数字は出ている。周囲ともうまくやれている。でも、どこか停滞している気がする――。
変化の激しいマーケティングの世界で、私たちが恐れるべきは「失敗」ではなく「慣れ」かもしれない。「居心地の良さは停滞のサイン」と言い切るのは、カインズのメディア戦略部マネジャー・与那覇氏だ。
お笑い芸人、広告営業、そして未経験からのWeb業界転身。常に「アウェイ」を選び続けてきた彼が、2代目編集長としてメディアを成長させ、さらにはその座を自ら譲ることで見えてきたものとは。
肩書きや検索数という「外側の評価」から自分を解き放ち、チームの熱量を最大化させるための4つのマイルール。そこには、数字に追われるすべてのビジネスパーソンが立ち返るべき、本質的な答えがあった。
画面の向こうの「人」が見えたとき、数字は動き出した
マイルール1結果が出ていないときは行動量を疑う
現在は複数のオウンドメディアを担当するマネジャーとして活躍する与那覇氏だが、そのキャリアのスタートは異色だ。高校を卒業後、お笑い芸人を目指して沖縄から上京。人気レジャー施設のキャストとして働きながら、お笑いコンテスト「M-1グランプリ」にも挑戦したが、3年連続で1回戦敗退という厳しい現実を突きつけられた。
本好きであることとコミュニケーションの適性を生かそうと考え、美術系出版社の広告営業としてキャリアをスタートしました(与那覇氏)
美術系出版社の広告営業を経て、与那覇氏は26歳でSEOに強みを持つ「キュービック」へ転職する。そこで待ち受けていたのは「未経験の壁」だった。平均年齢の若い会社で、Web知識が豊富な大学生のインターンも活躍している中、当時26歳だった与那覇氏は必死に食らいつく。
知識も経験もない僕にあるのは、行動力だけでした。早く結果を出すために誰より早く出社し、誰よりも遅く帰り、Webの知識を詰め込みました。何より勝手が違ったのは、Webの世界は結果が出るまでに時間がかかることです。営業職ならば、目の前のお客さまが納得してくれれば受注という成果につながりますが、Webではコンテンツを作っても成約にすぐにはつながらないことも多い。Web解析ツールのGoogle AnalyticsやASPの管理画面ばかりを眺めて、F5キーを連打して画面を更新していました(与那覇氏)
成果が出ずに悩む与那覇氏の意識を変えたのは、上司からの一言だった。
「管理画面ばかり見ていても成果は出ません。その時間があるならタイトルや構成を練りなおしたり、ユーザーに話を聞きに行ったりしましょう」
ハッとしました。当時担当していた薬剤師向けメディアの生のユーザーの声を、僕は深く知らないと気づきました。そこで、資格もないのに薬剤師のコミュニティに飛び込み、数十人の友人を作ったんです。それによってユーザーへの理解度が高まってコンテンツの精度も上がり、成果が出るようになりました(与那覇氏)
この経験から、社内の行動指針を体現した社員に贈られる賞を受賞。「悩む暇があったら、圧倒的な行動量でカバーする」というスタイルを確立した。
「いいね」を送り続けたファンから、中の人へ
マイルール2居心地の良さは停滞のサイン
与那覇氏は泥臭い行動量で成果を出し、社内表彰を受けるまでになった。周囲との信頼関係もできて味方がたくさんいる。仕事への熱量も高く充実していた。しかし、与那覇氏は「このままでいいのだろうか」と考えるようになる。
みんなが温かく見守ってくれるからこそ、その優しさに頼りきりにならず、もっと力をつけて周囲に貢献したいと思いました。だからこそ、自分のことを誰も知らない場所に身を置き、もう一度ゼロからスキルや経験を積んでいきたいと思うようになりました(与那覇氏)
与那覇氏は、自社プロダクトを持ちEC領域も展開している企業を探し、体験ギフトを提供している「ソウ・エクスペリエンス」の存在を知り、転職。自社ECのSEO担当として新たな知見を積むことになった。
ソウ・エクスペリエンスは自社の世界観を大事にする会社です。例えば、SEOの観点では押さえておきたい「ランキング」というキーワードがあっても、自社商品をランキングにすることは好ましくないと思えばビッグワードも狙いません。SEOと自社ブランディングのバランスをどう取るかという学びがありました(与那覇氏)
与那覇氏はその頃からTwitter(現X)で読んだ本や自分の興味・関心をツイートしていた。そのときにバズっているオウンドメディアがあることを知った。それがホームセンターのカインズが運営する「となりのカインズさん」だった。
バスマジックリンを27回プッシュする記事など、とにかく企画が尖っていておもしろい。SEOの流入を本気で狙っているわけではなさそうですが、SEOにも強いメディアだと思いました。それからはメディアのファンとして記事をたくさん読んで、ひたすら「いいね」を送っていました。するとある日、カインズでコンテンツマーケティングの担当者募集を見かけたんです(与那覇氏)
安心できる場所にとどまるのではなく、未知の領域で挑戦してみたい。ファンの熱量とプロの好奇心が重なった与那覇氏は迷わず応募し、カインズに転職することになった。
「強み」を見つける、シンプルな問いかけ
マイルール3メンバーの強みを見つけて、言葉にして伝える
「となりのカインズさん」は与那覇氏がその存在をSNSで知ったように、SNS上でのバズを生み出すのが得意なメディアだ。しかし、与那覇氏のこれまでのキャリアは、成果報酬型サイトや自社ECサイトでのSEO集客に特化していたため、まずはその仕組みを分析しようと考えた。
となりのカインズさんをはじめ、デイリーポータルZさんやオモコロさんなどのバズを生み出すメディアの記事をたくさん読みました。どんな文脈になっていて、どんなフリやオチがあるのかを分析しました。その結果、事実をしっかりと書きつつも、読者がまるでその場にいるかのように感じられるような「余白」をちゃんと書いていると思いました(与那覇氏)
そうした「書き手の人間味」こそがコンテンツの熱量になると気づいた与那覇氏。入社して2年後の2023年、2代目編集長に就任してからは「個の強み」を最大化するマネジメントに注力している。
メディア全体でおもしろい記事を作るために、各編集者の強みを生かすことを大事にしています。1on1では自分が話すのではなく、メンバーが話す比率が9割くらいになるよう意識しています。今何に関心を持っていて、担当メディアをどう捉えているのかを話すことが多いですね。そして、気づいた各自の強みをちゃんと言語化して伝えることを意識しています(与那覇氏)
強みを見出すうえで、与那覇氏が重視しているのはメンバーの「時間の使い方」だ。
メンバーに「何に時間を使っているときが、楽しく自分らしくいられますか?」と問いかけたことがありました。そのときに「ひとつのテーマについて、連続して5時間くらい考え続けている時間が好きです」と答えたメンバーがいました。そのメンバーは即レスタイプではないのですが、アウトプットが非常に濃いんです。そんなメンバーにマイクロマネジメントをしてしまうと、せっかくの強みを生かせません。それぞれの強みが最大限に発揮できるマネジメントを心がけています(与那覇氏)
強みを生かすマネジメントを実践することは言うは易いが、実践は難しい。なぜ与那覇氏はそのマネジメントスタイルを貫けるのだろうか。
幼少期はあまり勉強が得意ではなく、学習塾をしていた父親から「勉強で頑張るよりも、人がやりたがらないことに最初に手を挙げる生き方をしなさい」と言われて育ちました。そこで、誰もやりたがらない学級委員長に手を挙げました。委員長として動く中で、リーダーが全部を進めるよりも、みんなの意見を引き出して整理したほうがうまく回る場面が多かったんです。その手応えが、いまの「強みを引き出す」マネジメントの原点になっています(与那覇氏)
毎朝の抹茶が教えてくれる、心の整え方
マイルール4数字に一喜一憂せず「日日是好日」
2代目編集長としてメディアを成長させた2年後、与那覇氏はまたしても周囲が驚く決断をした。編集長の座を自ら後任にバトンタッチしたのだ。
メンバーの成長機会を作りたいと思ったこと、「編集長」という肩書きに自分自身が甘えないようにしたいと考え、決断しました。肩書きがあると社内外問わずさまざまな方が話しかけてくださったり、つながってくださったりすることが多いです。でも、その肩書きに甘えてはいけない。怖い気持ちもありましたが、何者でもない自分に戻って挑戦し続けるために、あえて肩書きを外しました(与那覇氏)
新編集長に交代後も、「カインズの歌を無断で作ったヴィジュアル系バンドに連絡をとってみた」という記事が50万PVというバズを生み出している。
自主的にカインズの歌を作っていたヴィジュアル系バンドの方に突撃し、カインズに来てもらって一緒に買い物をするという企画です。最後にはカインズのメイク落としですっぴんになってもらいました。この企画をきっかけに、新しい層との接点も生まれ、社内外から反響がありました(与那覇氏)
そんな与那覇氏が大切にしているのは「日日是好日(にちにちこれこうじつ)」の精神だ。日日是好日とは禅の教えであり、「どんな一日であっても、かけがえのない大切な日である」という考え方だ。そのためのスイッチとして、与那覇氏は毎朝必ず抹茶を点てる。義母が茶道を教えていたことから10年続けている習慣だ。毎朝お茶を点てていると、泡立ちや味わいからその日の自分のコンディションがわかるという。
生きていれば、うまくいく日もあればうまくいかない日もあります。それでも今日という日をそのまま受け入れることを大事にしています。オウンドメディアの運営でいえば、記事がバズる日もあれば、思ったように読まれない日もある。だからこそ、目の前の数字に惑わされたり、踊らされたりすることなく、淡々と事実を受け止めて「自分たちにできることは何か」や「読者が本当に求めていることは何か」を考えて実行していく心持ちが大切です(与那覇氏)
