[マーケターコラム] Half Empty? Half Full?

連載6年を振り返る。マーケターが「書くこと」を続けるべき、スキル習得以上の本当の理由

マーケターコラム、今回は明坂真太郎氏。最終回は、本連載を執筆してきた6年間を振り返り、マーケターが「書くこと」を続けるべき理由について紹介しています。

明坂真太郎[執筆], 渡辺 淳子[編集]

7:05

明坂真太郎氏

こんにちは、主にエンタメ関連のマーケティングをしている明坂です。

私がこの連載を始めた2020年4月7日から、気づけばおよそ6年。2〜3ヶ月に1本というペースでマーケティングやエンタメ、日々の仕事で感じたことや気付きを書き綴ってきました。

もともとテキストを書くこと自体はそこまで苦手ではありませんでしたが、やはり「締め切り」という名の強制力が働く連載となると、苦労することもありました。しかし、振り返ってみると、その苦労以上に得られたものが大きかったと感じています。

今回は、この6年間の「書くこと」を通じて私が何を学び、どう変化したのか。マーケターがアウトプットを継続することの意義について、少しメタ的な視点でまとめてみたいと思います。

「わかりやすい文章」は、AI時代にも必要なポータブルスキル

書き始めてわかったことの一つは、「読みやすい文章」と「読みづらい文章」の違いは、センスではなく技術だということです(その技術をセンスでやれてしまっている人もいます)。

基礎として、「わかりやすい文章を書くコツ」といった類の書籍を数冊読み、そこで語られている「一文を短くする」「主語と述語を近づける」などといった抑えるべきポイントさえ理解すれば、誰でも一定の品質の文章は書けるようになります。

このスキルは、コラム執筆に限った話ではありません。日頃のメール(チャット)文章作成をはじめ、プレゼン資料やプレスリリースの作成など、ビジネスのあらゆる場面で出てしまう「書く時の悪癖」が自然と矯正され、洗練されていきます。これは生きていくうえで地味ですが結構得をするスキルだと思います。もしこれを読んでいるあなたが若手なら、今のうちに身につけておいて損はないでしょう。私も社会人になってすぐに学んでおくべきだったなとやや後悔しています。

さらに言えば、この「簡潔かつ意味が過不足なく正しく伝わる文章をアウトプットする能力」は、昨今の生成AIとの対話においても重要です。AIに対して曖昧な指示を出せば曖昧な答えしか返ってきませんが、論理的で明確な指示を出せば、精度高い回答が得られます。雰囲気で書いても、そこそこワークしてくれる生成AIですが、だからこそインプットとなる少しの文章力の差は、AI時代の生産性を左右する重要な変数になるはずです。

AIが作業する割合が多くなるにつれ、人からのインプットの質が大きな差になる

AIには出せない「人間特有の味」と、ハイブリッドな執筆スタイル

とはいえ、ただ作法を身につけてロジカルに書けば良いというわけでもなく、文章にはどうしても、その人それぞれの癖やリズム、いわゆる「味」がにじみ出てしまうもの。

この「味」こそが“人となり”を写し、読み手を惹きつけ、共感を生む要素なのですが、これはAIにテキストを作ってもらっただけでは簡単に再現できません。AIが出力した無機質な「正解」は、今ではすでに“AIくさい”と忌避すらされる傾向にあります。別にAIが出力していても、手を抜いているわけでもチェックを怠っているわけでもないはずですが、なんとなく著者の気持ちが乗っていないように感じます。

ゆえに私自身も、AIからのアウトプットをそのまま自分の文章として世に出すのはどことなく気持ち悪さを感じるので、基本的にはドラフトを出力するにとどめ、最終的には自分の言葉でニュアンスを調整したものを打ち込むようにしています。AIの効率性と、人間にしか出せない体温のようなものをどう共存させるか。これもまた、書き続ける中で見つけた現代的なAIとの付き合い方です。

「アウトプット強制ギプス」が、日常の景色を変える

コラムをアウトプットするようになって良かったことの筆頭は、「インプットの質が変わる」ことです。これは私が個人でやっているYouTubeチャンネルの運営とも共通するのですが、「定期的に何かをアウトプットしなければならない」という状況に置かれると、自然と日々の生活の中でインプットの感度が高まります。

ふとした瞬間に注視する対象が増えたり、ネタを探すためにあえて足を運ぶ時間が増えたり。街中の広告一つ、流行りのイベント一つとっても、「これはコラムのネタになるか?」というフィルターを通して見るようになりますし、飲み会や雑談の中から得た刺激でネタを思いつくこともあり、結構活発に動くようになったと思います。前回書いたリアルイベント関連の記事なんかも、自然といろんな展示やイベントに足を運んでいた結果生まれたものです。

もちろん、「別にアウトプットの予定がなくても、意識的にインプットすればいいじゃないか」という論もあるでしょう。しかし、私もそうですが、締め切りが近づかないと気合いが入らないような人にとっては、強制力のある環境があったほうがはかどるのも事実です。もしあなたが「最近インプットがマンネリ化しているな」と感じているなら、あえてアウトプットの場を作ってみることをおすすめします。

雪化粧や花見など四季折々のインプットも、仕事とはまた別の大切さがある

書くことは「思考の整理」と「自分の癖」を知るプロセス

当たり前のことかもしれませんが、文章としてアウトプットする過程で、頭の中のモヤモヤとした思考が整理されます。

そして、さらに重要なのが「推敲」のプロセスです。書き上げた直後は「完璧だ!」と思っていても、2時間後ぐらいにリフレッシュした頭で読み直すと、「論理が飛躍している」「言い回しがくどい」、「なんかもう、すごく誤字があるな」といった新しいアラが気になり始めます。その時のハイな気分でアウトプットしたものが、冷静になると「所詮こんなもんか」と気づかされる。この落差に直面し、自分の思考の癖や甘さを客観的に見つけるのも、また楽しい作業です。

インタビューは「ドーピング」か?

この連載では、私自身の体験や考察を書くだけでなく、さまざまな方へのインタビューや取材も行ってきました。取材記事は、自分の外にある専門知識や新しい情報が入ってきますし、それをまとめるだけでなんとなく読み応えのある記事になってしまうので、アウトプットとしてのコストパフォーマンスは非常に良いと感じるのが正直なところです。

ただ、それはある種の「ドーピング」のような気もしていて、頼りすぎるのも良くないなと自戒しています。本来、思考の経験値を上げるための執筆作業で効率を求めると、腰を落としきらないスクワットをやっているようなもの。そのため、単に相手の話を聞いてまとめるだけでなく、基本的には自分の仮説や論を持ったうえで、テーマを深掘りする際の「思考のパートナー」として、一緒に対話させてもらうようなスタンスを心がけてきました。

そうした取材をきっかけに知り合う方も多く、それがうっすらと、しかし確実に自分の世界を広げることにつながっています。広がったと言えば、最近ではNewsPicksトピックス(トピックオーナー)やYahoo!ニュースエキスパート(オーサー)への寄稿も開始するなど、ライターとしての活動範囲も広がりました。

気づけばコラムニスト/ライターを名乗れるぐらいにはテキストをメディアに出す機会が増えた

最後に、今後アウトプットをされるみなさんへ

この6年間、どの程度読者の方に面白さや価値を提供できていたかはわかりませんが、しばしばSNSなどで記事を取り上げていただいたり、何よりこうして活動の継続を認めていただけたりしたことで、私のキャリアも拡張した部分は間違いなくあります。

いずれにしても、長きにわたりこの機会を与えてくれたWeb担当者Forumには感謝しています。もしこれを読んでいるあなたが、何かしらアウトプットする機会に巡り合ったら、ぜひ躊躇せずにチャレンジしてみてください。それは単なるタスクではなく、あなた自身をアップデートする最良の機会になるはずです。

というわけで、私からの本コラムの連載は今回で終了となります。お読みいただき、ありがとうございました。

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