デジマ4つのマイルール

認知度10%から60%の大躍進。八代目儀兵衛CMOが語る、会社の規模や予算に頼らない「マーケティングの突破法」

大手企業とのコラボを次々実現する八代目儀兵衛CMO・神徳氏。凄腕マーケターに「4つのマイルール」を聞いてみた。

久保 佳那[執筆], 小沢トモノリ[撮影], 前田佳保里[デザイン], 井上薫[編集]

8月28日 7:05

「予算が少ないから、マーケティング戦略の選択肢が狭い」
「競合が大手ばかりで、戦うのが難しい」

扱える予算の規模によって、マーケティングの打ち手は確かに異なる。しかし、お米ギフトのECサイトを運営する「八代目儀兵衛」の取締役CMO・神徳昭裕氏は、「予算がなくても、知恵と行動でできることはたくさんある」と語る。

同社は現在、セブン‐イレブンやバーガーキングといったご飯監修を次々と実現し、ブランド価値を劇的に向上させている。会社の規模や予算の壁を越え、これらのプロジェクトを実現に導いた神徳氏の圧倒的な行動力と企画力は、いかにして培われたのか。

これまでのキャリアをたどりながら、マーケターとして結果を出し続けるための「4つのマイルール」を聞いた。

株式会社八代目儀兵衛 取締役CMO 神徳 昭裕 氏

未来の自分を変えた5分間

4つのマイルール

ルール1未来を固定せず、打席に立つ準備を

神徳氏の「自ら機会を作り出す」ルーツは、新卒で入社したニッセン時代に遡る。インターネット黎明期にECサイトの立ち上げを経験した後、主力であるカタログ制作部署に配属された。当時、彼は強い危機感を覚えていた。

毎年違うことに挑戦していたいタイプなので、来年も今年と同じことをやっているという状態がすごく苦手なんです。カタログ部門は会社にとって最重要な組織でしたが、このままでは「来年の自分の姿」が容易に想像できてしまう。何か変化を起こしたいと思いました(神徳氏)

そこで、若手が役員層に新規事業を直接プレゼンできる社内プロジェクト「チャレンジ塾」に応募する。年に一度、公募で選ばれた若手10人のみにその機会が与えられる狭き門だった。

当時はまだiPhone登場前。神徳氏は、ユーザーが街で見かけた服をガラケーのカメラで撮影して送ると、似た商品を提案して注文できるという、デジタルとアナログを融合させた仕組みを考案した。

役員がずらりと並ぶ中、持ち時間はたったの5分。冒頭で興味を引けなければ最後まで聞いてもらえない厳しい環境でした。だからこそ、1枚の資料の細部、言葉の使い方一つにまで気を配りました。
結果的に社長がその場で即決し、モバイル専門のEC部署が立ち上がったんです。もしあの時、打席に立つ準備をしていなかったら、今の私はいないかもしれません(神徳氏)

常に自分の考えを持ち、いつ意見を求められても応えられる準備をしておく。この「打席に立つ準備」こそが、神徳氏のマーケターとしての原点となった。

ニッセン時代に培われた「常に打席に立つ準備」が、数々のヒット施策を生み出す原動力となっている

役職なしで異業種に転職

ルール2肩書きではなく、数字で存在価値を証明する

ニッセンは100以上の部署があり、数千人の社員が働く大規模な組織だった。そんな環境だからこそ、神徳氏が常に意識していたのは「いかに必要とされ続ける存在になれるか」ということだ。

雇用されている以上、「この人がいなくなると困る」と思われるくらいの存在価値を発揮できなければ、市場価値や待遇は上がりません。WILLERへ転職した際も、肩書きに頼って入社することに抵抗がありました。まずは現場の立ち位置で実績を出し、周囲の信頼を得ることから始めたかったんです(神徳氏)

その言葉どおり、管理職での打診を受けていたにもかかわらず、あえて「役職なし」で現場に入る道を選んだ。

バス予約サイトの責任者として、UIに課題があったサイトのリニューアルを主導する。検索流入を分析する中で、利用者の多くが「東京 大阪」「東京 名古屋」のように必ず二地点で検索する行動特性に気づき、その掛け合わせのキーワードで、自社の便一覧が上位表示されるよう、SEOを徹底的に改修した。

ターゲットである女性客への付加価値向上や、UIと裏側のシステム改善を愚直に積み重ねた結果、在籍した約3年半で約50億円もの売上増に貢献。自らの存在価値を数字で証明し、実力で部長職へと昇り詰めた。

これまでのキャリア

老舗米屋の価値を再定義する

ルール3競合のいない土俵を探す

2019年、神徳氏は八代目儀兵衛のCMOに就任する。転職の決め手となったのは、「看板商品の価値は極めて高いのに、売上が減少している」という課題だった。

同社は1995年の米販売自由化に伴う価格競争を機に、産地や銘柄ではなく「ギフト」という文脈でお米の価値を再定義し、色鮮やかな風呂敷で包んだギフト「十二単(じゅうにひとえ)」を生み出した実績がある。一方、神徳氏が入社した2019年当時、開設から約10年が経っていたECサイトにはUI面で改善の余地があり、商品の魅力をより伝わりやすくすることが課題となっていた。

十二単になぞらえた色とりどりの風呂敷で、お米を包んだギフト「十二単」

商品としての完成度が高くても、知られていなければ価値は発揮できません。広く知っていただくのがマーケティングの役割です。ECサイトの立て直しを、また一からやってみたいという気持ちがありました(神徳氏)

入社後、神徳氏はまずECサイトのシステム基盤を刷新し、「買う人がワクワクする」「使いやすい」UIへと抜本的にリニューアルした。そして次に取り組んだのが、データ分析に基づく「商品ラインナップの見直し」だった。

ギフト市場は3,000〜5,000円の価格帯が主戦場です。ただ、私たちの扱うお米は重量があり、送料も高くなるため、その価格帯ではあまり利益が出ません。そこで、1万〜1万5,000円の高価格帯を狙うことにしました。現在では、5万円や10万円といった価格帯にも展開を広げています(神徳氏)

SEOや広告データを洗い出すなかで、「結婚内祝い 50万」「結婚内祝い 20万」といった高価格帯ワードからの確かな流入と購入に気づく。たとえば10万円のお祝いに対する「半返し」は5万円だが、その価格帯のギフトはカタログギフトが中心で、選択肢が乏しかった。 

ここに「競合のいない土俵」を見出した神徳氏は、1万円から最大10万円までの高価格帯ギフトを展開。大量のお米が一度に届く負担を解消するため、自ら目利きしたお肉などと組み合わせた。「八代目儀兵衛 厳選」という信頼が付加価値となり、高価格帯でも選ばれる商品を生み出した。

検索キーワードに隠された顧客の悩みを紐解き、「高価格帯ギフト」という新たな市場を開拓

 さらに、縮小傾向にある結婚・出産祝いに対し、需要が拡大する「香典返し」にも着目。お肉やお魚などの「四つ足生臭もの」を避ける贈答マナーがある中、お米なら制約を受けず誰にでも喜ばれる。この強みを活かしてマーケティングに注力した結果、香典返し単体の月商平均300万円から4,000万円規模へと約5年で成長を遂げた

「お米ならではの強みとデータを掛け合わせれば、競合のいない土俵が必ず見えてくる」と語る神徳氏。

待っていてもチャンスは降ってこない

ルール4「予算がない」を言い訳にしない

セブン‐イレブンとの大型協業は、待っていて降ってきたわけではない。きっかけは、神徳氏が八代目儀兵衛へ転職した後、元上司の誘いで現セブン‐イレブン・ジャパン取締役会長(当時は代表取締役社長)の永松文彦氏へ挨拶に出向いたことだった(永松氏はかつてニッセンに出向しており、そこで接点があった)。

決定打となったのは、その後、別の打ち合わせで永松氏と顔を合わせた日のことだ。会議の冒頭だけで退室しようとする永松氏を、神徳氏はすかさず呼び止めた。

「永松さん、少しお時間をいただけませんか」

そこで自社の事業やお米へのこだわりを直接伝え、「おもしろい事業だね」と関心を引きつけることに成功する。

同じ頃、当社が『カンブリア宮殿』で紹介され、それを見たセブン‐イレブンの商品開発担当から『おにぎりの品質改善について情報交換できないか』と問い合わせがありました。永松会長への直訴と現場からのコンタクト。2つの接点が重なった絶好の機会に、「せっかくなのでプロジェクトにしませんか」と提案したんです (神徳氏)

こうして2023年、八代目儀兵衛が全国のセブン‐イレブンのおにぎりをご飯監修する取り組みがスタート。お米そのものを納入するのではなく、おにぎりのご飯として最適なお米の甘さと粒だちを実現するため、産地や品種を厳選し、味を引き出すための精米方法を提案。さらに、年間を通じて配合を調整するブレンドなど、「お米に関する知見や技術」を提供する新しい形だ。

「八代目儀兵衛」がご飯監修したセブン‐イレブンのおにぎり(監修開始時のパッケージ)

さらに2024年には、バーガーキングの『KYOTOワッパー®』のライスパティを共同開発している。

この協業も、知人に誘われたお花見の席に、就任直後のバーガーキングの野村社長が居合わせたことがきっかけでした。何がチャンスにつながるかは誰にもわかりません。だからこそ、外部の人と関わる場には泥臭く顔を出すようにしています(神徳氏)

マーケティングの戦略は、予算によって選択肢が異なると実感するマーケターも多いだろう。しかし、「予算に頼らなくても、知恵でできることはたくさんある」と神徳氏は言う。

八代目儀兵衛は、会社規模も予算も大きいわけではありません。しかし、大手企業との協業を実現したことで、自社のブランド価値が上がりました。セブン‐イレブンとの協業前と現在を比べると、八代目儀兵衛の認知度は10%から60%ほどに向上しています(神徳氏)

※協業前の2019年3月に実施した自社調査(Webアンケート)では「10%以下」、2023年11月に実施された他社調査(Webアンケート)では「60%以上」。

マーケターとして、多くの実績を積み重ねてきた神徳氏に、今後の展望を聞いた。

健康寿命が延びた今、60歳で定年を迎えても引退するのは難しい時代です。これからも幅広い経験を積み、65歳あるいは70歳になっても、市場価値のある人間であり続けたいですね(神徳氏)

4つのマイルール(再掲)
この記事のキーワード

人気記事トップ10

人気記事ランキングをもっと見る