大丸松坂屋・集英社の最新事例から学ぶ! DXを加速させるデジタル戦略&データ活用術
コロナ禍においてDX(デジタルトランスフォーメーション)への取り組みが不可避となり、あらゆるサービスのデジタルシフトが急速に進むなか、企業においては、デジタル世界で起きている出来事や自社の立ち位置などの状況を素早く正確に把握し、ビジネス戦略に活かすことが求められている。
2021年11月10日、SimilarWeb Japan主催によるカンファレンス「Digital Edge Tokyo 2021」がオンラインで開催され、同社の市場分析ソリューション「Similarweb(シミラーウェブ)」を導入する企業ユーザーが多数登壇。実際にどのようにビジネスに活用しているかを紹介した。
大丸松坂屋百貨店では新規事業の開発に、集英社では海賊版サイト対策にSimilarwebを活用している。本稿では、「デジタル時代の羅針盤としてのデータ活用:企業戦略を導き、ブランド価値を保護する」と題したセッションをレポートする。
注目集まるDXの捉え方
すでに自社Webサイトのユーザー流入分析は一般化しているが、デジタル上のビジネスの戦略立案においては、そこから一歩進み、自社が競合会社・市場全体と比較してどのような位置付けにあるかを確認(ベンチマーク)し、活用することが求められる時代だ。
デジタル市場における各種分析ツール、特に競合分析に役立つソリューションの提供で知られるSimilarWebは2013年にイスラエルで創業。デジタル時代だからこそ実現した情報分析・戦略立案を「デジタルインテリジェンス」と呼称し、その普及に力を注いでいる。国際展開にも積極的で、2017年2月には日本法人を設立した。
DXへの注目は、日本国内においてもコロナ禍を経て特に高まっている。しかし、その捉え方は人によって微妙に異なるというのが実情であろう。単に「業務のデジタル化」「アナログからデジタルへの移行」とだけ考えればいいのか。セッションはまず、DXの定義についての議論からスタートした。
デジタルよりもトランスフォーメーションを軸に
大丸松坂屋百貨店 DX推進部の渡邉将氏は「DXは単なる『デジタル』の導入ではなく、顧客体験をどう変えるかが主軸だと考えている」と話す。デジタル技術の利活用だけを目的化せず、いま企業として大丸松坂屋がどのような価値を提供できるのかを考え、実際にどう実現すればよいのかを模索する。DXを「デジタル」と「トランスフォーメーション」の2語に分解したとき、「デジタル」よりもむしろ「トランスフォーメーション」に重きを置いている。
大丸松坂屋は、「大丸」「松坂屋」という二大老舗百貨店を擁する企業グループだ。これまでの従業員教育については、リアル店舗における接客サービスの向上が柱だったが、近年はITスキルの習得にも注力する体制とした。たとえばデータ分析の技術はECサイト運営に欠かせないが、それをリアル店舗の運営や、まったく新しいサービスの開発に繋げようというのが、大丸松坂屋流のDXである。
DXには“負の側面”も
渡邉氏が説明するように、DXは前向き・ポジティブな概念と捉えることが一般的だが、現実には負の側面もあると話すのが、集英社 編集総務部部長代理の伊東敦氏だ。伊東氏が所属する編集総務部は、一般企業における法務部門の業務を担当しており、「海賊版サイト対策」の最前線を担っている。
デジタルの進展によって人の生活は便利になっているが、「あらゆることが簡単にできてしまう」がゆえ、著作物の不正規流通がアナログ時代よりも横行しやすくなってしまった。DXの果てにどんな世界があるのか、真剣に考えることも重要です(伊東氏)
三者で異なるDXの定義、通底するのは「データ」の重要性
SimilarWeb Japan 日本オフィス代表の田中晃氏は、経済産業省によるDXの定義を引用し、「データとデジタル技術の活用」「競争上の優位性の確立」という2点に注目する。特に前者の「データとデジタル技術の活用」は、グローバル視点でオンライン行動分析を手がけるSimilarwebがまさに得意とする分野。DXとの向き合い方に悩む企業に、最適なソリューションを提供できるとした。
このようにDXの定義は三者三様だ。今回のセッションのモデレーターを努めるWeb担当者Forum編集部 編集長の四谷志穂は、三者の定義には「データ」が通底するのではないかと述べた。アナログ時代と比べ、Webやアプリを中心としたデジタルの世界では、顧客の行動を詳細なデータとして効率的に集められる。そのデータをどう活かすかが、DXの本質の1つと言えそうだ。
オンオフ両面で新規ビジネス開拓に取り組む大丸松坂屋
続いては、大丸松坂屋百貨店がどのようにDXに取り組んでいるか、渡邉氏から具体的な事例が解説された。同社は百貨店をはじめとした16の店舗を全国で構える以外に、ECサイト「大丸松坂屋オンラインショップ」、サブスクリプション型の洋服レンタルサービス「AnotherADdress」を展開するなど、オンライン事業にも積極的に進出しており、DX推進部では、オフライン・オンライン両面でさまざまな新規事業に取り組んでいる。
5月の緊急事態宣言期間中には、店舗休業を余儀なくされたことを逆手にとり、Web限定でアート作品の抽選販売会を実施。この際、大丸松坂屋のバイヤーが「なぜその作品を選定したか」を語る、アート初心者向けトークセッションも配信した。
また、社内人材を起用したYouTuber企画「大丸松坂屋の野崎さん」、D2C(Direct to Consumer:消費者直接取引)ブランドを一堂に集めた展示スペース「明日見世」を大丸東京店に設けたのもDX推進部の活動の成果だ。
新規事業の検討・分析にSimilarwebをフル活用
こうした新規事業の検討にあたって、DX推進部ではSimilarwebを市場調査ツールとしてフル活用している。
たとえば、競合メディアの流入・流出やセッション数、CTR(クリック率)などを調べることで、今どんなサイトがお客様に受け入れられているかを把握できます。また、事業テーマを広げていくには検索キーワードの分析が役立ちます。「ギフト」というキーワードとどんな単語を組み合わせて検索しているかを調べれば、これまでにないギフトの贈り方などを発見できます(渡邉氏)
下図は、Similarwebで実際に流入経路分析を行ったスライドだ。自社Webサイトではなく競合サイトへの流入情報を比較したものだが、この図からは、どのサイトもオーガニック検索による流入がダイレクト流入や有料広告流入に比べて多いことがわかる。そのうえで、各サイトへの流入がどんな検索キーワードで行われたかも把握できる。これらの情報は、顧客行動の仮説を立てたり、SEOを行ったりするうえでも重要になってくる。
次の図は、自社および他社サイトの利用者分析にSimilarwebを活用した例である。性別・年代はもちろん、新規顧客の割合なども把握できる。図中右下の円のチャートは、比較対象サイトの並行利用率を表したもので、エメラルドグリーン色が示すサイトの利用者は、他のサイトを利用していない傾向が強いことを意味する。
渡邉氏らDX推進部がSimilarwebを導入するきっかけは、大丸松坂屋がデータの重要性に注目し、分析ツールを探しているときに、協力するコンサルティング会社がSimilarwebをもとにさまざまな資料を用意していたことだったという。
当初は、社内で複数稼働している新規プロジェクト当たり1~2名にSimilarwebの利用権限を付与し、自由に活用してもらうという運用体制で取り組みを始め、その結果、競合Webサイト分析の重要性が部署内に浸透。この秋からは、データ分析専任の担当者を置き、各プロジェクト内の担当者と協調する体制へ移行させるなど活用を加速させている。
集英社は海賊版サイトの実態把握に
大丸松坂屋の事例を見ればわかるように、Similarwebは本来、競合分析・市場分析に長けたツールである。だが伊東氏は、「集英社はSimilarwebを全く異なる文脈で活用している」という。それはズバリ「海賊版サイト対策」だ。
Similarwebは、あけすけに言えば“ライバル会社のWebサービス分析ツール”とも言えます。しかし、弊社では全く異なる使い方をしています。我々は海賊版サイトの対策・分析にSimilarwebを使っているんです。近年、海賊版サイトの利用は広がってしまっており、たとえば、上位10サイトだけでも月間アクセス数3億6000万にも達していることがSimilarwebを通じてわかりました(伊東氏)
著作権を侵害し続ける海賊版サイトの横行に対抗するためには、どのようなサイトがあるのか、どれくらいの規模なのかを権利者側(漫画であれば出版社)で把握する必要がある。競合とすらいえないWebサイトを調べ、その状況を知らしめるための基礎資料作りにSimilarwebが活用されている格好だ。
被害規模をリアルな数字で把握し
対策の優先順位や関係団体とのやりとりに活用
以下のスライドは、伊東氏が実際にSimilarwebを用いて作成した海賊版サイト別の被害規模リストだ。月別のアクセス数、態様(ダウンロード型か、オンライン型か等)などがまとめられている。
Similarwebを用いた検証では、海賊版サイトの被害がコロナ禍を経て拡大していることも判明している。その悪質さから、一般ニュースでも取り上げられた海賊版サイト「漫画村」が最盛期だった2018年3月頃の海賊版サイトの月間アクセス数は約1億だったが、その後「漫画村」は閉鎖したにも関わらず、2021年9月の段階で上位3サイトの合計だけで約3倍まで伸びてしまっていることがわかる。
上位サイト以外にも、我々が把握しているだけで1000は海賊版サイトが存在します。インターネットの特性が悪用され、誰もが簡単に海賊版サイトを運営できるようになってしまった(伊東氏)
Similarwebでは各サイト別の分析も可能となっており、最上位サイト(ここでは最も悪質なサイトの意味)では直帰率16.01%、つまり来訪したユーザーの83.91%がサイトを回遊し、その平均滞在時間が28分59秒に達することもわかった。
伊東氏によれば、漫画単行本1冊の平均単価は500円で、平均読了時間は30分。つまり海賊版サイトの訪問者は1回あたり500円分の漫画をタダ読みしていることになり、そのアクセス者数で乗じることで、具体的な損害規模も算出できる。結果、上位10サイトでタダ読みされた金額は2020年が2100億円、2021年は1~7月の7カ月間だけで4700億円にものぼる。
タダ読みされた額と被害額は厳密には同一ではない。とはいえ、海賊版サイトが存在しなければ、正規版商品の売上に多少なりとも貢献するのは間違いなく、タダ読み行為は到底、容認されるものではない。伊東氏らはこうして調査した結果などから海賊版サイト対策の優先順位を決めている。
また、被害の規模感がわかりやすい数字として出せることから、警察をはじめとした行政機関、関連団体、政党、マスコミなどへの情報提供により高い具体性をもたらせたのも大きな効果だという。
数値を出す重要性は肌身で実感しています。Similarwebで数値を出す以前はザックリとしたイメージでしか被害を伝えられなかったが、今は「アクセス数が1億から3億に悪化」「タダ読みされた金額は2100億円」と数字で明確に答えることができ、結果としてマスコミで取り上げられる機会も増えました(伊東氏)
伊東氏がSimilarwebを活用し始めたのは、まさに「漫画村」への対処の一環からだった。さらにこの秋にはSimilarwebに新機能が実装され、1つの海賊版サイト全体へのアクセス数把握だけでなく、サイト内の個別ページへのアクセス数も把握できるようになった。これにより、作品別の被害傾向なども調査できるようになり、対策の幅が広がる見通しだ。
デジタル時代の羅針盤としてのSimilarweb
SimilarWeb Japanの田中氏からは、改めて「Similarweb(シミラーウェブ)」ソリューションの特徴と強みが解説された。同社では全世界150の国と地域でWebサイトやアプリの利用動態に関するデータを収集し、分析機能とともに提供している。グローバルで約1000名の従業員のうち約3割が製品開発に従事しており、矢継ぎ早に改修・機能向上に取り組むなど製品力そのものに自信をもっていると田中氏は述べる。
ただし、これらの機能を単純に用意しただけでは、製品利用は進まない。製品に実際に触れるユーザーをサポートし、使い方を学んでもらう“オンボーディング”あるいは“イネーブルメント”が重要だと考え、日本オフィスではそこに特に注力しているという。
渡邊さん、伊東さんの例のように、自発的にSimilarwebを使い込んでいただける方を増やしていきたい。ご利用になる方の役職や業務内容によってSimilarwebの使い方は大きく変わるので、利用シーンは今後、さらに多様になっていくのではないか(田中氏)
コロナ禍を経て、リモート会議や在宅勤務が普及し、リアル店舗とECの使い分けがより積極的に行われるなど、世の中はハイブリッドな状況になりつつある。アナログと比べ、デジタルの世界ではあらゆる行動がデータ化しやすい。そしてデータがある以上は測定・分析でき、その結果をもとに最適化にも繋げられる。
膨大なデータの中から、(本当に役立つ)シグナルを拾うことが今後、本当に大切になっていきます。たとえば、日本国内の少子高齢化を背景に、新規事業を求めて海外へ進出する例は増えるでしょう。その時、目的となる市場をどう選定するのか。具体的な戦略を決めるには、情報収集も欠かせません。Similarwebは、まさにその際の行く道を指し示す羅針盤になりたいと思っています(田中氏)
変化の激しい時代に、ブランドをどう守るのか?
社会状況の変化の中で、これまで着実にブランドを構築してきた企業はどう行動していくべきなのか。渡邉氏・伊東氏が最後に考えを述べた。
昔から変わらないというブランド価値は確かにあるが、そのまま提供を続けてもいつかは風化します。デジタルの時代はお客様の変化も激しいが、それをブランド側で捉え、考え、素早く実行に移すことがブランドを守る上で重要でしょう(渡邉氏)
コロナ禍が社会の空気を変えたことで、ビジネスの世界においても既存事業を見直す動きが加速した。渡邉氏は、これが新規ビジネスに取り組むチャンスだとする一方、そこで重要になってくるのが、顧客の嗜好などに関するデータであり、スピード感だと強調。今後も一層、顧客への価値提供に努めたいと述べた。
伊東氏は、コンテンツを作り、提供する出版社の立場としては、全世界へ素早くコンテンツを流通させられるデジタル技術は非常に魅力的なツールだと評価する。ただし、デジタル化の進展で出版業界の海賊版対策の深刻度がより増したように、どの産業にも何らかの負の側面が誕生しうる可能性については、十分留意すべきと再度警告した。
高級ブランド鞄の正規品と海賊版では、モノのできあがりに明らかに優劣があります。しかし漫画のデジタル海賊版は正規版との差がほとんどない。我々が提供する書籍の価値を考えると、やはり海賊版を作る悪い連中をしっかり取り締まることが重要だ。我々がどのような思いで活動しているかについてもしっかりアピールしていきたい(伊東氏)
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