大丸松坂屋のブランディング戦略、自社の存在意義を伝える「ビジュアル」と「Webサイト」
ブランドの思想や価値観を再定義した大丸松坂屋百貨店。老舗百貨店が実践してきた、数々の企業ブランディングの取り組みを紹介する。
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競争が激化し、同質化が進む小売業界。消費者に「どの百貨店も同じ」という認識が生まれつつあることへの危機感から、創業400年を超える老舗・大丸松坂屋百貨店が選んだのは、自らの存在意義(パーパス)を問い直すことだった――。
「Web担当者Forum ミーティング 2026 春」に登壇した同社の百田光里氏は、独自の価値観を表現する「ビジュアルアイデンティティ」を用いた大規模なコーポレートブランディングの舞台裏を明かした。
時代の変化の中で、「私たちは何者か」という問いからスタート
大丸松坂屋百貨店は、2つの企業が2010年に経営統合して誕生した老舗企業だ:
- 創業400年超の松坂屋
- 創業300年超の大丸
札幌から福岡まで、全国15店舗展開しており、「本店」が存在しないのが特徴である。いずれも長い年月をかけて地域へ根を下ろし、地元の経済や文化と深く結びついてきたため、店舗ごとにイメージが異なる。
各店舗には確固たるイメージがある一方で、「大丸松坂屋」というコーポレート全体の見え方やブランディングにはあまり意識してきませんでした。取り扱うサービスも多岐にわたり、Webサイトも複数立ち上がっていたことで、全体としてバラバラな印象を与えてしまっていたのです(百田氏)
また小売業界・百貨店業界では競争が激化し、コモディティ化が進んでいた。消費者の間にも「どの百貨店も同じ」という認識が生まれつつあり、「大丸松坂屋百貨店とは一体何者なのか」といった存在意義を問い直す機運が高まっていった。
この問いに対する答えを探すため、大丸松坂屋百貨店では外部のクリエイターとともに、約1年間にわたる大規模なリサーチに着手。全国の店舗を訪問し、現場で働く社員たちへのインタビューを重ねることで、自社の本質を探り始めた。
その過程で、一つの重要な気付きが浮かび上がった。見た目やデザインがバラバラであることは、あくまで表面的な問題に過ぎない。むしろ本質的な課題は、“目に見えない部分”、すなわち企業自身の中身や考え方が不安定で、十分に整理されていないことにあった。
一方で、「バラバラであることが必ずしも悪いわけではない」という逆説的な発見もあった。全国各地に根ざした店舗を運営してきたからこそ、中央集権的なトップダウン型のアプローチではなく、各地域の文化と深く結びついた多様性が育まれていたのだ。画一化、均一化が進みがちな現代において、多様な文化を担い、発信できることは大きな価値になる。
「本店を持たないこと」をネガティブに捉えていましたが、だからこそ地域に根ざした強みを生み出せるのではないかと感じました(百田氏)
1年間にわたる社内リサーチから導き出された「4つのまなざし」
ただし、バラバラなままでよいわけでもない。この葛藤の中から導き出されたのが、各店舗の根底に共通して流れる「4つのまなざし」という概念である。「これこそが“大丸松坂屋百貨店らしさ”なのではないか」と仮説が立てられた。
概念1気持ちへのまなざし「人が考え、人が礼を尽くす」
1つ目は「気持ちへのまなざし」だ。それは、「百貨店は、一人の幸せのために人が深く考え、人が礼を尽くす場所である」というまなざしを持つことだ。美しさも豊かさもおいしさも、1つのものさしでは測れない。人によって価値の感じ方が異なるからこそ、人にしかできないことを大切にし続けることを目指す。
この視点は、Webの世界においても変わらない。人の温かさを感じさせることができているか、品があるか、礼節を守っているか、デジタル上でもヒューマンタッチが重要というわけだ。
概念2うつろいへのまなざし「変化と発見がつぎつぎと」
2つ目は「うつろいへのまなざし」である。時代の空気感や瞬間の美しさを捉える感性を指す。大丸松坂屋百貨店は“文化の交差点”であり、日々さまざまなフロアで新しい出来事が生まれ、訪れるたびに変化や発見がある場所でありたい。旬や四季を大切にし、常に新しい驚きに敏感であることが、「大丸松坂屋らしさ」につながっている。
概念3土着へのまなざし「本店のない百貨店です」
3つ目は「土着へのまなざし」だ。このまなざしは、自らの足元にある文化やコミュニティへの共鳴を意味する。全国の15店舗は、それぞれが地域の生活文化に根を張っている。珍しい素材や最先端の道具がなくても、その土地とつながり、良さを再発見・再解釈することで、豊かな文化は生み出せるという考え方である。
概念4歴史へのまなざし「大丸は300年超、松坂屋は400年超」
4つ目は「歴史へのまなざし」である。大丸は300年以上、松坂屋は400年以上の歴史を持ち、それぞれが伝統を育ててきた。しかし、古ければ何でもよいわけではない。先人たちが残してきたものをさらに高め、時代に合わせて変えていけるか。「伝統は新しく、新しさは普遍に」という姿勢を大切にしている。
これら4つの視点は、全国15店舗に「バラバラでありながらも、根底に共通して流れる価値観」として浮かび上がってきた。
1つ目と2つ目は百貨店としてのあり方であり、3つ目と4つ目は大丸松坂屋ならではのものなので、特に大切にしていきたいと考えています(百田氏)
五感に訴えるビジュアルアイデンティティ「百様図」の誕生
では、抽象的な「4つのまなざし」という概念を、どのようにして従業員やお客様に伝えるのか。そこで実施したのが、「ビジュアルアイデンティティ」として可視化することだ。約1年をかけ、日本デザインセンター三澤デザイン研究室が制作したのが「百様図」である。
百様図のモチーフには、大丸の円形と松坂屋のひし形をオマージュした形が採用され、メインカラー、キーカラー、サブカラー、ベースカラーで構成されている。
百様図の制作には、本物の紙をカッターでくり抜き、複数枚を重ね、1億画素の高性能カメラで撮影する方法が用いられた。重ねられた紙が作り出す陰影は、「4つのまなざし」が重なり合って企業の価値観が生まれる様子を表現している。
こうして完成した百様図は、ショッピングバッグのデザインにも反映され、2025年夏から使用が開始された。
ショッピングバッグは、百貨店にとっていわば「顔」であり、ブランディングにおいて重要な役割を担う。しかも、消費者など社外に向けた発信であるだけでなく、社内の従業員にも重要なメッセージを伝えるものだ。
ショッピングバッグは、従業員にとって非常に強いアイデンティティや思い出を伴うものです。単なる商品の包装材ではなく、自社の存在そのものを象徴します。だからこそ、数十年ぶりに実施したショッピングバッグのリニューアルは単なるデザイン変更ではなく、インナーブランディングにおいても重要な施策でした(百田氏)
多彩なプロモーションに加え、Webサイトが提供した「体感」と「理解」
こうして生まれた新たなビジュアルアイデンティティに込められた価値観を広く伝えるため、新聞広告や特設Webサイト、テレビCM、SNS広告、店頭ポスター、駅での大型掲出など、複数の媒体を活用して戦略的なプロモーションを展開した。
プロモーションを展開するにあたり考慮したのが、全国15店舗の特性だ。各地域の担当者と協議のうえ、最も効果的な方法を選択した。札幌の地下道、大阪の梅田駅の大型スクリーン、松坂屋名古屋店の正面入口への掲出など、各地域の特性に合わせたカスタマイズが施されている。
こうした多面的なプロモーションを通じて、多くのお客様の関心が喚起され、大きな効果が得られた。しかし、単にイメージを打ち出すだけではブランディングとして十分とはいえず、百様図に込められた深い思想を丁寧に伝える必要があった。
その役割を担ったのが、特設Webサイトである。本サイトを設計するにあたり、特に重要だと考えたのが次の2点だ。
設計1誰もが「百様図」の考え方を体感できる
このサイトには、さまざまな媒体に触れたうえで、「もっと知りたい」と意思を持った人が訪れる。そのため、誰もが百様図の考え方を直感的に体感できることを目指した。紙の質感や陰影の美しさ、紙をめくるような音など、五感に訴えかける表現が意識的に組み込まれた。
日本デザインセンターの三澤遥氏がデザインを手掛け、mount社が制作を担当した同サイトでは、訪れるたびに見えるものが変わるインタラクティブな設計が採用されている。
設計2従業員にとっては自分たちの存在意義を確認できる
また、お客様向けのメッセージと同様に、働く社員が「私たちはこういう存在だ」と理解し、判断基準として立ち返る場所を目指した。
実際に、本Webサイトでは、紙を重ねて作られたビジュアルの仕組みがわかる説明や、ショッピングバッグがどのように生まれたのかという経緯も紹介されている。さらにモーダルにおいては、新たなシンボルである百様図が、大丸松坂屋百貨店が大切にする価値観である「4つのまなざし」を形にしたものだというメッセージが丁寧に語られている。
従業員への「インナーブランディング」によって、真のブランド価値を浸透させる
新たなアイデンティティの浸透においては、全社レベルでの取り組みが不可欠である。百貨店にとって従業員はアイデンティティの実践者であり、顧客との重要な接点にもなるためだ。
そこで、社長自ら全国15店舗に足を運び、ブランディング活動に込めた思いや、その過程を従業員に直接伝える機会を設けた。また実践的なワークショップも実施された。百様図に使用している紙を用い、従業員がカッターナイフで一部を切り抜いたり、組み合わせたりすることで自分自身の百様図を作成し、社用スマートフォンのカバーケースにするものだ。
最初は難しいと感じていた参加者も、紙の重なりや陰影の仕組みを直感的に体験することで、ビジュアルアイデンティティが表現しようとするものをより深く理解できるようになったという。
そして現在、大丸松坂屋が次なる施策として重視しているのは、全国に展開する15店舗を基盤に、「土着」の視点に意識を向けることである。その目的は、各地域の文化に根ざし、多様な文化の担い手としての価値をしっかりと体現できる企業になることにある。
2022年にブランディング戦略室が設立され、まもなく5年目を迎えますが、すぐに結果が出るわけではなく、進んでいるのかどうか見えにくい局面も多くありました。そのような中で、「いま取り組んでいることは、ただの百貨店ではなく、“大丸松坂屋百貨店になる”ということだ」と思いながら進んできました(百田氏)
競争が激化する時代に、商品だけでは差別化できない。重要なのは、顧客が「何かを買うなら、ここで買いたい」と思い、取引先が「自分たちの商品を扱ってほしい」と感じ、従業員が「私たちがここで販売したい」と誇りを持てるようになることだ。
百田氏は、「三者がこうした思いを持てるようになることが、ブランディング活動の最終的なゴール」と語り、「そのために持続的に、忍耐強く、さまざまな取り組みを進めていく」と意欲をみせた。
400年以上の歴史を持つ老舗企業が、自らのアイデンティティを見つめ直し、内外に伝える方法を模索する。その取り組みは、今もなお持続的に、忍耐強く続けられている。競争が激しい時代に企業の存在意義が強く問われる中で、大丸松坂屋百貨店の挑戦は、「ブランディングを通じた新たな価値創造」という答えの一つを体現しているといえるだろう。
