「やりたいこと」がなくてもいい。博報堂メディア環境研究所の研究員が実践する、求められるところで働くということ
デジマ領域で活躍する人は、どんな価値観で働いているのか。博報堂で若者やコンテンツファンとメディアとの関わりについて研究をしているメディア環境研究所の森永氏に、4つのマイルールを伺った。
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「将来の夢は?」「キャリアプランは?」——。
現代のビジネスシーンでは、明確な意志やブレない目標を持つことばかりが正義とされがちだ。しかし、その「やりたいこと信仰」にどこか息苦しさを感じてはいないだろうか。
博報堂メディア環境研究所の上席研究員・森永真弓氏は、「私には良い意味でこだわりがありません。だからこそ変化に柔軟に適応できて、今の自分がある」と語る。
新卒時の通信会社のSEから始まり、デジタル職、プロモーション領域のプランナー、マーケター、そして未来予測の研究者へ。組織の流れに身を任せ、打診された異動を一度も断らずに領域を広げてきた森永氏。目標を決めずに独自のポジションを確立してきた彼女の「こだわらない」仕事術と、激変するデジタル社会を生き抜くための4つのマイルールに迫る。
通信会社のSEから広告会社に転職
ルール1 用意された本音を見抜き、「ぶっちゃけ」を待つ
現在、森永氏が研究するテーマのひとつが「若者とメディアとの関わり」についてだ。トレンドの最前線にいるZ世代にインタビューする機会も多いが、そこで最も苦労するのが「本音で話してもらうこと」だという。
今のZ世代は非常にスマートです。「こう答えたら大人は喜ぶだろう」とわかっていて、大人の期待に合う回答をあらかじめ用意してくることが多い。でも、それでは本当の気持ちは見えてきません。だからこそ私は、あえてネットゲームの話など、本題とは関係のない雑談を徹底的に重ねます。まずは警戒を解き、なるべく素の状態で話してもらえる瞬間をじっくりと待つようにしています(森永氏)
相手が用意した回答の裏側にある「真の意図」を見抜く。その重要性を森永氏が意識したのは、大学卒業後に通信会社でシステムエンジニア(SE)として働いていた頃の経験が原点にある。
自治体や企業のシステム要件をヒアリングするとき、お客様の要望を言葉通りに形にすると、目的が達成できないと感じることがありました。そうなってしまうと、追加要件が出てきて、余計な費用や時間がかかってしまいます。
だからこそ、本当に実現したいことは何か、深くヒアリングすることの重要性を学びました。「ぶっちゃけ、上司にこう言われているんですよ」という話の中に、オーダーの意図が隠れているケースも多かったです(森永氏)
その後、新卒3年目のときに、森永氏は転職活動を始める。学生時代から抱いていた「インターネットビジネスに関わりたい」という希望を実現するためだった。
「おもしろい仕事」は、向こうから歩いてこない
ルール2 異動を断らない。おもしろくするのは自分自身
森永氏は大学でデザインを学んでいたこともあり、博報堂へデジタル職として入社した。その後、時代の潮流とともにデジタルマーケティング領域が急速に拡大。それに伴い、森永氏の仕事の領域も、デジタル職からプロモーション領域のプランナー、デジタルマーケターへと柔軟に移り変わっていった。
私には「これがやりたい」という強いこだわりはあまりなく、会社からの異動やプロジェクトへの打診を基本的には断りません。一般的には「仕事でやりたいことを見つけた方がいい」とよく言われますし、領域を転々とする私を心配して、「もっと自分の専門領域を絞った方がいいんじゃないか」と声をかけてくれた先輩もいました。でも、今になって振り返ってみると、仕事の領域に特定のこだわりがなかったからこそ、今の自分があるのだと感じています(森永氏)
さまざまな領域を経験したことで、森永氏は幅広い知見を身につけることができた。最近はデジタル領域のさまざまな専門家のグループディスカッションで進行役を任される機会も多い。複数領域を横断した高い解像度の知見をもつ人材は、市場を見渡しても極めて少ないからだ。
また、最近は大学の教壇に立って講義をする機会も多い。華やかな広告業界は学生からも人気があり、キャリアに関する質問を受けることも多い。その際、森永氏はあえて「広告会社には、おもしろい仕事なんてないよ」と伝えているそうだ。
広告会社は華やかなイメージが先行しているので、入社したら自動的におもしろい仕事ができると思い込んでいる学生さんがとても多い。だから私は「ガッカリするかもしれないよ」と話します。
たとえば、タレントやコンテンツで何を選ぶか考える会議の場面。指示を待つだけの姿勢では、オリエン内容や調査データに即したものに収束していくのを眺めているだけになります。でもそこに「工夫できる余地」を見つけ「自分なりの理屈」を考えて、自分が好きなタレントやコンテンツを提案内容に含めることができれば、充実感も体験も大きく変わります。まさにおもしろい仕事になるのです(森永氏)
「おもしろい仕事は待っていれば来るものではなく、目の前の仕事をおもしろくするしかない」と森永氏は続ける。
若手時代は、まず自分を知ってもらうことを心がけていました。シンプルですが、打ち合わせの場で必ず意見を言う。話し合われていることを素早く把握して解釈し、頭を高速回転させて、自分のアイデアを出します。最初のうちは会議中にアイデアを出すまでに間に合わない場面もありましたが、繰り返すうちにスピードは確実に上がっていきます。そしてその積み重ねによって、仕事相手に少しずつ名前と顔を覚えてもらうことができて、次の仕事につながっていきます(森永氏)
目の前の仕事を自らの手でおもしろく変えてきた積み重ねが、森永氏のキャリアの土台となっている。
正解のない時代の、データとの正しい付き合い方
ルール3 正解を急がず、データで実態を見る
森永氏はデジタル領域の専門家として、マーケティング戦略について考えを聞かれることが多い。たとえば、「今やるなら、どのSNSがいいですか?」という質問をよくされるが、「これをやればいい、という明確な正解はありません」と森永氏は言う。その理由として、森永氏はデジタル領域で繰り返されてきたある法則を挙げる。
デジタル領域の歴史を俯瞰すると、そこには常に一定の「揺り戻し」の波が起きています。ホームページ、ブログ、そしてSNS、動画。新しいプラットフォームが生まれるたびに、「まず個人が盛り上がり、後から企業が参入して飽和する」というサイクルを延々と繰り返してきました。
ブームが去ったように見える場所にも、熱量の高いユーザーは必ず残り続けています。現代の生活者の行動は、流行り廃りだけで一括りにできないほど細分化し、分散しているのです(森永氏)
答えを一つにしない姿勢は、若者とメディアに関する研究においてもそうだ。世間ではよく「最近の若者は、テレビをほとんど見なくなった」と一括りに語られがちだが、森永氏は「それは情報密度の高い都市部の一部の傾向であり、日本全体のリアルな姿は決してそうとは言い切れない」と、主観や固定観念を排除し、客観的なデータで実態を捉える重要性を説く。
私たちの調査によれば、Z世代の3人に1人くらい(約33%)は、テレビが本当に大好きで、マスメディア発の流行りものも熱心に追いかけていますし、「大好き」と「好き」を加えれば全体の3分の2程度まで行きます。
こうした実態をデータで見ようとせず、「若者はテレビを見ないから、デジタル広告に全振りしよう」と安易に判断を下してしまうと、想定していた顧客の一部にしか届かないという失敗に終わります(森永氏)
常に正確なデータに基づいて生活者の多面的な実態を冷静に捉える森永氏。しかし、「最後の決断を、データに丸投げしてはいけない」と述べる。
データを判断の唯一の拠り所にしてしまうと、万が一その施策がうまくいかなかったときに、「データがこう言っていたから」とデータのせいにできてしまう。それは他人の頭で決めているのと同じです。仕事における大きな決断は、どこまでいっても自分が下すものであり、その結果に対する責任も自分自身で背負う。私は常にその心構えを持っていたいと思っています。
データはあくまで、自分の意思による決断の精度を限界まで高めるための、優秀なサポートツールに過ぎないのです(森永氏)
リアルを捉える「人間観察」の絶対条件
ルール4 自分の普通を疑い、フラットに観察する
森永氏が日常で大事にしているのは「観察」だという。街を歩いているときは、幅広い年代の人を観察する。人が集まる場所で、会話が聞こえてくれば、つい耳を傾けてしまう。生活者研究をしている森永氏にとって、日常の何気ない風景から得られる生の情報こそが、何よりも貴重な研究資産となる。
しかし、その観察において彼女が最も厳格に自らに課しているのが、「自分にとっての普通という感覚を、徹底的に疑うこと」だという。
自分の主観がバイアスに満ちていると感じたのが、今でいう「マイルドヤンキー」の研究をしていた2010年代前半のことです。マイルドヤンキーの間ではあるダンスユニットや女性アーティストが爆発的にヒットしていましたが、私の周りにはファンが誰もいませんでした。あんなにヒットしているのにです。そのようなことがあるたびに、自分の目に見える範囲の普通は、世間と違うのだと感じてきました(森永氏)
森永氏は、自分自身のことも生活者の一人として客観的な視点で分析している。そんな森永氏に今後の展望を聞くと、こんな答えが返ってきた。
これからも、世の中に対する知的な好奇心だけは絶対に止めないようにしたいですね。ただ、それも「心がけて頑張る」というよりは、気づいたら勝手に動き続けてしまっている、というのが実際のところです(笑)。
街の中でたくさんの人が楽しそうに集まっているのを見かけると、「あの人たちは、一体何がそんなに楽しくて集まっているんだろう?」とその熱狂の構造が気になって、磁石のように引き寄せられてしまう。他人のこだわりや熱量の源泉そのものが、私にとっての何よりの研究対象なんです。そういう意味で、私は言わば「オタクのオタク」なんだと思います(森永氏)
