかし、以前のコーヒーは喫茶店でコーヒーカップを使って飲むものでした。これはすなわち、店の席数と回転数以上の売上を生み出すことができないということでもありました。

そうなれば、コーヒー1杯の価格は自然と高くなります。安価に提供し、かつ利益率を上げるにはコーヒーを薄くすることになり、さらに1度ドリップしたものを廃棄せずにしばらく使えば味も劣化します。つまり、おいしいコーヒーは高くなり、安いコーヒーはまずくなります。

Starbucksは、深煎で1杯1杯を丁寧に抽出したおいしいコーヒーを安価で提供するために、産直確保と自家焙煎で豆の原価を下げる努力をしました。

しかし、もう1つの課題である「回転率」は難題でした。店舗顧客の回転率を上げる常套手段は、落ち着かない場所をつくることです。例えば、内装を白系にして照明の光量を上げると人間は長時間くつろげないといわれ、この心理を利用すれば、顧客の回転率は上がります。しかし、落ち着かない店舗をつくるということは、Starbucksの「第3の場所」を提供するという経営哲学に逆行してしまいます。

Starbucksはこのジレンマを克服すべく、テイクアウトというサービスを積極的に提供することにします。多くのカフェオーナーが「紙コップでコーヒーを飲むなんて……」と眉をひそめたこのモデルは、若者には熱狂的に受け入れられ、大成功を収めることになりました。その後、店舗の席数とは関係なく「おいしいコーヒーだから飲む」消費者が、気持ちのよい接客と居心地のよいおしゃれな店舗(空間)での購買体験そのものを愛するようになっていきます。

サードウェーブと残り続けるテイクアウトモデル

現在、Blue Bottle Coffeeなどサードウェーブと呼ばれるコーヒーショップが世界中に広がっています。彼らの基本姿勢は多様な豆と焙煎、抽出によって豆の個性を引き出すこと、豆の仕入れがフェアトレードであることですが、これはアンチStarbucksともいえます。「深煎こそおいしいコーヒー」という潮流を作ったStarbucksに対して、「豆はそれぞれに個性があり、おいしい飲み方は多様にある」という挑戦と、Starbucksが大量買付によってコーヒー農家から搾取しているという疑惑へのアンチテーゼといえるのです。それでも彼らは、Starbucksが残した紙コップによるテイクアウトというモデルだけは踏襲しています。現代のコーヒービジネスにおいて、テイクアウトと売上の関係は切っても切れない強固なものなのです。

Starbucksが取り去るペイン
──レジ待ち時間の徹底排除

テイクアウトモデルによってコーヒービジネスに革命を起こしたStarbucksは、急速に店舗数を拡大していきます。2020年時点で店舗数は世界に32000あり、世界最大のコーヒーチェーンとなりました。その強みはあらゆる形態の店舗を出せることです。Starbucks Roasteryのようにまるで博物館のような大型旗艦店から、ドライブスルー専門店や街角のコーヒースタンドまで、Starbucksはさまざまな店舗形態を作り出しました。アメリカのBarnes & Nobleや日本の蔦屋書店といった大型書店とのコラボレーションも積極的に行っています。この柔軟な形態を保てるのは、まさにテイクアウトモデルのおかげです。そして何より、テイクアウトモデルによって「コーヒーを飲みたいのにお店に入れない」というカフェビジネスのペインの除去に成功しているのです。

万能型に思えるテイクアウトモデルですが、避けて通れないのが「レジ待ち」です。決済という行為が発生する以上、小売業にはレジ待ちが付きものです。回転率を重視する量販店においては、レジ待ちこそが売上の伸びを阻む最大の障害といえるでしょう。このため、多くの小売業はレジ待ちを短縮するためにさまざまな方策を講じてきました。

Starbucksは、「第3の場所」としての快適な顧客体験のために、ただ並んで待つという非生産的な時間を可能な限りゼロに近づける必要がありました。そこでStarbucksは、レジ待ちの時間短縮と購買体験の向上のために、ホスピタリティや技術の導入に力を入れます。今ではほとんどのカフェで使えるプリペイドカードやWi-Fi(無線LAN)、キャッシュレス化は、Starbucksが先駆けて導入してきたもので、StarbucksのDXは何段階もの積み重ねを経て、現在に至っているのです。

プリペイドカードからアプリへ

Starbucksの施策の1つであるギフトカードは、1990年頃に展開された「プリペイドカード」サービスが始まりでした。アメリカではクレジットカード決済が主流ですが、プリペイド型のギフトカードも広く使われています(図書券のような紙の金券はほとんど使われない)。プリペイド型はポイントをチャージすることも可能で、お祝いやお礼などのちょっとしたプレゼントに喜ばれます。現金決済よりもスムーズで便利なこともあり、Starbucksのギフトカードは非常にポピュラーになりました。

また、2008年にはMy Starbucksと呼ばれるオンラインコミュニティがスタートし、同時にポイントプログラムも開始されました。ギフトカードはStarbucksカードと名称を変え、ポイントプログラムと紐付いた会員証のような存在になりました。貯まったポイントを消費するためにStarbucksカードの利用率は増え、結果としてレジでの接客時間もさらに短縮できるようになりました。同年にはWi-Fiの無料提供も開始していますが、前年にiPhoneの第一世代がリリースされていたことは見逃せないでしょう。その後、Starbucksはスマートフォン時代の到来を睨んで、サービス環境の構築を始めます。

2009年、Starbucksはアプリに表示されるバーコードを利用したモバイル決済のテストを始め、2011年には全米の全店舗にモバイル決済を導入します。そして、このタイミングで会員機能をスマートフォンアプリに移行できるようにしました。

さらに2015年には、Order Ahead(事前オーダー)の試験運用をニューヨークなどで開始し、同年中に全国展開へ至りました。この段階でStarbucksは、店舗レジでの決済行為そのものを省略し、モバイルで事前オーダーをして受け取り、決済はモバイルで、という消費パターンを確立しました。

例えば、2016年頃のニューヨーク市内のStarbucksはいつも混雑していました。しかし、Starbucksの公式アプリをスマートフォンに入れておけば、購入者はあっという間に決済を完了させることができます。頻繁に訪れる店舗をお気に入りに登録しておけば、その店舗に近づくと、スマートフォン画面に「ようこそ〇〇店へ」と表示されます。それを指でスライドするだけで決済バーコードも表示されます。こうして、たとえスマートフォンのパスワードを解除しなくても、ワンタッチで決済できる状態が作り出されるようになりました。また、全ての店舗には無料Wi-Fiがあるので、回線が悪くて表示できないという心配もありません。事前オーダーを使えば自分の名前を告げるだけで商品の受け取りができるという、とても便利なスタイルがアメリカで主流になっていったのです。

Starbucksの施策の連鎖

Starbucksはあらゆる施策を、次の施策の土台にしていきました。ギフトカードはやがて会員カードやポイントプログラム制になり、その後、アプリ化されました。全店舗無料Wi-Fiという施策によって、ギフトカードもeギフトカードに変わりました。eギフトカードはアプリ内で送受信が可能なので、消費者は何枚もギフトカードを持ち運ぶ必要がなくなり、中途半端な残金も常にアプリにチャージすることができるようになりました。

こうしてStarbucksのDXは、「レジ待ち」というペインとの戦いによって進行してきたのです。

Starbucksがもたらすゲイン
──根源価値としての「味・場所・顧客体験」

Starbucksがもたらすゲインは「第3の場所」の提供です。レジ待ちというペインの除去は、テイクアウトの売上を伸ばすためだけでなく、Starbucksという快適空間で得られる体験にも最大限に生かされることになりました。

どんなにおいしいコーヒーや最高のホスピタリティを提供しても、レジ待ち行列という無意味な時間を過ごすことで、体験価値は半減してしまいます。たとえ、あまりおいしくないコーヒーでも待たずに買えるならと、近隣の競合店に行く顧客もいるでしょう。顧客にとっての価値とは、手に入れたいゲインと、手に入れるためのペインの差分であり、Starbucksはそのことをよく理解していました。

Starbucksの「第3の場所」は、時代とともに形を変えています。忙しいビジネスの合間なら素早くテイクアウトできることが重要ですし、買い物の合間のひとときなら、ゆったりした店内スペースや、屋外の広場に腰掛けて飲める場所があることも求められます。郊外での移動途中ならドライブスルーがよく、学生街なら大きなテーブルに電源も欲しくなります。こうしてStarbucksは、ゲインが何であるかを常に見誤らず、おいしいコーヒーと第3の場所という最終価値を提供するために、DXを進めてきたのです。

コロナ禍を乗り越えた強運と必然

奇しくも、Starbucksが積み上げてきたDXは、コロナ禍による小売業や飲食業への危機に大きなアドバンテージをもたらしています。

2020年のStarbucksの売上高は235億ドル、前年比11%のマイナスでした。アメリカの飲食業や小売業が軒並み30%〜50%減ともいわれるなかでは、大健闘といえるでしょう。純利益は74%マイナスと大幅に落ちましたが、それでも9.28億ドルの黒字です。そして、この禍中においても、世界で1000店舗以上を新たにオープンさせました。テイクアウト型に軸を置き、柔軟な店舗運営形態を維持できたこと、事前オーダーによってレジでの接触を最小限に抑えられたこと、そして2015年から始めていたデリバリーサービス(現在はUber Eatsと提携)が功を奏していると考えられます。

積極的にデジタルを取り入れ、価値提供プロセスの変革を柔軟に実行し続けるDXの積み上げが、Starbucksを救ったといえるのではないでしょうか。

  • 著者: 金澤 一央、DX Navigator 編集部
  • 発行: 株式会社アルク
  • ISBN: 978-4757436787
  • 価格: 2,310円(税込)

勝てるDXの本質
~次に生き残るのは、誰か?~

世界の伝統的企業やスタートアップがいち早く取り組んできたDXの数々。各事例をつぶさにレポートしてきた「DX Navigator」編集部の知見をまとめ、事例分析と価値提供のプロセスを可視化した一冊です。

本書は世界全32社のDX事例を収録。いずれも、顧客/ユーザー視点での「ペイン(苦痛)」と「ゲイン(利得)」を切り口に、顧客/ユーザーが最終的に得た「価値」について解き明かします。

Part 1では、従来の商習慣や価値提供の概念を新しい基準に転換させた「ゲームチェンジャー」である9社―Netflix、Walmart、Sephora、Macy’s、Freshippo、NIKE、Tesla、Uber、Starbucks―を取り上げます。

Part 2では、海外のスタートアップを中心に日本企業も加えた23社の事例を、業界別に紹介。多くの顧客/ユーザーから支持を得た、各社のエッジが効いた斬新なアイデアとその背景に鋭く迫ります。

日本の「DXブーム」には問題も潜んでいます。DXとは単なる技術導入やカイゼンを言い換えた言葉ではなく、「ユーザーが最終的に得る価値」を見つめ、新しい価値提供の仕組みを創り出すということ。これからも続く企業の変革、世の中の変革のなかで、次に生き残るのは誰か?

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