デジマ4つのマイルール

「これくらいでいいか」をやめたら仕事が一気におもしろくなる。デザイナー・前田高志氏の仕事術

閉塞感を打破する鍵は? 任天堂出身のデザイナー・NASU代表の前田氏が提唱する『デザイナー思考』は、職種を問わず全ビジネスパーソンの武器になる。

久保 佳那[執筆], 小沢トモノリ[撮影], 井上薫[編集]

7:05

「正解」が見つからず、思考が行き詰まってしまう。予算や時間の制約の中で、結局「無難な落とし所」を探して妥協してしまう――。

そんな多くのビジネスパーソンが抱える停滞感を、「大喜利」という独自の視点で鮮やかに解きほぐすのが、元任天堂のデザイナー・前田高志氏だ。

現在はデザイン会社・NASUの代表として、「選択肢を増やせれば、悩み事はなくなる」という信念のもと、数々のビジネス課題を解決へと導いている。従来のデザイナーの枠を超え、プロジェクトに「楽しさ」と「圧倒的な成果」をもたらす前田氏。その仕事術の核となる、4つのマイルールを聞いた。

株式会社NASU 代表取締役社長 前田 高志 氏

「自分が楽しめていない」は危険信号。どんな仕事にも面白さを見つけ出す

4つのマイルール

ルール1依頼に「遊び心」を上乗せし、期待値を超える

前田氏のキャリアは任天堂から始まり、第一線で走り続けてきた。そんな日々の中で、今でも鮮明に記憶に残っている「後悔」がある。それは、あるイベントで配布するノベルティTシャツのデザインを担当したときのことだ。

「イベント特典のTシャツだから、これくらいでいいかな」と、手を抜いたデザイン案を出してしまったんです。当然その案は通らず、作り直すことになりました。そのとき、忙しさを言い訳にしていた自分に気づいたんです。人気タイトルのTシャツを作るという、本来ワクワクするはずの仕事を、自分自身が楽しんでいなかった。手抜きの仕事では誰も幸せにならないし、何より自分自身が楽しくないですよね(前田氏)

それ以来、前田氏は「どんな仕事の中にも、自分なりの面白さを見つける」ことを自分に課すことにした。この姿勢は独立してNASUを立ち上げてからも貫かれている。クライアントから依頼された要件に対して、要望に応えるだけでなく「夢」を上乗せして提案しているという。

前田氏はその一例として、スポーツを観戦しながらスマホとイヤホンで解説を聞けるという、パナソニックのライブ音声配信サービス「CHEERPHONE(チアホン)」のデザインプロジェクトを挙げる。

当初依頼されたのはロゴとパンフレットの制作でしたが、私は「スマホを見ながらスポーツ観戦する姿って、あまりいい印象ではない」と感じました。せっかくなら、「スポーツ観戦の新たなスタンダードをつくる」という夢を提案に盛り込もうと決めました。そうやって視座を上げて提案を考えると、自分の熱量やアウトプットの質も上がります(前田氏)

結果として、ロゴの造形だけでなく、コンセプトコピーやスタジアムでの体験をデザインするトータルなブランディングへとプロジェクトは発展した。「自分がワクワクするために、勝手に夢を乗せる」。それが、クライアントの期待値を鮮やかに超える唯一無二の提案につながっていくのだ。

前田氏が手がけた「CHEERPHONE」のデザイン
これまでのキャリア

「デザイナー思考」で停滞を打破しよう

ルール2「正解」を一つに絞らず、複数の選択肢を大喜利のように出す

昨今、ビジネスの現場では「デザイン経営」や「デザイン思考」といった言葉が定着しつつあり、デザイナーの思考プロセスを経営や事業開発に取り入れようとする動きがある。前田氏の考える「デザイン思考」について聞くと、意外な答えが返ってきた。

デザイン思考は一般的に「顧客視点での発想」と定義されますが、私が広めたいと思っているのは「デザイナー思考」です。デザイナー思考は、お笑いの『大喜利』と同じなんですよね。

テレビ番組の『IPPONグランプリ』のように、与えられたお題に対して、いかに多様な切り口で「返し」を用意できるか。よく「自分にはセンスがない」と悩む人がいますが、それはセンスの問題ではなく、単に選択肢を出そうとしていないだけ。自ら思考を止めてしまっている状態なんです(前田氏)

正解が一つしかないと思うから行き詰まる。しかし、質はともかくとして様々な切り口でアイデアを出し、その中から最適なものを選ぶプロセスが「デザイナー思考」だと前田氏は語る。
そして、この力を鍛えるためには何も特別な訓練をする必要はない。

実は、買い物だってすごくクリエイティブな行為です。スーパーで食材を買うとき、店舗で服を買うときも、無数にある商品から、価格や品質、好みを考慮してベストな一つを選んでいます。仕事で壁にぶつかったときも同じです。「これしかない」と思い込むから苦しくなる。

「他にもやり方はあるはずだ」と視点を変え、A案がダメならB案、それもダメならC案と、手札を増やすこと。選択肢さえあれば、悩みは消え、具体的な『次の行動』に移れます。どんな環境でも成果を出せる人とは、こうして自ら行動の選択肢を増やせる人なのです。(前田氏)

「選択肢をひねり出せば、悩みは消える」。独自の『デザイナー思考』を語る前田氏

「石田ゆり子さんならどう話す?」イメージのズレをなくす

ルール3言葉で「声の主」を定義し、ビジュアルの解像度を上げる

デザイナーによって制作スタイルは千差万別だが、前田氏のフローは「言葉」から始まる。いきなり色や形をいじるのではなく、まずIllustratorのキャンバスに、思考の断片やキーワードをひたすら「言葉」として打ち込んでいくのだ。

どんなコンセプトにするのか、誰に伝えたいのか。まずは思考のすべてを書き出し、デザインの方向性をしっかりと言葉に落とし込みます。そうすれば、迷ったときにいつでも立ち戻ることができる。「なんとなくかっこいい」といった感覚に頼らず、確実に言葉で説明できる効果を狙いたいからです(前田氏)

デザインの核となるコンセプトは、ホワイトボードや壁に貼り出し、いつでもその言葉に立ち返れるようにしている。

さらに前田氏は、デザインにおける文字や佇まいを「声」として捉える独自のメソッドを持つ。たとえば、落ち着いた雰囲気の雑貨屋のチラシを制作する場合を考えてみよう。

年齢層の高い方にターゲットを絞るなら、どんな声のナレーションがしっくりくるかを想像します。大声で早口なナレーションではなく、女優の石田ゆり子さんのようなゆったりとした雰囲気がいいな。そうイメージが固まれば、自ずと「文字間を広くとり、余白を活かしたデザイン」という具体的な手法が導き出されます(前田氏)

「もう少しおしゃれに」といった曖昧な指示ではなく、人物などを例に挙げながら具体的で共通認識の持ちやすい「言葉」に置き換えることで、イメージのズレは解消される。チームでイメージを共有するときにも有効なテクニックだ。

また、前田氏は制作プロセスの最後には、必ずデザインを実寸大で貼り出して、客観視する時間を設けている。

一部の感度の高い人だけが喜ぶ尖ったデザインではなく、私の母が見たときにも伝えたいことが届くかという視点を大事にしています。子供からお年寄りまで広く伝わる王道のデザインこそが、私の目指す姿です(前田氏)

こうした「伝わるための細部」へのこだわりは、2025年10月に出版された著書『見やすい・読みやすい・伝わるをつくる 文字組力』にも詳しく綴られている。デザインを単なる装飾ではなく、言葉を届けるための技術として磨き続ける。それが前田氏のスタイルだ。

「言葉が伝わりやすくなる」ための技術をまとめた1冊

「納品して終わり」にしない。経営と成果にコミットする覚悟

ルール4納品は通過点。その先の「成果」をゴールに置く

前田氏がデザインの「成果」に強くこだわるようになった背景には、任天堂時代の30歳前後に参加した社外でのセミナーで聞いた言葉に衝撃を受けたことにある。

講師の方が「デザイナーはゴミを作っている」と言ったんです。効果のないチラシやパンフレットは、誰にも読まれず、環境に負荷をかけるだけのゴミになってしまうと。その言葉に衝撃を受けました。自分が一生懸命作っているものが、ただのゴミになるのかもしれない。だったら、絶対に捨てられないもの、あるいは確実に効果を出して意味のあるものを作らなければと思いました(前田氏)

その考えは、今の前田氏の仕事にも影響を与えている。NASUでは請負の制作だけでなく、成果を出すところまで伴走するレベニューシェア(成果報酬型)の契約形態を積極的に取り入れているのだ。その代表的な事例が、With Midwife(ウィズミッドワイフ)が展開する「THE CARE」での取り組みだ。

THE CAREは、助産師が24時間LINEで心と体の悩みを聞いてくれるサービスです。NASUではWith Midwife社と成果報酬型の契約を結び、経営陣の一員のような立ち位置で、デザイン全般だけでなく、クリエイティブに関わる意思決定そのものを担当しています。デザインをただ納品するだけではクライアントのビジネスを本質的に変えることはできないと考えて、このような取り組みを始めました(前田氏)

前田氏が経営に深くコミットする「THE CARE」の事例

前田氏の仕事は、ゲームメーカーのインハウスデザイナーから、企業の課題解決を担う成果報酬型のデザインへと大きく変化しているように見える。しかし、前田氏は「やっていることは当時と何も変わっていない」と語る。

ゲームは実際にプレイしてみないと、本当の面白さがわからないものです。その「やってみないと分からない魅力」を、どのように未体験の人に伝えるかという仕事を任天堂ではしていました。今の仕事も、世の中にまだ知られていない企業やサービスの魅力を可視化することです。対象がゲームから企業に変わっただけで、私が向き合うべき課題の本質は同じなんです(前田氏)

目に見えにくい価値や熱量をデザインで可視化し、世の中に届ける。前田氏の「デザイナー思考」は、これからも多くのビジネスに光を当てていく。

「価値を可視化し、世の中に届ける」。対象がゲームから企業へ変わっても、仕事の本質は揺るがない
4つのマイルール(再掲)

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