DX経営図鑑(全8回)

ワークマンのDX事例[小売] 巨大な仮想倉庫で欠品知らず、自社ECで店舗も顧客も大満足!

耐久性、機能性、デザイン性で人気のワークマン。大手ECモールから卒業し、自社EC機能で顧客満足度をさらに追求します。
DX経営図鑑

この記事は、書籍『DX経営図鑑』の一部を特別にオンラインで公開しているものです。

Part 2「業界別に見るDX事例
 》 Category 1「小売
 》 「ワークマン 作業服という実用性の復権と脱ECモールの旗手」より

ワークマンは1980年、作業服販売の専門店として群馬県伊勢崎市に1号店をオープンしました。直営とフランチャイズで順調に店舗網を拡大し、1997年にJASDAQに上場します。2018年には全国800店舗を突破、2019年には時価総額で日本マクドナルドを抜き、JASDAQ市場での時価総額は1位になりました。

吉幾三さんのCMを覚えている方もいらっしゃるでしょう。ワークマンは高機能な自社開発商品を多く取り揃え、「作業服業界のユニクロ」とも呼ばれています。

このワークマンが作業服業界を越えて注目を集めたのは、2013年頃に発売した「AEGIS」という防水ウェアがきっかけでした。AEGISシリーズは現在も毎年バージョンアップを続け、入手困難な商品として転売屋が出現するほどの人気です。しかし、このAEGISも、もともとは作業服の種類の1つとして売り出されました。一般消費者が注目する転機となったのは、SNS上での拡散です。

高機能性とデザイン性の高さ

あるライダーがツーリング用のレインウェアとしてAEGISを絶賛すると、その評判はSNS上で瞬く間に拡散します。これがフィッシング(釣り)の世界にも広まり、「コストパフォーマンスが最高に良いレインウェア」として急速に認知を得たのです。

アウトドア用のレインウェアは機能性とファッション性を両立させていますが値段は高額で、ライダーや釣り人など、高頻度でレインウェアを使う人にとってはそれなりの負担です。毎日のように使えば、数年で使い古してしまうでしょう。

一方で、ホームセンターなどに売っている格安の雨合羽は安いぶん、耐久性や機能性、またデザイン性があまり期待できず、使い捨てに近い存在になってしまいがちです。AEGISはアウトドアブランド商品の半額以下の価格でありながら、高い耐久性、機能性、デザイン性を実現し、その評判は急激に上がりました。

2018年にはこれまでの作業服チェーンのイメージを覆し、カジュアル向けにプロデュースした店舗WORKMAN Plusを展開します。そして、自社開発のワーキングウェアとアウトドアウェアを中心とした機能性アパレルブランドとして、本格的にSPA業態に進出しました。

大手ECモールからの卒業

その後、ワークマンが再度注目されたのは、楽天市場から撤退を発表したことでした。ワークマンは基本的に店舗売上が主体ですが、店舗展開ができていなかった地方への供給のため、早くからeコマースに取り組んできました。デジタル販路の中心的存在は楽天市場の公式ショップでしたが、ワークマンは2020年2月末に閉店します。しかし、その後も売上成長はとどまるところを知らず、コロナ禍で日本経済全体が落ち込んだ2020年6月時点でも、前年比144%の売上成長をマークします。

現在の日本の小売業では、Amazonや楽天市場に対抗するのは大きなチャレンジです。家電量販のヨドバシカメラなど互角に争う企業もありますが、主に消費財を扱うワークマンのような業種が楽天市場の集客力と戦うのは簡単なことではありません。その一方で、欧米では脱Amazonの流れが進み始めました。

煩雑な返品対応とBOPIS

Amazonや楽天市場のようなECモールの最大の弱点は、店舗を持たないことでした。そのため、大手ECモールはサイズマッチングの技術努力と返品オペレーションの効率化で、既製服や靴など購買後のミスマッチが起こりやすい商材の売上を伸ばし、巨大な伸びしろを獲得してきました。

一方、出店業者たちは課題を抱えていました。返品はプラットフォーム側が定める厳しい基準に準拠せねばならず、加えて返品処理コストは出店業者側が負担します。リアル店舗網を持っている小売業が返品を受け付ける場合、原則的には店頭でレシートを確認します。ECモールに出店した場合は返品受け付け用の倉庫へ直接配送となり、着払い負担がかかります。EC購買商品の返品をリアル店舗で受け付ける場合は信憑確認が難しく(転売業者から購入している可能性もあるため)、煩雑なオペレーションを強いられます。

こうした課題のため、アメリカの多くの店舗型小売業は、脱Amazonに踏み切り、自社ECと店舗網を組み合わせたBOPIS(Buy Online Pick-up In Store)へ積極的に投資するようになります。それはAmazonという脅威への対抗はもちろんのこと、巨大ECモールで売上を立てるだけでは割に合わなくなってきているのです。

ワークマンは既に自社EC機能を持っていて、楽天市場を撤退した翌月には新コンセプトであるC&C(Click & Collect)を軸としたECサイトを開始します。このC&Cは、BOPISのワークマン版といえるものでした。

C&Cへの挑戦──リアルとデジタルの本質的な融合

ワークマンが掲げるC&Cは、ECで購入し(Click)、リアル店舗で受け取る(Collect)というコンセプトです。このためには、「ECでの受注情報」と「全店舗の仕入れ販売管理情報」を同期する必要があります。消費者がECで購買し、リアル店舗受け取りを選択した段階で、店舗在庫が引き当てられ、EC在庫をリアル店舗に送るか、店舗在庫をそのまま渡すかの判断と処理を瞬時にするのです。C&Cは、EC在庫と店舗在庫がほぼリアルタイムで連携することで実現できる手法です。

EC店舗は仲間よりライバル

多くの店舗型小売企業はECを「インターネット支店」という別店舗扱いで運営してきました。つまり、EC店舗はたった1店舗に過ぎず、在庫がなければ顧客は希望の商品を買うことができませんでした。もし近所にリアル店舗が数店あれば、顧客は店舗をまわって在庫を探すこともできるでしょう。しかし、近場の別の店舗でも欠品していれば落胆が大きくなるだけです。次に、100km離れた別店舗には在庫があったとします。これは店舗網全体にとってのチャンスロスだけでなく、顧客にとっては買えなかった不満が残ります。

さらに悪いことにチェーン店舗の場合、店舗同士は仲間でありライバルでもあり、各店舗は他店で売上が出ることをしばしば嫌います。EC店舗もライバルで、その売上は自店舗の成績にはなりません。顧客に欠品商品を尋ねられれば、店員は自店舗に在庫がある別商品を勧めることもあるでしょう。このため、EC販売商品のリアル店舗受け渡しや返品処理は現場から拒否されることも多く、結果として小売ブランド全体のサービス体験の低下に繋がっていきました。

高いLTV顧客を大切にするために

「あらゆる手段を使ってこの商品を手に入れたい」という熱狂的な顧客はいるものです。こうした顧客は、生涯顧客価値(LTV:Life Time Value)の高いロイヤルユーザーであり、評判を拡散するインフルエンサーにもなり得ます。AEGISのような大ヒット商品を持つワークマンは、なおのこと熱心な顧客を大切にすべきです。ワークマンは、ワークマン全体での顧客提供価値を最大化するために、C&Cの実践に踏み切り、自らが大切にすべき顧客層を見極めていこうとしています。デジタルとリアルを繋いだシームレスで良質な体験を提供するために、リアル店舗とECを並行させる構造的な問題解決に取り組んでいます。

ワークマンが取り去るペイン
──巨大な仮想倉庫による欠品の最小化

コロナ禍で明らかになったeコマース独特のペインがあります。「無限陳列できるeコマースでも在庫には限りがあること」「需要が集中すると、あっという間に欠品すること」「すぐに必要な商品調達はできない(配送を待たねばならない)こと」です。また、災害などの局地的な事情で爆発的に需要が高まった場合、EC在庫はすぐに枯渇します。そして、仮に九州で豪雨災害が発生し、現地のリアル店舗やEC店舗でブルーテントが欠品しても、東北や北海道の店舗では余っていることもあります。仮にECで在庫を見つけても、宅配便の流通網が寸断すれば、到着は1週間後かもしれません。

このような状況において自社流通網を持つことはチェーンストアの本領発揮ですが、ECが独立店舗として在庫情報を閉じていると、その優位性を発揮しきれません。ワークマンのように在庫が全店舗統合されれば、欠品リスクは最小化され、供給力は格段に跳ね上がります。ワークマンのリアルとデジタルの在庫統合(仮想倉庫形成)によって、緊急時の欠品や調達困難というペインを取り除くことができるのです。

ワークマンが生み出すゲイン
──欲しいときに、欲しい手段で

BOPISやC&Cの実現は、店舗受け取りによって小売業側が負担するラストワンマイル(最終拠点からエンドユーザーへの物流サービス)の流通コストをゼロにする利点があります。では、消費者視点で見れば、どのようなゲインが考えられるでしょうか。

第1に「決済と入手手段の自由」です。店舗での買い物はエンターテインメント性を体験できますが、その代償にレジ待ちがあります。一方のeコマースはいつでもどこでも決済できますが、商品の入手法は配送一択で、消費者が配送料を負担することもあります。しかし、C&Cであれば決済と受け取りのそれぞれを消費者が自由に選択できます。買いたい商品が確定していて急いで入手する必要がなければ、eコマースは非常に便利ですが、今すぐ欲しい場合や出先で受け取りたい場合にはC&Cが有用です。従来、消費者は急がない指定買いはAmazonなどのECモールを使い、それ以外では店舗小売と使い分けていました。しかし、店舗型小売がC&Cを提供することで、商品選択から決済、入手まで、全ての購買ステージにおいて消費者の選択肢が広がります。この消費スタイルの自由は、今後の消費のスタンダードになっていくと考えられます。

第2に、商品を安定的に手に入れること、すなわち欠品リスクが最小化されることで、特定商品の入手困難度が下がります。

C&Cによって店舗在庫もEC在庫も、店舗に配置される前の物流センターの在庫も、全て統合管理されていますので、特定の店舗在庫が欠品しても、余剰在庫のある店舗がこれをカバーできます。つまり、本来はチェーンストアが持っている巨大な供給力(根源的な価値)が、リアルタイムで連結する仮想倉庫とのEC決済によって、さらに強力な価値になるのです。

ワークマンは直接的なライバルは不在といわれますが、C&Cの実践によって「ワークマンなら、いつでもどこでも大丈夫」という消費者の安心と信頼を勝ち取り、さらなる高みに進み始めています。

  • 著者: 金澤 一央、DX Navigator 編集部
  • 発行: 株式会社アルク
  • ISBN: 978-4757436787
  • 価格: 2,310円(税込)

勝てるDXの本質
~次に生き残るのは、誰か?~

世界の伝統的企業やスタートアップがいち早く取り組んできたDXの数々。各事例をつぶさにレポートしてきた「DX Navigator」編集部の知見をまとめ、事例分析と価値提供のプロセスを可視化した一冊です。

本書は世界全32社のDX事例を収録。いずれも、顧客/ユーザー視点での「ペイン(苦痛)」と「ゲイン(利得)」を切り口に、顧客/ユーザーが最終的に得た「価値」について解き明かします。

Part 1では、従来の商習慣や価値提供の概念を新しい基準に転換させた「ゲームチェンジャー」である9社―Netflix、Walmart、Sephora、Macy’s、Freshippo、NIKE、Tesla、Uber、Starbucks―を取り上げます。

Part 2では、海外のスタートアップを中心に日本企業も加えた23社の事例を、業界別に紹介。多くの顧客/ユーザーから支持を得た、各社のエッジが効いた斬新なアイデアとその背景に鋭く迫ります。

日本の「DXブーム」には問題も潜んでいます。DXとは単なる技術導入やカイゼンを言い換えた言葉ではなく、「ユーザーが最終的に得る価値」を見つめ、新しい価値提供の仕組みを創り出すということ。これからも続く企業の変革、世の中の変革のなかで、次に生き残るのは誰か?

 

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